ソワソワ、心中穏やかでない面持ち
「たでーまぁ」
--ガチャリ。
日もすっかり沈んだ住宅路。
程なくして、自分家へ帰ってきたものの。
どことなく嫌な予感があれば、『ソワソワ』と言い知れない不安感を覚えてしまうのは何故か。
「ただいま……」
「あら帰ったの」
リビングに行くと椅子に座った母さんが、テーブル上に頬杖を付きながらテレビを見ていた。俺は挨拶を返しながらもその正面の椅子には腰を下ろさず冷蔵庫中を漁りに行く。
「遅くなるなら一言連絡入れなさい」
「へーへー」
黒沼乃家に見る何時もの日常風景なのだが……
「ちなみに、今日はどこ行ってたの?」
「え、あー…… 特に何も。その辺をブラブラ」
「ほんとうに? なーんか怪しい……」
「ちょっと、本屋で立ち読みもしてたかなぁ」
「それにしたって最近妙に帰りが遅いわよね」
「それは……」
「デートだったりして!」
「期待値高過ぎんだろ!」
「あら違ったの、それは残念無念」
(また来週、なんてないけどねっ)
勘繰りから音を立てて両の手を手合わせ。
喜びの声を上げたのも一瞬、俺の一言で軽く落胆とした母さん。全く持って御門違いもいいとこだ……
まぁそうは言いつつ若干惜しくはあるのかも、知れないけれども…… それはそれ。
俺はカチャカチャと料理を乗せた皿をテーブルに置いて反論を返す。
「いちいち子供じゃないんだからさ」
「母に心配かけさせるなってことよ」
「それに…… 門限はちゃんと守ってるだろ」
「あの人はすぐ連絡してくれるわよ」
「父さんは律儀すぎるんだよ」
「ふーん言うじゃない」
言うもなにも誠ながらの事実なんだけどなー。
父さんは仕事柄か家を空けてる時間が程ど。
基本的に俺は専業主婦の母さんと家の中で過ごしてるだけに会話の投げ合いも多い。
その分懸命に働いてくれてるからこそ不自由なく過ごせてるわけでも…… ただはっきりいうと父親との会話は少なからず。何よりも小さい頃は愛美の親父さん、龍之介さんを慕って懐いてたものだからか余計に…… 性格的にも真面目で寡黙気味な父親との距離感がいまいち分からないまま今に至ってる気がする。
そんな父さんは今日も変わらず残業のようーー
「ピッピッカチュっと」
俺は冷めた料理を温めようと再びテーブルから離れる。
普段と変わらない動作でレンジに皿を入れたが。普段とは違う会話の流れもあり、ふと、何となしに後ろを振り返っても見た。
いつもの通りテレビに目線を移してる光景でも。
その姿はまるで、どこかポツンと…… いや。
「母さんは、さ……」
父さんのどこに惚れた--なんて、小っ恥ずかしいやな。おしどり夫婦と呼ばれる人達みたく、親の馴れ初めを聞くのは何だか妙に気色悪いしで。父親以前に息子が、男心にも母に対して聞く内容じゃない。
俺はおもむろに口から出そうとした言葉を飲み込んだ。そして思い出したように話を繋ぐ。
「あー…… ううん。それより。参観日のことだけ」
「んー、もっちろんバリバリに行くつもりだけど」
「いやいや、まだ最後まで言ってないから」
「含みを持たせなくてもそれくらい分かるわよ」
「じゃあ、ここ一番下の項目を読んでみてよーー」
俺は冷蔵庫に張られてる用紙を手に取り母さんに見せながら確認を取る。そこには。
【都合の付かない場合は別日でも可能】
「ほらこう書いてあるんだしさ」
「都合が付かない場合、でしょ」
「まぁそうだけど……」
「だって母さん、<暇>なんだもん」
必殺の前歯ならぬ一撃の刃……
有無を言わさずの確かな理由に口ぐもってしまいそうになるが。
ドヤ顔で言われた所で、はいそうですねって、なるものかよ。不毛とも言える親子の攻防でもここは引くわけには行かないっ。
「その為にジュウニジナンデスだろうよ」
「うーん、最近はホカホカ派なのよねー」
「そこは対して問題じゃないから! ってか、どっちでもいいし。だいたい小中と違って高校にもなれば親なんて来なくなるのが普通で学説的にも証明されてるんだよ…… 楓さんの親だって」
「……誰って?」
「あ、いや」
こうなれば、まくし立てるよう参観日の是非をも唱えるが大した効果は得られそうになく。どころか、そんなのは知ったこっちゃないとの態度で突っぱねてきた。
「あくまでも統計でしょう。知れたことよ、息子の勇姿を見れるなら時代もへったくれもないわ」
「恥ずべき姿の間違いだろ……」
「さてはどうあれ、親なら子の成長していく姿を見たいって思うわけ、幾つになっても我が子はかわいいかわいい子供のままなの」
「どういう理屈だよそれ」
「そこは子供を作ってみれば分かるんじゃない?」
「無理があるだろ、無理がっ、生物的にも構造的にも男が産めるわきゃないし」
「バカね…… 良い彼女さんを見付けなさいって意味よ」
「そ、それも無理過ぎるというか、無理こうむるというか、無理くたっ、てか」
「とにかく来て欲しくないんだってば!」
怒りにも似た感情というのか。
足を上げ下げな地団駄を踏みたい気分になれど、そこはグッと堪えて叫び立てた。
さすがに感情のままに言えば頷いてくれるはずだと。
「問答もなく嫌々説得させられたら無理には行かないわ…… 前々みたいに辛辣に拒否られようものなら、そりゃあこっちも色々考えちゃうけど」
ーーしかしながら逆に納得させられたのは俺の方で。
「今のあんた、"うんと"イイ顔してるものね」
凛と母親らしい眼差しでそんな誇らしげな言葉を掛けられたら強く否定は出来やしなかった。
もしくは愛美も言ってたように気付かない内に負のオーラが薄れてきてるのかも知れない。
目に見えないんじゃあ分からないけど。これだけは言っておかなきゃだ。
「…… 絶対、目立たないって約束してよ」
「ふふ、どうかしら」
「やっぱ無理無理、断固として反対っ」
「さーて、そうと決まれば何着て行こっかなー。ルンルンランランっと♪ 今から楽しみね」
……親の心子知らず(おやのこころこしらず)
この場においては子の心親知らずってなもんで。 どうにも、言い負かされた感じは否めないけど。
ソワソワの正体はこれの前触れだったのかと……
テーブル前でふつふつと煮えたぎったなら母さんの手料理は美味しいけどもだ。
どうしてこうなるのっ………… !
父さんがくれた熱い想い
母さんが残したあのまなざし
家庭の違いはあれ、かの名曲にも因めばーー
世間的な割合から見ても<父親像>と<母親像>の違いというのは。くっきりと別れてるように思いますね……
次話
【参観、面談、黒真ママ】