元勇者は敵を知る
「志記………対魔部のメンバーに連絡をしましょう」
憤りを隠せずに、未だに天を向いているいる志記に、静がそう言うと、志記はゆっくりと視線を静に移す。
「アイツらか………力になってくれると思うか?というよりも、俺があいつらに…………いや、他人に頼りたくない」
異世界アヴァレンスで苦い経験を経て、若干対人恐怖症に陥っている志記が不安げに静を見つめると、彼女はたっぷりと頷き、彼を優しく抱きしめる。
「大丈夫ですよ。今は私を信じてください。そして私の信じる彼女たちを信じてあげてください。それに、先に志記をお構い無しに巻き込んだのはあちらです。嫌でも協力してもらいますよ」
強かになったな、と志記が静に感心をすると、ややあって、志記は意を決して頷く。
「そうか。それなら、行動は早いほうがいいな」
志記は、青い携帯電話を懐から取り出すと、ハッとなる。
「あー、俺アイツらの連絡先知らないわ」
まだ内心焦っている志記に微笑ましさを感じ、静はクスリと笑う。
「はい、どうぞ。私の携帯です。ここに、対魔部のメンバー全員分の連絡先を登録してあります。なるべく早くかけてくださいね」
静はピンクの本体に、花の装飾が施された携帯電話を、志記に渡す。
「何から何までありがとう。静」
「いえ、そんな、私なんて………」
モジモジと未だ恥じらう静を置いて、志記は曜から電話をかける。
暫く呼び出し音が鳴った後、曜が眠たげな声を上げながら返事を返す。
「…………ふぁい?鳳さん?こんな夜中にどうしたの?」
「もしもし?夜遅くで悪い。簡潔に言うと、妹が人質にされた。協力してくれ」
曜は、予想外すぎる声と言葉に、一気に意識を覚醒させる。
「はぁ!?……アンタ、蒼海 志記ね。訳がわからないんだけど。まぁいいわ。なんとなく予想はできるわ。ついに動き出したのね………“ヤツ”が。交渉材料はおそらく、魂塊石でしょう?」
あぁ、と志記が小さく返事をすると、曜は自身の推理に確信を得る。
「でもごめんなさい。今日は準備をさせて。明日の朝、学校で対魔部全員で集合しましょう。アンタ、全員に電話をしておきなさいよ」
「あぁ、分かった。それじゃ、おやすみ」
志記は、曜と同様に他のメンバーにも同じ様に電話をかけていく。
「………はい、四錠です。何?鳳さん」
「あ、要か?ちょっと手伝って欲しいことがあるんだが、頼まれてくれないか?」
「えっ、蒼海くん?どうしたの?」
やはり予想していた物と違う声が聞こえてきたため、多少の動揺はあるが、要はまず要件を聞く事に専念する。
「簡潔に言うと、妹が妖怪に人質に取られて、その代償に魂塊石を要求してきた」
「えっ!?そんな………蒼海くん!今どこにいるの!?妹さんは無事!?」
「普通に家に居るんだけど………妹は、俺に関する記憶だけ無いみたいなんだ」
要は、小さく「分かった」とだけ返事をして、電話を切る。
「おい、明日は………って、切れてやがる…………」
志記は、仕方ない、と呟いて、次の、四鏡院 イズナに連絡を取ろうと通話ボタンを押す。
プルルと、何度か呼び出し音がした後、人の声が聞こえる。
「はい、四鏡院でございます」
志記はその声の主が彼女の使用人であるとアタリをつけ、物腰柔らかに対応する。
「あ、夜分遅くに申し訳ございません。私、蒼海 志記と申します。イズナ様はいらっしゃいますか?」
「はい、少々お待ちください」
と、一呼吸置くので、志記も胸をなで下ろす。
「はぁ、ホントにお嬢様なんだもんな」
「イズナー!アンタにお友達から電話よー!」
という声に、てっきり、コールが流れるものと予想していた志記は、ビクリと体を震わせる。
「えっ?」
志記は驚いて携帯電話を耳に押し当てると、バタバタと音がした後、イズナが電話に出る。
「はい、ただいまお電話変わりました、イズナでございます。どちら様でしょうか?」
「あぁ、すまん。俺だ。蒼海 志記だ」
「は?蒼海君?こんな夜更けに何のご用ですの?」
「妹が人質に取られた。力を貸してくれないか?」
志記がざっくばらんにキュウビのことを説明すると、イズナはふぅんと訝しげな声を上げた。
「それで、魂塊石を交換の代償に指定して来たと………何故、蒼海君の妹さんなのでしょう?」
「いや!それは後でいいから、協力してくれるのか、くれないのかをはっきりしてくれ!」
「むぅ、せっかちな人ですわね………分かりましたわ。協力いたします。ここで断って貴方を敵に回す理由がありませんもの」
事実、確かに志記は対魔部の人間に一人でも断られていたら、魂塊石を力づくでも奪い、交渉を成立させるつもりでいた。
「そうか!協力してくれるか!じゃあ、明日の朝、学校の校庭で待ち合わせしよう!」
「はい、畏まりましたわ。では、ごきげんよう」
そうイズナが言ったのを聞くと、志記は電話を切り、一息ついた。
「はぁ、みんなが協力的で助かった………」
「それはそうですよ。皆もも罪悪感は多少なりとも感じているはずですから」
そう言いながら近づいてきた静が、志記から携帯電話を受け取ると、大事そうに抱える。
「え?なんでだ?」
「恐らく、敵は志記の事を知っていると思います。天逆毎がピンポイントで舞奈を攫おうとしたことがその証拠であると言ってよいでしょう。偶然とは思えません」
ですから、と静は人差し指を立てて、続ける。
「私達が蝶化身との戦いに赴かせてしまったことが原因ではないかと、買い物をしている時に、対魔部全員に伝えておきました」
「そうか………だからあいつらは協力的だったのか。」
「若干それだけじゃなさそうだな人が2名ほど居ますがね」
「え?なんて?」
「いえ、なんでもありません」
小声で呟いた静の声は、志記の耳に入ることはなかった。
「さて、これからのことについて考えようか」
志記がそう話題を切り出した瞬間の事である。いきなり玄関からドゴンと炸裂音が響き、家全体が揺れる。
「静はここで舞奈を守ってくれ!俺が見てくる!」
志記は瞬影を使いながら駆け抜け、剣を抜いて砂埃の向こうに見える人影に上段から斬りつける。
キィィィンと甲高い音を立てて、鍔迫り合いのような形になると、ようやく見えた侵入者の顔に、志記は顔を青く染める。
「お前………要か!?」
「そうだよ!だから剣を下ろして!」
「あ、あぁ、すまない…………妹の事があって、動揺してたみたいだ………っ!?」
月明かりに照らされ、漸く見えた要の異様な出で立ちに、志記は青く染めた顔を赤く染め換えた。
はっきり言って、志記からすると、要のその姿は異様の一言に尽きた。
フリルのついたスカートに縞模様のニーハイソックスを履くことによってできるほんの少しの絶対領域、長い髪を留めるピンクの花の髪飾り。張り出した胸に強調されるエプロンにも、普段の要から感じたことのない女らしさを感じ、志記はドキリと心臓を高鳴らせた。
「それにしてもお前…………その格好は……?」
ようやく絞りだせた志記の一言に、要は握っていた、神々しい緑色の杖をバタバタと振り回し、過剰に反応する。
「わぁぁぁぁ!?今はボクの事よりも妹さんでしょ!?」
そう言って、志記の制止も聞かず、靴を脱いでヅカヅカと要は家に上がりこむ。
「………参ったなぁ」
志記はボリボリと頭を掻くと、家の方へ歩いていく。
「あぁ、舞奈さん………」
要がリビングに辿り着くと、舞奈を見て一言、悔しげにそう呟いた。
「貴方は………誰ですか?」
舞奈は、ゆったりとした動作で要を見るが、警戒をしようとしない。
「ボクは四錠 要。彼の友達さ」
と、志記に指を指すと、舞奈の瞳も志記を追いかけ、志記へと視線が移る。
「やはり………私は貴方と………ウッ!?」
志記と目が合うと、バチンと舞奈の頭に電流のような痛みが流れ、舞奈は呻き声をあげる。
「見ての通り、舞奈は多分危険な状況だ。一刻も早く楽にしてやりたい」
志記が頭を下げると、要は少し考えるそぶりを見せる。
「なら、寝かせちゃうのが一番手っ取り早いね。起きてると何時までもさっきみたいに頭が痛くなっちゃうから」
ややあって、要はそう言うと、手に握っていた緑の杖を振り上げ、呪文を唱え始めた。
「求むるは睡魔の力。代償は我が血液。彼の者に一時の安らぎを与えん」
要の背後や頭上に淡く緑に光る魔法陣が展開され、そこから小さな風が吹き出し、要の腕を浅く斬る。
「ッ!眠れ!睡魔招来!」
痛みに顔を顰めながらも、要が魔法を唱え終わると、魔法陣から、黒い腕が伸び、舞奈に指を指すと、舞奈はうつらうつらとし、やがて寝息を立て始めた。
「ふぅ。成功みたいだね。ところで志記、包帯はあるかな?」
「お前!?ちょっと待ってろ!………あった!ほら、これを飲め」
ポタポタと血の滴る腕を押さえ、苦しげにそう言った要を見ると、志記はすぐさま道具袋の中から瓶に入ったポーションを出し、要に飲むように促した。
「この液体は?」
「いいから、さっさと飲め!その位の傷ならすぐ治る」
「いやいや、幾ら何でもこんな危ない色をした液体を飲むわけには………」
淀んだ紫色のポーションを見て、イヤイヤと首を振る要に、志記ははっとした表情になる。
「初見には辛いだろうが、こんな色をしているが、リンゴの風味が効いて、さっぱりして美味しい。それに、これを飲めばたちまちに傷が治るんだ。要も、何時までも痛いのは嫌だろ?」
「うっ、うう………」
しばらく悩んだ後、痛みに耐えかね、意を決したように要は志記から瓶を恐る恐る受け取ると、ポーションをゴクゴクと一気に呷る。
「どうだ?」
異世界での生活により植えつけられた志記にとっての普通が、こちらの世界では違うのかもしれないという常識の齟齬が、志記を不安にさせた。
「お………美味しい!それに!」
要が押さえていた腕を上げると、代償として受けた、魔法陣による傷がみるみるうちに塞がっていく。
「な、治ってる!」
「よかった…………さて、いきなり斬りつけたのは悪かったと思ってる。けど、お前はどうしてうちに来たんだ?それに、その格好」
志記は、ほっと一息つくと、舞奈をソファに横たえさせ、そう話を切り出した。
「僕のことより!今後のことについて話し合う方が有意義だと思うよ!」
「い、いや、うん。けどな、その格好はなんというかその、健全な男子高校生の前でしていい格好ではないと思うんだが、その辺どう思う?」
「わっ!?わぁぁぁぁ!?志記の変態!」
要は、自身の現在の姿を思い出し、羞恥にカッと顔を赤く染め、手に持っていた杖を高く上げると、垂直にブオンと風を切りながら杖を振り抜く。
「分かった!分かったからその威力で殴らないでくれ!普通に頭が潰れるから!!」
「ご、ごめん」
「あ、あぁ、いや、分かってくれればいいんだけどさ」
変な空気が生じ、二人の間には沈黙が降りる。
「何をやってるのですか?二人とも」
今まで入るきっかけを見つけられずにいた静が腕を組み、ゴゴゴゴゴと威圧感を出し、二人の気まずい沈黙を破る。
「そんな甘々な空気を作っている暇があるのですか?敵の正体を調べるくらいはしたらどうですか?」
「ひぃ!?」
静の怒気に気圧され素っ頓狂な声を上げた要を横目に、志記は舞奈の部屋へ行き、舞奈の桜色のノートパソコンを持ち出してくる。
「そうだな………少しは落ち着いて敵を調べてみるか。情報化社会に感謝だな」
志記がパソコンの電源を入れると、パスワードの入力画面が表示される。
「んー………パスワードが………」
志記はゆっくりとキーボードをタッチしてmanaというワードを打ち込むと、パスワードが違います。という旨の警告が表示される。
「流石に自分の名前はパスワードにしないか………ん?ヒント?」
パスワードを打ち込む欄の下に、小さくヒントとして【大好きな人】という文字が表示された。
「舞奈の大好きな人?…………父さんも母さんも昔から考古学の研究だとか言って海外にいて接点はないし………芸能人……?いや、俺はアイドルまで行くと分からんぞ!?」
ガタ!と音を立てて静が立ち上がると、うんうんと唸っている志記をどかしてキーボードでshikiと打ち込むと、ロックが解除された。
「舞奈ちゃん………思わぬところに伏兵がいたようですね」
舞奈のパソコンが起動を終えた、表示されたデスクトップの壁紙には、志記の写真がずらりと並んでいた。
「ん?どしたん?俺にも見せてくれよー」
「舞奈ちゃんの名誉のために拒否します。それよりも早くキュウビについて調べましょう」
静の一言で志記の顔は真剣な表情になり、カタカタと検索ワード欄に文字を打つ静をゴクリと固唾を飲んで見守る。
「………出ました」
静の小さな呟きに志記は居ても立っても居られず、パソコンの画面を食い入るように見つめる。
「………よく分からんなぁ。静、要約してくれないか?」
出てきた情報の読み取りを面倒と感じた志記は静に体を向けると、静は分かりましたと一息置いて話を始めた。
「詳しいことは面倒なので省きますが、まず平安時代に玉藻前という絶世の美女に化けていたキュウビは矢に射られて殺されています。そして、倒されたキュウビは殺生石と呼ばれる毒石に姿を変え多くの人々の命を奪ったようです。しかし、それすらも長続きせず玄翁という僧侶によって殺生石は割られ、日本中の各地へ飛散したようです。それが、今回の敵のすべてのようですね」
志記はすべての情報を頭に叩き込み、頷いた。
「なるほどな。それじゃあアレか?学校の下に埋まってる“魂塊石”ってのは………」
「えぇ、恐らくその飛び散った殺生石の一部でしょう」
「ふーん………じゃあ、尚更アレを壊してやりゃいいんじゃね?」
志記の大胆な発想に静は首を横に振る。
「あの中に封じられている魔力は底が見えませんでした。あんなものが周囲に解き放たれたらどんな被害が出ることが………」
「そうか………じゃあ……?」
「ええ、現状で私達に出来ることはありません。強いて言うなら休養くらいでしょうか。もう夜も更けて来ました」
「そんな、俺はまだ!」
「要、お願いします」
「了解!睡魔招来!」
志記は暴れていたが、次第に目がとろんとしてきて、やがて眠りについた。
「さて、私達も寝ましょうか?」
「うん、そうだね!」
二人も志記の両腕にガッチリと掴まると、楽しげな表情で眠りについた。




