まだ見ぬ笑顔
『本命』『本題』とはもちろん芽森さんのこと――
であるなら回りくどい説明は不要。
結局は何度目かの忠告か諭す為に連絡をよこしてきただけに過ぎない。
俺はその事を承知の上で楓さんの声に耳を傾けいる。
〈正直あんたとの間に何があったのかは知らない、それを聞くこともしない。けど他の男連中より一歩先往きに特別視されてることは自覚した方がいい、これは忠告じゃなくて宣告。と、それから目移りしないとも言い切れない。一度は言ってみせたけどあれは納得させようとして出した言い分ってだけで一途精神は筋金入りだからね〉
証拠歴然、言われずともな事実。
実際、くすぶらせていた気持ちを小説に書こうとする程に想いを秘めていたわけで、頑張って一日彼氏を演じようがはったり再会してしまえば俺が隣に居ることすら忘れるぐらいでいた。特別だと言われようも今宵、浴衣姿を褒められてあんな嬉し恥ずかしい顔を見せるんだから。一方的には覗き見た形だけど到底適わないと思い知らされる羽目にって......
〈一筋縄じゃいけないどころか骨の髄から揺り動かすぐらいの気持ちじゃないと鋼のように硬いあの子の心には届かない〉
改めて、こういう後ろめいた考えに及ばせることも狙っていらしたようだ。
〈なにせ相手はあの〉
〈海音くん......〉
話の主導権を握られてるせいか聞き手に回らば。
向こうの饒舌に対してこっちは淡泊な返事だけ。
いけども、彼の名を出せば十分だと言わんばかりに。
〈あたしは【海音派】だから目に見えての協力は出来そうにないけどさ。精々頑張りなよ〉
得意気に告げてきたそんな彼女の口振りからはどこか安心感が垣間見られた。
幸にも放課後の教室にて芽森さんと関わりを持つことになったが早々。
怪しい奴だと睨んではその途中にも素性の知らない男子に泣かされてる場面を目撃した。第三者の視点で見ても警戒されるに決まってる事柄だ。
何分幼馴染の二人を親身に応援してる立場として俺はよそ者。家の中を徘徊するゴキブリとするなら忌み嫌われるがあまり邪魔でしかない存在。
だけども恋敵《危険因子》と見なされていたのは最初だけで見定めてしまえば大した奴じゃなし、取るに足らない男として思われてることは見るも明らかでいてると。
それを踏まえれば「果たしてあんた程度にあの子を落とせるかしらねい?」みたいな。
女航海士に扮した白鳥憲法使いなら「冗◯じゃないわよう!」ってね。うっかり一人脳内劇を口に出そうものなら引かれてしまうよ......
だけどもしかし。上から試されてるかのようなイヤな勘繰りをしてしまうものの、応援の一声を投げられたということは楓さんに認められたということに同意。
と、俺はそこである疑問を抱くに至った。
〈もし、仮に楓さんにもそういう心移りするような人が現れた場合はどうするの〉
こうまで気にかけているなら自分はどうなんだと言うぶっつけ。
即ち攻守逆転から核心とまではいかずとも、もっともらしく逆手に取ってみせた。
というに、等の本人はキョトンとした返事をするものだからか聞いた傍に驚かされるのはまたまた俺の方で......
〈それって『あんた』のこと?〉
〈へっ、なぜに”僕”?!〉
〈中学時代は文音と一緒に女子高に通ってたからね、おまけに部活は休みを取ってるし、校内でも男子と話す機会は指折りで数える程度。となれば距離感が近い異性は自ずと〉
〈ここに居てる......〉
芽森さんのことにしろ。
またしても耳に新しい情報だとして。
勝手に楓さんは掴めない性格だと思っていただけに、ここ最近の彼女は最初の印象と随分違って来てる。
質問を返せばスラスラと上機嫌に答えてくれたりで警戒心がまるでなくなってるなと、まぁ男として見られていないのだから当然といえば当然。
得体の知れない怪しい奴から陰気な軟弱野郎に格下げて見なされるは。
しまいにこっちの人間性が漏洩すれば思わせぶりな発言を言ってくるようになったり。
〈今、こうして話してる事も案外と運命だったりするのかもね〉
まさに、いや。
会話のネタなら......
男として思われていないだの、むっつりスケベとして揶揄われたりするのは自分の中ではまだ全然目を瞑れる範疇でいる。だけど今の発言は――聞き逃せまい。
〈だとしたら...... えらく、めっぽう安っぽいかな〉
教室にて机を叩き鳴らしたとあらば同じことが言えようものの、浜慈君や立花さんみたく気に触れる様な話題があるとしたら、多分俺はこの部分だろう。気づんとする内、楓さんへ向かって強気姿勢に口答えしていた。
〈互いに惹かれ合う関係とそれを思わせるような刺激や劇的な出逢いがあればこそだよ、それこそ最初の印象も最悪の形だったしで、簡単にその言葉を使うのもどうかと思う。さしずめどこかの大泥棒みたく、”俺”が君の心を略奪出来るかどうかって話なら別だろうけど、相手の了承も無しに結び付いてる赤い糸を無理やり引き千切るような行いは絶対したくないから。だから、良い関係を築けているなら、未知なる運命を信じるより彼氏さんを大事にしてあげて欲しい...... って?〉
自分語りともいうべき持論を述べるは生意気にも反論と。
否応なく言葉を紡いだのち、そこで「ハッ......」とし我へ返った。
〈ああいやっ、ほら! 楓さんの場合は優先順位だったり、何かと芽森さん基準だったりしてるもんだから、勝手ながらにお相手さん側の気持ちを代弁させてもらったといいますか...... そこはどうなんだろうっていう〉
離れ離れで散り散り。
巡り合えない関係性なら過去の自分とを照らし合わせただけ。
他人の人生観に首を突っ込めばそれこそ余計なお世話...... 等々。
速攻魔法と介して一人反省会を脳内で展開。
下手に出ていればいい気になりや鼻っ柱を圧し折られる前に釈明しないと。
そう、思わば果たして。
・〈夢見る女子は待ちいたり〉
・〈嘘から出たかの真〉
・〈心惹かれゆき背中〉
・〈互いを知り得た安心感〉
・〈もしくは渦巻く恋横暴〉
つらつらと語句を並び立てるや。
〈【赤い糸】と聞けば少女漫画風に例えてみせただけ〉
事に対する返答が的(要領)を得ない発言だったこともあり、唖然。
一見謎めいた言葉、詩のようにも感じられたがしかし、あるワード部分に注視しておいでからに。考えようによりはコロンコロンやジャップなど少年雑誌を好んで読んきている男の子との対比なら女の子も同じ、例に因んで芽森さんや愛美もそういう感じでいたけども......
俺からしてみれば楓さんの口から出たワードの方が意外だと。
〈お人好し思考な上、顔を合わせたこともない人の彼氏の有り様も心配してくれるなんてね。その似つかわしくも一本筋が通ってる感じ。うん、あたしは嫌いじゃない〉
思考が固まったのも僅か――
恋心とは、つまりハートを貫くなり盗みに行くと宣言したようなもの。
この場にいない彼氏を前に宣戦布告したのも同然ならば、先ほどは楓さんに言い切って見せた持論が鋭い刃となって跳ね返ってきたらしく体温が、みるみる上昇していくようで......
途端恥ずかしさが込み上がってもくれば話を逸らそうと試みる。
〈あ、そそそ、そんなことよりもあれ! 彼女お借り、じゃなくって...... か。借りの、ことだけどぉ...... そのあのえっと〉
〈――――――――ぷっ!〉
馬鹿にされたか、見下されてか、可笑しい奴と見なされてのことか。
途端にも人は耐え難く、堪え切れなくなると声が出てしまうものだろうけど、確かに吹きだしてみせた。耳越しに伝ってきた『それ』は話し始めて一度も聞いた事もない楓さんの笑い仕草。
薄めに笑わば軽快と、言葉遣いも物腰柔らげに聞こえてくる。
〈そんな慌てふためかなくたってちゃんと返すから〉
〈あ、うん......〉
〈何なら埋め合わせも入れとく?〉
〈え、でもさっき協力は出来ないって......〉
〈上手いとこ聞き逃していれば美味しいものの、そういう豆な部分も含めてあんたに協力を促した。というより願い入れたんだけどさ〉
〈それは楓さんの〉
〈ただっ、これをあたしが言っても気休めにはならないだろうけど〉
『本題』を切り出してくるなり夜な夜な十分以上にも渡っての長電話。
これで晴れて用件が済んだとみるや否、同じような会話の投げ合いは不要だとしてか。
いきなり重ねるようにして強く俺の声を遮ってきた。
そして――
〈黒沼がいてくれて”助かったよ”〉
「あっ。どう、致しまして」
...... なんていうこちらの返事は届かない。
遅れて反応してしまったことによる時間差も関係なし。
お礼を言われたあとはもう一方的に電話を切られたがためだ。
でも――見返りがあるからと、敢えてあそこで言い返すのも違う気がして。
それと、ふいに思った。
彼女はどういう表情で笑う人なのだろうと。
俺の瞳には疎らにも芽森さんしか映っていなかっただけに。
通話の向こうでどんな風に笑いかけてくれたのだろうかと...... この時ばかり、想像せずにはいられなかった。
古風な演出だけになんというか
そこはかとなく。こそばゆい......