元勇者は再び無双する
時間というとのは何をしても無情に過ぎ去るもので、1日の半分の時間が過ぎ、今は昼休み。志記は一瞬、早退して後の授業をサボろうとも思ったのだが、ずっと曜が自身を睨みつけているので、そんな真似をしたら今度こそ燃やされると思い、動くことはしなかった。
「大丈夫?なんだかその、やつれているみたいだけど………」
隣の静はいつものように上品にクスクスと笑いかけると、志記ははにかみながら返す。
「大丈夫。君とあんな事やそんなことをする妄想をしていれば、忽ち元気いっぱいさ!」
志記が言うと静は顔を真っ赤にしてやはり顔をそらす。
「も、もう!心配してるのにそんなこと言うなんて、もう知らない!」
(ごめん)
「ハハッ、もう俺はそういう病気みたいなもんだからね。あまり気にしちゃいけないよ」
それだけ行って、志記は席から立ち上がると、彰人の席に近付く。
「よっす」
「おう」
それだけで、「屋上に行って食わないか?」「いいぜ」の訳ができるほどに2人の仲は良い。
「あら、どこへ行くつもりかしら?」
教室のドアを開けると、そこには仁王立ちをした曜が待ち構えていた。
「ん、いや何、これから屋上へ行って酒池肉林の宴をするところさ」
「なら、私も付いて行こうかしら。普段は見過ごしていたけど、今日に限っては貴方が変なことをしそうだもの」
「え、いや、ダイジョウブデスヨ、俺ほら、紳士だからさ」
「ふん!なんと言われても付いて行くわよ!」
「えー、いやでも」
「まぁまぁ、良いだろ志記。一人増えるくらいどうってことないだろ?」
「そ、その、僕も行っていいかな?」
「あら、なら私も行くわよー」
希はハキハキと、要はおずおずと手を上げて志記達に近付いてきた。
「ふむ」
顎に手を添えて、志記は瞬時に皆を連れて行く事のメリットとデメリットを考える。
まずはデメリット。これはほぼないと言ってもいいだろう。強いて言えば、静かに飯を食べられなくなるくらいだが、結局どこへ行こうとも曜は自分を追いかけてくるだろう。そうなれば、必然的に静かに飯を食べられなくなるため、結局どちらでもよかった。
次にメリット。これは大きい。最大の要点としては、曜が自分に手を出せなくなるということだ。彰人と曜と自分の三人で飯を食べれば、もし彰人が視線を二人から離せば、即座に戦闘になるかもしれない。それを監視する人間が増えることで、手を出しにくくすることができるはず。そこまで考えて口を動かす。
「分かった。時間もあまりないしサクッと屋上へ行こうか」
「どういう心境の変化?」
怪訝な顔で要が呟くと、曜も首をかしげる。
「さぁ?また変なことでも考えてるんでしょう?」
ある意味変なことを考えている志記に、遠からずも外れな予想をたてる2人だった。
志記、彰人、要、曜、希、総勢5人でゾロゾロと動き、屋上へ着くと、直ぐに行ったから良かったのか、あまり人は居なかったため、直ぐに屋上の隅に寄って場所をとり、弁当を広げる。
「ア、アンタの弁当どうなってるのよ!」
「おん?何が?」
広げた弁当を指差す曜に志記は首をかしげる。
「どうして、そ、そんなに美味しそうなのよ!お母さんの手作り!?」
「いや、自作だけど?」
志記の手の中に広がるのは少し大きめのお弁当。
その中には色とりどりの食材たちが自己主張をし過ぎないように丁寧に収められていた。それはもう食べ物というよりも芸術作品という方が適切であった。
「た、確かに、美味しそうだけど……」
「じ、自作!?」
要と希は目を大きく見開いて驚く。
「え?なに?そんなに意外だった?」
こくこくと頷く三人を見かねた彰人が語り出す。
「志記はいつだったか。中学校二年生?頃から急に料理に目覚め始めたらしくてね、度々家に来ては美味しいご飯を作って帰って行ったんだ」
中学二年生。それは丁度志記が異世界へ勇者として召喚された頃だった。
「あぁ、あの頃はろくに飯も食えなか…………って、いや、ごめん、なんでもないわ」
そう。志記は大陸を逃げている間に食事もまともに摂れなかったために、こちらの世界に帰ってきてからは、自分で食事を作り、食べることに幸せを感じていた。
「ふむ、その話も気になるが、その辺はおいおい聞くとして、一つもらっていいか?」
「ん?あぁ、どうぞ。今ならアーンもしてあげますよ?希さん」
美味しそうな食事を前に、口元を拭った希に志記が弁当を傾けると、志記の軽口をキッパリと断り、唐揚げを引っ張り出し、口に含む。
「うん!?なんだこれ!?お、美味しいぞ!時間が経っているはずなのに温かい!更に外はパリッ!中はジューシー!何だこれは!」
「あら、本当ね!この春巻も捨てがたいわ!」
「い、意外すぎるよ!あ、このおひたしも美味しい!」
「だよなー!うんうん、飯も五目か?工夫してあるなー!美味い!」
皆は口々に美味い、美味いと次々と箸を進めると、志記の弁当はみるみるうちになくなっていき、最終的には何も残らなかった。
「お、俺の弁当が!?」
志記が項垂れると、恍惚の表情を浮かべていた4人はハッとなって志記に謝罪をした。
「その、悪かったわね!仕方ないから私のをあげるわよ!その、美味しかったし、ア、アーンもしてやるわよ!」
ほら、口を開けなさい!と、曜は自分の弁当のおかずを箸で掴んで、志記の口を開けさせ、突っ込む。
「んぐぅ!?むぐ、う、美味い、よ?」
正直に言って、曜の弁当は不味かった。それを引き攣った笑顔で美味いと褒めるのは、勇者時代の修行を彷彿とさせる、ただの苦行でしかなかった。
「本当に!?なら、もっと食べていいわよ!」
「い、いや、もう充分です、ほら、俺が食べ過ぎちゃうとまた弁当が無くなっちゃうだろ?」
「だから、こうして私が謝って食べさせてやってるんじゃないの!」
志記は覚悟を決めて、曜の持つ箸を見つめる。
「フヘヘヘヘヘヘ!美少女が自分の食った箸を渡してくれるなんて、こんないいことあるんすね!いっただっきまーす!」
「ま、待って!はむ!」
「ぐえっ!」
志記が舌舐めずりをしたのを見ていた要が、志記を突き飛ばして、曜の端につままれたおかずを口に含む。
「ってぇ!頭打った!イテェェェ!」
(ナイス要!助かったぜ!)
志記は床をのたうち回りながらも、心の中では安堵の息をついていた。
「いい加減にしろッ!フン、こんな女の敵にくれてやる物なんて一つもない。行くぞ皆」
希はそう言うと、他の3人を後ろに引き連れて屋上を後にすると、志記の周りは誰も居なくなった。
「…………ハハッ、エライ目に遭ったな………変態も楽じゃないってか?うーん。さて、オイ、居るんだろ?テメェ。出てこいよ。俺は観るのは好きだけど観られるのは嫌いなんだよ」
志記は周りに誰も居なくなったのを確認すると、今朝戦闘が行われたとは到底思えない程に修繕された、給水タンクの陰を睨みつける。
「いやはや、只者ではないと思いましたが、こうもあっさり居場所がバレるとは………」
物陰から出てきたのは、シルクハットにスーツという格好の細目の青年だった。
「うるせぇよ、いいから名前を名乗りやがれ」
ニヤニヤと胡散臭い笑顔を向けるその人物に、志記は若干の苛立ちを覚え、静かに怒気を含む。
「おぉ、怖いですねぇ、しかし私には名前というものがございません。そうですね、強いて言えば、鎌鼬というのが正しいでしょうカッ!」
そこまで言い切ると、鎌鼬と名乗る青年は懐から鎌を取り出し、文字通り風になる。
志記はそれを見て、耳の奥で魔力を使用するとき特有のキィィィンという甲高い耳障りな音を感知して、咄嗟に右に避けると床に一筋の切り込みが出来た。
「コレを躱すなんて、あなた本当に人間ですか?」
「さぁな。自分でもわからん」
「そうですか、ならば、貴方はこちら側なのではないですか?」
「はぁ?」
急に手のひらを返し、あまつさえこちら側だと言い張る鎌鼬に、志記は怪訝な顔をして首をかしげる。
「どうですか?我々に力を貸していただけるのなら、世界の半分、いや、三分の一をあげましょう」
「はぁ、じゃあ何か?お前らの目的は世界征服かなんかか?」
「そうですね。ありていに言えば、そうなります」
「はぁ、そんなこと言う奴がまだ居たなんてな、ちょっと自信ありすぎじゃない?」
志記が肩を竦めて溜息をつくと、鎌鼬はムッとなって言う。
「そんなことはありません!この学園の地下に封印されている“魂塊石”さえ手に入れば必ずや!」
ヒステリック気味になる鎌鼬に、志記が冷めた視線を送る。
「はぁ?何だそりゃ?まだまだ出発点じゃねえか。大方、曜に退治されて地下まで近付けないんだろ?」
「っ!?そこまで知っているのなら、話は簡単です。あの小娘を油断させてサクッと後ろから刺してしまうのですよ」
「無償で世界の半分くれるってんなら、そっちの一員を名乗ってやろうと思ったけど、やーめた。やだよそんなリスク高いの」
「そうですか。交渉決裂ですか。ならば死ね!」
カッ!と鎌鼬の目が開かれると、瞬時に鎌鼬の姿が消える。
文字通り、風となったのだ。
「アッハハハハハハ!この速さ!追いつけないでしょう!」
志記は目で鎌鼬の姿を認識することができないと分かると、半歩引き、持っていたカバンに手を突っ込み目を閉じる。
「どうしたんです?もう諦めたのですか?なら、すぐに楽にして差し上げます!」
風になった鎌鼬は、志記の周りを回っていたが、それも意味がないとして、すぐに攻撃に移る。
狙うのは人間の急所である頭。それを背中から鎌を振り下ろし、斬り裂こうと迫る。
「おせぇよ」
一言呟くと、志記は一歩前に踏み込む。すると、鎌鼬の鎌は一歩分ズレて空を切る。
その隙に、志記が振り向き、鞄から“あるモノ”を取り出し投げつける。
「なにっ!」
“あるモノ”とは、小瓶であった。
鎌鼬の反応も流石で、大きく目が見開かれるが、瞬時の判断でその小瓶を切り裂くと、その中から少量の水が飛び出て、鎌鼬に掛かる。
「んっふふふふ、やはり只者ではありませんでしたね。しかし、どうやらあの小瓶は不発だったようです。これでわかったでしょう?貴方には勝ち目は「あぁ、残念ながら、俺の勝ちだ」は?」
いつまでも自身に起きたことを理解せずにペラペラと勝利に酔う鎌鼬にイラっとして志記は遮る。
「自分の身体を見てみな」
鎌鼬が志記を見ていた視線をゆっくりと下げると、驚愕に目を見開く。
「なんですかこれは!」
そこには、部分的に溶けている自身の身体があった。
「グギャアアアアア!!」
体を見て初めて脳がシャットアウトしていた痛みが鎌鼬の体の中を駆け巡り、鎌鼬は絶叫する。
志記が投げつけたのは、RPGの基本アイテム、“せいすい”だった。
「な、何モンなんだよ!てめぇ!」
痛みに抗って、余裕がないのか鎌鼬は本性を現し声を荒げる。
「俺が何者かって?唯の“元”勇者だよ」
志記はもう一つ聖水を取り出すと、キュポンと音を立てて、小瓶のコルクを抜き、トドメとばかりにバシャバシャと鎌鼬に中身を満遍なくぶち撒けると、やがて鎌鼬は跡形もなく消え去り、残された志記は息を吐く。
「ふぅ…………勘弁してくれよ…………聖水なんかもう手に入らないんだから」
この聖水は向こうの世界、アヴァレンスでアンデッド系のモンスターの討伐をしに向かった時に、大量に購入したものの残りである。どうやら、現代の邪な者たちに対しても効果覿面のようだ。
「それにしても、妖怪ねぇ?面倒なことになりそうな気が…………はぁ、鬱だ」
志記が空を仰ぐと、皮肉にも、志記の鬱屈とした気分とは裏腹に、さんさんと暖かい太陽の照りつける、雲一つない春日和であった。
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