迷宮生活その22その四~23日目その一
超、アバッ!
超ヒサツ・ワザ!連続投稿・クインテット・ジツ!
アバッ!アバババー!!
「・・・ブラン、か?」
俺はふと背後に気配を感じ、振り返る。
「少し遅かったからね。様子を見に来たんだ。」
と、ブランは答えた。
暗がりのせいでブランの影が見える程度で、その顔の表情は窺い知れない。だが、夜の気温のせいか、声は遠くからでも鮮明に聞こえた。
ここに来るまでの時間を考えれば、恐らくブランは俺が行くと言っていたせせらぎへは行かず、まっすぐこの門まで来たのだろう。
俺の剣は先ほどの無茶も祟って、もはや粉々になっていてもおかしくないほどに皹だらけになっている。
だけど、何故か形を保っていることに僅かな疑問が浮かんだが、とりあえずそれは頭の隅に置いておく。
ブランは今の俺をどう思っているのだろう?
俺はこの剣を仕舞うべきか、それとも構えたままにすべきか一瞬躊躇った。
「・・・」
俺は呼びかけた場所から動かないブランから僅かではあるが警戒の意志を感じた気がした。
「どうかしたかい?」
「いや・・・なんでもない。」
ブランの声はいつもより僅かだが高圧的に聞こえた。まるで、俺が剣を抜き放っているのを咎めているかのように。
俺は何でもないと答えつつ、剣をゆっくりと仕舞った。
そしてブランの方へ歩みを進める。
天井の光は所々星のように光っている部分はあるが、俺にはそれが何らかの反射によるものなのか、本当に光っているのか区別がつかなかった。
ジーリジーリと速いテンポを刻みながら、広がる下草の園のどこかで虫が音を奏でている。時折フクロウか何かのくぐもった声が森の木々の合間を抜けて聞こえてきた。
近づくにつれて、輪郭しか見えなかったブランの影が少しずつ鮮明になってくる。
そしてブランから数歩のところで俺は止まった。
ゴゴン・・・
と、俺の背後で扉が開き始める音がした。
「やっぱりダメみたいだ。」
俺は後ろに向かって指をさし、肩をすくめて見せる。
「そうか。」
と、ブランは短く答え、踵を返す。俺はそれに従って、野営場所へと戻ることにした。
ザクザク
と、歩みを進めるごとに下草の丈が少しずつだが高くなってくる。人の通りが少なくなる分だけ草は高く生い茂り、その分だけ足音は辺りに響く。
ブランは勝手知ったる庭だと言うように木々をかき分けてゆく。
ふと俺は自分の無計画さに気付いた。
「迎えに来てくれて助かった。無謀だったよ。悪かった。」
と、俺は先を進むブランを見失わないように進みつつ、謝る。
行きは巨大な扉自体が目印となっていたお蔭ですんなりと到着できたが、帰りについては何も考えていなかった。
ましてや目印がこの闇に溶けてしまい、空間認識力が著しく低下する暗がりの中、十メートル先の場所と言えども正しく到達できるかどうかも怪しかった。
「・・・ああ。」
とだけブランは答える。
俺は先を歩くその背中に少し、距離を感じた。
時たま不意に現れては進路をふさぐ木々を躱してゆくと、不意に視界が開け、焚火の光に目が眩む。
少し目を閉じて光に目を慣らすと、そこには焚火に薪を据えるニーファの姿があった。
銀に近い金髪がゆらめく火に照らされ、あたかも風に靡いているかのような錯覚に陥る。
「お帰りですか。」
と、俺たちの帰りを認めたニーファが短く呟く。
リフリスは俺が出た時とほとんど変わらない様子のまま眠っていた。
「ニーファまで起こしてしまったか、勝手に出て行って済まなかった。」
と、俺は謝る。確かに、見張りのブランが出て行ってしまえば、ここに残った二人は無防備になってしまう。
ブランがニーファを起こしてゆくのは当然のことのように思えた。
「いえ、次は私の番でしたから。」
と、ニーファは答える。
「そう気にすることもないさ。」
と、後ろの木にもたれかかるように立つブランは言う。ややうつむいたその顔の表情はやや硬い。
「まだ朝まで時間もある。もう少し寝ると良い。」
そう続けるブランに、俺は答える。
二人のためを思うなら、おそらくこの二人が求めている答えを早めに示すべきだろう。
今この時点でも俺を前後から見張っている二人の為にも、そして何より、この迷宮を出入りする多くの人たちの為にも。
「俺はあの門に近づくつもりはもうない。」
パチッ!
と、焚火がはじける音がした。
「あれを見て、今の俺には到底突破出来るモノじゃないと、”俺も”理解したつもりだ。」
ブランもニーファも動かない、
「とりあえず今は・・・今は諦める。」
そう答えた。
「そうか。」
と、ブランは組んだ腕を解き、俺の横を通り過ぎて焚火の前に座った。そして、俺も座るようにと促す。
「本当は、諦めたくはないけど・・・今の俺には・・・何もできない。」
俺は揺らめく炎を見ながら、言葉を紡ぐ。
本当はこんなことを言いたくはなかった。だが、今のままでは何度あの扉に挑んだところで結果は同じだ。
「だけど、座して待つつもりはない。必ず何か方法はあるはずなんだ。必ず。」
俺はブランとニーファを見つめる。
彼らはあの扉の向こう、迷宮の外から扉を超えて中に入ってきた。
ならば、その逆も、不可能ではない。
とてつもない労力と、技術と何よりも忍耐を必要とするかもしれないが、あの扉を突破することは不可能ではないはずだ。
ただ今は、その為の鍵となる要素も、その鍵を生かすだけの能力も俺には無い。
「急がば回れと言うならば、回り道をすることで道が開けるならば、いくらでもしてやる。」
俺の言葉が一言一言紡がれる度に、俺の決意は確固としたものとなって行った。
「そうか。それを聞いて安心したよ。」
すると、ブランはさっきまでの硬い表情はどこへやら、ほっと一息つくと肩の力を抜いた。それが滑稽だったのか、ニーファはブランに見えないようにその動きを真似して見せ、俺に目配せする。
ふっ
と、俺も思わず声に出してしまう。
「今僕は何か笑わせるようなことした?」
と問いかけてくるブランに「いや。」と、俺は首を振る。
「俺も今ちょっと肩の荷が下りただけだ。」
ブランもニーファも多分心の奥では俺のことを心配してくれていたんだなと、二人を疑ってかかっていた俺は自分を恥じた。
「そうかい?それは何よりだ。」
そう答えるブランと、相変わらずの様子のニーファに背を向けて俺は寝床へ歩みを進めた。
「ちょっと疲れたから寝るわ。」
と、告げて。
体の痛みはほとんど取れていた。
「え?行っちゃうんですか?」
翌朝、保存食の乾パンのような物を食べながらリフリスがブランとニーファに問いかける。
「ええ。少し残念ですけど、私たちも報告の義務がありますから。」
と、金物のコップにハーブティーを注ぎながらニーファが答えた。
今朝の天気は晴れ。といっても迷宮の中で天気なんかあるのかというと微妙なところだが、出口から数えて二番目の扉の奥のように常に霧雨のようなミルクのように深い霧が立ち込めている場所もある。これだけ天井が高いのだ。俺が知らないだけでもしかしたら雨が降ることもあるかもしれない。
だが今日はいつにも増して晴れやかに思えた。
「とりあえず扉の異変についての現状と羊頭君についてギルドに話を通しておかないとね。特に羊頭君は奴隷ギルドの連中に目をつけられている。冒険者ギルドを通してこっちの方から手を打って奴らを早めに牽制しておくのが先決だろうからね。」
ニーファに続けてブランがリフリスに向けて話す。もちろん、俺への説明の意味もある。
「その件についてはよろしく頼む。」
と、俺が言うと、うんとブランが頷く。迷宮の外の事象はここから出られない俺にはどうしようもないことだ。こればかりは任せるしかない。
やっとの思いで迷宮を出たと思ったら、珍獣扱いで奴隷商に売り飛ばされるなんて洒落にならないからな。
「そんな・・・残念です。」
せっかく仲良くなれたのに。と、リフリスはしょんぼりと俯く。
「ははっ。そんなにガッカリしなくても。大抵はギルドの詰所に居るから大丈夫さ。それに・・・」
と、リフリスに話しかけていたブランが俺を見る。
「今生の別れっていう訳でもないしね。」
そう言ってブランは笑う。
「ああ。もちろんだ。」
と、俺も笑みを返す。
「それにだ。」
と、俺はリフリスの肩に右手を置こうとして気付き、左手を置く。
「換金してもらいたいものもあるし、欲しい装備もある。リフリスも二人について行ったらどうだ?」
「あ、それもそうですね。」
すくっとリフリスは俺の言葉を聞くと同時に顔を上げた。
俺が内心変わり身の早い奴と思ったのは内緒だ。
「あれ、けど・・・羊さんはどうされるんです?」
と、リフリスは問い返す。
「俺は・・・」
と、俺は少し言い淀む。
そしてブランとニーファの顔を確かめるように見た。
リフリスにはまだ、俺が扉に拒絶されたことは伝えていない。それどころか、扉が閉まる原因が俺のせいだと確定したことも伝えていなかった。
まあ、伝えなかったところでリフリスならすぐに察してしまうだろうが。
「俺は、少しこの辺りをうろつくことにする。こんな恰好で出て行ってまたあの時みたいに大騒ぎされても困るからな。ほとぼりが冷めるまで大人しくしとくよ。」
「そう・・・ですか。」
うーん。とリフリスは唸る。
「リフリスさんはどうなさいますか?」
そう尋ねるニーファを前にリフリスは何かを決めかねているように答えない。
だが、すぐに顔を上げて俺の方を見た。どうやら決心がついたようだ。
「ご厚意はありがたいですが、私はしばらく羊さんと居ます。」
「え?いいのか?」
と、俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「ええ。外の街に関しては私は羊さんよりずっと詳しいですから、一人でも大丈夫です。」
一方のリフリスは俺に当てつけるように言ってのける。
「いいのかい?確かに一人で迷宮に入れるぐらいなら外は大丈夫だろうけど、リフリスちゃんはまだ人と一緒に居た方がいいと思うよ?」
大丈夫と言うリフリスに、ブランは冷静な助言をする。
するとリフリスは少し恥ずかしがるように人差し指を突き合わせながら俺の方を見る。
「えっとですね・・・恥ずかしいんですが、この前羊さんが開けたアイテムボックスがあるじゃないですか。」
「ん?ああ。ペトリャスカの・・・これか?」
と、俺は腰に下げた黒い竜革の丈夫そうなポシェットをマントの内側から取り出す。
これをペトリャスカから受け継いだ時から、結構な無茶をしてきたが、金具も革ももらった時のまま僅かな傷すらもついていない。
側面の中身不明のいくつかの試験管も、金属のアームでふたがロックされたまま割れることなく刺さっている。
「ええ。それってこの前は軽く中を見ただけで終わらせちゃったじゃないですか。」
と、俺がほとんど忘れかけていたことをリフリスは思い出させてくれた。
「まあ確かに、開けるのにばっかり気を取られてて中は識別票<<ギルドカード>>を取り出しただけだったな。」
うんうんと、リフリスは俺の言葉を確かめるように首を縦に振る。子犬か。
「けどいいのか?忘れてたけどこれはペトリャスカの、ブラン達のクランの遺留品のはずだ。ガワは俺が直接受け継いだから渡せないけど、中身の方はどうなんだ?渡した方がいいんじゃないか?」
おいおい危ないぞと、俺はポシェットに手を伸ばそうとするリフリスの頭を押えつつ、ブランとニーファに確認を取る。
リフリスの指が近づくと、僅かに黒いポシェットの表面に紫電が走る。このポシェットは持ち主以外が触れると感電する。と言うか電気に見えるだけで実は電気ではないのかもしれない。
とにかく所有者以外を拒み、しかも大量の荷物を収納できるトンデモ法具なのだ。
この漆黒のポシェットは、俺が地底湖から・・・今思うとむちゃくちゃな脱出方法だったと呆れてしまうほど無謀な脱出を果たした時、あわや地底湖に真っ逆さまかという所を助けてくれた少女、ペトリャスカから譲られた品物の一つだ。
俺の命の恩人であった少女はしかし、既に地下洞窟に巣食う大ムカデの毒牙に掛かっていた。
彼女は俺にいくつかの・・・群青色の指輪と言葉を通じるようにしてくれる首飾り、そしてこのポシェットを俺に譲り、息絶えた。
俺は彼女の消息を伝えるのが恩返しの一つだという思いもあって・・・ちょっとそれどころじゃなくなった時もあったにはあったが、とにかく!俺は彼女のお蔭でここまで来れたのは間違いなかった。
だから、俺としては彼女の品物を出来るだけ多くゆかりのある人に渡したかったのだ。
そしてブランとニーファが所属する「ミストタイガー猟友会改めドラゴンスレイヤー」はそのペトリャスカが生前偽名を名乗って所属していたクランなのだ。最後の最期で脱退したそうだが。
しかし、ブランは首を振る。
「いや、そもそもこの迷宮で倒れた人の物は識別票<<ギルドカード>>以外は全て拾った人の物だ。それに羊頭君のそれは直接譲られたことがハッキリしてるんだ。受け取っておくのがペトリャスカの為にもなる。それは他の人の遺留品についてもそうだし、特に託宣紙<<オラクルペンダント>>を拾うという行為は志半ばで倒れたその人の意志を継ぐと言う意味もある。」
そうだ。俺はこれを、これらの遺留品を受け取ったのではなく、受け継いだことになる。
道半ばで倒れた人たちは何を思っていたのだろうか?
今となっては知る由もないが・・・その思いを継ぐことは出来る。
「・・・分かった。」
と、俺は答える。ブランとニーファは俺のその決意を見届けるように頷いた。
すると、
「よかったです!」
と、リフリスは何処かはしゃいだ声を上げる。
「ん?何がだ?」
俺は反射的に視線を下ろし、リフリスの方を見る。
「いやぁ。えへへ。恥ずかしながら、そのアイテムボックスの中身が気になって気になって・・・ほんっと夜も眠れなかったんですから!!」
「・・・あ、ああ。そうか?」
昨日の夜ぐっすり寝てた・・・よな?
きゃあきゃあとはしゃぐリフリスをよそに、俺は首をかしげる。
ブランとニーファは笑っていた。
けど、一理あるかもしれない。深淵へ向かおうとしていたペトリャスカのことだ。何か脱出の手掛かりになるようなものがこのポシェットには入っているかもしれない。
ギリギリセーフ
体力もギリギリ
アイテム
○海淵の指輪+ ○意思読みの首飾り ○返話の指輪 ◎刻雷竜のアイテムボックス(謎の試験管 識別票 ウサギの毛皮 大猪の牙 火起こし機 水筒 猪肋弓 魔の矢(狼牙+虹の羽)x2 その他不明) ねたつく古びたポシェット(識別票x8 託宣紙x9)
装備品
麻の衣服 龍爪ナイフ 金猪のマント 革の小手 金猪の足袋 錆び罅割れた装飾剣 ひび割れた羊の兜 包帯




