三者三様、切望せしは純白性
ほん数日前のこと。
危うくも階段から足を滑らしては落ちそうになった、それも先生の隣でだ。
別に自分1人だけの力で運べたのになんて強がりはもう無意味だろう。
安全を期して力量を誤った結果の人数配分から任されたのは俺含めたのち三人の生徒。
俺の場合は多分、先生との対談があっての選考。
かといってそのような大それたものでなく運ぶにあたっての案内人でしかない。更に突き詰めれば、はみ出し者や、陰りのある生徒に光を与えるのも先生としての役割だと...... これも考えすぎか。
それよりは、二人に視線を向けてみる。
1人は浜慈君。
こうこうに自分のお陰だと鼻を高くするつもりはないけれども、栄田先生に彼の本気度を伺った甲斐はあったというのかどうなのか、そこら辺の心境のほどは分からないが。いの一番に名を呼ばれたものだからか表情は見る間でもなく心底上機嫌な状態にある。
内の1人、緒方君は委員長という役割をこなしていることから。
お目付け役といった感じだろうか。
普通でいえば身体付きが良い生徒に任せるものなんだろうけど、そこもまぁ置いておくことにして。
親交がない人にとっては立ち寄りにくい場所でもある。
上級生の廊下は下の階に比べても張り紙などが少ない為か落ち着いた雰囲気だ。
部活動の勧誘なる新入生歓迎ポスターを例に何かしらの情報は目に付く場所に置かれていたりする場合が多い。或いは先輩という立場になれば精神面も成長していくためなのか。
次第によっては上級生にイビられる事を恐れて下の階層は寂しくある所も存在するのだろうけど、この学校は平和的なようで安心、と。こう色々考えて廊下を眺めてみると下級生の立場が見えたりもするとかしないとか、適当且つ知った風な観察眼でしかないけども。
「さすがに先輩達のいる廊下には滅多に来ないからちっとばかし緊張しちまうな」
言いつけを任されて教室を出た俺達一行。
廊下を渡り歩いては今はちょうど倉庫として使われている空き教室にて足を並べている。
***
「っと、それで運ぶのはこれでいいんだよな?」
「うん合ってる」
部屋に入りなり明かりを付ければ――所狭しと物が整頓されていて。
実際には運んだ際その場所へ下したと言うべきなんだろうけど、歪ながらに布で覆われた物が隅の方に置かれていた。倉庫とあっても上の階は授業内で使われる教師用教材など片手間で運べるようなものが保管されている。とのことから、なぜ重い物をわざわざ上の階に持って行く必要があったのかと聞かれれば。
数人で力を合わせて持ち運んでは生まれゆく連帯感、なんて。
恐らくはこういう時の為なんだろうかなと。
「んじゃあ時間もないしちゃちゃっと運ぶとしますか。取りあえず俺と緒方が下側の重心を支えっから沼像は先端を頼むな」
「了解したよ」
浜慈君はしかしそれが何であるのかの疑問も持たずに指示を出し始めだす、も。
「...... それはいいとしてだ」
後方で1人様子がおかしい、見るからして腰を一歩後ろに引いている。
それもその筈で緒方君は『ごっほごほ』咳き込むと空気の悪さから嫌々にスーッと窓際の冊子を指でなぞった。
「倉庫なだけあってこんなに溜まってるよ、頼むから埃ぐらい払っといてくれよな」
「あれ、緒方って<綺麗好き>だったっけか」
「ああ、まぁな」
と、何となく問う浜慈君、さらには。
<潔癖症>だってんなら”宮村”は平気なのな――
知らぬ存ぜぬ。
些細な会話元からそれをこじ付けと取るべきか否か。
余計な一言を備えてみせたおかげか何気ない一言から一転。
「誰が、なんだって?」
「見た目的にも色々と目に毒というかあのヤリ手な感じとか苦手そうだけど」
「それとこれとはまた別の話な、ってその事は今関係ないだろ! なら逆に聞くけど愛しの”ゴメちゃん”が汚れてしまっていたらどうなんだよ」
「は...... はぁぁ!!? 汚れてる訳あるかっ! 何の恨みがあっての言い草だコラっ」
「いーや、大人の女性なんだ。悲しい事だけどな、ある程度の経験は積んできてると思うぜ。散々自慢げに言うようにオトナの色気があるだろうから」
「はっ。言わせておけば。そっちこそテメーの女の噂、知らねぇとは言わせねぇな...... 信憑性が高いのはむしろ」
「言うな言うなっ、そこは出来る限り考えないようにしてんだよ馬鹿野郎がっ」
口端がヒクヒク、眉間はピクピク。
罵り合いから互いが互いの傷口を広げいる。
責任転換ともまた違うにしたってこういう事も擦り付け合うというんだろうな、と。取り留めない感想から人事のように二人を観ていたのち。
「所でだ――そこで自分は関係ないからだと言わんばかりに逃れようとしてる奴が1人いてやがるが。言っとくけどな沼像、てめぇは違うからと安心しきってるんじゃねぇぞ?」
なんともまぁ......
ここで思わぬ流れ弾が飛んで来る、言うは反射弾
会話に割って入るつもりなんてなかったというに、巻き添えもいいとこだって思うにしても浜慈君にしてみれば俺も三様とする参加資格を持っていると。
あたかも、候補者として挙げいる人物は決まりきっているかの如く......
「”芹沢”なんか特に真っ黒だろうよ、黒(沼)だけにな」
「風評被害もいいとこだな。黒沼乃、浜慈の言うことを鵜呑みにするなよ。例え”芹沢”が汚れていたとして、中身は純白かもしれないからな」
「言って否定になってねぇだろうがよ、しかし本人談で彼氏の話がザックリ出てるとなりゃどうにも怪しいのも確かだわな」
「いや、あのそういう――」
「あんまり関わりがないから真相はどうだか、あの歯に衣着せずな感じからしても白くある線は薄いような」
「勝手な言われは本人にとっても悪いんじゃ――」
「となりゃあ黒い線が濃厚か」
「か、”楓さん”だって汚れてなんかいないっ!!」
...... イヤに黒い白いだのと耳元で唱え続けられる事への反発か。
その感情の爆発に驚いてみせたのは、何を隠そう自分自身で一瞬靄が掛かっては叫び声を上げていた。
俺は一度楓さんに告白をしている。
気持ち的には嘘だとしても想いを口にしたという実例がある。
浜慈君はともかく緒方君からは『振られて尚、諦めきれていない男』
一辺倒な様子で、言わんとした目線を向けられており。
声を荒げてしまったという後悔よりも先に込み上げてくるのは何とも言えぬ恥ずかしさ加減......
「と、体感的には思っていたりするんだけど。さすがにそれは残念な事ながらに薄い希望なのかなぁ、とも思えたり...... 思えてしまうというか」
出来れば追及は避けたい。
悟らせないよう口早に言いたて捲るも歯切れが悪い為にか煮え切らない言葉使いに。
「思えてしまう、か」
そんな風に俺が後に続く言い訳を出そうとして。
緒方君は神妙に呟いた。
「事実彼氏の存在と、証拠を見せられたのなら教室中での芹沢の発言、発足からしてやっぱり年上の男と寝て......」
「っと――そっから先はなしだ、緒方っ」
瞬間、止まざる速さで口元へと振りかざされる腕。
空いた口が塞がるというのか。
見るがまま「あ、ああ......」間の抜けた声で返答するしかなく。
「さすがに生々しい真実味を受け止めるには俺達は幼稚っぽすぎるってか。こっちも言い過ぎだった」
今一度の証明から恋焦がれるほどの熱量を感じ取られてのほど。
浜慈君は俺に惨憺たるや、悍ましい想像を働かさせない、又はイメージが膨らまないように止めを、入れてくれたと言うべきなんだろうかな。
栄田先生、宮村さん、楓さん...... は、どういうわけか。
ついムキになって否定してしまった自分がいるけど。
それぞれ大切に思う異性が他の男と親しい関係にあるとして男心に思わしくないばかりか、恋愛観の違いから比較されることを良しとしない。
犬も食わぬは、頭の上から水をぶっかけられようも笑って事を済ます。
但し友を傷つけられるようなことがあれば武器を持たずその身一つで駆けつけにいくと......
まずもって理解出来ないであろう下らない頑固なプライドを用いることからも彼女に処女性を求めてしまうのが男という生き物だろうから。
依然、苦にも似た顔を崩そうにもない浜慈君。
軽く俺の肩にポンっと手を置きながらに幾度かの忠告を告げいた。
「あのよ。散々に釘を差すようだが、一途精神はもとよりこれを機に他の女に乗り換えるってのも悪くない選択かもしれねぇぜ。沼像にとってもな」
「の、乗り換えろって......」
「ん、ああ、言口が悪かったみてぇだな。芹沢に対しての想いはキッパリ忘れろってことよ」
「泣き寝入りするよりはって?」
「そういうこった」
頷けども、辛辣ながらの補足。
「こればっかしは消臭剤、いや芳香剤で綺麗に出来るみたいな問題じゃねぇからな」
懸命に拭き取ろうにもこびり付いた沁みや臭いは簡単に取れるものじゃない。
例え方にしては分かりやすく妙に納得してしまう部分がある。
ただし、ほんとうに汚れきってるのは人間の穢らわしい心だって、誰が上手いことを言えと......
掬っては1人でツッコむ寂しさ、拾ってもらうのもそれで嫌なんだけど。
今しがたの話題は浜慈君に始まって浜慈君で終わる――
「まぁなんだ......やめようぜ、こんな不毛な話。どちらかと言えばみみっちい言い争いをしてる俺達の方が薄汚ねぇわ。それに意中の女が汚れてるだ、汚れてないだのは関係ねぇ。互いに愛し愛されるがベスト、男女関係なんてそれでいいじゃねぇか...... な」
余剰を感じるというのか、しみじみ言うと独りでに納得するかのように。
目元を細めたのち安らかなる表情を浮かべる...... 無論どの口がいうのかと。
『おい、勝手に良い風に纏めてんなよ』
横からビシっ! 手刀を刺し入れたが瞬間。
「だけど浜慈君のいう事にも一理あるんじゃないかな」
それに感化されてしまったらしい俺は口を挟んだ。
「仮にだけど、白馬を象徴とした純潔を保ちいるシンデレラの可能性は根本的に無いと考えるとして。二人はもし想い人が先に男女の段階を踏みいる、大人の階段を上っていたとしたら、その子を嫌いになったりする?」
この場で一つ俺も真剣な意を論じてみよう。
かのような気持ちから、二人に目配せして言ってのけた訳だけれども......
「人は見かけによらずって言うがよ、なかなかどうして。切り込んでくるじゃねぇか」
「意外ともいうのか、黒沼乃って厳しめに現実を見るタイプなんだなって」
「え、あ。いや、リズムリアリズムというより。単に可能性の問題というか、幼馴染でもない限りはその人の素性だって知れないだろうし、だからその前もっての準備とか、心は持っておいた方が良いというか、みたいな」
小っ恥ずかしさが故、二人の純粋な反応にしろどもどろになってしまう。
『覚悟を持って然るべき』、
咄嗟の事とはいえちょっとカッコつけた言い回しだよなって。
「親身に接してくれる幼なじみねぇ......」
「毎度世話を焼いてくれる子なんて実際いる訳ないよなぁ」
...... ガックシ、というか。
まぁ、二人には上手く伝えられてはいなかった模様。
伝わっていようがどうなるってものじゃないんだろうけど。
男女関係を指摘されども、あくまでも他人事であればこそ言い切れようものだ。
各々に想い繋いでいる糸がどう結び付くにせよ......
自身が好きになる相手を他の人が好きにならないとも限らない訳で。
それだけにもし自分以外の人間がその誰かさんを幸せにしてくれると”強く”感じてしまったのなら、その時は――――
***
「ってな訳で、要らない話はここいらで締めにしてそろそろ運ぼうとしようや」
しばらくして。
当初の目的を思い出したのか声を大に告げたのは浜慈君。
立ち往生し且つ、華やかさとは程遠いむさい恋愛思想に花を咲かせている場合じゃないと。
言うが速く、腰を上げてはせっせと物を運ぶ。
重い箇所は二人が支えてくれるという事なら物量的に三人いれば余裕だったが。
逆に栄田先生の力量が二人分だったと考えても情けなく思うが正直な所。
「この程度、余裕余裕っ」
「言って油断して足を踏み外さないといいな」
口笛混じりに楽勝楽勝と連呼。
俺と比較すれば力の差は明らか。
強がりからくる物言いでなく固くある力こぶがその事を証明している。
そうやって男らしく物事を運べる頼もしさというのは羨ましいのなんのって。
「よし一旦ここで止まって」
「ああ゛?」
と、その時...... 『トン』
「うっ」
階段を下りるなら慎重に。
浜慈君はその掛け声に反応したが振り向きざまの旋回。
二人の前で先端を支えていた為に勢いに押される身体もとい俺の足は階段から投げ出されようとした、寸前。
「...... っぶね!」
ファインプレーとも言うべき緒方君の超速反応に救われた。
その代わり俺に変わって壁へと衝突――
衝撃のあまり俺はすぐさま「緒方君っ!」と心配を投げかけたが手で安静の合図。
「ああ、大丈夫」
「大丈夫って...... 結構な打撲なんじゃ」
「これでも鍛えてんだ、ちょっとしたかすり傷だよ」
筋肉の質がクッションになりけり。
先ほどは見た目に反しての言動だったことに対しこちらは身体付き。
一見細いようでも運動部という事で肉質が固くある。
人は見かけによらないとは良く言ったものだなって、まんまその手の感想が思い浮かんだ。
男とあっても俺の女々しさと来たら......
「気を抜くにしたって物を提げてる事を忘れんなよ。何かあったら担任であるゴメちゃんの責任になるんだぜ」
「だよな、沼像も、悪い。つい浮かれ過ぎちまっててよ......」
「緒方君のおかげで事なきを得たから大丈夫、次は気を付けてくれれば」
誤って済む問題だったから良しとしても一歩間違えればだ。
俺の場合は多分カスリ傷程度には収まらなかったであろう。
前例は海音君でも二度も大怪我を回避することが出来た。
これは緒方君にも惚れる必要が出て来たなって...... 当然にも男として惚れこむという認識での意味合いでしかない。
その後は何事もなく無事に教室へと運ぶに至った。
部屋中に飛び交う埃からの機転というのか、
こじ付けがましいのも程がありますよね。
さらには男達だけという事でその会話内容のほども。。。
これはラブコメなのだと、自分に言い聞かせています......