曲者に食わせ物、大切なればこその秘密事
「早く返してよ......」
腕で目を覆い隠そうものなら掠れいる声からも覇気が感じられなくなった。
「それがないと俺、オレ、おれ......」
内向的な言動といい何かしら雰囲気が変わったのは多分気のせいじゃない。
裏表ならもう一人の人格、あるいは誰かが憑依したかの変わり様なら先ほどまでとは別人並み。
一瞬同一人物なのかと思えてしまう程でも目前にいるのは紛れもなく信也君だ。
信じ難くはまことしやかに囁かれてる二重人格、だとて突発的な状況変化に動揺を隠せない。
それは横並びに驚いてる浜慈君も同じだろう。
言わずともこうなった要因は知れてるわけで。
「今のは良くなかったよ」
「つっ....... ついつい、調子づいちまって、な...... あ、いや」
他人であれ知人であれ人の物を勝手に取ってはいけない。
良心があるなら誰しもが知り得てる良識だろう。
悪気はなかったにせよ先に手が出てしまった――手を出してしまった、がゆえにワタワタと焦り始めた浜慈君はその行いを反省しては即刻謝罪の言葉を掛けいた。
まるで幼い児童を宥めるみたく。
「えーっと。あー...... ほんと、取り上げて悪かった...... この通り謝る。ごめんな、ほらこれ返すよ」
罰の悪い顔で受け渡し、持ち主へ返却。
察すればビクッと身体を震えさせたが。
差し出された手から、おそるおそる掴み取り。
手元に帰ってきたが否やゴーグルを首に掛けなおした彼、するといつもの調子が戻ったみたいで。軽く息を整えればあら不思議とさっきまでの雰囲気が一変。
謝罪の一言だけで気が済む筈もなくば――――
「...... 思わず取り乱しちまったが、今度はこっちの番だな」
辛くも運動力では浜慈君の方が一枚上手だったわけでも。
信也君の得意とさせてる武器は情報力、相手を陥れるなら腕力なんてもっての他。時に鍛え上げられた腕っぷしをも上回りかねない凶器と成り得るもの。
そんな彼の怒りを買ってしまったばかり、恨み晴らしであるなら信也君は真っ直ぐ相手の目を射抜くなり不敵な笑みを浮かべた。
「大多数が持っている、或いは抱えている人には言えない秘密、俺はそれを弱み事として捉えているが、浜やんも例に洩れずだろ」
と、再び発破を掛けてきたことで浜慈君もピクリと反応。
対抗意識からか語気を強めた声で応戦するも。
「あ、何が言いて――」
疫病姫
ポツリと告げられた”言葉”は果たして。
「てめぇ...... ! どうしてそれを」
今度は立場が入れ替わり浜慈君が取り乱し始めた。
何を取られたわけじゃなし、カッと目を見開けば動向をも丸くさせてる。
クラスのムードメーカーたるや、付き合いは短い中にもこんな彼の姿は見たことがない。
その一方。
主戦場を移そうものなら水を得た魚の様。
「個人情報だかんな、そこは企業秘密よん。本人から聞き出すのには、ちょっち苦労したけどもな」
「まさか、自分から話すわけっ」
「頭ん中では分かってようが許すことが出来ない......」
「つ......」
反発が反発を呼ぶ。
この、口を挟めない不穏なやり取りの中で俺はひたすら空気と化し攻防を見守ることしか出来ない、が...... ただ有利とみるや、ジワジワ浜慈君を揺さぶりに行ってるのは分かる。
「さしずめ『がっちゃん』って、トコかな」
そうして、遂にはあるワードが引き金となり――
「どいつも、こいつも、好き勝手言いやがって...... あいつは疫病神なんじゃねぇ、だから俺はそれを証明しようと...... したいと、思ってたのによ」
誰ともなし。
一人悶々とやり場のない怒りをぶつけるように言葉を吐き出す。
床に目をやるなりの歯ぎしり音。小刻みに震わした声からは、悔しさや至らなさ、苛立ちのようにも感じられるや。よりいっそう明るい表情が目立つ普段の様子からは想像出来ない。それだけに他人に見せることのない内なる部分。
栄田先生に熱を入れてる傍ら。
触れられたくない過去があるのだと。
...... この話はここまでだな
「とりま、痛み分けって事にしとこうや」
追い詰められればみるみると表情を曇らせていく浜慈君。
見るからに相手に反論出来る余地がないなら一方的に殴り続けてしまっているこの状況。
人の過去をほじくり返すのは好ましくないと思ってか信也君は自身でストップを掛けた。
互いが互いに弱みを見せ合った形で話を遮断。
察すれば、信也君は先程と同じような仕草でもう一度。
今度は取られることのないようにしっかりと手で握って自分の<弱点>を見せらす。
「ちなみにこのゴーグルは助けてもらった時に。とある人物がくれた代物で、今日の今まで肌身離さず首に掛けてる。値段や形じゃねぇ、俺にとって宝も同じなのよ。それを傷つけられたとなっちゃ...... 許すマジってな」
本気の怒り心頭での語り草。
きっと、人の物を取ってはいけないというのはこういうことなんだ。
値が張る物であれなかれ、その人にとっては価値が測りきれないからこそ。
使い古したボロボロのスニーカー靴も同じ、単なる物じゃなく思い入れという特別な存在に変わっていくモノ。
(ただ本当に大切なら机や棚にしまい込んでおくのも安全だと思うけれどもそれは野暮ってね)
「いいか、人にひけらかせない秘密を持っている間は俺をおちょくるような真似はしないこった」
そうして付け足し。
畳み掛けるよう警告を言い渡した。
一方で落ち着きを取り戻してか。
「くれぐれも気を付けろよ。前にも言ったように胡散臭そうな奴だからな......」
曰く軍配はドロー且つ引き分け。
話を折られて意欲がなくなったものなら頭を一掻き
浜慈君は溜息混じりな声色で俺に向けて警告を促してもくれるが。
どうにも様子がおかしい、気がするのはなして...... ?
「塚野郎、一つ忠告しておいてやるが。遊びだったら俺達の間に入ってくるなよ」
「んじゃ、しゃぶり尽くすつもり、と言ったらどうする......?」
グイ。
「そん時はお前ぇの穴にぶっ差してやるよ、沼像の為にもな......」
グイ。
――と、交互。
良いように胸板へと引き寄せられる黒姫様。
骨太なら逞しくて惚れ惚れする男の筋肉がそこにある。
ただし如何なる少女漫画ないしか、乙女ゲームでもこんな小汚い下ネタは連呼しないだろうよ。
当然レビューは不評の嵐。普通に考えてこんなデンジャラスな会話があってたまるか。
しかしながらこの殿様方には抗う力も気力も失せましたの。だからもう好きに掘ってやって欲しいですの...... なんて冗談もいいとこ。とんだマイネリーベ。
色々と脱力感も然ることながらも俺は今日一の突っ込み。
切り捨てザンネンみたくな声を上げざるを得なかった――
「いや、その下りはもう終わってますから!!」
金輪際は言い過ぎでも。
掛け合わせたらダメだこの二人......
* * *
「とはいえ、気のいい奴だよな。ノリもいいしで」
「悪ノリだろうとタチが悪いんだってば」
「むっふふ、実際イケる口ではあるもんでさ」
「あ、ええ。今...... 普通に引いちゃってる感じなんだけど」
「軽ーい冗談ね、間に受けてくれるなよ」
「信也君ってよく胡散臭いって言われない?」
「否定はしねぇ」
校内から出るなりお得意のジョーク。
口を合わせるのは疲れるけど約束があれば彼に付いていくだけ。
諸々あれだけ言い合っていた中で好印象を持てるんだから似たもの同士なんだろうな。
そうして色々考えていれば『疫病姫』と、つい口に出してしまったようで。
「気になるか、さっきの話」
「え、あ。少しは。でも人には人の悩みがあるだろうし。おいそれとは聞いてしまうのは良くないことだと思うから」
「そっか、......」
言葉を借りれば秘密=弱み事。
それぞれで悩みの種こそ違えど簡単に口を割れないからこその秘密事。
それは俺や浜慈君にもあったわけで、同じように信也君も抱えているであろうものの。
「あ、話変わるけど。そのゴーグルをくれた人物って、海音君だったり?」
「ああ。だからこそ、巻き込みたくはねぇんよな......」
答えづらいことも濁さない...... 所か。
こういう所は信也君らしく人間的にも憧れいる部分でもあるとも感じる。
「とりあえず付いてきてくれよ」
「ちなみに行くって何処へ」
マッ〇みっけ、今日ケン〇ッキーにしない?
お馴染みのフレーズながら相談するにも打ってつけの場所は数あるが一応聞いておくに越したことはないと。
そう聞けば彼はまたまた用意していたかのように即答した。
「俺ん家」
どちらの各も下げたくなくは、落としどころをどうつけるかも悩ましく...
手が出てしまった――手を出してしまった
どちらの言い方が正しいのか等、この一文だけでもめちゃくちゃ悩しい...
取り敢えずも次話【信也ん家のお姉さん】