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二人の馴れ初め


 肉付きが良くスラリとした身体、ラフでおしゃれに着こなしてる服。

もうこの時点で男としての差が出てる。散歩やジョギング用として着るのはおかしくない、俺は基本の服がそのジャージ、良くてベストを重ねるだけだもんな。

彼はベンチに座る俺の方に近づいてきた。


「妹の相手をしてくれてありがとう」


「え、いや...... たまたま通りかかって、保護者が見当たらなかったから、ほっとく訳にはいかないと思って...... 何かあったらあ、後味悪いから」


「注意不足だった、妹は善と悪の判断はつくとは思うけど気をつけるべきだな」


 俺にそう言うと、海音君は辺りを見渡した。


「もう一人男の子がいる筈なんだけど。唯華、柴龍君は?」


「え? えっと......」


「あ、男の子なら急用があるといって帰ったよ」


 唯華ちゃんは何やら返事に困っていたようだったので代わりに返事を返す。

 兄である海音君に喧嘩別れしたと言って心配かけたくないだろうし。


「そうか。そうだ、お礼と言っては何だけと 一人分飲みものが余ってしまったんだが? もしいるなら好きなものを選んでくれ」


 ああ、紫龍君の分か。帰えちゃったもんな、じゃあお言葉に甘えようかな。

えっと、ミックスコーヒーに、リンゴジュース、四ツ谷サイダー。

ペットボトルは子供が一息入れる量に適してないからか、どれも缶だ。

コーヒーは苦手だし、リンゴジュースも微妙、となると。

俺は差し出してくれてる袋から四ツ谷サイダーを取り出す。


「あ、じゃあこれで」


 

 さて、海音君も返ってきたことだし、長居は無用だ、帰ろう。

俺は軽く挨拶し踵を返そうとした途端「待ってくれ」と呼び止められた。

どこか真剣な目をしている海音君に立ち止まる。


「あの噂、あや...... 芽森とデートしたのは本当なのか」


「え......」


 なに用かと思ったら、今さらその話題を振ってくるとは。まだ噂が完全に消えたっていう訳じゃないけども。でも大丈夫だ、海音君も俺のことなんか覚えてないだろうし、ごまかせる。


「い、いや、人違いだよ。だいたい僕なんかが芽森さんと出掛ける理由なんてないし......」


「数週間前、食堂で噂を聞きつけた先輩が君に疑いをかけていた。こう言えば分かるか?」


「あ、あれは身も蓋もない噂だったよ、何であんなう、噂が流れたのか僕自身不思議なんだ」


 俺のせいだけど、それ俺のせいだけど、この人はなんでこんな...... まさか芽森さんにホノ字になってるんじゃ。体育祭では事故とはいえ芽森さんを受け止め、直で身体に触れたんだ、惚れてしまってもおかしくないか。

けどそういえば海音君もその場にいたんだっけ、食堂の件といい“嘘は嫌い”だけど、こればかりは仕方ない。

人って身を守る為ならこんな簡単に嘘を吐けるんだな、これじゃ大人をバカに出来ないな


「ほ、ほら芽森さんって人気があるからそういう噂の一つや――」


「お互い下手な芝居はよそう。そもそもおれは遊園地で迷子になっていた妹を保護してもらった時に芽森の横にいたのが君だと覚えてる」


 おかしいなステルス機能が壊れてるのか、それとも彼の記憶力がいいんだろうか...... ここでそれも人違いと言い張るのは無理があるかな。


「うん、僕も忘れてない」


「おれは何も責めようとか思ってない、ただあや――芽森が外で男といたのが驚いて」


 俺は、何を勘違いしてたんだろう。食堂でかばってくれたのは彼だ、学校、表では良い人キャンペーンをしてる可能性はあるにせよ、裏でこそこそ問い詰めようとする人とは思えない。

それに、ここでいう驚いたは学園で人気の芽森さんが男といたから、という意味じゃない。昔から知ってる仲での疑問だ。多分。


「芽森さんのことよ、良く知ってるんだ......」


「ああ、知ってる。小さい時から、おれとめも、あやねは幼馴染なんだ......


「そ、そうだったんだ通りで」


 幼なじみ......

確証があった訳じゃないけど、薄々とそんな気はしていた。

考えてみればあの時の芽森さんの様子も何か変だったし、つまりそういうことだったんだろう。


「とは言っても早い時期に引っ越してしまったからもう他人みたいな関係なんだがな」


「それなのに何で聞くの?」


「あやねは男が苦手なんだ、昔からおれ以外の男には話しかけようともしなかった...... まっ、高校生にまでなってこんな心配をすること自体おかしいか」


 目をつむり軽く笑みを浮かべる彼に対し俺は......


「別におかしくない、長年会ってなかったんだ。芽森さんを、友達を心配するのは何も変じゃない...... と思う」


「ああ、そうだな」




***


「おれとあやねは幼い頃からずっと一緒で、何をするにも、どこへ行くのもいつも一緒で兄妹同然に育ったんだ。他の子と遊ぶと拗ねるから必然的に二人で遊ぶことが多くて、そのこともあってかおれは他の男子達に女の子と遊んでる女々しい奴と――」


 なるほど、今は違うけど俺と愛美みたいなものか。

俺達も昔は良く――って、そもそも帰ろうとしてたのにどうしてこうなった......

海音君は唯華ちゃんに「少しそこらで遊んでてくれるか?」と言うと唯華ちゃんは「分かった」とお利口に返事をした後、なぜか海音君はベンチに座って、俺も自然と座ざるを得ない状況に......

お約束というか本当にこんな、人の過去話を聞き入る場面にあうとは。

この感じだと長くなりそうだ、帰りたいけど帰りづらい。


「――小学校に入ってもおれにベッタリでつかず離れずの関係だったある日、親の転勤が決まって......」


 転校して芽森さんと離れてしまったと。

まぁなくはない、俺が通っていた学校中にも転校していった人は何人かいた。

海音君は思うことがあるのか、少し間を空けて「それだけなら良かったんだけどな」と続ける。


「転校する前に喧嘩してしまってな、いつもはすぐ仲直りしてたけどその時はそうもいかなく、まぁ低学年男子の特有というか、あの頃の歳って女子と遊ぶと目の仇にされるだろ? だからおれが悪かったんだけど」


 性格の差はあれど小学生にもなると幼い頃とは違い、男子が女子と遊んでいれば他の男子達から茶化されたりして、恥ずかしいという自我が芽生える。

海音君もそうだったんだろう。


「それもまだいい、問題はその転校先が隣の区内で思いの他、全然近くで」


 海音君は力なく微笑んでいるけど、俺にはどこに問題があるのか分からない。


「ち、近かったならいいんじゃ、会いにいける距離なんだし」


「ああ、今思うとバカだった。まだ地図を理解していない歳だったとはいえ転校が決まりあやねと別れる時、少し...... いや大げさに事を告げてしまい、さらには喧嘩中なこともあって『いつかまた会いにくるから』と別れ際にペンダントまで強引に手渡して......」


 思い返してしているのか遠くを見つめ黄昏てる海音君。

ただ俺はそれより気になることがあった。なんというかムードがない。

普通、日の落ちた時に語りだすのが相場なんじゃなかろうか。

今は日中で雲に隠れて太陽が出ていない上、夕方でもないから当然夕日も出ていない。

おまけに廃れた公園で語られても...... かくいう俺もさっきまで浸ってたけど。


「近くなんだし謝りに行けばよかったんじゃ」


 俺は普通に思ったことを告げると彼から「あ......」と途切れがちの声が。

一瞬、聞き取れなかったが数秒とせずはっきりと聞こえた。


「謝りには行きたかった、しかしあれだけ盛大に別れを告げて......とてもじゃないけどおれにそんな精神力は」


「そ、それだけの理由で?」


 バカだ、海音君は本物のバカだった。俺はその何倍もバカな訳だけど......

けども気持ちは分からなくはない。

男と言う生き物は不思議なことで妙に意地っ張りだ。そんな劇的な別れ方をして、『実は隣町でした、あの時はごめんね、会いにきたよ』なんて簡単に出来ることじゃない。性格にもよるだろうけど、そんな簡単に出来たらどれだけいいか......


「それから、再び。今度は街から遠く離れた場所に転校が決まり、いよいよ距離が開いてしまうともう会いに、謝りに行こうにも行くことが出来なくなって......」


「じゃあこの町に戻ってきたのも」


「親の転勤先がたまたまこの地域だったんだ。まだ通う高校が決まってない時期に下見で一度戻っていた時、立ち寄ったコンビニで偶然昔の知り合いに会ってな。その時にあやねが受験を受ける高校を聞いて同じ高校の受験を受けようと決めたんだ、けど......」


「まだ謝れていなく現在に至る......」


 言葉を付け足すと海音君は小さく笑い、首を縦に振る。


「タイミングが、面と向かって会うのも気恥ずかしい感じがして...... けど、安心した。あやねがおれ以外の男と喋れるようになってて、はは、何だか過保護みたいだな」


 無邪気そうに笑う彼を見てると本当に幼馴染なんだなと。


「芽森さんは未だに男が苦手だよ、男子と話していることも少ない、だからなのか告白されても全員断ってるし、僕は背が小さいから男に見られてないだけで」


 だからつい対抗心を燃やしてしまうのも羨ましいからだ。

 そんな彼は俺の言葉に「いや」と一言。


「背の小さい大きいの問題じゃない。そんなことで男を克服出来るならとっくの昔にそうなっているさ。あやねは君だから喋れているんだと強く感じるよ」


やっぱり適わないな...... 一途に想っていられるわけだ。

見た目も中身も捻くれてる俺と違って、誠実で気に掛ける優しさもあって、自然と惹かれてしまう何かが彼にはある。


「こ、このまま...... 芽森さんと仲直りしないの、せっかく」


「謝る機会が出来たらかな、それに向こうもおれのことなんて覚えていないだろうさ。高学年や中学生ならともかく小学三年頃のことだしな」


「そんなこと――」


 ない。と否定する前に唯華ちゃんが駆け寄ってきた。


「おにいちゃん、もうお話しおわった? ひとりで遊んでてもつまんない。それに......」


 どうやらお腹が空いたらしく自分のお腹に手を添えてる。

無理もない、昼は過ぎてる。それに一人で遊ぶのにも飽きたんだろう、海音君は不満げな顔をしてる唯華ちゃんの頭を優しく撫でた。


「ごめんな。よし、帰ってお昼にするか。えっと...... 確か黒君だったか」


 彼は俺の名前を出そうとし、諦めたのか一文字だけ言うとベンチから立ち上がった。


「悪かったな、つまらない話を聞かせてしまって。じゃあ」


「え、あ、うん」


 挨拶を返すも話の切り方が分からなかった為に声がどもり気味になる。

情けながら横にいた唯華ちゃんが別れの挨拶を告げてくれた後も同じ反応になってしまった。

公園から去っていこうとする二人。一人ベンチに残された俺は海音君の背を見つめ独りでに語りかけていた。

そんなことない、今でも芽森さんは忘れてなんかいない。

だって彼女は今でも君のことを...... 想っているんだから――


何番善事かっていうほどのありふれた展開というものはどうしてこう安易に感じてしまうんだろう...

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