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迷宮の歩き方  作者: Dombom
迷宮とは・・・
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迷宮生活22日目その一

投稿ジツ!イヤーッ!

「・・・」

 薄明かりが僅かに開いた瞳に入り込んできた。

 徐々に視界がはっきりしてくるにつれ、ぼんやりした明かりはその輪郭を明瞭にしてゆく。

ザワ・・・

 と、木々が揺れ、光を放つ天井を切り絵に葉の交叉した模様を描いていた。

「くっ・・・ごほっ、ゴホッ・・・」

 ああ、今回も何とか生き残れたかと、俺は委縮した肺に空気を送る。

「羊さん!よかったぁ・・・」

「リフリスか・・・心配かけたな。」

 俺は森のやや開けた場所に寝ていた。地面には刈り取られた草束の上に毛皮を敷いた簡易の寝床が用意されている。

「痛っ、まだ全快とはいかないか。」

 体を動かすと節々がズキリと痛む。

「まだ無理しちゃだめですよ。」

 駆け寄ってきたリフリスに手伝ってもらいつつ、俺は軋む身体を起こした。まだ痛みはあるが、かといって全く動けないという訳でもない。

「心配かけたな・・・あれからどれだけ経った?」

 俺が起きたことに気付いたブランとニーファに尋ねる。

「およそ丸一日、と言ったところでしょうか。」

 仄かな芳香を放つ草束を持ったニーファが答えた。


 俺が扇動者の青年に敗れた後のことを聞きながら、俺は何故あの時暴走してしまったのかと後悔していた。

 扉に向かって走り出したりせずにあくまでも冷静にいれば、余計な騒ぎを起こさなくて済んだのではなかったのかと。

 だが、後の祭りとよく言うようにあれは仕方がなかった。

 今振り返って思えばこそ、あの時の俺の精神状態はほぼ限界に近かったのだ、いやあるいは振り切れていたのかもしれない。当然だ・・・今までやってこれたのは、精神の糸が切れずに済んだのは一重に「救いが見えなかったこと」のせいだ。

 終わりが見えなかったことによって俺の意志は望むと望まざるとに関わらず、常に緊張を強いられてきた。ある意味そのおかげで俺は俺を保つことが出来た。

 だがそれは仮初の正気でしかない。ストレスによって無理に保った心はいずれ砕けてしまう・・・あの時、銀髪の美しい女性に救われた後のように。

 迷宮の出口が見えたことによって、俺の心は締め付けが外れ、何時暴発してもおかしくは無い状態にあったのだ。

 そして悪いことに、あの時の俺は追い詰められすぎていて、自分が精神的に限界を迎えていることを自己分析する余裕すらもなかったのだった。

 だから、扉が閉まっても以前地下の扉を開けてきたようにこの扉も開くことが出来るかもしれないという希望があったのにも関わらず、俺は現実の光景に負けてしまった。

 扉が閉まったという現実は、俺の中から可能性でしかない希望を打ち払い、忘れさせるのに十分だった。

 いや、むしろこれまで俺を無理に支えていたストレスが、扉の閉鎖とともに一気に絶望へと塗り替えられてしまったのだ。

 俺は心の底から溢れ出す絶望に錯乱していた。

 そしてその衝動に身を任せた結果がこのざまだ。

「あの青年の名はクレオ二アルと言ってね。」

 ブランの言葉で俺はあのくすんだ金髪の青年を思い出す。

「冒険者の格付けで言えばDランク、この迷宮に入ることが許可された最低限でしかないが・・・彼の術は少し特殊でね。」

 彼がDランク・・・ということは単体ではリフリスと同程度の実力者ということか。

 だが、奴は身体能力はともかく、放った術の規模としては俺が今まで見てきたものと比較するとかなりのモノだった。連続で打ち込まれた時の威力は津波のように押し寄せる鎧ムカデの群れに飲まれた時のことを思い出させたほどだ。

 リフリスと同程度の実力者でありながら俺を圧倒し、意識を飛ばすほどの術、そのタネは終盤でだが俺も掴んでいた。

「人の、他人の力を利用する・・・か?」

「そう、その通り。」

 と、ブランは答える。

「彼の家系は代々人々を導く術を研究していてね。彼の術はそこから派生したものだろう。」

 人を導く・・・その手段の一つに煽動という技と言っては何だが、そういう技術があったってことか。少し使い方を誤っている気がするが。

「代々ってことは貴族ってやつか?」

「そうだね。法術師はいろんな人がいるもんだけど、やはり貴族が多いね。」

 法術・・・か。水のないところに水を出したりは出来ないけれど、術者の操ることが出来る範囲の事象は実力にもよるがある程度は自由に出来る。力量さえあれば空を飛んだり、火をつけたり、雷を導くことも可能な魔法のような手品。

 そしてその技術は一般には普及していない。

「技術の独占って言ってたか?」

 と、俺はリフリスに尋ねる。

「ええ。基本的に貴族の許可がないと法術は習得できません。それにもし非合法に身に付けたとしても、やっぱり技術の窃盗で裁かれます。けっこう・・・重い罪です。」

 リフリスの言にあるように、外の世界ではやはり法術という技術体系、理力という論理体系は貴族、あるいは支配階級が握っているらしかった。

「じゃあリフリスは・・・」

 と、俺が尋ねようとした時、ブランは話の続きを始めた。

「今回、クレオ二アルが羊頭君を襲った動機はおそらく昇格にからんだことだと思う。」

「昇格?」

 と、俺が聞き返すとブランは頷く。ニーファはさっきから話には加わらず隅の方で何かの草を黙々とすりつぶしていた。

「彼はDランクだと言ったね?」

「そうだったな。確か、」

 と、俺はリフリスの方を振り向くと、

「私もDランクです。」

 と、リフリスは言う。ブランはそうかと答え、話し続けた。

「Dランクまでは、実力さえあれば審査はすぐに通るんだ。だが、Cランクとなるとそうはいかない。誰が見ても図抜けた実力者か、あるいは何らかの功績を残さないとCランクには昇格できないんだ。とはいっても、Dランクでも千人に一人の逸材と言ってもいい。Dランクでも十二分に凄いんだ。」

 そういうブランの言葉にリフリスはえっへんと胸を張って見せる。俺はその背伸びする姿にほほえましさを感じた。

「だが、そいつはDじゃ満足しなかったんだろ?その・・・クレオ、二アルだっけか?」

 ああ。と、ブランは肯定する。

「この迷宮に入るための最低ランクがDランクだと言ったね?」

 ブランはやや疲れた表情を見せる。格付けの問題では結構苦労しているようだ。

 普通に考えれば十分以上に凄いDランクでも、この迷宮という特殊な場所では霞んでしまう。

 そうか、と俺は合点がいった。

「例え千人に一人のエリートでも、この迷宮に集まってくる命知らずの中では最低ランクってことか。」

 悲しいことにね。と、ブランは言う。

「現実には規定があってDランク以下でもより上位の仲間がいたり、編成によっては迷宮に入れるし、この外の街にはDランクに満たない志願者や一般の人も多い。この第一階においては迷いの森より奥に行かない限りはそんなに強い獣や魔獣は出ないし、Dランク制限っていうのはかなり厳しい制限なんだ。だけど・・・」

 と、ブランは首を振る。

「地元じゃ神童と呼ばれた人間でもここではただの人、いや、最底辺ってことか・・・」

 俺にも少し心当たりがある・・・ような気がするが、思い出せない。ここに来る前の・・・

「気にしない人も多いし、迷宮に入れるだけでも十分にすごいと分かっている人なら問題ないんだけどね・・・現実には残念ながら、どうしても他人と比較しないと気が済まない人もいるんだ。」

 あのキザっぽい青年は見るからにプライドが高そうだった。本当はすごいのに、周りに同じように才能を持った人間が集まってしまったせいで、ここでは平均以下と評されてしまう。

 高いプライドと現実に折り合いをつけられず、自分を見失ってしまったのかもしれない。

「そう言えば奴は異変を解決すれば・・・とか言ってたような気もする。」

 実力はある。が、実績がない。

 そんな風に燻っているだけの奴にとって、異様な姿を持ち、何故かは分からないが近づくだけで迷宮の扉を閉めてしまう俺の存在は、思いがけずに転がり込んできた格好の昇格材料に見えたに違いない。

「彼は実力がなかった訳じゃない。ある種の技量ではCランクの平均にも届いていたかもしれないが・・・」

 ブランは言外に含みのある言い方をする。

「他人の力を勝手に利用するんだ。良くは思われないだろ。」

 と、俺は若干の恨みを込めて話す。

「そうだね・・・今回の件については、羊頭君にいくつか謝っておかないといけないと思ってね。」

「謝る?」

 と、疑問を呈する俺に、ブランはああ。と頷いて見せる。

 何か心が決まったのか、ブランは改めて俺を見返す。

「実は少し前僕、いや、ドラゴンスレイヤーは彼に昇格の推薦を打診していたんだ。」

 ・・・へ?

「なんですって?!」

 と、リフリスは驚く。だが、俺はいまいち話の内容が呑み込めなかった。

「いや、それのどこが問題なんだ?」

 と、俺は聞き返す。

「え、だけど、彼は君の敵に回ってしまった訳で・・・」

「そうですよ。許せないです!」

 歯切れの悪いブランに対して、リフリスは怒りを顕わにする。

 だが、その一方で俺は冷静に答える。

「別に今回奴が敵に回った原因は、混乱している人ごみの中に叫んで突っ込んでいこうとした俺にもある訳だし。第一、そのクレなんたらみたいに潜在的に俺の敵になりえた奴はいっぱいいたんだろ?」

 Dランクにありながら、いや、それに限らずどんな分野でも自分は正しく評価されていないと思う人間は少なからずいるはずだ。

「あ、ああ。まあ、そうだな。」

 と、ブランはやや戸惑った様子で答える。

「でも・・・」

 と、引き下がるリフリスに俺は続けた。

「敵かどうかなんて時と場合次第だろ?俺は敵だ味方だなんて、敵を支援したことがあるからそいつも敵だなんて子供じみたことを言うつもりはないよ。」

「う・・・ぐぅ」

 そう答えると、リフリスは一瞬自分を恥じたような顔をして目をそらした。

 ブランの方は、俺の言葉に何か納得したような様子で答える。

「そうだったね。すまない。」

 と、ブランはまた謝る。俺はいまいち何に謝られているのかよく分からなかったが。

「君は異星人・・・だったね。忘れていたよ。」

 はははと、余計な気苦労だったと笑うブランを俺は怪訝な顔で見かえす。

「それは・・・貶されているのか?」

 と、俺は問う。笑われるようなことを言ったんだろうか?

 もしかしたらこの星では敵の味方は即殲滅すべしみたいな殺伐とした常識がまかり通っているのか?

「いや、とんでもない!逆さ。」

 と、ブランは返す。

「さっき言ったけど、技術や理論は貴族が独占している。教育も、例外じゃない。」

 ブランははぁと、ため息をつく。

「道徳心とか論理的な思考っていうのは得てして教えられないと身につかないんだ。」

 俺が異星人だということを忘れていたっていうことは、さっきのはこの星で言う普通の人間に対して言ったつもりだったってことか。

「・・・ブランは、俺が奴とブラン達に関連があったことを知ったら怒るかもしれないと、そう思って・・・予防線を張ったってことか?」

「いや、申し訳ない。」

 と、ブランは頭を掻く。

「相手が貴族だったら今みたいなことでは絶対に謝ったりはしないんだけど・・・ここは話を聞いてくれない荒くれ者も多いから、どうしてもね。」

 遠い目をするブランに俺は声をかける。

「そんなに謝ってばかりだと、苦労するぞ。」

 フッ・・・と、小さな笑い声が聞こえた。俺とリフリスが振り返ると、その声の先にはニーファがいた。

 笑った顔は見せないが、その背は堪え切れないのか揺れている。

 ブランはバツの悪そうな顔をしてため息をつく。

「・・・結局、彼にも断られてしまったしね。貴族の世界では推薦に絡んでいろいろあるから・・・あの時無理にでも推しておけば今回の騒動は無かったんじゃなかったのかって。」

「そこまではブランの責任じゃないよ。」

 悪かったというブランに俺は答えた。


「もう一つは、いや先にこっちを話すべきだったね。」

 そしてブランは再び真面目な顔をして俺の方を向く。

「すぐに助けに行けなくて申し訳なかった。」

 そう言ってブランは俺に頭を下げる。俺はブランに顔を上げてくれと促すとともに答えた。

「済まなかったも何も、何か事情があったんだろ?それに最後には助けてくれたんだし。顔を上げてくれよ。」

 ああ。と、ブランは頭を上げる。リフリスは俺がすぐに許してしまうのが不満らしく、少し不機嫌そうな顔をするが、さっきのが効いているのか黙っていた。

「実は奴隷ギルドの横槍が入ってね。君を寄越せと言ってきた。」

「は?」

 と、今回は俺も声を上げざるを得ない。

「奴隷・・・ギルド・・・」

 リフリスは何か押し殺したような声を出す。

「いやいやいや、何で奴隷?俺が?」

 戸惑う俺はブランに答えを要求する。

「この迷宮では冒険者は冒険者ギルドが保護することになっているが、獣や魔獣に関しては、奴隷ギルドの管轄なんだ。」

 いや、俺は人間だし、奴隷ギルドなんて縁もゆかりもないはず・・・

「それじゃあ俺は冒険者ギルドに・・・いや、あの時は人間扱いされてなかったような気も・・・ってことは?」

 ブランは頷く。

「結局のところ彼らは人間も扱っているしね。理由は何でも良かったのかもしれないけど、羊頭君は・・・その・・・」

 ああそうかと俺は自嘲する。

「見た目は悪いよな。」

 ・・・はぁと俺はため息をつく。

「彼らは君を見て売れると判断したらしい。だから奴らは、君がクレオ二アルが言うように新種の怪物だから、その処理権は奴隷ギルドにある。だから君を寄越せと言ってきたんだ。僕たちに君がこのままクレオ二アルにやられるのを見て居ろ、とね。」

「ひでぇな。そりゃ。」

 思い出しただけでも腹が立つのか、ブランの言葉の端々に怒気が混じる。

「彼らにしちゃあ言いがかりをつけられるなら何でもよかったんだろうけどね。金と引き換えに君を寄越せと言ってきた。全く、迷惑な話だったよ。あの時はすぐにでも君を助けに行きたかったのに・・・」

 助けに行きたいのに出来なかった。ということは、ブランはその奴隷ギルドに何か弱みを握られているか、あるいは・・・

「ブラン達より強いのか?その奴隷ギルドの奴らって言うのは?」

 ブランはややうつむき、口元をへの字に曲げて耐える。

「・・・情けないけどね。実力では劣っていないと思うんだけど、母体が裏から貴族の支援を受けているだけあって数が多いんだ。彼らは日々暴れる猛獣を押さえつけたり、逃げ出した人たちを・・・とにかく、一筋縄じゃ行かないんだ。」

 奴隷ギルド・・・というより、そのギルドの用心棒とか捕獲係ってとこだろうか?

 どうやらあの時、ブランとニーファ達と相対していた数人・・・周りの浮かれた集団とは毛色の違うように感じられた奴らはその奴隷ギルド、とやらの人員だったらしい。

 ブランの言葉から推察するに、結構あくどい事をやっていそうだ。

 化け物と戦う冒険者がいるんだ。それなりの実力を持って、奴隷になった人たちを無理に取り返そうとしたりする人間も少なからずいるだろう。

 けれど、ブランとニーファが手出しできない程となればやはり、実力も数もなかなか揃っているということなんだろうな。

「僕たちは一応この大公国認定のクランだからね。奴らと事を構えるには後ろ盾の問題もあるんだ。下手に手だしして助けられたとしても後で何を言われるか分からない・・・けど、それとこれとは別だね。済まなかった。」

 ふぅ・・・と、俺は息を吐く。

「結局最後は助けてくれたんだ。今の話だと俺が起きたら牢屋の中っていう話もありえたんだろ?感謝してるよ。」

 うんうんと頷くリフリスに、なんでお前がと俺は突っ込みを入れる。

 はははとブランは笑い、俺もつられて笑う。

「って!痛って!」

「大丈夫ですか?」

 心配するリフリスに、俺ははぁとため息で答える。笑うと腹のあたりが裂けるように痛む。

 痛みをこらえて顔を上げると、そこには金属のコップに仄かに清涼感のある匂いの薬湯っぽいものを持ったニーファが立っていた。

予告!

 現れた黒幕!敗れる受難者!燃え尽きる魂!青年は咆哮す!そして放たれる魂の叫びとは?!

 迷宮生活XX日目!五章先の未来を待て!


アイテム

○海淵の指輪+ ○意思読みの首飾り ○返話の指輪 ◎刻雷竜のアイテムボックス(謎の試験管 識別票 ウサギの毛皮 大猪の牙 火起こし機 水筒  猪肋弓 魔の矢(狼牙+虹の羽)x2 その他不明) ねたつく古びたポシェット(識別票x8 託宣紙x9)


装備品

麻の衣服 龍爪ナイフ 金猪のマント 革の小手 金猪の足袋 錆び罅割れた装飾剣 ひび割れた羊の兜 包帯

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