最悪の告白
皆の視線が一人の男子に注がれる。
芽森さんに群がっていた一人の男子が叫んだんだ。
思わず教室にいる全員がピタっと静止する。
「誤報だよ誤報、どうせ誰かがホラでも吹いてるんだ。芽森さんがこんなことする筈ないっ、だろ健」
「ああ、だな。百%ありえねぇよ。誰だか知らないけど芽森も早く嘘だと言ってくれよ」
「まぁよく考えたら男を振ってる芽森さんがそんなことしねぇか」
男子達が次々意見を述べたり納得してる。
誰もが芽森さんに男がいないと信じ切っている。
けど、このものの言い方は女子達の反感を買いかねない......
そして予想していた通り『おい』という声が次々と聞こえてくる。
「はぁ?、聞き捨てならないんですけど。僻んでんじゃねぇよ。持てない男の僻みとかダッサ!」
「きめェんだよ〇ゲ、女と付き合ったこともない童〇野郎共が」
「芽森さんも女だし、普通に恋愛して悪い訳? 芽森さんも遠慮しないではっきり言えばいいよ、私はロボットじゃありませぇん、甘い夢見てんじゃねぇよってさ」
今度は女子達が反論する。一人が引率して前に出た途端横から次々と加担していく。
顔を怒りに歪め大口を開いてる様は淑やかさも糞もなく罵詈雑言を吐き出し、男子達を罵倒する。
その中にはいつもは大人しい感じの女子までも参加していた。
女子ってこんなに怖いの、芽森さんとは大違いだ......
男子も怖いけど普段、女子と接点を持たない俺にとっては女子の声の方がクリアに響いてくる。
この中に入っていくなんて無理だ。俺にはとてもそんな勇気がない......
やがて言葉の罵り合いは時間の経過と共に肥大していき次第に芽森さんに群がっていた男子と女子は二手に分かれ口論が勃発しだした。
一方で女子を弁護する男子の声も少なからず聞こえてくる。
教室中が震える、大げさに思うけどそう体感するほどの口喧嘩、耳を防いでいたくなるような激しい争い。
もう何言ってるか分からない。
「お前ら、芽森に嫉妬してるんだろ、自分たちがモテないからって逆切れかよ」
「は? 意味分かんないし。あんたが〇ッチとか言うからでしょ」
「おい、誰か先生呼んで来いっ」
「わ、私呼んでくるっ」
口論に加わっていない男子の声を受けた女子は教室から出て行こうと駆け出す。
これで収まればいいんだけどなと安心した瞬間、『バンッ』と机を叩いたような音がした。
再び声が鳴りやむ。
その音に駆けだそうとした女子はドアを開けず振り返る。
限界が来たんだろう、机を叩いたのは芽森さんらしかった。
「あ、あのっ! 喧嘩は良くないよ」
静かに、しかし大きめの声で呟いた声は俺の耳に届いた。
他の人達もその声を聞いて一旦言葉が詰まるが『え、でもコイツが』『はぁ?あんたがでしょ』
と再度口論しだした。
もう先生が来るまで大人しく待ってるしかない。とは思うけど芽森さんの目を伏せ悲しそうにしてる顔を見てると何か身体にこみ上げてくるものを感じる。こんな芽森さんの姿は見ていられない。
「あのっ!」
気づけば口にしていた――
普段言葉を発しないからか、珍しいのかは知らない。
だけど俺の発した一言に動きを止める人達は数人いた。当然数人だけじゃあ収まらない。
俺は息を吸い込みもう一度声を出す。
――あ、あのぉぉぉお――
今度は俺が出せる精一杯の声で叫んだ。すると、一斉に視線の嵐が俺を襲った。
瞬間、後悔という文字が頭に浮かぶ、何で言ってしまったんだろうと。
怖い、これだけの人の視線が自分を見てる。そう思うと足の震えが止まらない。
吐きそうだ...... でももう後には引けない!
「め、芽森さんとデートしたの僕です」
顔が熱くなるのが分かる、自白してしまった。
でもこの騒動を収めるにはこれしかなかった。
皆から、特に男子からは批判を受ける覚悟をしていた、のに誰も反応を示さない。
聞こえなかったのか? そう思った所で疑問の一言が静かに響いた。
「は?」
その一言だけでもどれだけの内容が入ってるのか分かる。
誰? 何言ってるんだこいつは? ありえないだろ。こんな奴いたっけ? お前みたいな奴相手にされる訳ないだろう。
明らかにそういったような思想をされてるに違いない。
そんなこと今はどうだっていい。今は気にしてる場合じゃない。
俺はもう一度現実を突きつける。
「あ、だから。芽森さんと一緒にいたのは僕でして」
「は? お前が!?」
だがまだ信じてくれないらしい、分かってた。俺が相手の立場でも同じ反応をするんだろう。
俺はさらに分かってもらうため言葉を紡ぐ。
「う、うん。ゴールデンウィークの水曜日に遊園地に行ったんだ。そこで学校の――あ、高乃塚真也って人に聞けば分かると思う。何組かは知らないけど」
名前を覚えるのが苦手な俺でも記憶してしまうほどはっきり思い出せる。あの軽そうな口調と態度は思い返しても嫌悪感を抱いてしまう。。
「......で」
「え?」
「何でお前が芽森さんとデートしてんだよ」
そう言われると返答に困ってしまう、俺が彼氏のフリをしていたのは理由がある。
ここでは言えない、もう関係はなくなったけど芽森さんが俺にだけ話してくれた特別な思い。
簡単に口には出来ない、漏れてしまう可能性がある。どうする。
「あんたが芽森と付き合ってんの?」
男子からじゃなく今度は女子からも質問が投げかけられた。
一番最初に反論した女子だ。そういえばいつの間にか口論がなくなってる。
これなら俺は何も答えずにもう座っててもいい――
「いつから、付き合ってんの? どこまでいった? 出会ったのは」
「嘘だろ! 芽森、こんな奴と付き合ってんのかよ」
って訳にはいきそうにないよな。だけどどうしよう......
嘘でも付き合ってるなんか言えない。
「あ、つ、付き合ってなんかいないよ。ただ、練習相手になってもらっただけで」
さすがにく、苦しいか......
「そうなのか?」
「え...... あ、うん。同学年に好きな人がいるからどうしてもって懇願されて」
女子が聞くと芽森さんは戸惑いつつもとっさに俺の話に合わせる。
狙ってなかったけど、助かった。ありがとう芽森さん。
「ふーんそっか、芽森もいいとこあんじゃん」
「まぁ、そうだよな。お前と芽森さんは普通じゃなくてもありえないか」
俺と芽森さんの詭弁にそれぞれが納得している。長かった質問もようやく終わりを迎えこれでようやく解放される、と緊張が途切れた瞬間――
「で、あんたの好きな奴って誰? 芽森に頼むぐらいなんだそうとう可愛い子なんだろ」
「そうだな。曲がりなりにも芽森とデート出来たんだ。お前には好きな奴を言う権利はあるよな、ってか言うよな。言え」」
地獄だ......
なぜこんなことになってるんだ。終わったんじゃないのかよ。
話題の軌道逸れ過ぎだろ。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だっ!
こんな大勢の前で何て、公開処刑もいいとこだ。おかしい、こいつらさっきまで喧嘩してたはずだろっ!
人の恋バナをダシにするなよ、いや、自業自得だけど......
けど好きな人といった手前誰かしらの名前を言わないと、芽森さん以外の女子。
あれ? 出てこない......
当たり前か、俺がクラスの中で知ってる名前の女子は芽森さんを除けば、楓さんただ一人。
喉を鳴らす......
言うしかない、けどもしかしたらオーケーの返事をもらえる可能性もあるよな、楓さんが誰かと付き合ってるとかは耳にしない。ひょっとしたらあるかもしれない。芽森さんには悪いけど俺も男なんだよ...... 気持ちを裏切りたくない、でも。
「お、僕が好きな人は、か、か、楓さんなんだっ!」
俺は芽森さんの横に立ってる楓さんに偽りの想いをぶつける。
バクバクと動悸が激しく鼓動する、心臓が破裂しそうだ。
前を見てられなくなった俺は顔を下に背ける。
恥ずかしい、去りたい、消えたい...... ダメだ!
一つの靴音がゆっくり近づいてくる、その音は徐々に少しずつ近くなっていってる。そして目前で『コツッ』と音がし止まった。楓さんが来たんだ......
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバ――
――悪いな、あたし付き合ってる男がいるんだよ――
瞬間、俺の人生始まって以来である初めての告白は最悪の形で終わった――