変態は何を思うのか?
「フッヘヘ!おいおい!聞いてくれよ彰人!春一番っての?春一番万々歳!おぱんちゅ見放題だぜフヘヘヘヘヘヘ!」
「女子の下着を見たのか?あれ、罪悪感で死にたくならないか?」
二人の学生(学ランに身を包んでいることから判断できる)が、校門の前で他愛もない話に華を咲かせて歩いていた。学ランには、黒を基調としたブレザーに赤いラインが走っていて、それは二年生だということを表す証拠となる。
二人のうち、彰人呼ばれた人物は、もう一人の男の話を半分に聞いている。彼の名は、崎守 彰人。はるか昔の平安から飛鳥の時代にいた防人が転じて、崎守となったと言われており、彼の実家は武術の道場を開いている。
もう一人は、だらしなく鼻の下を伸ばし、猥談を繰り広げている張本人、言わずもがな、蒼海 志記その人である。
口を開けば、出てくるのは下ネタと、猥談ばかりであり、当然、女子からは良く思われていないが、基本的にとっつきやすく、根はいいやつとわかっているため、そこまで拒絶をされているわけではない。
が、気安く近づこうとも思わない。
高校二年に上がって、クラス替えによる生徒間の微妙な距離感が空いているのだ。
彰人は真面目、志記は変態と、側から見ればアンバランスだが、二人が口を揃えて言うのは、大の親友であるということだ。
しかし、そんな大親友にすら、志記は魔法を使えることを話してはいなかった。
この、魔法を使えるという事実は、今まで誰一人として話したことはなかった。
「フヘヘヘヘヘヘへ!さてさて、彰人よぉ、それにしても、俺らのクラスは女子のレベル高くないか?」
「そうか?特別、何かあるようには感じられなかったが」
「バッキャロ、おま、まじか!?んっんっ!なら?特別に?俺が独自に調べた?情報を?渡してやっても良いんだが?」
態とらしく咳払いすると、志記は、彰人の方をチラッチラッと見ると、彰人は肩をすくめるだけだった。
「あー?なにその態度?いいよ?別にいらないなら?他の人に?ペラペラ喋っちゃうだけだもーん」
「いい加減、キモイからその喋り方をやめろ、あと、お前はその情報とやらを言いたいだけだろう」
「チッ…………わかったよ、認めるよ、俺は女の子が大好きなんだ、言わせんなよ恥ずかしい。だから、お前にもこの良さをわかって欲しくてだな………」
「はぁ、で?どの娘が好みだ?言っておくが、冷華に手を出したら殺すからな」
彰人は肩を落とすと、溜息をつきながら志記の好きそうな話題を振ってやる。
後半に出てきた冷華とは、彰人の妹であり、一つ下の学年に今年入学してきた、彼らのアンバランスさを調整する共通項である。つまり、彼も愛すべき変態である。
それに目を輝かせない志記では無い。
「お?おおおお!?どういう心境の変化でありますか、隊長!?」
「フン、冷華に変な目を向けなければ、お前の話を半分、いや、三分の一、いや、十分の一にして聞いてやってもいいと言うことだ。ただし、うちの冷華に手を出したら………」
ゴゴゴゴゴゴと言う擬音がつきそうなほど威圧感を出し、廊下を歩く生徒たちの目は、彰人へと注がれる。
「わ、わかってるよ、誰も手を出しゃしねぇって。こんな怖いお義兄ちゃんがいる娘なんて、ただの曰く付きの物件じゃねぇか。死ぬわ」
志記がおどけて言うと、更に威圧感が増す。
「誰が曰く付きで、お義兄ちゃんだ!しかも、貴様!誰も手を出さないとはどういうことだ!」
「えー…………?いやいや、冷華ちゃんは、確かに可愛いと思うぞ?しかも、性格もおっとり目で、荒事なんて向いてなさそうだしな。しかも、家事、炊事、洗濯と家の中のこともきちんとしてるっぽい話を友達の友達に聞いたぐらいだし、あんな完璧な妹がいるとか羨ましすぎだろ。ん?あれ?でも、じゃあお前家で何してんの?まさかヒm……げぶら!?」
勝手な推測を展開する志記に、図星を当てられ、つい彰人の拳が出た。
「はぁ、早く行くぞ」
手を挙げた本人はしれっと教室のドアを開けて、中へ入っていく。
2年C組、それが2人のクラスである。教室に入ると、志記の目には様々な色が飛び込んだ。頭髪である。
「やっぱ可愛い人多いよなー!オッス!おはよう!今日も一日、ムチプリしてきましょー!」
「ちょっと!いい加減やめなさいよ!中学生じゃあるまいし、セクハラしてんじゃない!」
「えー?そう言われてもなぁ、俺の生き甲斐だし?」
「そ、その、僕も、え、えっちなのはやめたほうがいいと思うな」
朝からテンション高めで、教室に微妙な空気をもたらした志記に、真っ先に声を掛けてきたのは2人。
1人の強気な少女は百瀬 曜 《ももせ ひかり》である。
彼女は人の世話を焼くのが好きで、それを知っていた何人かの友達によって委員長へと推薦され、なし崩し的に了承した。本人は、「しょ、しょうがないわね、やってやるわよ」と、承認した。
その時顔をにやけさせたことから、志記は彼女がツンデレであると推測している。
もう1人は、四掟 要 《しじょう かなめ》である。要と曜は幼馴染で、よく一緒にいる事が多い。
要はツンツンしている曜とは対照的な性格をしており、話す時にかなりの確率で吃る。曜は煌びやかなセーラー服に身を包み、要は学ランをビシッと着込んで………いない。背丈に合っていないのか、袖も丈もぶかぶかで、小動物的な可愛さかある。
「なぁ、要、出会った時からいつも言ってるが、男子の制服着るのやめたら?そしたら、俺がそのスカートをめくって確認してやんよぉ!」
要は、ムッとして志記に言う。
「だから、僕は男だって言ってるじゃんか!」
「なら、俺らの下ネタを許容してくれよ、フヘヘヘヘ、真面目ちゃんは辛かろう?」
「それとこれはこれ話が別だよ!えっちなの反対!」
「うーん、反対と言われてもなぁ、俺の欲求を満たしてくれるのかい、子猫ちゃん?」
「う、へ、へんたい!ばーかばーか!馬に蹴られて死んじゃえ!」
「人の恋路をいつ俺が邪魔したんですか!?」
要は、言いたい放題言うと、曜の後ろに隠れる。
「何?あんたホモなの?そうじゃないなら、早く自分の席に着きなさいよ」
志記は止めを刺されてがっくりと肩を落として、渋々自身の席に着く。席は名簿順になっており、志記は、苗字が蒼海なので、一番前の窓際だ。
なんだか散々な気持ちになった志記は、特にやることもなく頬杖をついていると、不意に目を隠される。
「だーれだ?」
「ぬ?この耳が癒されるような感覚!そしてこの肌触り!程よい肉付きにスラッとした細い指!わかったぞ!正体はイタタタタタタタ⁉︎」
「はいざんねーん、時間切れですー、罰ゲームね」
謎の少女は、手のひらで眼球を目の上からギュウッと力を込めていく。
「ご、ごめんなさい!わかりました、わかりましたから!巫山戯てごめんなさい!希さん!」
「せいかーい!じゃあ、ご褒美にもっとぎゅーってして、あ・げ・る」
有言実行。そのままギュウッと希と呼ばれた少女は力をさらに込める。
「えぇ!?そんなぁ、ぎゅうっとするのは体でいいんで、ホント眼球はいかんと思うとですよってイタタタタタタタ!?俺何かしましたっけ!?で、でりゅぅぅぅぅぅ!なんか逆にでりゅぅぅぅぅぅ!」
「ふふっ、なによー、こ褒美なんだからもっと嬉しそうにしてよー!」
「む、無理です無理です!らめぇぇぇぇえ!眼球逝ックゥゥゥゥ!」
「ふふっ、これ以上やったら、本当に逝ってしまいそうね」
希は、パッと志記の目から手を離す。
「え!?そんな、もう少しで逝けたのに!焦らしてんですか!?とまぁ、冗談はさておき、なぜあんなにおこだったのか、お聞かせ頂けますでしょうか?」
「勿論、我が学園のマスコット、要ちゃんを弄ったからに決まってるじゃない」
ギランと、希が志記を睨むと、志記はすぐさま立ち上がり、敬礼する。
「あ、はい、分かりました、以後、気をつけるであります!」
志記が敬礼をすると、希は満足したように去って行き、教室を出ていく。
彼女の名は千堂 希 。学年最優秀の成績を持ち、弓道部に所属していて、生徒会長もそつなくこなす正しく完璧超人である。
しかし、そんな彼女も人間であるために弱点は存在する。それは、可愛いものだ。そして、可愛いものというカテゴリーに要が入る。
要するに、自身の教室に行く途中、希は要を一目見ようと教室を覗くと、志記が要に対して嫌がらせをしているように見えた。
故に希は志記に報復行動を取ったのであった。
「うぅ、ひどい目にあった眼だけにってか?笑えねえよ」
「クスクス、大丈夫?」
隣から上品な笑いと声が掛かる。志記は顔を向けると、愉快そうに笑う少女がいた。
「えっ………と、君は?」
「わたしは 鳳 静。よろしくね。というか、昨日も居たんだけどね」
「あ、どうも、ごめんなさい、紹介が遅れました。蒼海 志記 です、えっと、好きなものは上から82.58.85です、よろしく」
「っ!?」
静は、一瞬で自身のスリーサイズを当てられたため、警戒をするが、志記は飄々と受け流す。
「いやぁ、お見苦しいところをお見せいたしました、なんせ、紳士なために、女性には優しくしようと心がけいてるのですが。フヘヘヘヘ」
「い、いいんだよ、へ、変態なのはよくあることだもんね」
と、言う彼女の顔は引き攣っていた。それを、志記は見逃さず、内心で謝罪と歓喜をしていた。
(よしよし、まぁ、こんなもんだろ。ゴメンよ)
「そろそろ、先生が来るね」
そう会話を打ち切った瞬間にドアがガラガラと音を立てて開く。
教師のホームルームを半分ほど聞き流し、志記は外を眺めているだけだった。