事件の終わり
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事情聴取をすべて終わらせた数分後にみなさんを集め、部室の中心に置かれている長テーブルの周りにあるパイプ椅子に座らせました。わたしは今まで見つかってきた物をすべて机上に広げます。封筒が四つ、『机の裏に(以下略)』と書かれた紙、トランプのハートの3、『π四=S:E』と書かれた紙、『7 ※これまでの問題が答え』と書かれた紙、……そして五十音が書かれた紙。
「今回の聴取で何か分かったのか?」
佐藤さんが怪訝な表情でわたしに問うてきます。なので「はい」と正直に答えました。
そして続けます。
「これから話すのはあくまでわたし個人の仮定にすぎません。間違いかもしれませんし、勘違いかもしれません。ですが人通りの『気づいたこと』くらいは言わせてもらおうと思いまして」
ゴクリと喉を鳴らしてひと呼吸。
「まず初めにわたしたちは冷蔵庫から一枚目の封筒を見つけました。中には『机の裏を(以下略)』と書かれていた紙がありましたね。その指示のとおり、机の裏を見てみると再び封筒が見つかった」
みなさんが個々人のタイミングで首を縦に振ります。
「そこに入っていたのはトランプでした。ハートの3。わたしたちの考えが果たして合っていたのかは定かではありませんが、無事に体育倉庫から新たな封筒が発見されました。次に入っていたのは謎の数式『π四=S:E』です。この問題に関しては、みなさん知らないと思うので簡潔に説明しますと、『π四』の部分が『西』という字に似ていることから、七瀬さんの情報『時計』と組み合わせ、西の時計台にわたしが向かうと、そこにはさらに封筒が一つ置いてありました。それがこれです」
言って、最後に見つけ出した封筒とその中身を一歩前に差し出します。
「『7』? これも数字だったのか。しかもまたヒントが少ねえし」
「確かにそうね……でも分かったってことはこれも解いたってことでしょ?」
「まあどちらかと言えばそうですかね。少なくとも『※これまでの問題が答え』の部分がなければ、未だに解けてなかったでしょう。でも、これのおかげで知ることが出来たんですよ――見落としていた大事な点を」
わたしが五十音順に書かれた紙を差し出すと、みなさんの目つきが一瞬で変わりました。
きっと「意味が分からない」と言った具合でしょう。何たってわたしも最初は困惑したんですから、無理は無いです。
「みなさんもお気づきのとおり、この五十音順が書かれています。ここでわたしはある共通点が存在していることに気がつきました。今までの封筒の中身にはすべて数字が含まれている、ということです。ちなみにこれは『五十音』の部分ですね」
「でもその数字に何の意味があるの?」
「共通点っていうか、偶々ってことも有り得るんじゃない? 最後の『7』はともかくとしても、『π四』の時は『西』って漢字を作るためだったんでしょ? それにトランプの『3』だって、ハートを探していたら偶々それだったって可能性もあるわよね」
植木さんが問い、七瀬さんが逆説を唱え、それに対してわたしは頷いて返事を返します。
「ええそうですね。しかし、それがもしも偶々が逆だったらどうでしょうか?」
「……どういう、こと?」
「つまり、ハートを探すために偶々『ハートの3』が初めに見つかったからそれを使ったのではなく、3を探すために偶々『ハートの3』が初めに見つかった、という捉え方をすれば意味も変わりますよね、ってことですよ」
「……『3』を探すため?」
佐藤さんが大事な部分を復唱します。
「はい、別に『3』であれば後はマークなんてどうでもよかったんですよ、犯人さんにとっては。そうですよね――植木さん」
「……どうしてうちなのかな?」
「それは普通に考えて、体育倉庫まで出向き、封筒を見つけてきたのが植木さんだったからに決まってるじゃないですか」
「ほえ? だってそれ、『ハートの3』が体育倉庫って示していたんだから、誰が見に行っても見つけられるに決まってるじゃん。そんな理由だけで犯人扱いは嫌だなあ」
「確かにそうかもしれません。しかし考えてもみてくださいな。体育倉庫はわたしたちが使わないだけであって、スポーツ系の部活動に入っている人はよく使います。そんなところに、しかも扉に挟んでおくなんて果たしてするでしょうか? どこの誰に持っていかれるか分からないのなら、当然分かりにくい場所に置くはずです。――いえ、むしろそんな場所をそもそも選びません」
少なくともわたしだったら。
それに放課後ならば尚更です。
「きっと誰がどこにあると推理しようが、植木さんは自分でその場所まで行って自分で取ってくる気だったんです。まあわたしと佐藤さんと七瀬さんが、偶々選んだ『ハートの3』を深々と意味もなく推理してくれたからです。まあ推理を断念しても自分はバレませんからね」
「……本当なのか、植木」
「小枝、本当なの?」
佐藤さんと七瀬さんが疑問を抱き、植木さんに問います。対して植木さんは、
「うちなわけないじゃん、でしょー? それにいつケーキを取ったっていうのさ。ケーキを最後に見たのっていつだったの?」
「証言から考えると多分、わたしの見た昼休みが終わる五分前です」
「だったら尚更、うちは割り箸を取りに行っただけなんだから、むしろ最初に外されるはずの候補でしょ」
もっともな返事でした。
「ですね。しかし放課後にはもう消えていました。ということは、わたしが見た時間から放課後のわたしが見るまでの時間に犯行が行われた、ということです」
「だとしてもそれなら、植木の後に来た七瀬やわたしだって十分有り得るんじゃないのか?」
「はい、確かにそうですけど、言葉では騙せても、仕草――つまり癖は偽れないんですよ」
とある一人を除いたみなさんがクエスチョンマークを頭上で浮かべていると思います。わたしはそれを気づかせました。
「植木さん。あなたは『|物を散らかしたまま、片付けようとしない《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》』という癖があるはずです。しかし佐藤さんが言うには『変わった点は無い』。これは散らかっていなかったとうことではないでしょうか? そうですよね、佐藤さん」
「ああ確かに散らかってはなかったが……あっ!」
やっと気づいてもらえたようで。
「そう。植木さんは割り箸を取りに行ったのに、全くと散らかってはいなかったですよ。それはどうして? 答えはそれがそもそも『嘘』だったということなんです。人の癖はそんな簡単に治せるものじゃありません。現に先ほど植木さんはトランプを取り出した周辺は散らかっていまっした。なのに、あまり使わない所為で奥の方に埋まっている割り箸を取るのに、全然散らかっていないというのは変じゃありませんか?」
わたしは続けて語ります。
「それにもう一つ、犯人は遊び半分だったのか、馬鹿げたミスを犯してしまったんですよ。絶対に意味が分からないだろうと思ってやったつもりが、わたしが解いてしまったんですから」
そう言って五十音順に書かれたひらがな表を、再びみなさんに見せます。
「五十音の書かれた紙。これが犯人さんの名前を物語っていたんですよ。犯人さん直々に残してくれましたから間違いありません」
植木さん以外のみなさんが『五十音』の紙に視線を向けます。
「この五十音の『ん』の部分が51と書かれている表記を見て、疑問に思ったんですよ。どうして『ん』だけがそのまま記されてなかったのか、と。多分これは、『あ』から数字で1、2と数えていくものなんですよ。つまりは『い』の場合だと2ですね。最後はもちろん『ん』で51になります。そう考えてみると、『3』『四』『7』――つまり『う』『え』『き』。植木さんの名前がはっきりと出ることになります、これは多分確実に『偶々』ではなく『狙って』いたものなのではないでしょうか?」
「………………」
黙ります。沈黙を貫きます。黙秘権を行使します。そして植木さんは「ありゃりゃバレちゃったかあ」と呆気無く正直に白状しました。
「流石にこそこそと貰って行くよりかは、正々堂々と勝負した上で得た戦利品のほうが罪悪感も減ると思って置いたんだけども、これでも難易度は高くした方なんだよ? なんせ授業中に考えた即興だったんだから」
あはは、と笑をこぼします。何というか、すごくミステリー小説の犯人特定後のような、呆気のない雰囲気ですね。犯人とバレたら、すぐにそれまでの事情を話すみたいな、恒例行事のように物事が進んいきます。
「しょうがないか、勝負に負けちゃったんだもんね。もう正直にケーキのある場所を教えてあげないとね。それでこそ罪悪感が消えるってもんだよ」
「さーて、みなさんのケーキ兼わたしの大切な1000円ケーキの在り処を教えてください!」
「ケーキは――ここにあるよ」
手を腹部に当てて、そう告げました。
「――え? お腹なんかに手を置いてないで早くケーキの在り処を教えてくださいよ。みなさんを待たせるのもいけないですし、みんなで一緒に」
「だーかーら、ここ」
「……ええーとそれはつまり」
まあ間違いも勘違いもなく、そういうことですよ、ね……?
「一時間くらい前に食べちゃったから只今消化後で何も残ってないけど、とりあえず最後に確認された場所を指したんだよ」
みなさんそろって絶句でした。驚きを隠せず、言葉が一言も出ません。
「ほら冷蔵庫を開いて、箱の中身を見てみたら美味しそうでついつい食べたくなっちゃうじゃん? で、五・六限目の休み時間に来て『一口だけ』ってしてたら、いつの間にか連鎖が止まらなくなっちゃってさ。全部食べちゃった!」
「『食べちゃった!』じゃねえだろうが、てめえ植木……よくも私のケーキを食ってくれたな、おい! これは三倍返しの法則に乗っ取ろうじゃねえか、なあ七瀬」
「そうね。あたしも自分のがあったって事実を知ってるからか、無性に腹立たしくなってきたし、その意見には大いに同意よ」
佐藤さんと七瀬さんが何故か怒り(わたしが買ってきたんだけど)、しかしまあ挙がっている意見に対してわたし自身も賛成なので、気にはしません。
「これで今日の活動内容が決定しましたね! すぐさま活動場所に向かいましょうか」
――ケーキ屋さんに。
数十分後、半強制的に植木さんは奢らされ財布の重量が一気に軽くなってしまったのだとさ。これにて本日のミステリー研究部の活動を終了とします。
(終わり)
誤字・脱字が多いかと思いますが教えてもらえると嬉しいです。なお感想などももらえると嬉しいです。あまり伏線などを張れなかったのは残念ですが、今後も何度か投稿していくかもしれないので、よければ見てください。