口で言えないもの
放課後。
七夕案件が終わるも呼び出しを食らったことで浮かない顔をしている者が、1人ポツンと......
「――まぁ元気だせよ」
「――こういうこともあるわな」」
「――今度バイト代が入ったらメシ奢ってやんよ」
「――相手は教師なんだ、そうそうに上手くはいかねぇさ」
人柄の良さもあれば特に男子勢は彼を励まそうと声を掛けたり肩を叩くなり気持ちを汲んでくれてる様が見て取れてる。如何せん元気を取り戻すまでには至らなそうだった。
幾分熱量が分かっていただけに『断るのが忍びない』と......
ああ言っていた手前もう少し先だと思い、出来れば見守ってあげたいとしていた矢先でこのような幕引きは考えよしもしなかったこと。
禁断とはいえ卒業後には『生徒』『教師』の関係は終わりを迎えることになる。
第一に三年にも及ぶ学園生活で押しに押せば熱意に打たれてくれるのか。
純粋且つ飾らない本気の好意をぶつけられれば心持ちも変わってくるものとして、大人になるまで待ってくれるかどうか時間の問題もあったり。
あくまでも転勤などの予期せぬ出来事がなかった場合の想像図、可能性なんだ。
善は急げともあるようにこういう事は早いに限り。
先生自らが決断なされたのなら俺の出る余地ははもうないのだろうか。
だからといって他の男子並びに話し掛けないという選択肢だけは無いっ。
「まだそうと決まったわけじゃないから大丈夫だよ」
ただし他の人の声が届かないのなら、こんな一言もまた慰めににすらならない。
俺だって芽森さんに嫌な顔をされたり距離を置かれてしまったのなら立ち直れそうにないから...... と、帰宅する事も忘れ考えに考え込んでいれば。
いつの間にか、教室には俺と彼を置いて誰もいなくなっていたようで。
昼間の温かい気温もあればカーテンの開けた窓から日が差し込まれてる。
部活は週を跨いでからの再開となっている為にか校内に居残る人は少ない。
やがて――フラフラと倒れてしまいそうな足取りで席を立った。
椅子を引けば騒音が響くも気にしてられないと慌ててこちらも同じ行動を取る。
「浜慈君!」
熱りに叫んだことで俺の声に反応して振り向いてもくれたが。
らしくない顔を見せられたら首を絞められたように喉が閉じた。
老けるという表現が合ってるかはともかく酷く疲れきったような顔でいる。
以下の容子に数秒ほど棒立ち状態のまま静止、けれど呼び止めただけに何かを言わなければと思い、どうにか手の動作を交え「ドンマイ...... ケル」と、浜慈君を真似て激励の言葉を掛けてみたものの。
「へっ......」
力なく笑えど教室から出ていく。
彼の背中は寂しそうに影を落としていた。
***
「――でね、でね、そのあと」
「うん、その話もう5回は聞いたから」
「んもう、つれないわねぇ。息子のくせに」
「いうに息子だからだろ」
「だったら色恋の二つや三つ話してみなさいっ」
「そいつが無理なことは母さんが一番知り得てる筈でしょうがっ」
......せっかくの休日だというに。
あわや母親の話し相手になってる高校男児がここにいる。
あいにくと休みの日に遊ぶ友はいない、友達にはなったにしても気の知れた仲じゃないんだ。
一人っ子ならば男世帯、大黒柱の父さんは会社の方や地元の友人に呼び出されることが多い為に休みの日でも忙しなく、兄弟に姉妹もいなければこれが黒沼乃家の日常でライフスタイルだとして。不毛話を受け流しながらも頭の中で巡るのは、昨日の出来事。
皆の前で堂々と呼び出されれば痛告を受けたことはほぼ確定済み。
居た堪れないと思う他こちらとて恋愛経験乏しくは掛ける言葉が見つからなかった。
浜慈君のことだから次合う時には気を使わせないよう振る舞おうとするんだろうけど逆にカラ元気を見せられる方もそれはそれで......
「あーそうそう。あんた愛ちゃんと寄りを戻したんだって」
「ぇ――――」
クイックターンならぬクイックトーク。
何の気なしに話の流れが突に変わりゆけば、テレビ画面から意識が遠のいた。
「...... 知ってた、の?」
机を挟めば向かい合い。
椅子に腰かける母親の顔をマジマジと見つめるや。
俺は驚きのあまり声を震わす。
言い方からして諸事情が見え隠れするがその部分はさらさらに流し。
愕然とする俺とは反対に母さんは「主婦界隈の情報網ナメたらいかんぜよ」と、天童か坂本かの口真似。この際どっちでもいいことだが片目瞑りにウインクを織り交ぜつつ、さも当然といった顔で続けた。
「なぁんて。買い物ついでにね、中野さんが話してくれたの。登校も一緒なら時々、帰り道も並んで歩いてるとか、やっぱり愛ちゃんとは惹かれ合う仲なのよ。ふふ、親心に嫉妬しちゃうけど微笑ましい限りじゃない」
「だーから、いい加減そういうのじゃないんだって。居合わせたがのち帰る方向が同じなら、たまたま、仕方なく、隣り合わせになる『カタチ』、別に肩を寄せ合って歩いてもないよ」
「へぇ、男のくせに女の子を盾に言い訳しちゃうんだー」
「だ、だって本当のことだし」
そら見たことか。
ほんとにほんと中野おばちゃんも口が軽いんだから。
どうせ俺達の仲を心配してくれてのことなんだ、だからこそ筒抜けになるのは勘弁だと。出来れば母さんの耳には入って欲しくなかったんだけども...... そうもいかないよな。
「そ、それに愛美のことはじぇーんじぇん、これ~ぽっちも意識してないから」
「っていう割に声が裏返ってるけど」
おもむろにそこを指摘されれば意識しているも同然である。
全員が当て嵌まらないけれども陰の者に近しい男児なら女の子の前で緊張しない方がおかしいんだ。ましてや、初恋事情を差し引いても可愛いと思える異性なら尚のこと心臓の鼓動が激しくなってしまうと。
俺の返しに母さんは第二撃を放つ。
「それなら、芽森さんはどう? わざわざ訪ねに来られたぐらいなんだから」
「...... 知っての通り意識すらされていない」
(曰くほうきを隅々まで掃いてる黒沼くん、ってね)
「元々家に来たのも別の目的があってのことだよ」
「あら、それは残念。だけど女はね、その気がない男の人の家には上がらないものよ」
「どうだか、そこは一人暮らしの場合に起こり得る脈有り無しかの判断基準だろ。男にしろ、女にしろ深層心理なんて個々で分かる筈もないし」」
「まぁまぁへりくだっちゃって...... こうなると最終手段を取らざるを得ないわね。愛ちゃんだけに略奪あ」
「・そ・れ・以上言ったら怒るか、押し黙るっ」
いくら楽観的でも冗談が過ぎるってか。
先は言わせまいとして注意を促す。
複雑な事情や事柄が絡んでる場合ならなりふり構っていられないんだろうが。
性格柄そういった物の考え方は”好ましくないとするゆえに望むことはただ一つ。
「あんたがモタモタしてるから」
(人の気も知らないで......)
だとて口には出さないまでも。
俺はそう呟いたあと、正直な心の内を言い放ってやった。
「未練がないって言えば嘘になるだろうけど、もういいんだ」
――いまは宗助君がいてるから――
諦めにも似た息子の発言。
しかし今しがたのやり取りがあれば「フスー」っと鼻から息を吐き出しただけ。
呆れ返りつつもそれ以上は追及しては来ず。やれやれとした態度でガッカリ具合を現す。
「その様子だと気持ちを伝えてもいないんでしょ、まったくもう」
「大分、母さんのような『したたかさ』があれば違っていたんだろうけど」
図星なればその通り。
それでも自分の不甲斐なさに敢えて皮肉で返すことしか出来ない。
「でもその代わりにあんたは、ううん」
母さんは俺の言葉を受け流すと同時に何かを伝えようとして、首を振る。
そこもまた皮肉にしか聞こえないが「後手に回ると損をするとは言うけども」別の言葉へ置き換えた。
さすれば、あれそれ宣うは天真爛漫な様から一転。
「...... ほんとにそういうところ、照幸さんにそっくりね」
――慈愛に満ちた優しい眼差しを向けてきた。
穏やかな空気を纏わせながら幸せを実感してるみたいな表情。
きっと”父さんと”母さんにも色んな物語があってそんな日常風景の中に俺がいる。
自分の母親に対してこんな風に感じるのは照れ臭いばかりか何気に可笑しい事なのだけれども。
当時を重ねるように子を写し見てるその姿はまるで主人公に恋するヒロイン、だと......
なんて――思い浸るや。
「はぁああ......!!」
見下げるような気の抜けたデカい溜息、すっかりいつもの母親姿に戻っていた。
まぁ優しげな母さんも見慣れてはいるけど。
「何処かしこにあんたの良さを分かってくれるお嬢さんがいてくれたらいいんだけど」
「ちなみに聞くけど母さんが思う俺の『良い部分』って?」
「もっちろん、マ――母親思いな・と・こ・ろ!」
「まじまじと生真面目に言ってるならそれ女の人にとってマイナス面だからっ、そもそも”マザコン”じゃないし、そういう一言こそ要らない誤解を招きかねないんだよって」
結局こういう落とし所になるんだから......
別に俺のことはいいんだ、俺なんかのことは。
そものそもそも親の出会い話とか子供心に小っ恥ずかしくて聞きたかないし。
明くる日の日曜日――
昨日に引き続いて悩ましけり。
浜慈君のこと、芽森さんの事と問題が山積みだと。
残念ながら頭で考えようが出来ることは何もないのが現状。
一先ずは朝の愉しみである某番組を見終わったがのち。
決まったルーティンとして散歩に出かけることにした。
外は霧がかっていた事もあってジャージ服一枚だと肌が冷えると。
一旦家に戻れば下に何枚か加えて重ね着もすれば再びの散歩続行。
商店街付近など周辺を歩いていれば偶然芽森さんに声を掛けられないかなとか、少しばかりそんな予感も期待しつつ、目的地である本屋に行く着くまで思考を練る。
母親以外の相談相手が欲しいだなんて自分でも驚いてしまうけど。
せめてここぞとばかり頼れるような相手がいてくれればなぁ...... 人間関係が狭しくも誰か心当たりがあるとしたら【1人】だけ。だけども彼の家や電話も知らないし俺との関係もほとんど赤の他人ときてる。
話を聞いてくれそうな人物となれば、たぶん何日か前の楓さんもこういう気分だったんだろうかな。それなら俺も彼女に習って校門で待ちぼうけていようか。
ただ男が男を待つというのはどうにも。
かといって学校で会うのも周りに人がいて気が引けるというか。
名差しで呼び掛けてもらえば邪魔が入るは、ラブレター作戦も一度やってしまってるものな。
(どうにか一人でいるところに居合わせられたらいいものの)
物語なんてものはそう都合よく――出来て、くれているものらしい...... !
――行きつけの本屋さんで足を止めれば。
何時ぞやの芽森さんみたく、ちょうど店の前で開いた自動ドアからお目当ての人物が出てきた。
服装は重ね着と並々、涼し気な目元ならクールな佇まいとしたその様は、同姓にも関わらず目で追ってしまうほどで、女の人から見れば何倍もカッコよく映ってるんだろうなと...... じっと立ち呆けてもいられない。
本来なら顔見知り程度だけにあんまり会いたくない人達なんだけれども。
今回は幼馴染の間柄でいてる彼、海音君に芽森さんのことで相談してみたいなとして。
「あれ、君は......」
俺を視界に捉えた途端にも目を丸くさせた。
どうやら向こうもこちらに気づいてくれたご様子。
まずは礼儀として「おはよう」の挨拶が先だろう。思いつつも彼の顔を見て安堵してしまったせいもあり挨拶も掛けずに近づいて行った。
「えとっ、折り入って海音君に話したいことがあるんだけど」
「おれに?」
「実は......」
と、相槌を打ち口を開こうかとした時。
「控 え お ろ う、ここにいる方をどなたと心得る!」
まぁそうだろうとは思っていたけども。
てっきり1人でいると思い込んでいれば、やはり連れがいたようで。
「どこの誰でもないただの一般人だろ」
「いやまったくその通りでござりんすっ」
「どういうキャラ設定でいてるんだよ」
「そりゃあもう当然、適当でいておりやす」
「んな山門芝居に付き合ってられるか!」
そうして話し始めたのも僅か、仲睦まじい芝居交じりにて。
一目散に俺と彼との間へと割って入ってきた。
「と~ころで、黒スケ、黒やん、いや――確か黒沼乃だったな」