秘めたいが恋愛間、男心と母心
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背負った鞄、スクールバッグから振動が伝わってくればどうだろう。
緊張よりは驚きでその場に直立停止。俺の携帯に電話が掛かってくるのは両親のみで真に嬉しくもおこがましくメールが受信されていれば芽森さんだろうから。
ただ先ほどの様子見があれば何となく誰から掛かってきてるのかは予想出来るというもの。俄然待たせるといけないので鞄から携帯を取り出して電話に出た。すると予想は見事に的中。
実質は親か又は連絡先を交換した相手との二択でしかなく、ほとんど知らない仲でいてるのなら画面に耳を宛がった瞬間『しもっしも~』なんて軽弾みに切り出せない......
そこは普通に応答とし。
〈も、もしもし〉
〈あー、あたしだけど。もう家出てたりする?〉
うん、見慣れない番号とそのお声でも分かるよう電話の相手は楓さんだった。
当然ながらに新手の詐欺ですか? なんていうノリも言えそうにない。俺はもちろん楓さんにしろそういうキャラじゃないだろうから。
〈まだ。というかは今帰ってる途中なんだけども〉
〈残り居るあの二人はともかく、随分と遅めの下校だったんだね〉
〈えっと、もしや何かしらの支障があったりとか......〉
〈別に、あんたの事だから学校の帰りしなそのまま山に篭もるんじゃないかって〉
〈ぜ、・前・例・もあれば、まぁ制服のままだとアレだろうし一度家には帰ろうと思ってるよ〉
〈だったらいいけど。そっちの事情も考慮すればさほど急ぐ必要はないから、時間を見計らいつつ家を出るなり見張り役を全うしてくれるのならね〉
〈うん〉
〈それと、あー...... っ。こっちの話。じゃあ引き続いて宜しく〉
〈承りました〉
頷けども連絡事項として今一度の確認だけ。
依頼主と請負人の関係となれば淡泊に会話は終わるのが普通で。
そうして用が済んだのなら後は通話を切るだけ、なのだろうが。ふいと耳元で聞こえてくる不自然な響に反応してしまってか。喉を閉じる前に声を洩らしゆく。
〈あ...... その〉
〈ん、なに?〉
〈ちょっと、耳が可笑しいのかな、何気にピチャピチャっと水音がするんですが......〉
〈湯船に浸かってるからね〉
〈ゆ、ぶっ!?〉
〈Take a bath〉
〈...... え〉
〈だから風呂入ってんの〉
――――追い打ちに次ぐ追い打ちだった。
言い換えれば物覚えの悪い子に言いつけるかの如くで。意に介さず女の人の口から出た言葉と色めかしいワードから連なる三連コンボに思考が追いつかない。当然にも十秒と持たず脳内に於ける前景が展開、熱く燃ゆる火山が噴火しそうになった俺は。
〈ふっ、ふろ...... え。あーそう。ふろ、ろふ呂ねっ! はっははは、はは...... それなら、湯加減の程は如何ですかなぁ、なんて言ってみたり、して......〉
大々的に驚いた拍子から漠然とする受け答え。
聞いたその一瞬にも目が飛び出るかと思った、あくまでも感覚としてだけど。
まずコミュ症の人の特徴として話す言葉が出ないと思われがちでも、場合によっては口が饒舌になる事もなくはなかったりする。そして重要なのは饒舌と言っても達者な喋りとは限らないということ。更にその殆どは的を外れたようにその場凌ぎなツギハギ言葉となりは言語が崩壊してしまう恐れがある。事実話しかけられたのち、俺はそういうタイプでいてる......
〈ひ、人によっては丁度いい温度があるっていうし、ぬ、ぬるま湯よりも少し高めに設定していたりもしてね。楓さんは、ど、どうすっか...... ?〉
温泉に因んでは頭の中で流れゆく陽気な音楽。もしくは風呂電なら艶めかしい曲調と。
もうね何言ってんだこれ。
まるで旅館の主みたいな物の言い方といい、セクハラ案件だってばこれ完全に...... 電話越しとはいえ。ぶくぶく、ふつふつ湧き上がってくる感情にかの情景が浮かんでもくればどこからか監視の目が光り。
『これこれイケませんよ木〇丸くん』むしろ黒沼乃くんだ。
そうして、注意を促した矢先にもお目付け役の先生自身が鼻血を出して失神するまでがオチだろうけども。なぜにこんな下らない事を連想してしまっているのか...... コミュ力が貧しいからだ。
しかし――俺が楓さんの性格を良くも知らないせいもあるのかまさかの返しが。
〈んん実に快適っ〉
〈いや普通に答えんのかーい〉
〈そりゃあね、そっちが聞いてきたもんだからさ〉
〈いや、ごもっともで......〉
そうであれば思わず突っ込んでしまったけどっ。
これは予想だにしない振り。となればあれだ。アイじゃない、嫌に挙動不審が止まらないっていう感じだろうかな......
言葉の端々に音符が乗る程に機嫌がいいようでも。
普通なら『そんな事まで答える必要ないよね』等々、冷たく突き放されかねない事柄。ただまぁ楓さんの口から小鳥のさえずりみたく可愛らしい悲鳴が飛び出るような絵面が湧き上がらないのも事実であったりなかったり...... やも。
無駄話が過ぎたらしい。
〈準備に取り掛かるからそろそろ切るよ〉
「あ」
忽然と。返事を待つまでもなくいい加減通話を切られてしまった。
ので、脱力気味に天を仰いでは口からゆっくり空気を取り入れる。
タバコを吸う容量からたっぷりと息を吸ったあとに外へ吐き出す。
「すーはー......」
こうこう話しておいてなんだけど、
少ないながらに俺が接してきてる中にも苦手な感じの人だけあって楓さんとの会話はいつもながらに気を張ってしまう。元より緊張で固くならない異性なんていないけど。
まともに話したのはつい最近だとして結構心配性だったりするんだよな。
にしたって、風呂か...... っていやいや、なにも◯太くんじゃないんだから。ここはし◯かちゃんに変わって母さんの、ってそっちの方が色々ダメだ......
一方でサービスカットと題してのラッキースケベはもはやお約束。
もちろんリアルにそのような犯罪スレスレな甘い展開はないも同然、次第によっては彼氏彼女の事情により無くはまいが俺には無縁なものであると、しかしやしかし。
モワモワと想像せしめようとするのは男の性だから、致し方なし、なんダ......
***
そうあれこれ考えてる間に自宅へと到着。
鍵をドアノブに差し入れてガチャリ...... と開門。
「ただいまぁ」帰ってきた報告をするも「おかえり」の返事は待たず。
さっそく階段を上がりは自分の部屋へ直行し、こっちも準備に取り掛かる。
その為にはまず服を着替えること。
クローゼットの中にあるジャージ軍からどれにしようかなっと迷うまでもなく安定の黒だな。
夜間だったら逆に怪しさが光る中にも目立たずに行動するという意味では打ってつけだ。人類の天敵や火星と聞けば嫌なイメージを植え付けられたりするけど、より良い方向で考えればあの忍び戦隊だって人に隠れて悪を切っていたんだから、くすんだ黒でなく煌びやかなブラック。加えてリ◯ルケインってね!
それにしたって山、やまか...... 海を空を谷を砂漠を超えると、字面だけなら男さながらに冒険心が湧いてくるも、ピクニック気分でもなければ登山者気分でもなし、あくまでも監視官とする役目を全うするのみだ。
っと、帰るなり手を洗うのを忘れてたや。
まぁけどウェッティがあるからそこも問題なし。
しっかし遠目で見るとなれば諸々がいるなぁ。
それにお腹を満たす物も少々って、張り込みじゃないんだからさ...... いやそこは合ってるのか。双眼鏡片手にズルズルっとカップ麺を啜れば携帯しているトランシーバーでの呼び掛け。
『本部へ至急応答願います。犯人はアジトに立てこもったまま出てもこず。依然として動きを見せません。どうしますか』
『...... む』
『柳井さん? 俺あんたに命令されればいつでも行けますよ』
『黒島...... 何が正しいのかは自分で決めろ。責任は私が取る』
『ほんっとそういうとこ、ずっちーなぁもう!』
なんていう犯人確保の為に連絡を取り合う上司と部下の再現に見るやり取り。
刑事ドラマなら真似したい熱い展開の一つではあるけどもそれはそれ、これはこれか。
それでいて世界線がおかしいのか台詞回しが合わないのなんのって...... 名前のもじりはともかくいつの間に山本◯広にすり替わっていたのだろうか。
うん、まぁ......
キッチンから麺類の食をと思ったがお湯を沸かす手間もあって取りやめた。
ただ暇を持て余すだろうからせめてポータブルゲーは持参しとくか。
外出用の鞄に財布、ゲームを詰め込んで...... いざ参らん。
「――――あのさ、ちょっと寄る所があるから出掛けて来る」
極力と荷物は軽めに準備は整ったわけではあるが。
行先は告げずとも家を出るのなら口黙っての行動は出来ない。
そっと覗き見ると洗濯物他を干し終えたが故にリビングでくつろいでいた、その母親に声を掛けたものだからか...... 当たり前に捕まった。
「あら、有真。帰ってきてたの」
「あー...... うん」
「昼食用意するけど」
「お腹は空いてないかな」
「で、そんなに急いで祭りにでも行くの?」
今宵、任務遂行にあたっては親にバレずに家を出発する。
これが簡単なようで難しいミッションゆえ。
「いんや、本屋」
そう軽々と韻を踏みつつ嘘を吐くも、静々かしく聞いてきた。
「本屋ねぇ。ところでアイドルの子達に良い人が出来た時に使う用語なんだったかしら」
「ようご?」
「ほら良く言うじゃない【弟】ですって」
「あー、それなら隠語というやつぅ...... かなぁぁあ?!」
本来は特定の人物同士だけで通じるように仕立てた語だっけか。
物とする所有物でないが誰の物にもなって欲しくないという考えの元。
応援したいと思う反面で男の存在や女の存在を良くは思わない人も多くいる。
架空の存在だったアイドルの形はどう変わろうとも異性との関わりを知られれば妖精ではいられなくなったり。熱を上げていた最中にそういう背景が表に出てきようものなら自分という存在は一体何なのかと自問させられるというのか。
夢の国の着ぐるみ《キャラクター》に入ってる中の人の正体を知った時の悲しさを考えれば......
支持者とするファンの方に見限られないは後ろめたさを感じさせない為の業界用語としても浸透していて主にそれらの存在を隠す時に用意られたりされるらしい。
事をわざわざ訪ねてくる所が怪しいと――口に出したもので言わんとしていることに気づいた俺は盛大に固まったのち「へ? まさかまさかの疑ってる......」マジマジと母親の瞳を見た。
無論ともミッションは失敗に終わる、如何わしくも、目が細まったのがその証拠で。
「平日なら、こんな真昼間に出掛けるってなれば...... ねぇ」
「っいやいや! この格好を見てもみなよ。ワイルド感ゼロってか【黒一色】の成りだぜ? 場所にもよりけりだろうが女の子と出掛けるにあたって全身ジャージコーデで行く奴とかいないでしょ。そんな奴がいれば鼻で笑ってしまうよって」
...... よくもまぁ自分のことだけどもさ。
「ジョージク◯ーニーとか」
「いや発想! 言葉並びにも似てるけどっ、それとは別にギャグセンスも疑うって......」
「そこはあんたの受け売りでしょ」
「え、あ、そだっけ」
喜劇やコメディは好きな方ではあるけど。
人に寒々と言っておきながら自分が一番寒いという笑劇の事実。地球の裏、パワーやなしメンタルを強く持とう。
「服の良し悪しで決まるならカップルは五万と溢れかえってる、誰の言葉だったかしらね」
「うぐ...... でも外に行くならやっぱり服は大事で、たまには着飾ったりとかもしなくちゃだしで、不格好の姿見で隣に立つことを思えば流石に考えを改めたりしたり、なんかも......」
「分かってるんじゃない。だからあんたの言うコーディネートはコーデないとっていう決まりはないの」
「――それは言ってませんが」
キッパリと断固否定。
ここぞとばかりに記憶を捏造しないで頂きたい。
言われもしないオヤジギャグは母さんの持ちネタだろうに。
それはそうと男は身なりで決まる訳じゃないとは誰の格言だったか。
学生と大人では異性を養う目や価値観なり対象が変わるとも言うけど。服に関していえばモデルにブランドと変わり映えによる差はないように思える。
かくはいう母さんの服装は家用とラフではあるがオシャレチックだ。
俺としては愛美とばかりいたもんだから気にする必要がなかっただけであってそういう意識は他人同士の間柄であるなら尚更に持っておいた方が良い。女の子にダサいと思われない為にも...... 結局はファッションセンスがない奴がどうこう言った所でだな。
「時に、男子校なの」
「共学高ですけども」
と、話は打って変わり。
何故にか問い詰めとも言うべき<シンキングタイム>が始まった。
「デデン、ここで質問です。あなたは女の子と話したことがありますか」
「そりゃある......」
「ただし、知り得てる『芽森さん』と『愛ちゃん』は人数にいれないから」
「......なっ、だとしてもあるに決まってるだろ」
「ちなみにそれは何処で?」
「ど、どこって...... そんなこと母さんに関係ないというか、女子ならまずともかく、親に自身の恋愛沙汰を打ち洩らす男子が何処にいるんだっての」
「いるじゃない現に、私の目前にっ」
「ポジティブシンキングすぎませんかねっ」
宣うは何食わぬ顔で息子を指さす母親。
思春期の男児が親の前で恋話をする、無くはないだろうけどほぼ無いと断言出来る。少なくても俺は無理目。ましてや親と一緒にバルテラハウスやラブカートを視聴するとか冗談およしよって感じで。「この子とあの人はくっつきそうね」「えーだったらこっちの相手が」などと恥ずかしい会話もあったもんじゃない。
そこだけなら弾んだ会話が出来ようも絵面がピンク一色になるものなら母子特有の気まずい空間に包まれいく。コソッとチャンネルを替えても更に意識が倍増してしまう恐れだって大いにあるんだと、経験者は語る...... という事からも。
呆れ果ていけど言い様は速攻否定し、付け足し「仮にいたとしても他人の空似だと思いますがっ」と意を強く表明。
すると母さんは困ったか、悔しいかの如く頬に手を当てた。
「うーむ、我が息子ながらに押してたていけば口を滑らしてくれそうな気はしてるんだけどなー」
「いや息子だからでしょ? 押しに弱いっていうのは母親には通じないんだなこれが」
「それなら強引に押し倒してくれそうな女の子と出会いなさいな、でもって勢いに任せちゃってがバッと――」
「ヤらないから! つうか考え方がもうさ、品行方正も持ち合わせていないのかよって」
この楽観的思考...... 我ながらに母さんの子供であるという事が信じられないよ。
なんてありつつ昔の記憶を思い起こせば、まるで何処かの巨狼に一喝させられそうな人の気持ちも分からない奴。あの頃の俺は母さんの性格をそのまま受け継いだ生意気だ小僧だったっけな。今は父さんの性格を映したかのような成り立ちでいてるけど。
此の親にして此の子ありとは正にだ。
「あい分かった」
「え、何が?」
「そうやってムキになる所がよ」
「仰っている意味が分かりませんが」
「だって別に何とも思ってないなら普通に場所を言えるじゃない。校内でも校外でも嘘八百でも。あんたはそういう子だものね、ふふ。一瞬でも頭によぎったんじゃないの――」
「過る......」
た、確かに咄嗟に嘘を吐く事も出来た筈で。
それをしなかった、できないでいたが為に付け入られる隙を与えてしまったという。
いつもはこの手の話となると悪い方にばかり考えてるもんだから余計にか。何故こっちに急用か予定があればこそ否定言葉が出てこなかったわけなんだけれどもっ。
下がり調子、身震いから悪寒が走るは全身が痒いったらありゃしない。
(...... だったらどう言い包めようものかだ)
答えようにもよるけど時と場所を除けば母さんの言うように見知った女の子はなし。
芽森さん、愛美以外での出会いとなると立花さんとセットで千草先輩、別クラスなら小鳥さんに滝川さん辺りになるのか。ただ瞬間記憶としては最近の出来事が思い浮かんでもきて。今日まさに宮村さんとも口を交わしたとなれば喋った内には入るだろうし。
秘密裏というかは辛辣ながらにもう1人の方ともお近づきになるものなら――っ。
『一瞬でも頭によぎったんじゃないの』
こうこう女性陣を数えてる傍らにも今し方のやり取り。
脳裏に映り込まんとするは上がり調子、ほら見てもみなさい。得意げに言い放つ母さんの勝ち誇った笑み。してやったり風な。
そこまで考えさせられた所で『はっ......』と我に返り。
「バ、ばばっ、バカ言ってろよっ」
多からず少なからず出会いがそこそこに有れば。
恥ずかしいあまり母さんのお気楽思考をかき消そうとしたその寸前――
ブー、ブー、ブー......
なんの予兆も前触れもなく。
快活に鳴り響いてきたそれによって押し寄せるは鼓動の波、高らかに上昇しゆく。よりによって適度な期待感をよせておいでか夢想してる場面で、コレは まずいぞ と。
手に取ることもなければ着信履歴を確認するまでもなくプツっ。
...... 重々と冷や汗を感じつつ。
幸いにもポケットにしまい込んであったことでこの瞬間にも通話切りをすることに成功した。
だが、それは同時に怪しまれる行動だと見られかねないというもので......
「あら”どうしてか携帯の着信音が鳴ったわね」
「どうせ通知か何かだろ、そ、それに電話を掛ける相手”はもっぱら母さんしかいないから、って――ことでちょっくら出掛けてくるよ」
「どこに?」
「・本・屋・に! 値踏みだったり読み漁る感じで多分遅くなると思うからさ」
「はいはい、くれぐれも『相手さん』によろしくね」
「畏まりって、いやいやっ?! そんな誰々さんと逢引とかじゃないから」
マジに――――――!
見ざる聞かざる言わざる、逃げざるを得ないのなら振り返らず。
もはや母親に見透かされていようがいまいかは知らない。
俺は頭から湯気が立ち込まんとする勢いそのまま、家を飛び出た。
滝沢さん⇒滝川さん
話の流れで名前を出せたのでちょこっとだけ名前(名字)を変更させて頂きました
変えた所で大して変わらない、のですが字が一つでも被ってると何となくモヤモヤする感じもあったりしますもので......