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夕日に染まる教室で


 それから、何分、何時間経ったのか。

 俺は自分が眠っていたことに気づいた――


重い頭を上げて顔を左右に振る、水に濡れた犬の真似じゃなく意識を無理やり覚めさせようと思うも頭がボーっとする。そのせいか、うっすらとしか目を開けられない。

そう簡単に醒めてはくれないようだ。

 取りあえず今座ってる感覚からして教室にいるのか......

 寝惚け眼で教室内を見渡してみる。


 カーテンが閉め切られていない教室内はまだ明るく、窓側に近い俺の机は夕日が当たり影が形成されていて「ん......」その影を辿って見える綺麗な夕焼け空は眩しく思わず手で覆い隠す。

僅かながらオレンジ色の光彩が目に焼き付いたおかげか、感覚がはっきりしてきた――それと同時に眠ってしまう前のことを思い起こされる。


 確か芽森さんに残っててと伝えて、それでホームルームが終わり人がいなくなるのを待っていたらいつの間にか眠気がきてしまいウトウトと...... 俺は急いで教卓の上にある時計を見上げた、五時三十二分。

 良かった、まだそんなに時間が経っていなく安心し――いや違う肝心の芽森さんは?

 下校時間はとっくに過ぎているからクラスの皆はもう帰宅していたり部活に行ってる。もしや芽森さんも帰ったんじゃ...... 一瞬焦るも教室内、机を見てみれば彼女は座ってスマホを弄っていた。

それも数秒ほどで、椅子を引いた音が耳に入ったのか俺と目が合わさると席を立った。


そしてこちらに近づいて来て......


「おはよう、黒沼君」


「あ、芽森さん...... おは――え? おはよう?!」


 確かに起きたばかりだからその挨拶は正しいに違いないんだろうけど、果たしてこういう場合はどっちになるのか...... と考えるも笑顔を浮かべられたらそんな些細なことどうでも良くなる。

それに教室では言われたことがない挨拶。おはようって言ってまた夢を見せて、と脳裏に浮かんでくる歌詞とリンクするみたいに、何だか新鮮でいささかながら眠ってしまって良かったと感じる......


「ふふ、混乱させちゃった? でもこういう時ってどう言うのが正しいんだろうね。目が覚めたって言うのが一般的かなと思うけど、はは、私もよく分からなくなってきちゃった」


「お、かしくはないと思う。普通にみんな使ってると思うし......」


 多分おかしくない、昼夜問わず挨拶として使用されてたはず。

唯一敬語として用いることが出来る万能の挨拶なんだし。これはあとで調べてみるかな。

今はそんなことより。


「ごめん! 寝ちゃってたみたいで、自分から残ってと言ったのに......」


「ううん、私もちょっと図書室で時間を潰してたから...... それに起こすのも何だか悪いと思って」


 謝る俺に芽森さんは柔らかい声色で何とも思ってないと首を振る。


「そんな、ぜ、全然起こしてくれて構わなかったのに」


 こっちから誘っておいてこの様......

これだから能動的に行動するのは苦手なんだ。

 登校する時なら起きられないぐらい訳ない、親以外迷惑が掛かることはないし。いや親にも負担掛けさせるのは良くないか。

けどその回あってか今は二人っきり...... 


「それで話って?」


 という感動に浸る間もない、俺は慌てて返答を返す。


「あ、うん。男の子について知りたいんだ」


 そう返答すると彼女は少し驚き「え? それって」と辛辣な表情に変わった。


「前に黒沼君に話した男の子のこと? どうして黒沼君が......」


「えっと......」


 先ほどまでの和やかな雰囲気は濁り、一瞬にして張り詰めた空気になる。

疑問を抱くのは当然だ、彼女の過去のことに俺は何の関わりもない。

その表情を見た俺は言葉を渋り、当たり前のように話してくれると思っていた浅はかな考えは消え去りすぐにネガティブ思考へと変換される。


 ――ヤバい、まだ完全に意識が戻ってないせいか自分がコミュ障であることを忘れていた。

二言三言とはいえ、軽快な会話の流れで自然と口にしてしまったけど私情を親しくもない奴に話す筋合いはない。

 俺だってそうだ、良く知りもしない相手にプライベートを語るなんてこと、それに俺自身芽森さんに親しくない.....関係だとハッキリと言われてるから尚の事だろうな。

彼女の表情がそれを物語ってる、相談事に乗っただけで何を勘違いしていたのか。

彼女は他人、悲しいけどそれを自覚しないと......


「男の子のことを知りたいとかそういうことじゃないんだ...... いや結果的に言えば知りたいってことになるんだけど」


 彼女にとってはお節介で大きなお世話、干渉して欲しくない事柄かもしれない。

 俺には関係ないかもしれないけど、それでもこれだけは......


「理由...... と関係ないんだけどさ。例えば仲違いした誰かに謝れる機会があったとして、挙句、悩んでそのままズルズルと引き延ばしてしまい結局謝れない状態になって、関係が終わってしまったらそれで...... 後悔すると思う。それは多分この先もずっと続いていく気がする」


 おれ、おれ、おれ、おれ、おれっ、俺っ! 

 話が下手にもほどがあるだろう...... 接続詞がめちゃくちゃだっ。

嫌な空気のせいで変に緊張してしまったせいだ。でも元々りゅうちぇ――流暢りゅうちょうに喋れないからそれは関係ないか。

 話始めたはいいもの会話になってない、伝えたいのに伝わらないこの歯がゆさ、自分でも嫌になる。

これを言う為にわざわざ教室残ってもらったっていうのに...... 終わった。


「あの、今のは別に、忘れて欲しい......」


 どうせ今の言葉は伝わってない。

 口下手はこれだから困る。

失敗し代わりの言葉を、と思うも考えていたことはもう口に出してしまい先の言葉は出てこない。

芽森さんも「えっと......」と、どう答えたらいいか分からない声をこぼす。


 ほんと何しに来たんだか...... 


会話も途切れ、目に見えて落胆している俺を見かねてか「大丈夫」という一声が掛けられるも、沈んだ気持ちは薄れてはくれない。


「途切れ途切れで少し聞き取りにくい部分もあったけど、まぁでも黒沼君の言いたいことは伝わってるから、大丈夫だよ」


 え? 伝わってる...... あれで、 良かった――そう安心するも。


「つまり、何で仲直りしないのかってことだよね」


「え?」


 今度は俺が驚く、言いたいことが伝わったんじゃない。芽森さんは俺が言うまでもなく。


「気づいていたの...... 海音君がその男の子だって」


「ん、まぁ何となく、だけどね。名前も同じなんだし顔もどことなく幼い頃の面影が残ってるしね」


「じゃあ、遊園地で会った時なんで......」


 他人の振りなんか、そう言わずとも言葉を汲んだのか、芽森さんは微笑する。

 夕日のせいかその表情はどこか切なそうに思えた。


「本人の確証がある訳じゃないしね、黒沼君もいたし聞くのは悪いかなって。ううん、ほんというと大人数で楽しそうな雰囲気だったからかな。私ああいうのはちょっと苦手だから...... それに向こうだってあの様子じゃ覚えていなさそうだった」 


 きっと新しい友人たちと楽しそうにする彼の様子を見てそう思ったんだ。


「同じ学校なんだし、聞いてみたら」 


「ううん、多分聞いてもはぐらかされるだけ」


「なんで、そんなの分からない――」


「分かるよ」


 それ以上の言葉は出てこなかった。

幼馴染だから性格を把握しているのか、もう諦めているのか、芽森さんの真剣な眼差しにはそう思わせられる説得力があった。


 芽森さんは海音君のことに気づいてるのに、こんなに近くにいるのに、なんで......

かくいう俺も人に言えた義理じゃない。失敗したからこそ分かる、なぁなぁで済ませていても本当の意味で分かり合うことは出来ないんだ......



「黒沼君の思いは十分伝わったよ、ありがと。それと男の子、海君について知りたいんだったよね」


 芽森さんは俺に背を向けると窓際を見つめ、遠い過去を懐かしむように語り始めた。

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