迷宮生活5日目その二
俺はあの巨大な虹色の鳥が飛んで行った方向で、痺れる実のなる木が比較的多く立っている場所まで来た。
罠としては至極単純だが、俺は何時ものように仕留めた大蜂に2本の蔦を巻き、その先を左右の木々に縛り付けた。もしあの虹色の大鳥がこの蜂を掴んで飛ぼうとしたら、二本の蔦がピンとしなり、大鳥がバランスを崩すという寸法だ。
あの大鳥は地面に触れずに大蜂を攫って行ったことからも考えると、相当目が良いし、バランス感覚もいい。もしかしたらこの罠を警戒して、そもそも飛んで来ないかもしれない。
それにあの鳥が掛かった後も問題だ。どう仕留めようかさっぱり考えていない。
上から錘付きの網でも放り投げて槍で突く・・・網が無い。
怯んだところに飛び出して槍か剣で一撃・・・近くに潜んでいたら見つかりそうだし、俺が出てきたらふつうは逃げるわな。
バランスを崩したところに弓で射抜く・・・無理。
とりあえず今回はダメ元で第2案を採用することにした。今回やってみて、その感じから後の2案を検討しよう。弓と投網はこれからだしな。
罠を仕掛けてから早1時間。俺はじっと茂みに隠れている。あの大きな虹色の鳥は姿すら見えない。
「当然か・・・あんな鳥がいるなんて気付いたのはついさっきだったしな。」
後100数えたら諦めよう。あの蜂の蔦を切って、明日でも見に来よう。蜂が消えていたらきっとあの鳥が来たということだろう。鳥の方も労せず得物が取れたことに味を占めて、またやって来るかもしれない。
世界には物欲センサーでもあるのか、はたまた捕まえてやろうと言う俺の意気込みが漏れていたのか知らないが、俺が諦めモードに入った途端、ソレはやってきた。
虹色の影が遥かに高い白い天井から大蜂に向かって急降下してきた。
「マジか!」
俺が驚くのも無理はない。あれほど雄大で美しい鳥は地球には存在しないからだ。
遥かな高みから飛来したのは神話に出てくるような金色の大鷲だった。翼を広げた大きさは5メートルにもなるだろうか?体長だけでも人間並みに大きい。
俺はそのあまりの巨大さと大鷲の放つ威厳に身がすくんだが、ここで引いて何になる?俺は大鷲が餌の大蜂を掴んだのを見計らって、隠れていた茂みから飛び出した。
一瞬大鷲が俺の方を見る。藪から大鷲のところまではまだ距離はある。俺は必死に駆けていくが、大鷲はその瞳にまるで俺の姿など映っていないかのように、大蜂を掴んで飛び去ろうとした。
上手くいった。
俺はそう思った。大鷲が翼を広げた瞬間、蜂に括り付けていた二本の丈夫な蔦がピンと張られ、浮き始めた大鷲の体が地面に繋ぎ止められた。
「おらあ!」
てんで出鱈目な槍遣いだが、槍は真っ直ぐに大鷲の腹目がけて突き出された。その瞬間大鷲はニタリと嗤った。しまったと思った時にはもう遅い。
俺の槍は空しくも空を切り、俺はカウンターに出された大鷲の鍛え上げられた脚に蹴り飛ばされていた。
「くっは!」
俺は何が起きたのか分からなかった。だか、たった5日間とはいえ、この弱肉強食の原生林で過ごしてきた俺の勘が告げていた。
「罠に嵌ったのは俺の方だった。こいつの狙いは端から俺だったのだ。」
蹴られた胸は甲殻の鎧の御陰でじんじんとした衝撃が走るだけで済んでいる。時折鋭い痛みが走っているからもしかしたら肋骨に皹でも入ったかもしれない。
だが、ほんの少し大鷲の爪に掠っただけの頬の皮がすっぱりと切れてしまっていた。直接あの蹴りを食らえば、とんでもないことになっていたかもしれない。
胸を蹴られたせいで息が苦しい。俺はゼイゼイと肋骨の痛みにこらえながら息を整え、槍を剣に持ち替え、盾に手を掛けた。
大鷲の方は2,3度羽ばたき、蹴りがクリーンヒットしたのに立ち上がろうとする俺を見て少し驚いたようだった。だが、俺の鎧を見た途端「ああなるほど。小生意気な。」とばかりに真っ直ぐに飛び込んできた。今度は俺の頭を目がけて。
「くっそおおおおおおおおお!」
その巨体が恐ろしいほどのスピードで突っ込んでくる。ぶつかる瞬間、俺は頭を低くし、盾を斜めに構えて全力で踏ん張った。
「ぐあっ!」
大鷲の勢いを殺しきれず、俺はまたなぎ倒された。大鷲はその巨体に見合わずまるで木の葉のように、ひらりひらりと俺がやたら目ったら振り回す龍鱗剣を躱し、枝切ばさみのような鋭い嘴と五寸釘のような爪で執拗に俺を狙ってくる。
怒涛の攻撃に俺は盾を構えて蹲ることしかできない。俺が蹲ったのを見た大鳥は上からつつくのを止めた。
「諦めたのか?」
盾から来る衝撃が無くなったことに俺は混乱した。安心していいのか?盾を構えたまま隙間からキョロキョロと辺りを見るが、あの鳥の姿は無い。
ほっと安心して顔を上げた俺は戦慄した。あの大鷲は茂みの向こうから、地面すれすれの超低空飛行で俺に向かって突っ込んできているではないか。
上に掲げている盾はもう間に合わない。びゅうびゅうと音を立てて飛んでくる大鷲に俺は咄嗟に右手の龍鱗剣で顔を庇った。
大鷲の嘴が俺の左腕を貫く。大鷲は俺の防御に構わず突っ込み、盾と剣の隙間目がけてその嘴を、その巨体をねじ込んできた。
「もう・・・駄目だ。」
頼みの綱の盾は弾き飛ばされて拾いには行けない。腕の肉は蜂の殻で作ったプロテクターごと抉られ、止めどなく血が流れている。そして、俺の顔の左半分には大鷲の固い羽が高速で摺りつけられたせいで、ひどい擦り傷が出来ていた。にじみ出た血が汗と混じって顎を伝ってゆく。
両足が震えて満足に立ち上がれない。怖い。怖い。怖い。怖い。
この森に来た初日からそうだった。訳も分からずあの大猪と巨龍に襲われた時のことを思い出した。
「俺は何故か狙われている。」
空元気でもいい、立ってくれ、動いてくれと念じるが、俺の両足は石のようにピクリとも動かない。
立てない俺に向かって大鷲が突っ込んでくるのが見える。
ああ、俺ってこんなに駄目な奴だったっけ?
誰にも知られず、何も成すことも無く、こんなところで死ぬのか。
何もかも現実味がない。あらゆる痛みが消え、フワフワとした感じだ。
死ぬのか・・・それもいいかもしれない。
じわりとズボンが熱くなる。無様だ・・・こんな時に漏らしてしまうだなんて。
「無様なままでは・・・死ぬに死ねん!」
おおおお!と、大鷲がぶつかる直前、俺は全身を奮い立たせ立ち上がった。
大鷲は狙いを外され、俺の腹に突っ込んできた。
「ぐほっ!」
一瞬、車に撥ねられたような衝撃が全身を襲った。当然だ。この大鷲は両翼合わせて5メートル、体の大きさだけも俺より大きい。そんなのが飛んでぶつかってきたのだ。ただで済むはずがない。
狙いを外されたとみるや否や、大鷲は再び飛び去ろうとするが、俺は全身を組みつかせて大鷲を放さない。もう一度飛び立たれでもしたらそれこそ終わりだ。もう俺にはこれしかない。
ヒョー!ヒョー!と、大鷲は声を荒げ、組みつく俺の首元に嘴を突き立て、羽をばたつかせ、脚を振い、俺を振り落そうとする。
だが、俺には後がない。俺は左手の出血を忘れ、、大鷲が執拗に突いてくる右肩の痛みを忘れ、もがく大鷲に地面に叩きつけられるのを忘れ、ただ一心に両手を大鷲の首に回し、両足を胴体に回し、渾身の力で締め上げて行った。
何分経っただろうか、いや、何時間もそうしていたような気がした。事実、俺は半ば意識を失いながらも大鷲にしがみついていた。既に日は暮れている。
地面の臭い、草の臭いがする。俺が気が付いた時には、虹色の大鷲は口から泡を吐き、息絶えていた。その美しい羽は泥まみれで、鋭かった眼光は虚ろだ。
一方の俺はというと、こっちはもっとひどい。左手どころか全身が血と泥でぐちゃぐちゃ、下半身は血や泥どころか糞尿まみれで、生きているのが不思議なくらいあちこちずたボロだった。だが・・・
「・・・生きてる。」
生きていた。背負っていた槍は真ん中からポッキリと折れ、水筒代わりの大団栗は粉々に砕けているが、確かに生きていた。
俺は血が足りず、震える足で折れた槍を杖に、なんとか泉から流れる小川までたどり着いた。大鷲の両足には蔦を縛り付けて引き摺ってきた。命がけで斃した戦利品だ。他の獣には盗られたくない。
小川に着くと、俺はそのまま川に倒れ伏した。
冷たい水が傷口に染みる。だが、その痛みも俺が確かに生きている証拠なのだと分かった。
疲れ切った手足で何とか傷口を洗い、きれいな清水で喉を潤すと、ようやく落ち着くことが出来た。
「ふう・・・」
背負ってた毛皮ももうドロドロだったから、水にさらしている。鎧も水洗いして立て掛けている。
慣れた手つきで火を起こし、パチパチと燃える焚火に当たる。
今大狼に襲われでもしたら対抗は出来ない。俺は森の奥から纏わりつくような視線を感じていた。一応剣は側に置いているが、振るう力はもうない。左腕の傷口は洗い火で乾かしたシャツの端切れで縛り、右肩は端切れを置き、蔦を袈裟懸けに巻いている。他にも数えきれないほどの傷を負っている。正に満身創痍な俺は、焚火が獣を遠ざけてくれるのを信じるしかなかった。
火に当たり体温が戻ってきた頃、俺は拾っておき、水にさらしておいた赤小梨を齧った。
「死ぬかと思った。」
だが今は生きている。俺は醜くても、汚くても、只今生きていられることに感謝した。
俺は乾かしていた衣服を着直し、鎧をまとう。今回のことでやはり兜が必要だと思った。一番弱い部分を守らなくてどうする?鎧なんて着たことがなかった俺は、見た目ばかり気にして実用性を忘れていた。
小川で、泥まみれになった大鷲を洗った俺は、龍爪ナイフを手に大鷲の羽を剥がしてゆく。大鷲の羽はさっと水にさらしただけで虹色の美しさを取り戻した。この羽はとりあえずとっておこう。大蜂の針と大羊の毛があれば、金猪革の虹色大鷲の羽毛布団が作れるかもしれない。
大鷲の嘴と爪はとっておく。また何かに使えるかもしれない。内臓は取り去ってなるだけ遠くに捨てた。焚火まで帰り、小川で血を洗い流した時には、周囲の嫌な雰囲気は消えていた。
「うめえ。」
大鷲の肉はやはり肉食らしく臭みはあったが、大狼よりはずいぶんマシだった。それに何よりどうしようもなく腹が減っていた。
俺自身驚いたことだったが、実質俺以上もあった巨大な鳥は、あっという間に俺の胃袋に収まった。残った骨や端切れの肉は藪の向こうに投げ込んでおいた。正体は知らないが、何かの影が俺の食べ残しを運び去っていくのが分かった。
俺は焚火から火を貰い、組み上げた大き目の焚火になんとか斃した鳳の頭を投げ込み、辺りに引火しないように枯葉や落ち葉を払った後、寝ることにした。
称号
「????」「理不尽の代償」「豪胆」「怪獣大進撃」「大蜂殺し」「食わせ物」「大狼殺し」「大番狂わせ」「一撃必殺」「大カブト殺し」「樹海の匠」
「負け犬」→「泥だらけの勇気」:窮地に於いて恐怖に打ち勝ち奮い立った
「鳳殺し」:巨大な鳥を殺した
「ど根性」:意識を失いながらも戦った
遭遇生物
「大空駆ける 瑠璃色の 大鷲」
アイテム
大猪の毛皮 火起こし機 鉤爪ロープ 大蜂の針 大鷲の嘴 大鷲の爪 折れた槍
装備品
龍鱗盾+ 龍鱗剣 龍爪ナイフx2 甲殻の鎧 猪肋弓 狼牙矢x5