最低な男
...... これは多分罰だ。
学校のアイドル的存在である女子に相談事を持ちかけられ、更には一日だけとはいえデートすることが出来た。なんなら家にも来てくれた、そうやって芽森さんの様々な一面を知ることが出来た。
他の男子からしてみたらこれは抜け駆けだろう。
告白できる勇気がない者は傍から眺めるだけしか出来ない憧れの異性...... それは俺にとっても同じ。俺は告白出来ない、したって無駄だと思う側の人間だ。
だからこそ心の中では優越感を感じていた。俺みたいな人間は普通どう足掻いてもお近づきにはなれない、へりくだって言うならモブだ。もしくはエキストラ。彼女にとっては偶然、ただの気まぐれ、妥協策だったとしても、そんな平凡な男子に訪れた幸運はすこぶるラッキーなことであり思わず『イーハー!』と声にならない奇声を上げ舞いに上がるに決まってる。家で三回は上げたか。
けど当たり前にそんな美味しい話が続く筈もない。
綺麗な花には棘があるとはいうけれど、この場合可愛い女子の友達には金髪がいる、かな。
俺にとっては苦手な存在だ、彼女さえいなければ――というか何もしなければ今こんな状況になってな......
「ぐっぅ......」
苦し紛れに思考するもすぐさま現実が戻ってくる。
制服の襟を掴まれていて思うように呼吸が出来なく嗚咽を漏らす。
窒息にはならないと願いたいけどこう襟を後ろに引っ張られたら喉が締め付けられて目に嫌な力が入る、何より淡を飲み込みづらいのは辛い...... はしかいし苦しいし最悪だ。けど本当に最悪だと思ってるのは......
楓さんが明らか激怒した表情で俺の制服を掴んだ拍子『待って、黒沼君は』と芽森さんは静止しようとしてくれた。しかし逆鱗に触れたんだろう、芽森さんの静止もやむなし、楓さんは襟を掴んだまま俺をそのまま教室の外へと追いやった――今も、ズルズルと渡り廊下を突き進んでいってる。
今何時かは確認出来ないけどまだ部活は終わってないようで人影はない。
楓さんは早上がりしてきたと言っていたっけ、外は夕暮れで時間も結構経ってるから校内に残ってる人は少ないはず。ともかく廊下に生徒がいないのは幸いだ、こんなキャリーバッグみたいに下げられた格好見られたくない......
今もなお淡々と歩く楓さんに「手を離して」と言おうにも代わりに出るのはやはり嗚咽で言葉を出せない。
完全に力で負けてる、女子の華奢な手を振りほどけない情けなさ、しかも楓さんは俺より背が高くグイッと思いっきり斜めに持ち上げられるから尚更に苦しい......
そんな彼女は呼吸し辛く苦しんでる俺の顔さえみようとしない、これが激おこというやつか、この表現は古いか。
ただ、心の底から怒ってる人は無口になり何を考えているか分からなくなるから怖い――苦しいながらも色々思考していると、突然支えられていた手の感触が消え身体が勢いよく降下した。直後、背中に痛みが走った。
「痛っ!」
背中を強打し声を荒げてしまうも、それよりかは痛みを感じながらもようやく離してくれたことに安堵する。
なおかつ喉を締め付けられていたのもあり「げっほ......」 咳き込む。
手を離すなら声を掛けてくれないと、後ろからいきなり身体が落ちるのは心臓に悪過ぎる...... さして面白いリアクションも出来ないし。
「ぐっ、げっほ、ごほっ......」
じんわりとまだ背中の痛みは引かないけど、喉を抑えそうやって何度か咳き込み深呼吸すると少し気が楽になってきた。
そして喉の調子が戻り立ち上がって「ふぅ」と一息入れた途端。
廊下に乾いた音が響いた――
一瞬のことで気づかなかったがすぐに激痛が襲ってきて頬を抑える。
背中の痛みが吹っ飛ぶほどの豪快な平手打ち。
俺は今、ビンタされたのか? いきなりのことで理解出来ないでいると「痛いか?」と楓さんの問いかけ。
ぶたれた際に誰もが頭の中によぎる棒有名台詞、今の俺にそんなことを考える余裕はなく、ただじっと痛みに耐え恐怖におののきながら楓さんを見るだけ。
「そりゃ痛いだろうね、思いっきりビンタしたんだから。なんであたしにぶたれたか分かる? あんたが、文音を泣かしたからだよ......」
俺は何も言わない、楓さんの凍てつくような表情に睨まれて何も言えない。
抑えめに出しつつも寒気が立つような冷ややかな声、ただただ、怖いという感情しか出てこない。
「もう近づくなって、喋り掛けるなって忠告したよね。なんで文音と一緒にいた......」
「め、芽森さんは......」
昔離れてしまった幼馴染の男のことを未だ思ってその想いを小説に書く為に俺に頼み事をしてくれた。
誰にも、今目の前にいる楓さんにさえ話していない悩み事を俺にだけ打ち明けてくれたんだ、そんなことを言える訳ない。
俺は楓さんの問いかけに喉まで出かかる言葉を堪える。
それに楓さんに下手なごまかしは通じない、言い訳した所で見透かされるのは分かってる。
俺が何も言わずにいるからか楓さんは「あの子はね」と口調を強めた。
「ずっと後悔してたんだよ、仲が良かった男の子と喧嘩したまま結局謝れずじまいで別れて会えなくなって...... あたしと初めて会った時も『いいでしょう、私と彼の音という字。これはもう運命だよね』そう自慢気に話すほどそいつのことが大好きで今でもそいつに――」
「好意を抱いてる......」
俺は楓さんが言うであろう言葉を口に出した、それを聞いた楓さんは少し面食らったような表情になるも冷静な声色で会話を続ける。
「高校受験が迫っていた頃、立ち寄ったコンビニで奇跡的にそいつと再会してさ。あたしは長年音沙汰なのもあってか正直忘れていたけどいきなり話しかけられて、ほんと驚いたよ。聞けば親の転勤でこっちに戻ってくるって話で、それで文音が受ける高校の話をしたらそいつも同じ高校に行くって流れになって」
前に海音君が昔の知り合いに会ってと言っていたのは楓さんのことで、じゃあ楓さんも海音君と旧知の仲で二人を近づかせようと画策した。度々二人一緒にいたのはそういう理由だったのか。
芽森さんには想い人がいるから男子が告白したとの報告を聞くと嫌な顔をする、それは芽森さんを思ってのこと。そして今もこうして俺を問い詰めてる。
事の経緯を話終えた楓さんはため息を吐いた後、手を腕の下で組むと再び強張った目で俺を見た。
「もう分かったよね、そういうことだって。文音に好意を抱く男は数多いからもう諦めてる。ただね、何で一緒にいたか理由も言えない男、こんな姑息な真似をしてあの子を泣かせる奴は別」
きつく俺を睨みつけると間を置いてから――
「文音の想いを踏みにじるようなことをしたら許さないから」
かつて女子にこんなキツい言葉を投げかけられたことがあっただろうか。
こんな突き放すように睨みつけられた経験はあっただろうか。
過去の記憶になくても現に今そういう場面に立ち入ってるんだ。
楓さんにしてみたら俺は毒、二人の仲を脅かす邪魔者、不安要素でしかない。
周知してる幼馴染の仲を取り持っていた所で素性の知れない他人の登場だ。誰が見たって俺の方が悪者だろう。
でもだから? 何もしないのか、彼女に近づけるチャンスがあるのに何もしたらいけないのか。
芽森さんが困ってるのに助けてあげたいと思うことはいけないことなのか......
「僕だって――俺だって......」
芽森文音を好きな一般的な男なんだよ!!
今ここで叫びたい気持ちはある、だけど口に出せずグッと唇を噛みしめる。
気持ちを誤魔化し楓さんに向けた偽りの言葉と違い本当の想いを口にするのは恥ずかしい。
芽森さんを好きだから、そう言えない代わりに出てきたのは自分でも信じられない台詞だった。
「そんなの知らないよ、学校は出逢いを求める場所じゃない......」
楓さんに俺と言う存在を否定されたような気がしてつい皮肉めいた言葉が出る。
なぜこんなことを言ったのか分からない、自分でも嫌になる。
違うそうじゃない、俺が言いたいのは、と訂正しようと思うも遅い。言った発言を取り消す暇もなく。
「なら勉学に励むだけの場所? スポーツに取り組む為の場所? あたしが出会ってきた中であんたが一番最低な男だよ」
楓さんは俺に背を向けると、そう冷たく言い放ち去って行った。
最低だって、そんなこと言われなくても分かってるさ、俺は所詮友達を裏切った最低の男だ。
どうせ今の発言も訂正した所で楓さんに疑われてることは変わらない。
それでも俺は......
一人残された俺はその場で茫然と立ち尽くすことしか出来なかった。




