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迷宮の歩き方  作者: Dombom
迷宮とは・・・
62/70

迷宮生活21日目その四

仕様変更に戸惑っています

7/16 前話からの修正に合うように修正

「・・・」

 俺は扇動者の青年を見る。

「・・・」

 おかしいと俺は思った。

 俺は多分今、これまででも有数のピンチに陥っている。けれど、なぜか危機感が沸かない。

 確かに目の前の青年は強力な術を使い、さらに今でも力が高まってゆくのを感じる。俺にとっての脅威であるはずだ。

 なのに、彼からはこれまで俺を追いこんできた数々の強力な生物のような圧倒的な威圧感を受けない。何故だ?人間だからか?

 いや、初対面の時のブランはある意味でこの小世界の生き物たちに似ていた。人間もその強さが姿勢や振る舞い、あるいは表情に出るはずだ。

 気をつけろと、俺は俺自身に注意を促す。あるはずのものが無いときは恐ろしいぞ、と。

 隠しているのか?それとも本当に実力がないのか?

 いや、それだとなぜあれほどの術を使えるんだ?・・・分からない。

 こうなるとこれまで俺を救ってきた野性的な勘も役には立たないだろう。そもそも、麻痺を受けている今はともかく、初撃にほとんど反応できなかったということが今回のピンチの異常さを俺に訴えかけてくる。いくら錯乱状態であったとはいえ、俺の感覚は後ろから追ってくるリフリスやブランとニーファ、そして俺の接近に怯える人々を捉えていたはずだ・・・

 とにかくはあの剣だ。と、俺は頭を切り替える。本当に僅かだったが、あの剣のお蔭で奴の攻撃を少しは捌けた。勘が駄目でも俺には理力を見通す目がある。奴の術も見切ることが出来るはずだ。

 だが、その後はどうする?俺は・・・人は切れない。切った後の責任は負えない。真面目すぎるかもしれない。動物は切れて人は斬れないのかと言われれば反論は出来ない。命が脅かされても振るわないのかと言われても答えることは出来ない。

 俺には無理だ。相手の戦意だけを断ち切るほどの技量はない。勝てても殺してしまうだろう。

 蘇生できる場合、命が燃え尽きていない仮死状態であるならまだしも、死を経験した、死んだ状態であるということは覆してはいけないと思う。例え死を無かったことに出来るような方法や力があったとしてもだ。

 それは単なる罪からの逃避であり、何故相手を殺さねばならなかったのかということへの答えには決してなりえないからだ。

 ふと俺は苦笑する。俺はこのくすんだ髪の青年を何とかした後、俺を取り巻く殺気立った一団と事を構えないといけないかもしれないのに・・・俺は自分で自分を追い込む癖があるらしかった。

 ・・・とにかくこの場だけでもやり過ごさねば。だが、ダメージが大きい。何より体が満足に動かない。

 どうするか・・・

「恥ずかしくないんですか!」

 諦めかけたその時、リフリスが俺の前へ駆けてきた。

「ああ、あなたは・・・この化け物に利用されていた少女ですか。邪魔です。どきなさい。」

「どきません!」

 俺を庇うようにリフリスは左手を俺に宛がい、右手に持った杖を青年に向けて立ちふさがる。

「リフリス・・・」

 リフリスが俺に添える手は震えていた。

「みんなで寄ってたかって羊さんをいじめて!恥ずかしいとは思わないんですか!?」

 もう一度リフリスは群衆に聞こえるように叫ぶ。

「子供は引っ込んでろ!」「そうよ!化け物から離れなさい!危険だわ!」

「どきません!羊さんは・・・私が守ります!」

 リフリスは杖に理力を込めるとそれに応えるように杖先に浮く宝玉は回転し始め、淡い緑に染まってゆく。

 青年はリフリスの杖が淡く光りだしたのを見て反射的に僅かだが後ずさった。

 しかし・・・リフリスの杖が光っているのはブラフのようだ。杖を光らせて突っ込んできたリフリスは一見あの青年を追い払おうと術を込めているように見える。が、その実俺はリフリスが触れている部分から痺れが取り除かれて行っているのを感じた。

「リフリス・・・」

 俺はリフリスの行動、俺を救うために無謀ともいえる勇気を振り絞った姿に感じるものがあった。

 そうだ。俺が挫けてどうする。俺が負けなければ、いずれは勝ちは回って来るんだ。

「そこをどいてくれませんか?彼を放っておけばいずれ多くの人々が不幸になるでしょう。今のあなたのわがままを通すわけにはいきませんね・・・もう一度言います。どきなさい。」

 ゾクッ!っと俺の背筋に刺すような冷感が走る。俺は今になってやっと青年から得体のしれない威圧感を感じた。

「どきませんったらどきません!」

 だがリフリスは一歩も引かない。

 周囲のどよめきが強くなる。青年の顔に苛立ちが浮かんだ。

 あのくすんだ金髪の青年もまた法術師だ。もうリフリスが何をやっているか勘付いているに違いない。

「リフリス・・・ありがとう。下がっていてくれ。」

「でも、羊さん。」

「時間がない。」

 青年の杖の周囲の理力が渦巻き、何らかの術を纏い始めるのを俺は見た。青年の力から違和感はぬぐえない。この金髪野郎のどこにこれほどの器があるんだ?いや、今はそれどころじゃない!

 リフリスを庇うには・・・動かざるを得ない!

「ブラン!ニーファ!リフリスを頼む!」

「え?!キャッ!」

 俺はリフリスの手を掴み、二人の居る方へと投げ飛ばした。ブラン、あるいはニーファならうまく受け止めてくれるだろう。

 リフリスを投げ飛ばした反動を利用し、俺は膝立ちの姿勢を低くした状態を保ったまま取り落した剣を拾いにかかる。例え俺に人は斬れなくとも、相手に対して最低限でも脅しになればそれでいい。

「?!」

 が、それを見越したのかくすんだ金髪の青年は冷静に対処する。青年は先ほどリフリスに向けようとしていた杖を俺の首元に向けていた。そしてそのまま前へと進み出てくる。

「クッ・・・」

 杖はまるで鋭い刃であるかのような威圧感を帯びて俺の首元に正確に向けられている。

 青年は俺の顎の下に突き付けた杖を徐々に上に引き上げてゆく。顎を切り裂くギリギリのところで掲げられてゆく杖のせいで、膝立ちになっていた俺は立ち上がらざるを得なかった。

 俺は歯噛みした。この青年はよく見ている。俺に反撃の芽どころか溺れる者の藁の一本も与えないつもりらしい。

 青年は蔑んだ目で俺に後ろに下がるように促してきた。気圧された俺は罅割れた剣から離れ、後ずさるしかない。

 俺が下がったことを見ると青年は杖を左手に持ち替え、指輪のついた右手を俺の剣に翳した。

「何をする気だ?」

 と、俺は尋ねるが、くすんだ金髪の青年は術の余波でマントを揺らすだけで、俺の問いには答えない。それどころか、周囲のヤジも聞こえぬとばかりに知らぬ顔をしている。

 青年は翳した指輪に理力を注ぐ。すると、剣は何かに抵抗するように小刻みに震えだしたが、すぐに何かに締め上げられたように振動は止まり、青年の手元へ浮き上がった。

 俺は青年の指輪から出た幾筋もの帯状の理力が淡い理力を放つ俺の剣を縛り上げるのを感じた。今の術に注がれた奴の力に違和感はない。

 青年は剣を自分の目の前に浮かせると、ほぅと声を漏らす。

「なるほど・・・なぜこんなオンボロの剣を後生大事にとっているのだろうと思っていましたが・・・術を切る剣ですか。」

「・・・」

 つまらぬことをとでも言うように青年は剣を掴んでいる帯を操作し、自身の背後に、俺から最も遠い場所に剣を突き刺した。

「何にせよ害獣は駆除しなければなりません。」

 そうだそうだ!と俺を包囲する群衆から歓声が上がる。さっさとやってしまえ!化け物に死を!と・・・

 青年は杖を突きだし、進んでくる。俺は後ずさる。

「フィーノ(終末)・キュルース(収束)・レモリオ(丸)・ガノード(最大)」

 ズッ!っとまるで周囲の群衆から悪意、殺意、憎しみ・・・人の残酷さそのものを抽出したかのような力が、青年の指輪に集いつつある。

 これか!と、俺は僅かばかりだが理解した。

 俺は草木やこの場にある理力を注視してはいたが、人が起こす力の流れには焦点があっていなかった。

 だが、僅かだがズレていたピントが合い始めたのか、いや、ピントがずれていても分かるほど力が大きいせいだ。

ザリッ・・・

 と、今度は俺が後ずさる番だった。

 俺が認識していなかった力、考えから抜けていた巨大な力が勝ち誇った顔をしている青年に集まり始めていた。

 人間は動物だ。能動的に動き、呼吸をし、熱を出すその体は短時間で見れば草木が生み出す理力をはるかに上回る力を生み出すことが出来るのだろう。三人寄れば文殊の知恵、百人力の力があれば岩をも吹き飛ばせるだろう。

 見えていなければ、そこにあると理解していなければ見えない・・・理力とはよく言ったものだ。

「クッ・・・」

 じとっと、俺のこめかみから首筋に冷や汗が流れれる。俺は今になってやっと危機感を、いや、命の危機にさらされた時、本能がそれを知らせに叫び出すのを感じた。

 マズイ!マズイぞ!アレはヤバイ!

 俺は俺なりにそこそこ自身の実力に自信はあるつもりだった。だが、人間相手だとこうも手も足も出ないものか!

 気付いた時には俺は青年が指示した位置よりかなり後ろに後ずさっていた。

「ぐわっ!」

 なんだ?と思った時には俺は地べたに突き飛ばされている。見れば俺を多くの観衆が見下ろしている。どうやら後ずさりすぎて俺を囲む円の端まで来てしまっていたらしい。汚いものに触ったとばかりに布で手を拭く男が俺を見ていた。

 ブザマな・・・と、青年の口が歪む。観衆の興奮はほぼ最高潮に達していた。口々に発せられる声は混ざり合ってよく聞き取れない。

 いや、聞かないように脳がシャットアウトしていた。

 妙に冷静だった。奴の右手のあの術が当たれば俺は全ての生命活動を停止させられ、死に至るだろう。だがあの金髪の青年もあの強力な術には少々コントロールに苦心するようで、さっきの麻痺の術のように射出は困難らしかった。

 俺は奴の術を阻害できればと理力の流れを注視するが、如何せん人が起こす理力を認識した直後の俺には大まかな流れを捉えるのが精いっぱいだった。

「羊さん!」

 リフリスの声が、悲壮な涙を伴った金切声が聞こえる。今にも飛び出しそうなリフリスはブランとニーファに押えられている。

 今俺を庇いに出てきたらいきり立った群衆に何をされるか分からない。

 けれど、リフリスはもがく。そしてその口から、声にならない声が聞こえてきた。

「死なないで、諦めないで」

 と、

「ア゛あッ!」

 俺は弾かれた様に青年に向かって飛び出し、左手で殴りかかった。

 方法がないなら、進むしかない。たとえ読まれていようとそれしかないなら突き抜けるまで!

 俺は意識していなかったが、必殺の術のコントロールが難しいのか、はたまた人から集めた理力の制御が困難なのか、先ほどまで奴の杖が帯びていた何らかの術は霧消していた。

 接近によって首を狩り飛ばされることは無い!チャンスだ!

 飛び出してきた俺に青年はカウンターで術を掛けるチャンスとばかりに呪いの詰まった理力球を右腕ごと突き出してくる。

来た!

 ザッ!っと俺は右足を踏み出し、それを軸に体を捻る。死の砲弾は僅かに俺の左側に外れてゆく。

 俺は軸足から全体重を失われた右腕に伝わらせる。必殺の一撃を!マントに隠れていた右肘の仕込みナイフが輝いた。

 俺たちは踊るように元の位置と正反対に、俺は縁の中央側へと回り込む。背後は人垣、避けられまい!

 青年の顔がしまったと言うように悔しげに歪む。

キン!

「なっ!?」

 俺の出した龍爪ナイフは再び理力を帯びだした杖に受け止められていた。ゾクリと俺の背に悪寒が走る。

 防がれた?!そんな!

「馬鹿な・・・とでも言いたそうですね。」

 と、青年は冷ややかに言い放つ。獲物を仕留め損なった右手の術は恨みがましく揺らめいて霧消した。

「私が見ていないとでも思いましたか?あなたが先の粗忽者との一戦でそれを使ったのを?」

 グググッ!と、青年はその華奢な体からは考えられないほどの力で俺を押し込んでくる。いや、違う!これは・・・

「グッ・・・」

 俺は堪らず膝をつく。

「隠しナイフに理力を利用した体術ですか・・・獣にしてはよく考えたものです。所詮は浅知恵に過ぎませんがね。」

 おお!と観衆は遅れて青年の立ち回りを称賛した。先ほどの残酷なムードが薄れ、俺への憎悪の声は青年への応援にとって代わる。

 俺は自身の重心に集中し、かろうじて青年からの重圧に耐える。いやらしいことに、麻痺の影響を除いても体からほとんど力を集められない。

 流石という訳か、術師の目には俺の力の掛けられない弱い部分が見えているんだろう。人の力を利用するのが専門だけあってなかなか隙が無い。

 一瞬の内に踏ん張ろうとも力が出せない体勢にまで追い込まれてしまった。

 情けない・・・耐えることに集中しなければすぐに押しつぶされてしまいそうだ。逆を言えば今の俺は耐える以外の行動が出来なくなってしまっていた。理力にさっきまでのようなトゲトゲしさが無いのが僅かな救いか。

「まさか・・・こうも簡単に・・・真似されるなんて、な」

 と、俺は苦し紛れに言葉をかける。言葉を出すのもやっとのことだ。

 自分が編み出した技を人に使われて、しかも相手の方がうまいとなると今自分がピンチに陥っていることも忘れて相手を讃えたくなってくる。自信を無くしそうだ・・・

「真似とは心外ですね。そも理力とはあまねく全ての力。術師とはそれを扱う者、出来て当然ですよ・・・」

 終幕だ、もう俺の顔を見るのはうんざりだとばかりに、青年は片手で俺を地面に抑え込み、右手を再び翳した。

「さあ、止めです。」

 苦しい。正しく理力を扱えるものが体術を用いればここまで動けなくなるものなのか!息をするのも辛い!

「くそぉ!」

 人々の力が奴の体を、杖を、そして俺のナイフから全身に流れ込み、霧散して大地に帰ろうとする。こいつだけじゃない、俺を取り囲むすべての人間が生み出す理力の激流が俺を押しつぶそうとしていた。

「チッ!」

?!くすんだ金髪の青年は苛立ったように舌打ちする。何だ?!

「ぐあっ!」

 ガッと、青年は不意に俺に蹴りを入れてきた。重い!が、何とか空いていた左手でガードすることが間に合った。

 ザザッ!と、背中が再び地面をこする。

「クッ!」

 俺は何とか起き上がろうと身を起こす。顔を上げると青年はすぐ目の前に迫っていた。彼の杖は捨て去られ、まだ虚空にあった。

「はやッグァ・・・!?」

 俺が反応する間もなく青年は俺の首元を掴み、高々と持ち上げていた。

ズドッ!

「ゴホッ!うぇ・・・」

 初めは何をされたのか分からなかった。肺から空気が無理やり搾り出される感覚、そして吐き気と言いようのない不快感。

 青年の拳が俺の腹にめり込んでいた。

「・・・」

 ゴッ!ガッ!っとくすんだ金髪が俺の眼下で揺れる。青年は幾度となく俺に容赦ない打撃を刻んでゆく。ヤバイ、意識が・・・

「羊さん!!」

 リフリスが叫んでいるが、俺にはほとんど聞こえていなかった。


「ごほっ・・・」

 また気を失っていたらしい。咳とともに俺の口元から血が漏れる。

 ・・・ふと気が付くと、青年は拳を打ち込むのをやめていた。

 俺は術師の青年に吊り上げられたまま力なくこうべを垂れていた。

「ヲーム・ヒアリセ・エメトゥム!ヘアディゴルム・デンデヴァ―レン・アロファノーモ・ワルマーナ・オーモナウサン・メイ・ヘアエメトゥム・・・」

 呪術か?とも思ったが、どうやら違うらしかった。たぶん、普通の言葉だ。

 青年は赤い宝石のついた首飾りを手に再び群衆を煽るように何かを捲し立てているが、俺にはよく聞こえなかった。

 見ると、あれはペトリャスカに貰ったあの赤い石の首飾りだ。奪われてしまったのか。

 俺はハッキリしない頭で茫然とあれがないと言葉が分からないなと心の中でつぶやいた。

 言葉は分からない。周りも何を言っているのか分からない。青年の捲し立てる言葉も、さっきまでは分かったのに今となっては見知らぬ外国語のように聞き取るのさえ困難だった。

 だが、いや寧ろ何もわからないからだろうか?俺は青年が”焦って”いるように感じた。

 一呼吸するだけでも全身に痛みが走るが、それでも何とか息は出来る。浅く小さいが、それでも一呼吸、一呼吸の度に俺の頭はハッキリしてきた・・・

 何故この青年は先ほどの呪いの玉ではなく、打撃による攻撃に切り替えたのか?

 いや、切り替えざるを得なかったのではないか?

 いくら効率よくしなやかな体つきをしていても、この華奢な青年がずっと俺を吊り上げたままで居られることはおかしい。

 ならばそれは・・・自分の力によるものではないはずだ。

 俺が技をかける時、他人の力を借りて仕掛ける。そして法術師は物理的な力、重力圧力その他諸々、そして精神的な・・・気合いだとか怒り、あるいは忌避といったもの全ての力を扱うのだと言う。だとしたら・・・!?

 俺の中で全てが繋がった。

 よく見れば青年が煽れば煽るほど観衆は、より大きく呼吸してはやし立て、身を動かして青年を応援し、無意識に術具に力を注いで俺を阻害し、青年を助けている。そしてその全てが、周囲の発する理力が、この場の理力の総量、ポテンシャルともいうべきエネルギーが増加していっている!

 青年はその雑多な力を集めて自身の力としている。群衆から理力が青年に流れ込んで行っているのだ。

 だからこそ、俺が危機感を覚えるレベルに至っていない、実力のないこの青年でも、無傷で俺を追い詰められるだけの力を持てた。

 出口がふさがり、恐慌状態という人々のストレスから生まれるエネルギーが極大に達した時、この青年は群衆を煽り、自身をその代弁者としたからこそあれほどの凄まじいほどの力を振るえたのだ!

「・・・」

 俺は今やっと理力がなんたるものか理解した。

 俺は心の底から湧きあがるモノに打ち震えた。

 これまでの仕打ちを忘れるかのようにこの青年の力に感動すら覚えた。

 だからこそ、俺は死なない。

 群衆の力を借りているこの青年は群衆の意向には逆らえないのだ。

 あの必殺の術が二度は生成できなかったのが何よりの証拠だ。

 今、群衆たちは俺を生贄にやり場のないストレスを解消し終わり、青年の煽動に対して先ほどまでのような強烈な反応を見せることは無くなってきた。飽きてきたのだ。いつまでたっても俺が粘りあがいていたせいで、青年は周囲が俺に向ける悪意がピークに達するその時、最高の力で俺を葬るチャンスを逃してしまったのだった。

「へウッ!?」

 俺は隙を見て青年の顎を殴りつけた。

 俺が意識を失っていたと油断していたのか、それとも群衆から得られる力が急速に失われていくことに慌てていたのか、青年は驚くほどあっさりと殴り倒された。

 俺は奴が取り落とした赤い石の首飾りを拾い上げる。首飾りはまるで吸い付くように俺の首へと戻ってきた。輪の鎖は俺の首をすり抜けるように回り、チャリッっと音を立てて固定された。

「く、クソ!なぜ生きて・・・」

 青年は頭を揺らされたのか足元がおぼつかない。そして何より、その顔には隠し切れない動揺がにじみ出ていた。

 といっても、俺は立っているのもやっとだが、膝に手を当ててなんとか不敵に構えてみせる。

「もう、やめにしよう・・・これ以上やっても無駄だ。」

「何を!」

 俺は口元の血を拭う。内臓がどこか傷ついているのか、腹全体が鈍く痛む。特に右のわき腹がどうしようもなく痛い。が、気合で耐える。

「気は済んだろ?」

 俺は丁度剣が左手の後ろ側に突き刺さっているのを見つけ、地面に刺さっているのをいいことに支えに使った。これは最初あの青年の背後に刺さっていたはず・・・さっき蹴り飛ばされた時、かなり吹き飛んだらしかった。

「ふざけるな!」

 青年は激高する。だが・・・

「もう力もそれほど集められないんだろ?もうみんな飽きてきてるんだよ。」

「クッ・・・」

 青年に集まる力はみるみる減っていく。それどころか観衆自体も興味を失ったのか去り出していた。

「なんだ・・・あれだけ威勢が良かったのに大したことないじゃないか、あの金髪の術師。」「それになんだかあの化け物もそれほど強くなさそうじゃない?」「しぶといけどヤラレっぱなしだしねぇ。」

 もともと扉をくぐりたくて焦っていた連中だ。僅かだが扉が再び開いたとなれば再び閉まる前に抜け出そうとするのは道理だ。

「クソ・・・せっかくのチャンスだったのに・・・」

 と、青年も大きすぎる力を使いすぎて消耗しているのか、心なしか弱っているように見える。だが、その目は憎しみに燃え、俺とそしてリフリスをにらみつけていた。

「諦めろ。俺は・・・死なん!」

 俺は剣を支えに立ちあがった。

「馬鹿にして・・・どいつもこいつも!」

 周囲はもはや誰も金髪の青年を応援してはいない。莫迦らしいとばかりに次々と去って行き、門へと進んでゆく。

「ふっ・・・あはは・・・」

 青年は何かが切れたように笑い始めた。

「僕が・・・僕が異変を解決するんだあああああああああ!!!」

 あああああああ!と叫び出した青年は頭上に手を掲げ、力を集める。もはや指向性などなく、雑多な人々が吐き出した無秩序な力の残滓を、青年が抽出出来なかった膨大な余剰を。

 熱気に包まれた人の力を束ねればこれほどの力になるかと、俺は畏怖を覚える。

 そして俺はその畏怖を飲み込んで、俺の意志を確かめ直す。不屈であり続け、決して諦めぬ気持ちを呼び起こして。

「・・・お前にも思う所があったんだろうが、俺は負けんよ。」

 目を閉じろ。 

・・・まき散らされた力はどこへ行く?

 奴が俺に撃ってきた術は、その集められた力はどこへ行く?

 奴が人々から力を集めたように、俺にも出来るはずだ。

 人から集められ、俺にぶち当たり、あるいは外れて霧散したあの膨大な力は?

 草木は揺れ、風は巻き起こり、岩は震え、石は転がる。

 そう、力はどこへも行かない。

 人から集められた力はここへ、自然の中へ帰ってゆく。その中に蓄えられているのだ。

「ここにある。あるなら来い!」

 集中し、同化し、その中で己を見つけよ!

 俺なら、理力が何たるかを掴んだ今の俺なら出来るはずだ。

 この世界にあまねく存在するすべての力を、俺の感覚を総動員して感じ取れ。奴が他人の、人から出る理力を利用するなら、俺は俺の得意分野で、今まで見てきた理力を使えばいい。

 生き物の息吹を、草木のさざめきを、大地の胎動を、世界の力を。

 そしてその力と一体になり、なおかつ自分という主体をその奔流の中で見つけることで、その全てを己のモノとする。

 奴のように他人の力を他人のものとして使うのではなく、あくまでも俺が俺自身の力として振るうために!

 集え!理力よ!そしてその力はこの剣に!剣は俺の一部であり、俺であり、けれど俺は剣ではない。

「行ける。」

 剣をあたかも腕の延長であるかのように従え、構え、全身に集めた力を流し込む。

「持ってくれよ・・・!」

 俺は力を注ぎこむほどに軋み、悲鳴に似た亀裂を広げる剣に祈る。

「死ねええええええええええ!!」

 力を溜める俺をよそに青年は宙に浮かびあがり、紫とも黒ともつかぬ渦巻く理力球を俺に投げつけてきた。それに対し、俺の剣は罅割れから白く淡い光を放ち、解き放たれるのを静かに待つ。

 紫黒の渦巻く乱流は球体の形を留めきれずに荒れ狂う。

「2,1、今!」

 セイ!と、俺は剣に込めた理力を開放する。罅割れから光が濃いミルクのように染み出し、剣の表面を覆ってゆく。

 ビビビと電気が流れるような振動とともに辺りの空気が光の綿毛のように輝きだし、剣に吸い込まれ、同化し、その切っ先を伸ばしてゆく。

 行ける。

 そう確信した俺は飛来した理力球を数メートルにまで伸びた剣域で打ち返さんと振りぬく。

「ふんぬぁ!」

 ・・・まさか俺にもこんなファンタジックなことが出来るとは、いや、この光はもともと奴が集めた理力だ。それをただ再利用しただけの、術ともいえぬ稚拙な力の塊。唯それだけに過ぎない。

 結局は因果応報、俺はこの術に関してほとんど何もしていないと言っても過言ではない。だが、十分だ。

 ミシミシと剣が軋み、同じようにボロボロな俺は体のあちこちが耐え切れぬと悲痛な痛みを訴える。しかし、剣が作り出す光の柱は黒き暴風を見事に受け止めていた。

 ギリギリ、ミリミリと軋み、地が揺れ、草木が靡く。

「あ、やば」

ゴホッゴホッ・・・

 ゴフッっと俺の内臓から逆流してきた吐しゃ物が、血がばたばたと草地に赤黒いしみを作ってゆく。

 そうか、内臓もやられてたんだな・・・内臓の傷も白いアレで塞がるのかな?

 と、俺の思考は集中を欠き、バラバラになってゆく。

 同時に衝突していた二つの力も霧散していった。集められた理力はいずれはあるべき場所へ戻ってゆくことだろう。

「・・・」

 ブランとニーファ、そしてリフリスが駆けてくる。

「そこまでだ!クレオ二アル!こちらの交渉は済んだぞ!彼の身柄は我々ドラゴンスレイヤーに預けてもらおう。」

 とりあえずは、助かったか?

 体の線がもう限界だと俺に告げ、俺は崩れ落ちるように倒れた。

大分足しました。前話と合わせて更新分ぐらい。

過剰な位丁寧に書いてきたのを手抜きにしたツケですか

ご迷惑をおかけしました



称号

「大法術師」


新規遭遇生物


アイテム

○海淵の指輪+ ○意思読みの首飾り ○返話の指輪 ◎刻雷竜のアイテムボックス(謎の試験管 識別票 ウサギの毛皮 大猪の牙 火起こし機 水筒  猪肋弓 魔の矢(狼牙+虹の羽)x2 その他不明) ねたつく古びたポシェット(識別票x8 託宣紙x9)


装備品

麻の衣服 龍爪ナイフ 金猪のマント 革の小手 金猪の足袋 錆び罅割れた装飾剣


落し物

 ひび割れた羊の兜 包帯

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