はじまり
通学はいつもJRに乗って、1時間半揺られる。
真理は小さなプレハブの駅に着くと、まずブーツの雪を落とした。バシバシといい音を立ててブーツが鳴る。あぁ、タップダンスでも踊れたらな。
ヘッドフォンから流れるのはaikoのれんげ畑。早く春が来ればいいのに。
外は珍しくまっすぐに牡丹雪が降っている。しんしん、しんしんと。
まだあたりは少し暗い。本当に朝なのか、はたまた夜なのか見分けるのは難しいくらいに。
曲がシャッフルされアップテンポになり、気分も上がったところで汽車(この辺りではJRを汽車という)が来た。
真理は写真部で写真を撮っている。
いつも父に高校入学祝にねだったキャノンの一眼レフを持って歩いている。
しかし、それももう終わりなのだ。今日、真理は高校を卒業する。
少し短くした制服の裾を気にしながら、肩の雪を払う。そしていつも通り小走りで汽車に乗り、窓際に座る。
「次は―バッカイ・・・抜海で止まります。降り口は右側に変わります」
何万回も聞いた車掌さんの声。もしかしたら違う人なのかもしれないけど、同じことをしゃべっているのでそんなこと大差ない。
雪は降り続き、バケツがひっくり返ったようにどばどばと、そしてやまない。
少しして、人の気配がした。彼だ。チェックの青いマフラーの雪を払って真理の前の席の、窓際に座る。
他校の、たぶん年下のその彼はいつも同じ席に座る。窓にもたれかかっていつも南駅まで、寝る。真理はその彼の後ろの髪の毛を眺めながら揺られる。
ちょっとくせ毛の髪も、襟足に尻尾があることも知っている。
でも、それ以外で知ってることは少なかった。
ほのかに香る香水の匂いはとても胸を苦しくさせる。
南駅について、同時に立ち上がる。話しかけたいような衝動に駆られる。でもどうしてだろう?今日がさいごだから?でもどうして?
小さな混乱で鼓動が早くなる。
駅のプラットホームに降りると、冷たい空気が痛いくらいに私をせかす。
そのうちに、彼はどんどん先に先にと進んで、いなくなってしまう。
ほっとしたような、残念なような何とも言えない気持ちで真理はカメラを構えた。
何の変哲もない、朝の飲み屋街。でも人はいない。
モノクロで撮った写真を、確認する。なんてさびしい写真なんだろう。泣きそうになりながら、前に進もうと顔を上げた時。
向こう側から人が走ってくる。彼だ。
「今日、帰りここで待ってて。」
それだけ言うと、また走って学校の方角へと去っていった。
思えば話をしたのはこれが初めてだった。
いや、一度だけ話したことがある。
夕方、たまたま汽車に乗った時間が一緒になり、初めて彼の隣の席に座った時。
彼の横顔をまじまじとみつめてしまったのだ。
男の子なのに、長い睫。白い肌。
夕日が落ちた後なのに、その横顔が陽に透けてきれいで。
なぜだか涙が出てきた。
ぽろぽろと、涙を流している真理に彼は「どうしたの?」と一言言ったのだ。
真理は自分でも訳が分からず、首を振るだけだったのだけど、彼は何も言わずただきょとんと、真理を見ていた。
友達との別れもそこそこに、真理は南駅へ向かった。
普段なら5時半のバスを待って帰るのに、時間がもったいなくて3キロ歩いて駅までたどり着いた。
日が長くなったとはいえ、3時半も過ぎれば暗くなり始める。
妙な気持ちと、期待とで胸が膨らむ。
彼はまだ来ていないようだ。
真理はカメラをかばんからとりだすと、南駅を一枚撮った。
すると、ファインダーの端っこに彼が移った。
だれかを探しているようだ。こっそり真理は彼もおさめた。これが始まりになるのか、思い出になるのかはわからないけどとっておきたかった。
今一番とりたい瞬間、切り取りたい風景だった。
そして、彼は真理に気付き破顔して、すぐに恥ずかしそうに手を振った。
真理はそれが「始まり」だと、確信し、走り出したのだった。
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