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哭門  作者: けい
9/11

9

「ダメだ」


 そんなたった一言で、リアーの帰省は却下された。グフェールは渋い表情を最後まで崩さず、珍しく眉を顰めたままだった。


「何故ダメなんです?理由はなんですか」

「ダメなものはダメだ」


 リアーの再三の申し出は、すべて簡潔な言葉一つで切り捨てられていった。


「必ずまた、ここに戻ってきますからっ」

「くどいぞ、リアー。理由は何であれ許可できない。それだけた」

「・・・っ」


 きっぱりと断言され、それ以上の言葉を封じられてしまった。くっと息を飲み、爆発しそうな思考を少しずつ抑えていく。悔しげに握り締められた拳が、行き場をなくして震えていた。



「帰省を却下された?当たり前じゃない。アンタってバカでしょ?」


 落ち込んで食堂の椅子に座っていたリアーに声をかけて来たのは、最初の頃に出会った女だった。確か、リアーと同じくロドに救われたのだと言っていた。名前はマフィと名乗っただろうか。いつのまにかマフィの勝手な仲間意識に巻き込まれ、リアーを見かけると寄って来るようになっていた。そして、思わず事の次第を話してしまったのだが―――返ってきた返答はなにとも辛辣なものだった。


「考えれば分かるでしょうに。賢そうに見えてたけど、リアーってバカね。間違いないわ。あんた、バカよ」

「・・・自分では、何処が間違っているのか分からないのだけど」


 指をさされ、バカを連呼され、さすがのリアーも少々怒りを覚えた。しかしそれを激しく表に出さないのは、すでに癖だと言っていいかもしれない。


「分かってないあたりが、本当にバカ。普通に考えて帰省なんてのはわたし達には必要ないでしょ」

「どうして?」


 マフィの言葉にリアーは小さく首を傾げた。それを目の当たりにし、マフィも『バカ』とは言わずにため息を吐き出すだけに止めた。


「地獄から拾い上げてもらったわたし達に、帰省する家があるの?故郷なんてクソ食らえよ。わたしはね、口減らしのために実の両親に売り飛ばされたの。それからのわたしの人生は最悪よ。汚い男に買われ、売られの繰り返し。ただ犯るだけの奴ならいいけど、中には血を見て喜んだりする奴も―――まぁそれはともかく、ここに集められた女たちは、大概そんなものよ。だから誰も故郷が恋しいとは思わないし、決められた時間働いて、決められたこと守っていれば、衣食住が約束されているこの場所から離れたいなんて奴はいないわけ。リアーも今までの生活と比べてみれば分かるでしょ?汚い部屋と、いつも空腹を抱え、それでも男に翻弄されて掻き抱かれていた頃と比べてごらんよ。どっちが天国で幸せか、考えるまでもなく答えは出ているじゃない。それに・・・ここが何を作っているかもう気づいているでしょ?国の軍部に関わる事を知っている奴を、みすみす国外に出すなんてあると思う?」


 しばらく向かい合って座っていたが、リアーは何も言えずに黙り込んでいただけだった。それをどう受け取ったのか、マフィは肩を竦めて見せただけだった。ふとマフィは時計を見、慌てて席を立った。


「やだ、時間過ぎてる!じゃあねリアー。考えすぎちゃだめよ」


ひらひらと手を振り、それだけ言うと食堂を出て行ってしまった。恐らく休憩時間をオーバーしてしま

っていたのだろう。

マフィがいなくなり、食堂から他の人達がいなくなっていっても、リアーは動けないまま座り込んでしまっていた。

 マフィの言うことは一理ある。軍事に関わる事―――兵器の裏側の製造をしている人物を国外に出すということは、国の機密をさらけ出すのと同意だ。まして、働いているのはアルエゴ人以外が大半を占めている。


「・・・どれを、信じればいいの・・・?」


 自分を信じて待つバディスの顔と、自分を信じろと言ったロドの顔が、脳裏から離れない。



漠然と月日だけが過ぎていく。毎月必ず訪れ、バディスの手紙を手渡してくれるロド。リアーは抱え込んだ質問を言い出せないままだった。

もし、裏切られたら。

もし、肯定されたら。

もし―――今までの言葉がすべて嘘だったら―――怖い。


「リアー、仕事は随分慣れたみたいだね」


 ロドは笑顔でそう言った。不安を押し隠し、リアーは少しだけ微笑んで見せる。あまり人の注目を浴びるのが好きではないリアーは、ロドを自分の部屋に招いていた。狭い室内にあるのは、最低限の家具だけ。


「今日は君にプレゼントがある。仕事に余裕も出てきて、きっと空き時間も出てきただろう?リアーは勉強が好きだし、と思って」


 そう言いながら差し出してきたのは、一冊の本。

 タイトルは「錬金術の基礎と応用」。


「わぁ・・・・・・本だわ」


 本来、学ぶのが大好きなリアーは、一瞬心のわだかまりを忘れて嬉しそうな笑顔を見せた。その笑顔を見て、ロドも優しげに微笑み返した。

差し出された本を手に取ると、ずしりとした重みが伝わってくる。表紙を捲ると、新しい紙とインクの匂いが鼻孔をくすぐった。


「嬉しいわ。ありがとうロド」

「大した事じゃない。リアーには才能がある、とみているんだ。少しでも開花に役立てば、わたしも嬉しいからね」


 そう言って笑うロドからは、リアーを騙したり欺いているという雰囲気は一切感じ取れなかった。だから、尚更・・・聞き出せずにいる。

「それでねリアー。わたしは3ヶ月ほどアルエゴに戻って来れないんだ。少しやっかいな仕事を言い渡されてね。これだから中間管理職っていうのはツライ。ああ、でも手紙は届けられないけど、その間も振り込みだけはしておくから心配しなくていいよ」

 

 無意識に不安そうな顔をしていたのだろう。ロドは慌てたように言いつくろった。そしてリアーの肩に手を置いて微笑む。


「わたしがここに戻ってきたら、錬金術の技を見せて欲しいな」

「・・・えぇ。ぜひ披露するわ」

「楽しみにしてるよ」


 貰った本をぎゅっと胸に抱きしめ、リアーはロドからの視線を受け止めていた。いつもとは違う熱っぽい視線がリアーに注がれている。


「どうしたの、ロド」

「・・・次の仕事が終わったら、わたしはこの仕事を辞めよう思っている」

「え」

「辞めたその時、君を―――連れていきたい。君とバディスを連れて、ここじゃなく、ヴァラディーランでもない・・・どこか小さな村にでも移り住んで、3人で暮らさないか?」


 言葉が出ない。

 あまりにも突然の事で、そしてあまりにも予想していなかった言葉。


「ロド・・・」

「もちろん、イヤならもう誘わない。今言った事も忘れて欲しい。だけど、もし」


 ―――もし、受け入れてくれるなら―――


 胸の奥に何か小さな光が灯った気がした。その光は暖かくて、優しい。


「ロド、わたし・・・」

「無理強いはしない。君の返事を聞かせて欲しい」


 一直線にロドの視線がリアーを射貫く。

 胸の奥にあった、微かなわだかまりや不審が弾けるように消えていく。信じる事を恐れていた心が温かく染まっていく―――


 言葉が出ず、答えに窮す。時間だけが少しずつ滑り落ちていく。


「ごめん、やっぱり突然すぎたようだね」


 ロドは返答のないリアーをどう取ったのか、椅子から立ち上がると部屋を出ていこうと背を向けた。だが、一歩を踏み出そうとしてその歩調は止まる。


「嬉しい・・・ロド・・・」


 背中から聞こえてきたのは、いままで聞いた事のない艶を含んだリアーの声だった。


「リアー・・・?」

「嬉しい。そんな事言ってくれるなんて・・・考えてなくて―――驚いたの」


 言いながらロドの背に、頬を摺り寄せる。ロドは回されて来たリアーの手を取ると、向き直り顔を見る。


「本当にそう言ってくれるのか?」

「ロド、信じてる。だから―――」


 ぎゅっと抱きしめられ、ロドもまたリアーの身体を強く抱きしめた。


「あぁ、信じるよ・・・好きだ、リアー」


 深い闇に沈む夜、二人の身体が重なり合った。


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