揉めに揉めた先に
この学校に入学して早1ヶ月ほど経った。
芽森さんに相談を持ちかけられたり、一際目立つリア充グループと頻繁に遭遇したり、楓さんに偽告白したり、色々あった訳だけど。その他に何かが変わったということはない。
それでも学園で過ごす中で周囲を観察をしていればいくつか知りえることがある。
自分のクラス内に限定すれば、芽森さんは男子に人気で楓さんはそっけなく立花さんは噂好き、それはあくまで俺視点での憶測だ。とはいえ優しい笑顔を浮かべる楓さんは想像し難い......
あとは――教室風景を頭に浮かべて見るも出てこない。
普段芽森さん達しか見てないおかげだ。クラスの情報が疎く朧げにしか思い出せない、知る必要もないけど。
それ以外だと一組の担任もとい栄田先生は基本誰に対しても順当に対応できることが見て取れてる。
話題のドラマはもちろんのこと、お笑いやアニメ関連の話もついて来れるせいもあって生徒たちとの距離間が近いように思う。崩した口調にしても親近感が沸くのだろう、だからか気軽に先生に話しかけにいく人も少なくない。
「あ、先生」
その栄田先生に気づいた生徒数人は声を掛けにいく。
「チア衣装か中々似合ってる...... いや、何かおかしくないか。うん、それはおかしいと思うぞ」
チア衣装に仮装した女子を褒めようとした所、視線を下に向けた先生の目が一変した。
歪な組み合わせなんだ。その指摘は正しい。
「立花さんが用意してくれてたんですよ、今は先輩達にも配っていってます。下は今日は冷えてますので、そのせいか男子は...... 見ての通りです」
「ほんと、こっちは着てやってるだけでもありがたいと思ってもらいたいぐらいなのに」
「先ほどからガッカリした顔をしてると思っていたが...... なるほど。ふ、まだまだ青いな」
先生が男子達の表情を確認する様子を見て、俺も視線を移す。
もう吹っ切れたようでさっきまでと違い文句は垂れていない。
何人かの男子はまだ納得していない感じでブツクサと何やら小声で発してる。
「しかし、チアガールか、デザインも悪くはないし男子はウハウハになるだろうな。その下に履いているジャージを脱げばの話だが」
「はは、まぁそれは、それより先生もどうですか、立花さんに言えば先生の分も用意してくれるかも」
先生のチア姿かぁ、あれ?
そういえばさっきから浜慈の声を聞かないな。先生のチア姿を拝めるチャンスなのに、とテント内を見ても浜慈の姿がない。ここにいないってことはう〇こか......
「だが断る。そんなきゃぴきゃぴした衣装を着る歳でもないしな」
浜慈の心情を代弁するなら、「そりゃあないぜゴメちゃ~ん」だろう。
チア姿を見ることがなくなった浜慈を想えば、惜しくも先生は女子の提案に断りを入れた。
「先生、いま何歳でしたっけ?」
「ん? 二十五だが」
「いや、十分若いじゃないですか!」
「全然歳なんかじゃなくね?」
「何を言う、お前たち若い者に比べたらずいぶんと歳を喰っているだろ。それとだ。七~九歳離れている若者に若いと言われるとな嫌味にしか聞こえないんだ、覚えておくといい。何より私は仮装が嫌いなんだよ」
二十五歳ならまだ若者の範疇なのに、ただそれは世間一般での見方であり先生からしてみれば歳と感じるのだろう。
二十代前半と後半では世間の認識も変わってくる。その中間に位置する二十五という数字はある意味大人と子供の境目と言える。だから先生のいうことも分かる気がするけど、俺から見ても先生は十分に若い、それに女性としての魅力もある。ハッキリ言って美人だ。結婚したいとは思わないけど......
先生のチア姿なら逆に年上女性とのギャップもありそれはそれで――
「芽森、てめえ。まさか自分だけ責任逃れするんじゃねぇだろうな」
栄田先生について考えていた後、思想が途絶えた。
振り返ってみると、またか...... という感想が出てくる。
宮村さんだ。
威厳を発し、再び芽森さんに突っかかってる。
そちらに耳を集中させると、宮村さんは「けど負けてる責任を取るべきだろ」とかなんとか発言し、衣装を着るように促してるみたいだけど芽森さんは躊躇してる様子。
やがて躊躇ってる芽森さんをじれったく思ったのか、段ボール箱から一着の衣装を手に取るとそれを芽森さんに押し付けた。
「同じ女として悔しいけどよ、芽森が着ればまぁ男は喜ぶだろ、それに小勢になってる原因をてめぇも少なからず感じてるだろ」
「それを言うなら劣勢だな、小勢は人数が少ないことだ宮村。無理強いは良くないだろ。芽森は着たくないって言ってるんだ、そうだろ」
「え? う、うん」
止めに入るにももう少しやり方があると思うけど、また言葉指摘しちゃってるし......
緒方君に振られた芽森さんは意表を突かれたらしく、返事を返すのに僅かな間が空いた。
「あ? 無理強いじゃねぇよ。ただ負けてる原因は芽森にあるから着るに安泰すんだろ、同じくてめぇにもその責任があるから着てみるか、まぁ野郎のチア姿なんて変な趣味を持ってる女しか得しねぇけど」
「値な、安泰だと不安がないってそうじゃなくて、なんでそういうことになるんだよ......」
「――これこれ、強制は良くないぞ」
緒方君の静止では聞き入れない所、先生もそこに仲裁に入ってくれた。
固い物腰ながら柔らかい声、栄田先生は不思議と安堵感がある。
さっきもいてくれたら今みたいに止めに入ってくれたに違いない。
「着るも着ないも本人の自由なんだ。人に着させたいなら宮村自身が着ればいいじゃないか?」
「はぁ? んでアタシがっ、劣勢になってるのは大半芽森のせいでもあんだよ」
今度は宮村さんが先生の発言に驚くも矢継ぎ早に芽森さんに転換させた。
ちゃっかりいい間違った箇所を修正する辺り、宮村さんは意外と......
違う、そんなことより。
「文音。真に受けることないよ、そんなもの着なくても結果なんか変わる訳ないんだし」
次いで楓さんがぶっきらぼうに言い放つ。
「芹沢...... アタシは分かってんだよ。てめぇ手抜いてんだろ、部活はマジのくせによ。期末が掛かってんの理解してねぇ訳ねえよな」
「別に、そんなつもりじゃないよ。自分が出る競技に備えて体力温存してるだけ。まぁ中間の範囲とやらはあたしはどうでもいいけど」
言動とその威圧感のある口調から不良を思わせられる宮村さんと、同じくきつい物言いだけどクールでどこか冷めてる感じの楓さん。
この二人の対立もある意味怖い......
ただでさえ今日は天候が悪く低気温なのに、それをさらに下回る空気を出してる。
ただ今は楓さんに軍配が上がる。彼女の言う通り結果なんか変わらないと思うし。それに芽森さんもこういうコスプレみたいなことは進んでやるような性格じゃない。
――そう思っていた傍ら、芽森さんは楓さんの言い分も分かるけど、と衣装を手に取ってみせた。
責任を感じてか少し間を置き「い、一回だけ...... 本当はこういうの苦手だけど、私の責任でもあるんだしね。責任は取らなくちゃいけないから」
恥ずかしそうに言うと、衣装を手に持ちテントを出ていった――
たぶん更衣室に着替えに行ったんだな、更衣室に......
と、いうことは、芽森さんのチア姿が見れる?
俺はそんな期待感が高まっていたが、楓さんと宮村さんはあっけに取られたようで呆然と立ち尽くしていた。
頻繁に使いがちな言葉(台詞)、同じく頼りがちな安易なパロ。
ボキャブラリーの貧困さはどうしようもない(泣)