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迷宮の歩き方  作者: Dombom
迷宮とは・・・
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迷宮生活22日目その二

連日投稿ジツ!イヤーッ!イヤーッ!

「ありがとう。済まないな。」

「いえ、お互い様ですから。」

 俺はニーファが差し出す金属製のコップを受け取り、礼を言う。

 朽ちかけの倒木は苔むしていて座るとややひんやりとしている。リフリスは俺の右隣りに座り、ブランとニーファは彼ら自身のアイテムボックスから取り出した折り畳み式の椅子に座っている。

 木の、森の独特の瑞々しい匂いが薬湯の爽やかな匂いに混じって俺の心をいやしてくれる。

 俺がじっと薬草から煮出された湯を眺めると、湯の中の対流、そして蒸発して熱せられた空気とともに流れてゆく蒸気が感じられた。

ズズッ

 っと俺は少し湯を口に含み、舌がしびれないか確認した後、ゆっくりと嚥下した。

 胃に入った薬湯はすぐに吸収され出したのか、熱を持った腹の痛みを冷やしてゆく。ほぅ・・・と肩の力が抜けるような感じがする。

「これ結構うまいな。」

 ぼそりと反射的に答えた俺に、ニーファは小さく頷く。

 俺の横でじっと見て居たリフリスは、俺が手元に下ろしたコップを覗き込む。

「クロダイオウとヒヤシカンゾウですか?でもさっきもう一種類ぐらい混ぜてたような・・・」

「ええ。それにアオクローブを少し。」

 成分に当たりをつけているリフリスにニーファは答え合わせをする。

「腹の、内臓の傷もこれでいくらか良くなるかな?」

 と、俺が尋ねると、ニーファの顔が少し揺らいだような気がした。

 俺はその反応に少し疑問を抱きつつ、話を続けた。

「ブランとニーファから見て今の俺の傷はどうだ?」

 そう問いかけるとブランは、

「いや、僕は治療の方は専門じゃないから・・・」

 と、少しはぐらかすように答える。

 俺は薬湯を少し煽って、懸念していることを問いかけた。

「・・・昨日のあれで結構やられた訳だが、外傷はそれほどでもないとしても内臓のダメージはどうなんだ?内臓もダメージを受けたら切り傷とかと同じように、傷を受けた部分が白く固まっちまうんだったら・・・いろいろ不味くないかって心配なんだが。」

 もし内臓の出血とか損傷も俺が今まで受けてきた外傷と同じように白く硬質化するのだとしたら、少しマズイことになるかもしれない。

 肝臓へのダメージで肝臓の中にあの薄片が生じたりしたら・・・肝硬変みたいなことになるのか?胃や腸が硬化してしまったら消化管が歪んで捻じれたり詰まったりしてしまうかもしれない。

 他にも血管やら尿管とか胆管みたいに腹の中には管状のものがたくさん走っている。あの硬質化によって出血と感染は防げるようだが、そういう管を塞いでしまうようなことになれば、今は大丈夫でも後々良くないだろうことは想像に難くない。

 ニーファやリフリスは、いや、ブランでも俺より理力とか法術の知識や技量があるんだ。

 理力を通じて遠くの事象を見通すのと同じように、ある程度の術師なら内臓とかも診察できたりするのではないかと、俺は予想していた。

 そう思って聞いたんだが・・・ブランやニーファだけでなく何故かリフリスの反応も少し悪い気がする。

「もしかして、あまり良くなかったりするのか?」

 俺は空気を重くしないように軽く尋ねてみる。するとニーファがすぐに「いえ、そういう訳では・・・」と、答えるのだが、やはり歯切れが悪い。

・・・

「団長。」

 と、ニーファは確認を求めるようにブランに声をかける。

「だめですよ。だめです!」

 すると、リフリスは何かを察したのか立ち上がり、ブランとニーファを俺の視線から隠すように前へ進み出てきた。

 俺はなにがなんだかいまいちよく分からないまま混乱していると、ブランも立ち上がり、何かを止めようとしているリフリスの肩に手を置いた、

「それを決めるのは羊頭君だ。」

 と、諭すように言う。

「でも・・・」

 リフリスは短く抗議の声を上げるが、ブランに促されるまま元の場所に座った。

はぁ・・・

 と、ブランは俺に背を向けてため息をつく。どうやら、リフリスにはああ言ったものの、ブラン自身も迷っているようで、なにかに逡巡するように数歩歩み出す。しかし、いずれは避けられないと思ったのだろうか、俺の方を向き、問いかける。

「これはさっき・・・いや、実を言うと君の理力流を正そうとした時から可能性としては考えていたんだけどね。確証を得たのは今朝だった。昨日のあの後、目を覚まさない君の手当てをしていた時に分かったことだ。」

「・・・」

 俺は聞き漏らすまいと耳をそばだてる。

「これは、本当のことを言うなら君には話したくはないんだ。それにもし君が聞かないという選択をするなら、僕らはそのことについて一切他言しないつもりでもいる。だけど・・・」

 ニーファもリフリスも黙ってブランの言葉を聞いている。木々のざわめきも、動植物の気配も全てが止まってしまったような錯覚に陥りそうになる。

「だが、俺には知る権利がある。ということか?」

「ああ。そうだね。」

 俺の決意を計ろうとするかのようにブランが俺を見つめる。

 俺もブランの、いや、三人が俺が倒れていた間に知りえた俺についての何か・・・俺はその何かについて知る手がかりをブランの瞳に求めた。

「聞くか、聞かないか。どうする?羊頭君。」

 そうブランは問う。先ほどよりも少し余裕を取り戻して。

「聞かない方がオススメなんだろ?」

「そうだね。」

 少し焦りを覚えはじめた俺に、ブランは答える。

・・・

 何だと言うんだろうか?

 俺は左手にコップを持ったまま、肘を太腿に乗せて考える。

 俺のこと、さっきの話の内容から察するに、ダメージを受けた後に生じる硬質化についてのことだと思う。

 ここに来てからこの現象は決して止まることはなかった。そして、どうもこの場所に俺がいることに気付いた瞬間からこの”呪い”はあったらしかった・・・

 この硬質化には謎が多い。

 切り傷や打撲、酸や毒のようなもので肌が傷つけばほぼ瞬時に硬質化が始まり、数分もしないうちに傷口は白い鱗のような物質に埋められてしまう。

 おかげで延々と出血することも無ければ、傷口から悪い菌が入って感染を起こすようなこともない。むしろ硬くなった分だけある程度は防御力も増す。短期的に見れば利点も多い。俺はこの硬質化が無ければ多分あの最下層のジャングルで3日も持たなかったのではないかと思う。

 だが、やはり欠点というか、この硬質化は恐ろしい側面も持っている。

 一度硬化した部分は決して元に戻ることは無い。下の組織が再生したら剥がれるカサブタと違って、白片に置換された部分は決して再生しない。それどころか、僅かずつだが正常な部分を浸食して深く浸透していくのだ。

 そしてその部位の硬質化が限界に達した時・・・俺は肘から先のない右腕を見る。

 こうして砕け散ってしまう。

 俺の体を庇い続け、引き受けられるダメージを超過してしまった俺の右腕はもうここには無い。

「羊さん・・・やっぱりやめましょう。ほら、」

 リフリスが話題を変えようと話すのを俺は右のマントを肘で押し上げて制する。

「はぁ・・・聞くしかないな。俺のことだし、いくら想像したって分からんものは分からんしな。」

「そうですか。」

 ブランは俺の言葉に頷き、ニーファに目配せをした。あらかじめ示し合わせていたのか、ニーファも答えた。

「聞かせてくれ。」

 俺は眼前の二人にそう言い、横に座るリフリスには大丈夫だと声をかけた。


「結論からいいます。」

 金髪を白い手で梳くと、ニーファは話し始める。

「ああ。俺もまどろっこしいのは嫌いだ。」

 と、俺はやや冷めてしまった薬湯の最期の一口を煽り、続けてくれと答えた。

「貴方のその白く還元された部分は、所謂”傷”ではありません。」

 傷ではない?となると・・・どういうことなんだ?

「その白く硬質化した部分は傷つくことによって出来るのではなく・・・ただ、元に戻っている。それだけです。」

 俺の隣のリフリスは俺から目をそらす。その一方でブランとニーファは俺を見据えたままだった。

 俺は数瞬、理解が出来ずに固まった。

「少し、待ってくれ。整理がつかん。」

「いいでしょう。」

 理解できずに硬直してしまったが、俺は咄嗟に話を止める。このままニーファに話し続けられれば理解が追い付かないまま、最期まで言い切られてしまいそうで。

 怖かった。

・・・

 待て、少し落ち着こう。

 そう言い聞かせて深呼吸を一つ。急ブレーキがかかった頭を何とか回そうと試みる。

「よろしいですか?」

「すまん、もうちょっと。」

 傍から見たら滑稽だろうなと、俺は自身の動揺に呆れる。

 さっきまで準備万端のつもりだったのに、根底からひっくり返されるとは思わなかった。

 えーっとなになに?あの硬質化は怪我とかダメージによって生じる呪いではなくて、そういうダメージによって元に戻ることによって起きている反応だと・・・そういうことなんだな?

 元に戻る・・・ってことは何からっていうと、やっぱり俺が思う所の正常な状態、腕とか足とか頭とか・・・内臓とか、そういうものが備わっている。そういう状態からってことだよな?

 ってことは何だっていうと・・・

「俺に何か呪いかなんかが掛かって鱗みたいなのが生じるんじゃなくって、元に戻ってるってことは・・・俺の正体がこの白い何かってこと・・・なのか?」

 なんと突拍子もない。こんなことが許されるのか?

 いや、今まで確かに少し丈夫すぎるなとか、気絶するような事態に何度も陥ってたのに気付いたら大体は支障なく動けてたり、今までこの体に何とはなしに違和感を覚えたことはままあった。

 けど、いや、それは異星人補正っていうか、そういうものだと思っていた・・・

 そんなのあり得ないだろ?正体がこの白い何かって多分生物ですらないじゃないか!

「いやいやいや・・・」

 と、俺は自分で言っておいて否定する。

 そして、残りの三人も否定してくれることを祈っていた。

 だが、誰も俺の言葉に異を唱えてくれることはなかった。

 そして、唐突に止めの言葉が掛けられた。

「貴方の・・・”正体”というのが正確な表現なのかは分かりませんが・・・今のあなたはその白い未知の素材に何らかの方法で貴方の、羊頭さんの魂、と呼ぶべき情報概念存在を蒸着させたもの・・・ということになります。」

 いや、いやいやそんな馬鹿な。

「そんな、そんなのってアリなのかよ・・・」

 気付くと俺は立ち上がっていた。だがすぐに、全身から、まるで何か支えになっていたものが引き抜かれてしまったかのような、言い知れようのない喪失感が襲ってくる。

 目の前がくらんで、俺は立っていられなかった。

「傷を負うと白く硬質化する・・・というのは恐らく、傷を負うとあなた自身の魂が直接損傷し、貴方の形を保てなくなるためでしょう。記憶の欠落についても多分、同じ原理かと。」

「記憶も?」

「ええ。」

 そう問う俺にニーファは答える。

「羊頭さんがここに来る前の記憶を失っていたり、今この場に至るまでの記憶も失いつつあるというのも、外傷が魂への損傷へと直結するためでしょう。恐らくですが・・・記憶の欠落を意識し出したのはその右手を失った時から・・・ではないでしょうか?」

「ッ!!」

 そんな・・・めちゃくちゃだが、理論の前提はめちゃくちゃで俺の知識からしたら破綻しているが・・・

 だが、確かにそうだ。そうだった。

 絶望に打ちひしがれ、何かが抜けていく喪失感に、その何かが分からずに、同時に俺の心も傷つき、俺は一度あの銀髪の女性の居た場所で挫けてしまった。

 前提はめちゃくちゃだ。俺があの砕けた白い剥片と同じ存在だなどと、そんな前提は認められない。

 けれど、その前提さえ肯定してしまえば全てのつじつまが合う。

 いくらダメージを受けようとも、この体はもともと仮初のもの。疲労など初めからあって無きが如し。気絶せざるを得ないような損傷を追っても、意識さえ戻ればすぐにでも再び活動が可能だ。

 一方で、魂が肉体と直結しているという今の状態では、体の損傷は即精神の、記憶の、心の、すなわち魂へと還ってゆく。

 動けば動くほど精神的な疲労は拭えないし、傷を追えば負うほど文字通り心も体も擦り切れてゆく。

・・・

 それは果たして人間なのだろうか?

「なぁ。」

 と、俺は三人の顔を順に見回して問いかける。

「今の俺は生きているよな?」

・・・

 暫く、いや、あるいは一瞬だったのかもしれないが、沈黙が、静寂がにじみ出るようにこの場を支配した。

「あ、当たり前じゃないですか!」

 その空気を吹き飛ばすようにリフリスは大きな声で答える。

「羊さんが生きていると思う限り、羊さんは生きています!」

 立ち上がり、俺の横に来たリフリスに俺は振り返る。

「だが、そこらへんの岩と何一つ変わらんかもしれんぞ?俺の正体は。」

「でもです!でもですよ!羊さんは生きてます。そこらへんの小石とは違います!私が保障します!」

 ふっと自嘲する。

 なんだか急にばからしくなってきた。

 生きてるかどうかなんてどうでもいいじゃないか。と。

 俺の為にリフリスがこうしてわたわたと手を振りながら力説してくれるだけで十分だ。

 こうも簡単に気分が変わるのはあるいは心の一部が欠落してしまっているからなのだろうか?

 いや、だとしたらうじうじ悩むこともない。むしろ少しありがたくもあるなと俺は思った。

「ありがとうな。リフリス。少し、落ち込んでた。」

「えっ、あ、いえいえ。こちらこそです。」

 俺が礼を言うと、急に冷静になった俺を前にして恥ずかしくなったのか、リフリスは少し下がる。

「いきなりこんなことを伝えて済まなかったね。」

「いや、いいよ。ちょっとスッキリしたぐらいだ。」

 頭を下げるブランに、俺は落ち込んではいないと伝える。

 まあ、ショックだったのはそうだが、だからといって何かが変わるわけでもないし、何よりずっと疑問に思っていた硬質化の謎がとりあえずは解けたのだ。

 これからはこれまで以上にダメージには気をつけないといけないな・・・

 今迄みたいになんだかんだ言ってダメージ覚悟で突っ込んでいくなんてことはもう止めにしよう。

 でないと、本当に”燃え尽きて”しまう。

 うんうんと頷く俺にニーファが声をかける。

「貴方はご自分が異星人だと仰っていましたが・・・貴方の星にはこのような技術に関して何か心当たりはありませんか?」

 ふむ。と、少し思案しようとするが、俺はすぐに馬鹿らしくって止めにした。

「いや、ないない。体の組織を少し再生しようとするだけで右往左往してるぐらいなのに、魂とかそんなものを移し替えたりできるような次元には無いよ。むしろ・・・」

 そう言葉を区切って、俺はこの星の三人の住人の顔をうかがう。

「むしろ、俺をこんな風にした奴が、居るとすればだけど・・・会ってみたいかもな。」

 俺がこんな状態に陥っているのが・・・たとえば自然現象なり何らかの事故なり、そういう不可抗力なら致し方ないが・・・

 誰かが、何かの意図をもって俺をこんな風に弄ぶようなことをしたのだとしたら、話してみたいという気はする。

「ここにはそういう技能を持った奴はいるのか?」

 と、俺は問う。

「いや、少なくとも僕は知らない。けど、法術は秘匿されているものだからね。僕が知らないだけで、この世界にはいるのかもしれない。」

 そう言うブランに、俺はそうかとだけ答える。

 一体誰が、何を思ってわざわざこんなことをしたのか・・・そしてここに来ているのが俺の魂だけだというなら、その体の方は今どうなっているんだろうか?

 近づくだけで扉が閉まってしまうのはやはり、この体のせいなのだろうか?その可能性は大いにありそうだ。なら突破方法は?

 結局のところ疑問は尽きない。

「だがまずは・・・脱出法を考えないとな。」

 とりあえず漠然とした不安が解消されただけでも良しとしよう。

次回かその次ぐらいから次章に入ります

毎度読んで頂いてありがとうございます

文の意味が通りづらい、誤字脱字がある場合は教えて頂けるとありがたいです

ストーリィは・・・ストレスのたまるものと自覚してはいますが確信犯です。基本的には変えません。

ではまた次回


アイテム

○海淵の指輪+ ○意思読みの首飾り ○返話の指輪 ◎刻雷竜のアイテムボックス(謎の試験管 識別票 ウサギの毛皮 大猪の牙 火起こし機 水筒  猪肋弓 魔の矢(狼牙+虹の羽)x2 その他不明) ねたつく古びたポシェット(識別票x8 託宣紙x9)


装備品

麻の衣服 龍爪ナイフ 金猪のマント 革の小手 金猪の足袋 錆び罅割れた装飾剣 ひび割れた羊の兜 包帯

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