彼女と一緒にいた男
今日がゴールデンウィーク最後の日だ。実質的には土曜と日曜を挟んであと二日ある、かといって何も用事はない。
いつものように本を読むなりゲームするなりと暇な時間を潰して終わるだろうな。今だってベッドに寝転びながら活字を追ってるくらいだ。
しかし、俺は芽森さんとデートしたんだよな。あの芽森さんと、思い返すだけで胸に熱いものがこみ上げてくる。
だけど彼氏のフリをすると約束したのは一回だけだ、そして二日前に俺の役目は終わった。またいつものように芽森さんを机から見つめるだけの日々に戻る。それでも芽森さんの役に立てたなら後悔はない。本当はあってもないようなものだったし。数いる男子の中で俺を選んでくれたという事実はこの先一生の自慢になりえるはずだ。話す相手なんかいないけど......
「有真、あんたどうせ暇でしょ。洗濯でも干してくれない」
「了解~」
無論、親にだけは話すつもりはない――
***
当たり前だけど、何も起こることなく土曜、日曜と過ぎて月曜日になった。
家でだらだらゴロゴロしていたものの、珍しく遅刻することなく教室に入ることが出来た自分を心の中で褒めてやりたい。まだ浮かれ気分が残っていたんだろうな。多分そのおかげだ。
俺には挨拶を交わす人がいない為さりげなく席に腰を下ろすが、何やら教室の雰囲気がおかしい。ヒソヒソと耳を当ててる人もいれば、『おい、聞いたかよ。あれマジなのか』と人目をはばからずに話掛けてる。
一見、普段と何ら変わらないやり取りに思えるけど。今日は一つの話題で持ちっきりだった。
その元凶は分かってる、知らなかったとしてもこれだけみんな噂してるんだ嫌でも耳に入る。この噂の根元は――
ガラッと扉が開いた、視線の先には芽森さんがいた。
「おはよう」
耳障りの良い声が聞こえ俺は『おはよう』と心の中で挨拶をする。遅刻しなければ毎日聞こえる天使の声だ。返事を返さない訳にはいかない。もっとも俺はここ最近芽森さんと充実した時間を過ごしていたため声を聞かなくても脳内再生が余裕で出来る域にある。
その天使に挨拶を返したのは俺一人だけだった。正しくは返してないけど。
誰もが振り返るにこやかな挨拶に誰も挨拶を返そうとしない。いつもなら開口一番に返事をする緑ピアス子まで芽森さんを凝視している。
誰も言葉を発せず静寂に包まれてる教室の中、芽森さんもどうすればいいのか分からない表情になる。
この空気はいただけない。
「文音、あの話本当か」
その沈黙を破ったのは芽森さんの友達である...... 楓さんだった。また苗字忘れた。
静かな教室に心のある声が小さく響く。
「えっ?」
「みんな噂してるよ、文音が男とデートしてたって」
芽森さんは目を丸くするも楓さんが放ったその一言が火種となった、みんな一様に芽森さんに詰め寄いだす。
「ねぇねぇどんな人? イケメン? ってか彼氏いたんだ」
「この学校にいるの? もしかしてサッカー部の紺野先輩?」
「嘘だよな、芽森っ、嘘だと言ってくれぇぇぇ!」
「どいつだ、どいつだ、どいつだ、芽森さんとデートしたのはどこのドイツだぁ! ドイツ? そーれっ」
「なぁ、そいつとデートしたんなら俺と」
「俺は信じねぇぞっ芽森」
まるで好きな芸能人やアイドルの熱愛報道をスクープされたかの如く言葉のフラッシュが瞬く。たきこまれる。何か今地球儀が見えたような? でも皆の気持ちは分かる、本来なら俺もショックを受けていたに違いない、その噂の男が俺じゃなければだ。隠し通せたと思っていたけど、やっぱりか。
遊園地で遭遇してしまったリア充グループの中に怪しんでる奴がいた。流したのはそいつで間違いない、それを知った所で何も出来ないけど。
「ほんと男って」
噂に興味があればいない人だっている、中でも圧倒的に芽森さんは男子の質問責めに合ってる。
それを面白くないと思ったんだろう、俺の隣に座っている女子がボソっと呟いたのが耳に入った。見ると机に肘を乗せ窓の方角を向いて白けてる。多分俺もイケメンのことで噂されてたなら同じことしてるな――
「おーい、チャイムが鳴ったぞぉ、着席しろぉ。お前らも早く自分のクラスへ戻れ。皆おはようさん、とりあえず出席を取る前に先に言っておく。明日から体育祭の準備に入ることは知ってるな」
チャイムが鳴り担任が入ってくるが他のクラスの連中がまだ戻っていなかったのを見て一喝する。
それを聞き、芽森さんの机に群がっていた人達は(男子)ゾロゾロと戻っていき出す。
他のクラスの人達(野郎)もこの教室に集まるほどにショックを受けているんだろう。ご苦労なことだ。
俺は担任の名前だけは憶えるようにしてる、というかクラスの男子がやたら名前を読んでるので自然と覚えてしまった。
栄田 仔五女
担当科目は現国でショートカットに男口調。気さくな性格でゴメちゃんと呼ばれ男子と女子どちらからも親しまれてる。
容貌は俺から見ても十分に美人だ。もっとも芽森さんには叶わないけど。
教卓の前に立った栄田先生は一息吐くと話し出した。
「知っての通り二条高校は明日から体育祭の準備の為、一年~三年生まで色別に分かれてプログラムを組み練習期間を設けることになる。これは言わないでも分かってるな。それでだ、何の種目をやるのか迷うだろう、なので今日から皆で話し合うようにしとけよ。一日早めるだけでも違うからな」
いやいや、言わないでもって、俺知らなかったんだけど......
別に体育祭はどうでもいい、俺にとっては別の意味で楽しい。なぜならそうなると授業が減って嫌いな数学をしないで済む。というか体育祭ってこんな早いものだったのか?
「ゴメちゃんそこまでで質問があるんだけど」
後ろの方からガタッと音がした。
さっそく質問か、やけに積極的だな。まぁクラスに一人はこういう人が必ず出てくるんだよな。こういう人が引率してくれれば助かる。よっぽど体育祭が楽しみなんだ――
「俺の心の傷を癒すために一日デートしてくださいっ!」
...... またか。
まさかと思い振り向いてみると席を立ってる男子は手を上げ、栄田先生に熱い眼差しを向けてる。
この男子もよく懲りないな、いつもそう言って先生にあしらわれるのに。
「何を言うかと思えば、お前は。悪いな浜慈、ガキには興味がないんだって言ってるだろ」
言わんこっちゃない。
浜慈は先生にあしらわれ、動作を止めた。これで懲りないんだから大した男だと思う。
「じゃ...... い」
まだ何か言いたいことがあるのか、浜慈は何やらわなわなと震え出した。
まったく相手にされてないんだ。言い訳すると見苦しいのに。
でも分かるよ。その気持ちは、俺も憧れの人が。
「じゃない、ガキじゃない。先生、俺こう見えてもビッグマグナ――ぐっふぉぉぉ!」
「言わせるかぁぁぁっ!」
とんでもない爆弾発言しやがった...... 信じられない何て奴だ。
その奇言は栄田先生がすぐさま投擲したチョークのおかげで間一髪防がれ――てなかった。。
下ネタに勘づいた何人かの女子は『なにアレ最低』とヒソヒソと汚物を見る目で睨んでる。
残念ながら大半の女子からは嫌われただろう。
逆に男子は『スゲェ』と絶賛してる。この違いは何なのか。
***
『じゃあな、皆で話合っとけよ』
栄田先生がそう言って教室を出て行ってから二時間目が終わり、今は休み時間。
浜慈はどうなったかは言わずもがな、そして合いも変わらず芽森さんの周りには......
「はは、嘘だよね。君が僕以外の男とデゼニーランドでデートするはずないよね」
「どうせそいつイケメンなんだろ、やっぱり顔なのか!顔なのかっ!」
「ま、まさかこの学校にいるのか。あの先輩じゃ」
「まだ芽森さんと付き合ってると確定した訳じゃない。まだ助かる、まだ助かるよ、まだ助かる、マダガスカルっ! そーっれ」
「誰なんだ芽森、教えてくれ! そいつ殺すっ!」
「どんだけ良い男なんだ。芽森、今度紹介してくれない」
俺の目には先ほどと同じ光景が映ってる。この有様だ、どれだけ群がってるんだ。
ってかまた地球儀見えなかったか今? 誰か持ってきてるのか。
どさくさに紛れてミッ〇ーの声真似練習してるの奴、バレバレだからな。
こうやって今、心の中で突っ込みを入れ客観視してるけど俺にとっても他人事じゃない。この騒ぎを引き起こしてる責任は俺にだってある。
芽森さんはどうしていいか分からず苦い表情をしてる。無理ない、熱愛報道を激写されてるような気分を味わってるんだ。そんな芽森さんを心配してか楓さんや緑ピアス子は横で声を掛けてる。
この噂もいつかは冷めるだろう、だけど今はどうすれば――
――お前ら、ビッチと芽森さんを一緒にすんなよっ!!――
刹那、ひと際大きい声が木霊した......