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変態も共同作業はできるのか?

次の日、志記は腕の違和感にふと目が覚めた。


まず気がついたのは腕が動かないこと。そして甘い香りがすることだった。


顔は動かせるし、足も動かすことができた。しかし両腕が何かに掴まれているようで、動かすことも起き上がることも出来なかった。


「くそ!どうなってるんだ!?」


一生懸命になってジタバタと足掻いてみるが、一向に解ける気がしない。もう無理かと諦めかけた瞬間、暴れた結果か、締め付けられた腕に血が通り手のひらの神経が戻った。


「よし!これで押し込めば!」


手のひらで志記は自分に触れている何かを押し込もうと手のひらをを広げ押し込むと、むにゅんという柔らかな感触が両側からした。


「「あんっ」」


両側から甘い吐息が同時に漏れた。


二人の声、甘い香り、志記は全てを理解した。


「一体どうしてこんなことに!?」


カーテンの隙間から僅かに差し込む光によって、静と要の胸に手が行っていることも目視で確認した。


「それにしても、要にもこの感触があるってことはやっぱり要って………?じゃない!なにを一人芝居をやっているんだ俺は!このままじゃただの変態じゃないか!妹の一大事だぞ!?はっ!?そういえば舞奈は!?」


志記はどうにか二人の腕を解き、舞奈の眠る部屋までたどり着いた。


「舞奈!無事か!?」


バン!と勢よく志記が舞奈の部屋に入ると、中には着替えの最中だった舞奈が下着姿で洋服を手に持っていた。


「「あっ」」


舞奈と志記、二人は声を揃えて停止する。舞奈の顔が羞恥にみるみる赤くなっていく。志記はマズイとは思ったが思ったが、止まったまま動くことができなかった。


「キャアアアアアア!」


朝から志記の家には穏やかな朝をぶち壊す盛大な悲鳴が響いた。


「わー!待った!えーと、ごめん!」


志記はドアを閉めようとして後ずさりするが、それがかなうことなく、とんと何かにぶつかった。


「志記?記憶喪失の妹に何をしたんですか?」


「場合によっては、シメちゃわないとね」


それは、舞奈の叫びによって起きてきた静と要であった。二人とも笑顔ではあったが、目は笑ってなどいなかった。


「い、いや、これには深い事情が」


「へぇ?どんな欲深い事情があったんです?」


あせあせと手を振る志記に容赦なくその言葉が突き刺さると、志記は着替えを終えた舞奈に土下座を敢行した。


「すんませんでした!兄として本当に心配で心配で!」


必死の形相で謝罪を繰り返す志記だったが、舞奈は冷めた表情で言った。


「えと、すみません。違法侵入なので帰ってもらえますか?今なら通報はしないでおきますよ」


「舞奈…………ックソ!」


「あっ!志記!」


じわり、志記の目元に大粒の涙が溜まり、肩を支える静の手をどかすと、志記は全速力で部屋に戻り、壁に掛けておいた制服を乱暴に引っ掴むとガチャガチャと音を立ててすぐに着替え、バン!とドアを開けて出て行った。


その背中を見届けた舞奈は愚痴っぽくそっと呟いた。


「はぁ、はぁ………どうしてこんなに胸が痛くなるの?それに、あの人を見ていると、何だか凄く頭が痛くなるし………あの人は一体誰なの?」


「貴女は記憶をなくされているんですよ。舞奈」


「え?私が?でも静さんのこと分かるよ?」


苦しげに胸を押さえる舞奈が静かの目を見る。


「ええ。しかし信じられないとは思いますが、彼、貴方の兄である志記の事に関する記憶だけ失って居るんです」


静の真剣な表情から発せられた言葉とは思えない荒唐無稽な話に、舞奈は困惑の表情を浮かべた。


「それじゃあ、私はどうすればいいの!?」


「思い出せないのであれば、申し訳ないですが、何も出来ません。ただ、待っていてあげてください。あと1日だけ、今日中には決着を着けてきますので」


それだけ言うと、静はリビングをあとにして志記の部屋で制服に着替えて要とともに玄関のドアを開ける。


「不安ではあると思いますが志記の帰れる居場所の留守をお願いしますね」


見送りをする舞奈に静はにこりと笑い、それだけ言うと一礼をして外へ出る。


舞奈はその背中へ手を伸ばしてみるが、届くことはなく、引っ込めた手をじっと見つめていた。


「お兄ちゃん………?」





〜鶚学園 《みさごがくえん》校庭〜


少し涙目で夢中で走ってきた志記はいつの間にか学校の校庭へたどり着いていた。


「クソッ!ふざけやがって!……………ウッ!」


舞奈の心の底から拒絶するよう表情を思い出し、いつか埋め込まれたトラウマのスイッチが入りかけ、志記はこんな所で嘔吐する訳にいかないと慌てて口元を押さえた。


「はぁ…………はぁ………舞奈からの拒絶がこんなにダメージがあるとは…………危うく発狂するところだったわ。………しかし、どうしたもんかな?ねえ?百瀬さん?」


志記は振り向き校庭の林に視線を注ぐと、茜がゆっくりと木々の間から出てきた。


「な、なによ!別に尾行してたわけじゃないんだから、そんなに睨まなくてもいいじゃない!それに、助っ人に来てあげたんだから有り難く思いなさいよね!電話を聞いた時は驚いたわよ!」


いつもと変わらない茜の態度に志記は朗らかな表情になると、にんまりと笑う。


「そうか。妖怪退治の専門家が味方になってくれるなんてそんな心強いことはないよ。ありがとな」


「なによ急に改まって!いつまでもアンタはアタシ達敵よ!」


ハハハと志記は乾いた笑いを浮かべて肩をすくめると、学校の方角へ体を向け、息を大きく吸い込み、溜め込んだ物を吐き出すように、思い切り叫んだ。


「あー!どうすっかなぁ!」


「ちょっと何よ!急に叫ばないでったら!」


ボリボリと志記は自身の頭を乱暴に搔きむしると、茜の方に向き直る。


「なぁ、何か手は無いのか?このままだと俺はアイツの良い様に扱われちまう!かと言って何もしないでいると妹が………!」


必死の形相な志記に対して茜は、んーと顎に手を置いてしばらく考え込むと肩をすくめた。


「いいの?アタシを簡単に信じちゃって」


「ああ、お前はいいヤツだからな!それに、実は家で要に舞奈を看て貰ってるんだ。だから、いざとなったら1人で………」


「何考えてんのよ!この変態!」


急に茜が振り上げた拳が、ゴスと鈍い音を立てて志記の頬を穿った。


「うぐぅ!?」


志記は頬を押さえて地面をゴロゴロとのたうち回った。


「いてててて………何でいきなり殴られる!?」


「だ、だって要は………」


おどおどとした珍しい茜の態度に、志記も困惑する。


「何だよ?何かあんのか?男の娘なコスプレ魔法少女だっていう話は本人から聞いたし、隠すようなことはもう何も無いだろ?」


キョトンとした志記に茜はぎこちなく頷くしかなかった。


「んー?まぁいいや。とにかく家に来てくれよ!今は要が魔法陣を家の地面に描いて妖怪とか来ないようにしてくれるってことになってるし」


要から昨夜のうちに提案があり、志記はそれに乗ることにしていた。


「いいえ。妹さんのことは要君がいるならそれでいいわ。アタシ達は約束の時間まで校庭で待ちましょう」


茜はニヤリと笑うと、校庭の隅に落ちている木の枝を拾ってくる。


「え?待つの?ずっと?」


「もちろん、ただ待つのはアタシの趣味じゃないわ」


だから、と続けて茜は校庭の地面をザリザリと削り、砂に文字と幾何学模様を描いていく。


「トラップを仕掛けてやることにしたわ」


「下手に刺激するのはマズいんじゃないのか?」


妖力の遠隔操作という切り札を持つ相手を警戒する志記は茜を引き止めた。


「大丈夫。このトラップは最終手段だから」


「さ、最終手段?」


仰々しい言葉に思わず聞き返してしまった志記だが、茜はそれに律儀に返答した。


「そ。アイツがもしも約束を破ったときの、最悪の場合を想定して魂塊石を壊してやるの」


楽しげに笑う茜に違和感を感じるが、そういう事ならと志記は頷いた。


「何か手伝える事はあるか?」


「そうねぇ………あっ、ならあなたの持っている聖水をアタシの刻んだ溝に流し込んでおいて。それを触媒にするから」


ああと返答して志記はすぐさま自身の持つ道具袋から聖水の入った瓶を取り出し、コルクを開けてトポトポトと中身を溝へと流し込む。


「さて、最終手段て言ったけど、十中八九このトラップは使うわ。キュウビは約束なんて守る奴じゃない事位アンタも知ってるでしょ?」


「ああ。人質なんて生かしておく理由が無いからな。」


「あら、それが分かってるなら、早く手を動かしなさい」


いつの間にか止まっていた手を志記は慌てて動かすが、突然その手が止まる。


「ん?あ、そうだ、【スペースリンク:マルチ】」


志記が思いついたようにそう唱えると、志記の目の前には黒い穴が出現し、更に地面に描かれた幾何学模様に沿うように複数の黒い穴が現れた。


「ほいっと!」


志記は目の前の穴に聖水の入った瓶ごと手を入れると、地面の穴から無数の志記の腕が現れ、一斉に中身をぶち撒けた。


「時短時短〜」


志記は陽気に鼻歌を歌いながら作業を進めるが、それを見ていた茜はおえっとえずいて口元を押さえた。


「気持ち悪っ!」


「なんだと?」


確かに、1つの穴に腕を通すだけで聖水ごと無数に腕を増やすことができ、質量保存の法則などを完全に無視したチート魔法であったが、何もないところから腕だけ出ているという様相は、さながらホラー映画のようであった。


「この俺を侮辱したことを二日位後悔するがいい!とうっ!」


気持ち悪がる茜をからかってやろうと、志記は無数に地面の模様に沿うように展開している黒い穴を茜の前に集結させると、一気に腕をねじ込んだ。


すると、黒い穴から質量を持った腕が無数に飛び出し、茜の鼻先を掠めた。


「キャアッ!?」


以外と可愛らしい声を上げる茜にほんのりドキリとしながら、志記は満足そうに笑みを浮かべると、作業を三倍速で進める。


「もう!なんなのよアンタ!そこ!ちゃんとやっといてよね!アタシ他の陣作るから!」


茜は何もできなかったことや、恥をかかされた事に腹を立て、地団駄を踏むとズンズンと足音を立てて他の場所へ移動する。


「一名様ごあんな〜い」


志記のいたずら心は未だに満たされていないのか、先ほどと同じ手順で茜の目の前に自身の腕を飛び出させた。


「ッ!?」


今度は腕が一本だったためにそこまで驚かず、声も上げることはなかったが、虚仮こけにされていることは分かったので、茜は相応の仕返しというものを思いついた。


「そういうつもりなら、容赦なんてしないわよ!来なさい【土ぐ】っ!?」


式神を召喚しようとした茜が本気で怒っていることを悟り、志記は慌てて茜の持つ奇怪な文様の描かれた札をとりあげ、口を塞ぎ、穴を通って茜の目の前まで移動する。


「いや、ごめん。そこまで怒らせる気はなかったんだ。今はちょっと動揺してて、自分を誤魔化そうとしてこんな事に………本当ごめん」


志記がしょんぼりと項垂れる光景を目にして、茜の怒りは何故だか霧散していた。


「もう!そういうのはいいから早く作業を終わりにしましょう!」


チョロい。


それが志記の率直な感想であった。


「よし!やる気出てきたぜ!今日はなんか出来る気がする!マシマシだぁ!」


先刻の数の倍の穴を展開すると、志記は地面にザリザリと陣を掘り、そこに聖水をぶち撒けていく。


「すごい………」


茜は志記をキラキラとした瞳で見つめるが、ふと我に帰ると赤く染めた頬をペチンと軽く叩き、仕事に集中した。

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