織り姫と彦彦星
俺自身夢見がちでいるせいか。
これまでも異なる種類あるいはジャンルの夢を見てきたとは思う。
勇者として祭り上げられる英雄譚。
気になるあの子との甘く切ない恋物語。
憧れを越して理想とも言える幻想世界。
何故だか見たい衝動に駆られてしまう怪奇現象。
そして、時を過ぎ去りし思い出は色褪せることがない郷愁。
惜しい事にそのどれもが気分が上昇していけども。
ここぞという場面に消えゆいていくもので興醒めとなる。
忘れまいと日記を付けていなければ次第に見ていた記憶も薄れていってしまうんだから損だと感じなくもないけど、ホラージャンルは苦手だからそこはまぁ有り難みか。
基本的にそれは目標とも言い換えられもしもするが、この場合の意味合いとしては別だろう。
目を瞑り寝入る事によって(生じる)起きる現象というのは自身の体験や経験から作りだされる空想であり夢だとする。
例え自身で望むような楽園であろうとも、夢を制御でもしない限り自在に作り出す事は出来ないもの。そうある筈なんだろうけど稀に夢世界を操れる者もいているとテレビなどで見かける事は多い。
かくいう俺だって時たま夢の中だと自覚は出来る、けどそこまで。
無数とあっても小さい頃の記憶を辿るような夢は空想という名の現実だから、過去を見ることは出来てもその先がない為に作り変える事は出来ない...... 仮にいくら思い描くように変えられたとしても。
結局の所――空想は空想であって夢から覚めた時の落差にガッカリと首を落としいるだけ......
(あんなにくっきりとした記憶の集合体が夢に出てきたのは昨日の出来事があったからなんだろうかな)
...... って事で夢の清算はお終い。
***
「おはよう、愛美」
家を出てから間もなく。
俺は後ろに付けているあろう人物に挨拶を交わすが何も人の気配を察知したというそういう類いではなく単なる勘で、むしろ習慣という方が正しい気がする。
足を止め。そうやって言葉を発したからには話せる相手がいるのだと確信があるという事でもあり。もし振り向けど誰もいないのであれば変に熱を帯びては赤っ恥をかくだけ...... なんだけど。
多少なりカッコつけた甲斐もあってかどうやら人知れずに恥をかかないで済んだようだ。
「...... あー、バレちゃってたか」
「時間的にも毎朝のように声を掛けられていたらさすがに予測出来るよ」
言葉を返しながらに振り向いた俺の目に入ってきた人物。
板についてきたというか、昔に戻ったというべきか、すっかりお馴染みになりつつある幼馴染との登校はなんだか嬉しいような微妙な感じで身体がムズムズしてくる。
元気印のポニーテール娘。
基本的に俺が気兼ねなく話せる異性、女性は母さんを除けば愛美くらいのもので。その彼女との関係も付かず離れずでいたのは子供の頃の話。最近はまた話せる間柄にはなってきたとはいえ、今となってはだ......
それでもお互いに周知している仲であるから他人以上かつ恋人なんてもっての外。良くて友達未満なんだろうかな。
「予測っていえば...... あれだ、えーっと確か。にゅーたいぷって奴だっけ?」
こうアニメ知識は俺の専売特許でも愛美はそうじゃない。
その証拠に良い慣れない言葉からカタコトになってる。詳しく知らないなら無理に言わなくてもいいのに。
「うん。まぁ、当たらずとも遠からずっていうか。そんな良いものじゃなく。学習したって事だろ。同じことを繰り返されれば必然と次の行動が読めるみたいなアレだよ」
「そっかぁ、後ろからの唐突な声掛けは早くもマンネリか。なら次は別の方法で――」
「あ、そこは、別段普通に挨拶を投げかけて欲しいかな......」
共鳴という程ではないにしたって予想出来たことは些細な事ながらも凄いことだろう。
しかしながら愛美は俺の言葉に驚くことなかれ、『タンっ』と体一つ分前に先行。下から顔を除き込むような体制といおうか、こちらの目を見ながらに「おはよう黒真」、にこやかな笑顔を向けてきた。
...... 俺の好きなガ◯ダムの一部になぞらえれば、こいつは強力過ぎる。
ヤバスティックウェーブだ、やっぱり朝の挨拶は別の方法でいいかも知れない。
幼馴染ということでも普通に喋れてる感じだろうけど曲がりなりにも相手は女の子。血も繋がってないんだ、出来るだけ表情には出さないようにしているとはいえ肉親である母親とは違って当たり前に緊張を促されてしまう。
「――それにしたって黒真の方から喋り掛けてくるなんてね、再会してからは初めてじゃない?」
「......たまにはさ、こっちからも話さないと」
「悪いって? 気を使ってくれたわけだ」
「っ、ふ、普段から口を聞いてなかったもんだから声を掛けにくいんだよ...... だけどやっぱり、さ......」
幼馴染という肩書き、間柄であるにしてもだ。
もはや他人同然となっては喋り掛け辛くなるのがコミュ障足り得る所以。
久方ぶりに顔を合わせた友人に向かって気さくに喋り掛けるなんて芸当は俺には無理だ。普通に声を掛けられるようになるまではある程度の慣れが必要で愛美との会話もまだまだリハビリ段階でいてる。
愛美は性格柄、俺が受け身姿勢であると分かった上で自然と昔のような姿勢でのやり取りをしてくれてるんだ、そういうことで今日は俺の方から声を掛けてみた。その結果......
「黒真の癖して、でも。ありがと」
先ほどとは違い今度は悪態付いてからに感謝の言葉を乗せては、ニコッと微笑み。
いうなれば可愛さ余って憎さ百倍、それの反転。憎さが残りつつも可愛さが溢れ出ていて、俺は感情を悟られないように口元を腕で覆い隠す。
(ヤバいっ、またまた頬が緩みそうだ......)
こうあっては果たして男女の友情というものが成立するのかも怪しい所ではある。言うがもし彼氏がいてる身であるから恋に繋がる事はないだろうなと、瞬間的に立花さんに言われた一言が脳裏に浮かんでは消えて。
『男女間の友情じゃなく恋心があったから』
話しかけ辛くなっている理由の一つにはその事も含まれてる。
飄々に挨拶を済ました俺と愛美の話題は変哲もない日常会話へと移行していく。
アニメ関連は除外して二人で共有出来る情報だとテストやここ最近のバラエティ番組など。
どちらかと言えば色々気を使ってくれてるのは彼女の方で、俺の気遣いなんて有ってないようなものだろう。顔を合わせる度に昔みたく振る舞ってくれてはいても当たり障りなく、そこはやっぱり互いに距離を感じているのが分かる......
俺の方が目に見えないバリアを張ってるだけとも言えるけど。
そう淡々と会話を紡いでいけば流れゆく景色は移り変わってはいき。
足並びに商店街へと差し掛かろうかとした場面で――
「今日だね、七夕」
愛美の方からワードを出してきた。
町並みの雰囲気も少しばかり変化が見られるせいか。
話題性のある話のネタが頭に浮かんで来るのは当然、なのだけれども。
制服のスカートを抑え込むように鞄を両手で支えてはこじんまりとした姿勢。
落ち着いた風な声のトーンといい、普段見る彼女とのギャップの違いに緊張が一気に高まり出す。
「ん、まぁ、七夕だから何だって話だけどっ」
と、俺は気恥ずかしさから素っ気ない言葉を返すやも、お気には召されず。
右から来たムード的なものを左に受け流そうものなら一瞬にして纏わんとした空気が萎みゆく。さすれば。
愛美はしんみりモードを解除すると共に今朝方の母さんを思い起こさせるかのように「はぁ......」と重いため息を吐き出した。
「しおらしく話しかけてみてもこれじゃあね、ほんと黒真は昔っからこの手の話に興味ないんだから」
「それは愛美だって同じだろ......」
男心があるなら誰だって好きな子の前ではカッコつけたいと思うものだろうし。
涼夏に対しても男足る者と言った感じだったから、なるべくハシャぎ過ぎないようにしていただけ。
まぁ誰かさんは素で関心がなかったみたいだけど、なんて風に思ってもみていれば......
「所がどっこい、こう見えても女子トークはバッチリこなしてきていまーす。男と女とでは話す話題も違ってくるし。なんて言ったってわたしも”女の子”なものですから」
ふ、黒真とは違うのだよ黒真とは、と。
多少目の毒でありながらも得意げに胸を張る愛美。
各作品が参戦するゲームでもお決まりな戦闘デモにおける差し込み、ヒロイン勢に見られる画面の演出ばりにはならないにしても、俺の中で生理的に抗えない目線との戦いが始まらんとして、始まりはしなかった。
それよりは気になった質問を返す。
「え? あ、じゃあ僕......っと。お、俺と涼夏の前での女の子らしからぬ振る舞い方は”わざ”とだったと...... ?」
「まっ、そういう事」
「な、なんてこった」
「パンナコッタって? あっははっ、このやり取りも懐かしいな」
...... 恋心を知るやなし。
精神年齢が大人になるのが早いのは女性の方だとは言われてるけれども。てっきり朴念仁の愛美には当てはまらないものだと思っていた。おまけに女の【子】の字ほどの素振りもなかったのに、それなのに今語られる真実話は......
「はっ、どうせ。お間抜けさんでバカな男子筆頭だよ俺は」
と、愛美の横で分かりやすく卑下しようものなら。
「いじけない、いじけないっ、話は変わるけどさ。黒真は願い事考えていたりする?」
愛美は一通り笑い終えるなり聞いてきた。
こちらの返答としてはギャルの、何故だか生々しくある宮村さんの......が浮かんだが、下ネタはよろしくないとして、お寒い冗談、または定番での返しは却下。
意味が通じなかったら変態野郎ってことで引かれた上に冷たい視線を向けられるだけだろうし。冗談にしても笑い流せるような空気を作れない事は実証済みでいる。
それに母さんに内緒にしている事は、勿論愛美にも内緒だ。
「あるけど、教えたくはないかな。そこは男のプライバシーに関わる事だから」
「黒真の、でしょ。あれだけ豪語しておきながら結局わたしの頭も越せてないもんねぇ」
「う、うっせーやい...... これから伸びる予定なんだよ」
「まだまだ男の子としては育ち盛りだしね、結んだ髪にしたってフェアじゃないから一度解いてから計ってみれば若干違ってきたり」
「誤差で勝った所で素直に喜べるもんか、目線だけでいっても頭一つ分の差があるのは一目瞭然だっての」
悪質とまでは言わずとして。
相手の弱みを知って尚、こういった意地悪気な会話を出してくる人に抱くこと。
〔可愛くない奴〕〔可愛い奴〕なのと問われれば、断然可愛い寄りだろうとも。
「それにだな――」
「言っても、わたしの背を越した所で理想とは程遠いってね」
(チビ男子を激怒させんとするこの挑発っぶりよ)
こちとら夢の中で振り返るまでおぼろげでいたのに、ちゃっかり覚えてるんだもんな。そりゃあ有言実行出来てない俺も悪いんだろうけども、と......
掴みどころのない愛美のペースに振り回されゆく中、視界に入って来たのは昔ながらの八百屋さん。
この中道通りは出来るなら一直線に素通りしたい。
いつもはもそうしてる、いつもならささっと横切って行くところだ。
一人で登校している限りは誰にも縛られることなく自由に行動出来るんだから。しかし今は二人。尚且つ歩幅を合わせて歩いている為に先置いてはいけない。等々。
そうこう考えている間にも愛美の足取りは決まったようにそこへと向かっていった。
主人公の心情を前面に出し過ぎているような気がしないでもない......
それと、文字数の関係で区切っております。




