彼女の場合は
いつからか止まってしまった時間がある。
人に言えば「何だそんなことか」と大したことがなさそうに思われるだろう、実際、重度ってほどのことじゃないかもしれない、程度の差は人によって違うにしても本人にしてみれば重いことに変わりはないから俺に気持ちを推し量ることは出来ない。きっと俺が感じてる物より何倍も、いや絶対辛かったはずだ。
悔やんでも悔やみ切れない過ち、だけど言い訳はしない。言い訳をした所で何があるという訳でもないんだ。いくら懺悔しようとあいつは......
それでも俺にとってはそれだけ大事な時間だったんだ。多分、それはもう取り戻せない......
***
教室の扉を開け自席に座ると全身の力を抜く。
学校に行くのがまだ慣れていない俺には教室でリラックスし難く家と同じような感覚では過ごせそうにない。
だから一度力を抜き、脱力感というのか一旦身体を落ち着かせる。落ち着かせたとこで何の意味はないけど、今日は早く登校しすぎたからか、教室内は人は少なくいつもよりは緊張感が解けてるようには感じる。
一息つき、落ち着いた所でさっそく寝入る。もちもん寝た振りだ。
まだ彼女が来ていないから人間観察もとい芽森さんを愛でることは出来ないというか、そもそもに、愛でるとは言うけどその意味は《美しさを味わい感動する》 俺の場合は愛と言うより目で見る、つまり目でるなんじゃないか...... どうでもいいか漢字を変えようと意味は同じなんだし。
それにしても、そろそろ自分の力で起きられるようにならないと、いつまでも母さんの手を煩わせる訳にもいかないだろうし俺としても恥ずかしい年頃になってる、優しく起こしてくれることに甘んじてる場合じゃないよな。
芽森さん仕様の目覚まし時計なら起きられる自信はあるんだけど......
『黒沼君、もう朝だよ。早く起きないと学校に遅刻しちゃうよ、早く起きよ、ね』
――みたいな、まぁこれは痛いか......
そんな彼女に知られるとアレな妄想をしている傍ら、扉が開く音がした。
「おはよう」
ゆったりと流れる水のような天使のせせらぎ否、芽森さんの透き通った綺麗な声に俺は瞬時に反応する。
教室に入って来た彼女は近くにいた女子に挨拶をすると、その女子達も挨拶を返す。
そして俺も心の中で「おはよう芽森さん」と挨拶を返すも、悲しいかなこの内なる言葉は当然彼女に届くことはない――
芽森さんが来てからほどなく楓さん、立花さんも教室に入ってくるといつものグループが形成されれば
、それに合わせるかのように俺も同じくいつものように観察する体制に入る。
これはもうお決まりになってることで、日課と言ってもいい。
単に俺の勝手な都合だろうけど、クラスの隅で目立たない子があなたを見てるという、ストーカー気質を疑わせる危ない奴という自覚はある。
だけど、見てるだけだから何も起こりはしないし、間違ってもそういう事案になることはないと断言できる。ただ人によっては気になる異性以外に好意的に見られることを気持ち悪がる人だっているのは確か。
彼女はどうなんだろうか、男子は苦手とは言っていたけど。
所詮は他人、友達でもなければ親しくもない、彼女にとって俺は男子B的な存在しかないんだ。
その先を求めるような大それたことは...... それに芽森さんには今でも思っている異性がいるんだから俺なんか相手すらならないか。
「――でさ、あいつがしつこいったらありゃしないんだよ」
「はは、大変なんだね...... でも悪い人じゃないと思うけどね」
「もしかして、もしかして、スクープだったりする?」
芽森さんはああやって何事もなさそうに話しているけど、思っている異性、海音君のことをどう思っているのか、実は同じ学校にいること、今でも覚えてること、あっちは気づいてるけど芽森さんはどうなのか。
その心情は俺には分からない。
***
「なにあんた...... 誰かに用なの? 名前言ってくれたら呼んであげるけど」
「え? あ、別に用がある訳じゃ......」
「そ、でもあんま扉前で突っ立てると変に思われるわよ」
「あ、ですよね......」
何ときなしに、2組の教室前に立っていると女子生徒に注意された。
いくら存在感が薄いとはいえ扉前に立ってると目立ってしまうのは当然ではある。
しかしこんないきなり近くで見られると...... 恥ずかしい。
目を反らしながらもその子を俺の前に立っている女子を見れば金髪ウェイブでいつも海音君と一緒にいる仲間の一人ということに気づいた。
背は俺より僅かに小さいが思わず委縮してしまうほどに鋭い眼光を向けられている。
しかし声だけは芽森さんに負けずとも劣らない、こういうのをアニメ声というのか耳にすぅーっと入ってくる心地よさがあるが、何をした訳でもないのにこの不機嫌かつ高圧的な態度、もしかして目付きが悪いだけかな......
「お、お気遣いどうも......」
注意を受けた俺は一度2組の教室から離れはするも、廊下を歩いてる風を装いながら2組の教室近くをうろうろする。
だからまたしても。
「あんたさっきからなんなのよ、目障り、うざいんだけど......」
そう言われるだろうと思ったけど、でも......
呼び止められ、再び高圧的な態度の女子と向かい合う形になりはするも。
「あ、えっと...... あの、その」
言葉が出てこない、大きい瞳で見られると尚更にドギマギしてしまい頭が真っ白になる。
そもそも俺は誰を呼ぼうとしているのか、もちろん海音君だ。
けど呼び出してどうする。「芽森さんと仲直りするべきだ」と言うのか、けど二人の事情を良く知らない俺なんかの言葉が彼に届くのだろうか。何より俺は芽森さんの事情は知ってはいても他人だ、何の関係もない。
海音君にしても自分のタイミングがあると言っていたし、俺が言わんとしてることは余計なことなんじゃ......
「なよいし、キモい」
う、うじうじ悩んでる俺が悪いんだけど、遂に、女子に言われたくないワードを言われてしまった。
そんなこと言われても言葉が出てこないんだよ、人と話すのは苦手だ、特にこういうタイプはダメだ。男としての自信を消失する、いくら冷めていようともこう、面と向かって言われるとやっぱり傷ついてしまう。ネガティブ思考がさらに加速させられるというか。
「どうした、真緒、えっと、君は――」
「っ......」
真緒と呼ばれた女子がいつまでも扉から離れないことを変に思ったのか、間の悪いことに海音君に話しかけられた俺は思わず扉から離れ、全力で自分の教室に戻った――
人生には取り戻せないものと、取り返せないもの、取り戻せるものがあると思う。
取り戻せないものは【命】、取り返せないものは【信頼】、そして取り戻せるかもしれないのが【絆】
俺と芽森さんは友達、幼馴染が離れていった状況は似ているけど、仲違いした理由は全く違う。
俺の場合はもう仲直りは出来ないだろう、それだけ傷つけてしまった。修復が不可能なほどの亀裂が入ってしまうともう話合うことも拒否されお互いの心が離れていく。その結果が今の現状だ......
だけど芽森さんは違う、まだ間に合う。
謝れる機会がある、話合えるような関係性は保たれている。
いくらだって分かり合えることが出来るんだ、俺は彼女の力になりたい。
――休み時間になり芽森さんが一度グループから離れ教室を出たのを見ていた俺は、同じく教室を出た。
目立たず、かつ不自然なく話かけるような状況、それは廊下を歩いている時。
そして追い抜かす勢いで廊下を歩き芽森さんを追い抜きざま呟いた。
「あの...... す、少し話したいことがあるから、今日の放課後教室に残っていて欲しいんだけど」
俺と話していると芽森さんにまた迷惑が掛かってしまいかねない、呟いた早々芽森さんから距離を取った。
俺の精一杯の耳打ち、届いたかどうか分からないけど......
後ろ姿と声で俺だと分かってくれたはず、じゃなければ恥をかいてしまう。
それはそうと、「出来れば二人で」と言うことを忘れていたと今更思ったのは芽森さんを追い抜き距離が結構離れてしまった後だった......




