星降る夜に(2)
覗き目ならぬ覗き耳から。
「ただ。しし座、さそり座、おおかみ座、てんびん座、へびつかい座」
海音君の説明は分かりやすくも随所で俺の中にある二次元的センサーが反応してしまうってか。etc......なんともに名前の羅列といい、それっぽい響きを聞いた事があるような、ないような。
「光害によって向こうでは三等星以下の暗い星を肉眼で見ることは難しいのか、夏の天の川についてはほとんど見ることが出来ないんじゃないかって言われてる」
と、一通り説明をしていた最中。
「”向こう”、かぁ......」
ため息混じり、しみじみと呟いたのは芽森さん。
即ち向こうとは遠い地方に位置する都市部のことで離れていた間に思うことも少なくもなく。やたらに気になる単語が耳に入ってくるようなので話の行手が変わる。
「あやちゃんにはずっと謝りたいと思ってた」
それは公園で顔を合わせど足を止めさせられた際。
『タイミングが、面と向かって会うのも気恥ずかしい感じがして......》
俺に話してくれたが未だに本人に話すのを渋っていた過去の出来事。
目線はそのまま前に、海音君は上体を起こした体制に変えるなり鬱蒼と囁いた。
「それなのにまた会いに行くからと最後に手土産を渡したっきり、ここに留まってる間なら尚のこと、顔を見せにも行けないでさ」
「そんな、いいよ。私も、私の方こそ頑固でいたり悪いところが多々あったから...... でも、一つ聞いていい...... ? いつこの街を離れたの?」
「中学生活が始まったのちの三年間はあっちで過ごしていたんだ。引っ越しは合わせて二回ほど、その時々で別れもあればまたと、お陰で彼等とも出会えたのかもな」
「それって前に海くんといた...... 遊園地で会った人達のこと。だよね」
「ああ、今となっては気の置けない仲間連中となってるよ」
...... 呆気なくは芽森さんの一言を皮切り。
気後れがちに口を割ってもいるがそこはなんともなし。
一度離れた関係なら心内を全て曝け出すことは難しいのか彼の歯切れが悪く思える。
だけど二言三言でも話し合ったことで晴れてわだかまりが解けた事にも変わりない。
『謝る機会が出来たらかな』
結局、俺が参入と何もしなくてもいずれはこうなっていたんだから、とんだピエロもいいとこだ。つって...... 相手が相手なら噛ませ役にもなりやしないか。
【男】としての理想でいたり憧れに至る対象とは違うにしても。
頭から足先まで完璧と優雅な振る舞いさながら海音君の声はよく通るよな。
芽森さんもリラックスしてるようで天使なる美声がいつも以上に響き渡ってたり。
何より、俺と喋る時よりも抑揚がある感じがありありと伝わってきて......
だからか数十メートル離れた位置にいるのにも関わらず耳にすんなりと入ってくる。
言うにまるで漫画の世界観、夢語り風にロマンを語りゆけば。
そうして織姫と彦星のようにまた再会出来たのも星の巡り合わせなのかもしれない。
なんて、悲観的且つ詩人に浸っていても二人の会話は続いてる。
海音君は話の方向を変える合図としてか部分部分に付いた草葉を払いつつ腰を上げた。
「しかしここも変わらないよなぁ」
改めて星がくっきりと見える澄んだ空気から懐かしいと嘆声をもらす。
そのせいかは反応早々。
「あ。やっぱり向こうの方が住み心地良かった?」
「まさか、交通設備やショッピングなど多方面で融通も利いて便利な反面、転校が続けば一から、新たに関係を築いていかないとって意味でも向こうでの生活は少し窮屈に感じてもいたよ。割かし、教室内では大人しい方で通っていたりなんかもして」
人々が溢れば賑やかしくも華やかなイメージと都会への憧れを抱く人も多くは寂しさよぎったのだろう。
どこか遠慮しがちに告げいた芽森さんの不安を他所に彼は鼻で笑い飛ばすかのよう軽妙と質問に答える、だが思い思いに語り始めど途中で過去を引き合いに出せば陰りが落ちたのを彼女は見逃さない。
それでも容易に触れられないのか、彼を知ってるなれば気遣いあってのことか。
意味ありげに察した感じでも何も言おうとはせず。
「海くんも、色々あったんだね......」
徐ろ、気に病む姿勢だけを見せるに留めた。
話合いの末......
内に解消できる問題もあれば心積りを曝け出させるだけじゃあ分かり合えないことだってあるんだ。
それほどに人間関係っていうのは複雑に絡み合い価値観の対立で歪みあったりして。どこかで掛け違おうものなら信頼を寄せる友人であろうと簡単に埋められない溝が出来てしまう。
俺自身はまだまだ<闇が視える>だなんて大層に表現出来る環境下には置かれちゃいないけど、少なからずある経験則から時には客観的な立場で物事を観ることが重要だと痛感させられたのだから。
だけどそういった負の部分を表に出していては相手側も気分を害す。
『脇役』に甘んじ目を背けて逃げるだけか、めげずに明るく照らす存在なら『主人公』なり得るのか。
一つに二つの選択肢を迫られた挙句に前者を取った奴がいれば、海音君は後者だ。
「――とはいえ、時間帯の有無でも暗い夜道は危ないだろうに”可憐なお嬢さん”がこの場に一人で来てるもんだから着いた直後に目を丸くしたよ」
「え......」
「まるで同じだって」
「...... ん」
「怖がりようもなくビビりようもないんじゃあ。然しもの幽霊だって出てきやしないか」
「えーっと、どういう意味かなぁあ~?!」
「威風堂々、あやちゃんのそういう所は変わってなさそうで多少なり安心もしたかなって」
なんだかんだありつつ。
「も、もう昔は昔、今は今なんだからね」
揶揄われようものならプンプンと文字通りわざとらしくある、お怒りの表現。
同じように立ち上がりいけば滅多に人前で見せることはしないであろう素の顔で、気の知れた仲であればこそ自然と出せる返し文句。傍から見れば微笑ましけりと幼なじみ同士のやり取りは伊達じゃないんだ。
彼も彼で「良く言うよ」と、せせら笑ったがのち。
「あやちゃん...... じゃないっ、あや」
言い直し二度に渡って名前を呼び上げた。
仮にもクラスが別々で友人に囲まれて過ごす学校生活。
廊下内でも体育館でも運動場でも何処にいようがすれ違い様、目線が交錯するだけに互いに認知はしていても立ち止まって話し掛けることはしない。両者共に会いに行けばいいみたいな考えがあったとしても性格上、それが出来れば苦労はしないゆえ。
中々に顔を合わす機会が訪れなかったと。
思い出話しに花を咲かせていた矢先にも。
「その、さすがにもう『君付け』はやめないか。馴染み深くあるだけに何かこう身体の内部分が気恥ずかしくなってきたというか」
ここぞとばかり。
照れや引っかかりを覚えてしまうとのことで、一つ頼みを聞くよう要望を伝えるが。
しかしやおかし、叶うことなかれ。
「無 問 題!」
斯様な提案は聞き入れませんと断然却下。
偏に、彼女は満点の星空をも色褪せるほどの眩さでそれを言い放って見せた......
「だって海くんは海くんだもんっ」
――――パキッン!!
名が示す通り、誰が水を差したのかは言うまでもなく。
羨むも束の間、知らずに足に力が入ってしまったのか小枝を踏み鳴らしてしまう。
とすれば、会話は中断、振り返れど「誰かいるのか?」という警戒心から海音君は芽森さんを守れる体制を取った。転じてジクジクとした空気感に見舞われてしまったわけだけれども......
(や、ややっ、やってしまった)
もう、完全にこっちを視感していらっしゃるよ...... こうなったら。
いや。どうするよ、どうやり過ごそう、どう切り抜ければいい――
「・口・を・閉・じ・て・て・」
――言われ咄嗟に口を塞いだ。それはもう両手でがっしりと。
2人に集中し過ぎる余りにすっかり俺一人でいてる気でいたが、ああ「横」に居たんだった......
こっちが気が動転となっていた一方どういう感情で様子を伺っていたのか。
名は体を表すなれば上手く見つからぬよう隠れなさっていた模様すで。喜ばしい事にウンともスンとも言わず依然として冷静でいた楓さんの助け船が入った。
打つ手がなければ切り抜ける方法が見つからない。
不甲斐ない上ここは楓さんの策に任せるしかないと。
チュ――――
こう、ならざる訳を棚に上げるつもりはなくても。
いくら”猫”の鳴き声を上げた所で誤魔化すには無理が。
『チュー、チュー!』
......って!
よくよく聞けば鳴き声からして――猫ではなく何故だか鼠の鳴き真似......!?
如何ほどに違和感たっぷりで、そのせいもあってかこの場にある筈もないカメラに向かっては二つの指と両手を交差!
【チューウ!!】
かの森に出て来る可愛らしい電気ネズミでなし。
干支をもじりは大らかにポージングを決めつつ喉から叫びたい衝動に駆られるもこう寒々とした映像が脳裏に浮かんでしまっては強靭なメンタルの持ち主でなければ耐え切れないと思い留まった。
なんて考えること自体が気の誤りでしかないんだろうな...... やる必要もないし。
それはそれとして。
地味め且つ冴えない中にもあやとりや射撃に秀でた人がいたり。
誰にでも、”俺”にだって一つぐらい取り柄はあるもので。
これが楓さんの特技と言おうものなのか意外にやも上手く似せていて驚いてしまう。先入観だけでいえば民家に侵入し天井裏に棲みつくなどのイメージがあるけど。
分布的にも山にコ◯っタでなく、鼠が出没するのは普通だとのこと。
「なんだネズミか」
「驚いて損しちゃったね」
だけにホッと安堵したようで警戒心を解く。
男の海音君はもとより流石は怖がり知らずの芽森さん。
そこは『何事もなく良かったね』という場面じゃなかろうか。とにかく。
ここは楓さんのおかげでどうにかバレずに済んだと...... そう思わば果たして。
止む無しに楓さんの一面を知ったところでその場から移動する次第となった。




