迷宮生活20日目その一
遅くなってすいません。
「そいやっと。」
引き付けておいた最後の一匹を茂みの向こうへと投げ飛ばした俺は、辺りに気を払いつつ同行者の少女の具合を見た。
うん、悪くはない。
振り向いた俺に軽く笑みを返したリフリスはちょうど彼女の分の緑の悪鬼を追い払った所だった。ぱんぱんと裾についた土ぼこりを払いのけ、地に刺した皹だらけの剣を拭って鞘に仕舞う。俺の剣は錆やら皹やらで鞘に納めてもカチンという子気味良い音は立ててはくれなかった。
「そっちはどうだ?」
「ええ。イビルゴブリンの踊りにもだいぶ慣れてきました。」
「そうだな。動きの方も悪くはなかった。」
とことこと駆け寄ってくるリフリスはああ疲れたとばかりに近くの岩に腰を下ろした。俺もその岩によりかかるようにして座る。
「あの踊りは私の術に干渉するものじゃなくて、どうやら場を支配することで術を出しにくくしているようなんですよね。」
キュッと毛氈様の黒い水筒の栓を外して、リフリスは先ほどのともすれば命を落としかねない戦いで乾ききったのどを潤した。
「なあ、場の支配ってなんだ?」
そう俺が問うと岩の上に座ったリフリスがこちらを見下ろした。
「はあ・・・法術の指南書でもあればいいんですけどね。」
「いや、面倒な奴ですまないとは思うが。」
「まあいいですけどね。」
もう慣れっこですとリフリスは肩をすくめる。俺自身もあれこれ根掘り葉掘り聞きだすのは申し訳ないが、こっちは異邦人どころか異星人なのだ。言語の違いはどうやらこの首飾りが解消してくれているらしいが、文化とかそっちの方はな・・・特に情報如何で生死に関わるともなれば、全部聞いておきたくなるのだ。・・・物語とかに出てくる別世界に行った主人公たちは頭が柔らかいようで細かいことは聞かずに、困ったら困った時に対処しているが、俺にはそういう刹那的な考えは向いていないと思うし、そういう事態になった時にうまく切り抜けられるほど運がいいとも思っていない。そもそも運がいいのならこんな妙な事態に陥らず、今頃日本で就活を・・・いや、そっちはそっちで大変そうだが、まあ今みたいに対策取れるだけ取りましたが全身バキボキですと言った経験はしなかっただろう。
「場の支配というのはですね・・・聞いてます?」
「ん?ああ。大丈夫だ。」
ちょっと物思いにふけりすぎたか。
「こほん!いいですか。」
「ああ。」
俺は頷く。
「そもそも場、つまりこの場所には『理力』が満ちています。特に『迷宮』であるここでは普通の場所よりもずっと多くの『理力』が渦巻いているんです。」
重力とかの物理的な力、位置エネルギーとか内力とか表には出てこないエネルギー、動植物の習性や反射によって起こされる変化の可能性、それらすべてをひっくるめて『理力』と呼ぶ。少なくとも俺はそう解釈している。
「確か、『理力のポテンシャルが高い』だっけか?理力がたくさんある分、法術も使いやすいんだったな。」
「そうですね。正確に言うと一つ一つの力が大きい分、力を増幅する手間も省けますし、どの力を使うかの選択肢も多いので術に至るまで簡単な経路を探しやすいってことです。」
法術は言わば種も仕掛けもある手品で魔法のようなことを起こす技術だ。場に満ちる理力が多いと言うのは、いわば手品のタネがそこいらじゅうに転がっているということと同義なのだろう。
「で、場の支配っていうのは?」
「そうですね。なんて言ったらいいのか・・・この場には理力が満ちていますが、その満ち方というのは『自然』と言えばいいんですかね?整理されていないと言うか人の手が入っていない感じです。」
「まあ、言わんとすることは分かる。」
こうなんというか大胆かつ繊細な感じってやつだな。
「場の支配っていうのはですね、ある範囲において文字通り『場』を支配、つまりはそこにある理力が勝手に変化したりしないようにする法術・・・の一種ですかね?」
「・・・よくは分からんがそれってかなり難しい、というかそんなことできるのか?理力の状態っていうのは刻一刻と変化するし、例えば俺が息をするだけでも変わってしまうもんなんだろ?」
いろいろなものが雑多に混じった箱を、その中身に触れずに箱を揺らすだけできちんと整頓してみろと言っているのと同じことじゃないか。しかも、その箱の中身はほうっておいても勝手に形や数が変わるのだ。
「確かにそうですけど、ゴブリンたちは実際にやっている訳ですから出来るんでしょう。」
なにをいまさらとばかりにリフリスは首を傾げる。
「どういうものなのか?」
「そういうものです。」
現実に合わない理屈は捨ててしまえと、ありのままの世界を見てどうぞ納得してくださいとばかりにリフリスは頷く。まあ確かに理論が現実にそぐわない時はその理論の方が間違っているのだ。どこかの進化論者みたいに理論を絶対視すると現実が見えなくなってしまう。確かにそうだ。今この星の上では間違っているのは俺の考え方の方なのだ。・・・それでもなお、俺は納得のいかない顔をしていたのだろう。
「あえて言えば、彼らと私達では『世界』の見え方が違うんでしょう。」
「俺がまだどころかさっぱり『理力』が見えないのと同じようにか?」
「そうですよ。そろそろ見えてきてもいいころなんですけどねー」
と、リフリスはじとっとねばりつくような目で俺を見た。
「・・・俺は法術に向いてないかもな。」
はあ・・・と俺は一つ大きなため息をついた。迷宮の中は特殊で、例え才能の無いものでもここで一日みっちりやれば最低でも『開錠』くらいは、数日ともなればそれなりに目鼻がついてみられる程度の術師になるらしいのだが、それはたぶんこの星の原住民だからの話で、異星人の俺にはそもそも資格すらないのかもしれない。
「はぁ・・・」
羊の頭蓋骨の中から絞り出すような溜息をついている俺を見かねたのか、リフリスは声を掛ける。
「でも、羊さんも気配には敏感ですよね?」
「ん?ああ、まあそれなりにはな。」
うんうんとリフリスは頭の中で物事を反芻するような仕草で俺に語り掛けてきた。
「近づく獣が揺らした理力の波紋を捕まえる。その場に居ながら遠くのモノの存在を周囲の微細な変化から感じ取る。それもある意味、理力を見ているってことですよ。」
理力って・・・まああらゆるの変化を起こすもの全てを『理力』と呼ぶのだからそう見れなくもないが。
「ああ、まあ好意的に捉えれば・・・そうかもしれないな。」
だが、気配って言っても感覚的な物で、説明しろと言われても出来る物でもない。
「あとは無意識のうちに処理している『理力の揺れ』をいかに意識の下に持ってくるかですよね。」
「普通に考えてそれが一番難しそうだが・・・」
「万物の理力を捉えること。それこそが『法術の』基本にして奥義なんですよね。」
「どちらにしても一山越えろってことかぁ。」
うなだれていた俺はさらにしょぼくれる。リフリスは岩の上からすたっと下り、満面の笑みで俺に声を掛けた。
「頑張ってくださいね!」
おう・・・
そうして俺達は飯の準備に取り掛かった。
数時間ののち、森の又別な場所で俺達はまた戦っていた。
「しっかしよく出るな。この緑色!」
何度目か・・・本当に何度目だ?俺達はまたしてもイビルゴブリン、そうリフリスが呼ぶ醜い緑色のぬら付いた小人どもの群れの襲撃を受けていた。これでは修行が進まない・・・などと愚痴を垂れている余裕はなかった。
「ええ!これはちょっと、異常!かと!」
俺とリフリスはおよそ二十匹の悪鬼どもに取り囲まれ、いや、確かに囲まれているように見えるが、俺たちはその囲みが完成する前に先を読んで常に優位に立てる位置へと移動している。それもこれも元をただせば飽きるほどこいつらの相手をしてきたということであるし、おかげで戦闘中だと言うのに会話をする余裕すらある。漫画じゃあるまいが、普通戦ってる最中には掛け声はともかく、ぺちゃくちゃしゃべる余裕はない。ましてや技名を叫ぶなんてのはもっての外・・・少し脱線したな。
一瞬一瞬で見れば確かに俺達には余裕があったし、いつもにもましてうまく小鬼たちの攻撃を見切っていた。そしてなによりも、いつもならやつらはもうそろそろ引いても良いはずだった。いつもなら。
だが、今回は違った。こいつらの性格は良く分かっている。相手が格下とみれば徹底的に痛めつけるが、こちらがそれなりにやるとみるや否やすぐに逃げ出すのだ。しかし、何度も言うように今回だけはおかしかった。今までの経験からこいつらは俺が殺生を好まないと知っていただろう。だがたとえ殺されることは無いとはいえ、こいつらがここまでしつこく俺達を追う理由はなんだ?
「こいつらは多分三番目に襲ってきた群れと同じだな。こういうことってよくあるのか?」
「はあっ!はあ・・・いえ、普通じゃない、です。同じ群れが来るなんて。そもそもこんな頻度で、遭遇するなんて。おかしいんです。」
俺は少し疲れを見せていたリフリスの背後に滑り込み、息が上がっているリフリスの隙を埋めた。いくら先が見えていたとしても、捌きがうまくなったとしても、体力は無限じゃない。甘かった。いつも通りの襲撃だと思っていたのだ。それがどうだ、今となってはジリ貧だ。リフリスのカバーに回った俺も腕が上がらなくなってきている。そもそも俺の錆びついた剣では切ることは出来ないだろうし、切れぬならと頭を砕きにかかろうものならこの剣の方が割れてしまいそうだ。
俺はこんなことになるなら初めから殺すつもりでいればよかったと内心毒づいた。
「羊さんは、何か心当たりが?」
近づけば容赦はしない。そういう覇気を込めて俺は改めて剣を握りなおす。すると、小鬼たちの方も俺の意気を察したのか少し距離を取って様子を見だした。攻め手以外の小鬼たちは法術を封じる踊りを舞い、あるいは疲弊した攻め手と交代して俺達ににらみを利かせている。
「地の底じゃこういうことも良くあったが、上に来てからはあんまりなかったな。縄張りとかじゃないのか?」
「いえ・・・」
リフリスは手は油断なく杖に添えたままでふるふると首を振り、乱れた呼吸を整えるとともに汗で目元に張り付いた毛を払った。
「縄張りにしても、そもそもイビルゴブリンは勝てる時でも、仲間が傷つくような戦闘はしないはずです。」
「俺たちが殺さないから舐めているのか?」
「いえ、それにしても妙です。おかしい・・・」
小鬼たちはなぜだか妙に強気というか・・・いや、あるいはここで仕留めないと大変だとでもいうような悲壮感すら感じられる。戦いというのは何とも妙なもので、俺たちはこの群れ以上の数を易々と退けてきたのに、今ははっきりいって不味い。向こうの消耗に比べてこっちの疲弊が大きすぎる。俺が殺さないからではない。俺だって殺さないとはいえ全力でやっているのだ。不気味な小鬼たちは、もしかしたら素直にバッサリ切られた方がましだと思えるような痛みを味わっている。いや、そうなるように俺は投げ飛ばしているのだ。しかし、やはりその意気込みの差は大きいらしかった。
俺はリフリスを庇うように移動したが、そのせいで囲みからは出られなくなっていた。小人数が多人数に挑むには速さ、一瞬でもいいから一対一を作るだけの瞬発力が必要なのだ。数手見誤ったか?あの時リフリスを庇うのではなく、リフリスを囲む小鬼どもを何とかすべきだったのかもしれない。小鬼の首が飛ぶ。
不意に囲みが乱れた。
「行くぞ!」
「え?キャッ!」
一瞬、ほんの僅かだが均整のとれた小鬼の陣形に綻びが生まれた。俺はほぼ反射的にリフリスのフードの付け根を掴み、そのまま走り抜けて輪に入った半身分の隙に体をねじ込んだ。
「くっぉ。」
無理にねじ込んだせいか、たまたま当たった悪鬼の爪に包帯まみれの腕が切られた。
「ぐほっ!」
「きゃう!」
囲みを抜けた俺達は石に躓いたようにつんのめって地面に投げ出される。悪鬼の首が飛ぶ。左腕の傷は思ったよりさっくり行っている。が、血が流れ出るその端からパキリパキリと赤い傷は白いセラミックのようなものに喰われて死んだ。そんなことを考えている場合ではなかったのだが、ああ、傷跡はこうして「治る」のではなく「死んで」行くのだなと俺は妙に納得した。白い板状になった傷はもう二度と正常な組織には戻らず、いずれは右腕と同じように白い硬化が全体に及んで砕け落ちるのだ。
「リフリス、立てるか?」
俺は傷から目を背けるように手を伸ばし、伸びているリフリスを助け起こした。
「ごほっ!けほっ!もうちょっとやさしくしてください。」
「立てるな?」
へたり込んだ俺達を再び取り囲もうと緑の小鬼たちが体勢を立て直した。が、どこかおかしい。
「何だ?」
そうつぶやいた時、俺の血でその爪を染めた小鬼の上半身がずるりと落ちた。とさり。落ちた上半身はあまりに静かに地面に落ちる。ぎゃあぎゃあ騒いでいた小鬼たちは、いや、俺達もだが、呆気にとられてそちらを見た。するとどうだろう?今度は全く別の位置の小鬼の胸に穴が開いた。
「・・・」
俺は咄嗟に剣を構え、虚空を正視した。見えない襲撃者に襲われた小鬼たちは混乱していた。いや、混乱というより猜疑心、次は自分ではという不安、そして正体が分からないと言う恐怖に身がすくんでいた。みるみる溜まってゆく不安がまるで重しの様に纏わりつき、イビルゴブリンたちの動きは鈍ってゆく。そしてどの個体かは知らないが、一匹が一歩引いた。すると次の個体がそれよりもさらに後ろへ、それを見た他の一匹がさらに後ろへ。
気付けばまだ十数体いたはずのイビルゴブリンたちは、蜘蛛の子を散らすように我先に森の闇へと飛び込んでいった。
「なんだったんでしょう?」
「さあな。でも、助かりました。」
「いや、礼には及ばんさ。」と、俺が頭を下げた方とは明後日の方から声がした。
格好がつかないなと、頭を掻きながら俺は声がした方を振り向く。
「よっぽどの術師でもなければ、あの踊りの中で術を使うのは難しい。」
「あっ!」
と、リフリスが茂みを指さした。気が付くとそこには槍とも剣ともつかない身の丈もある半月状の武器を手にした偉丈夫が立っていた。いや、何とも情けない話だが、最初からそこに立っていたのに、俺は気が付かなかったのだった。
「ハイドホークの羽を編み込んだコートだ。理力を通すだけで居場所を誤魔化せる。まあ集団戦に限ってだが。」
ぱたぱたとギリースーツに似たコートを叩いて、男はそれを小さく丸め、小脇に抱えた鞄の中へねじ込んだ。鞄の方はコートを一つ飲み込んでもケロッとしている。あれもアイテムボックスとやらのようだ。
「君の着ているその・・・マント、かな?それがあればさっきのみたいな事にはならなかったはずだが?」
中年とまではいかないが、それなりに修羅場をくぐっていそうな様子の男はコートを仕舞った鞄にぱちりと封をし、俺の方を見た。
「何故使わなかった?」
「・・・」
責められているようで何だか気まずい。この人はこの毛皮の価値が分かる人なんだろうか?
「助けていただいてありがとうございました。けどですね、羊さんはまだ法術どころか理力も扱えないんですよ。」
「ふむ。」
男は無精ひげを撫でつけ、奇妙な武器についた血糊を拭った。
「ならばそれは骨を被った君じゃなく、君が使うべきだ。その杖を見るに君は術師なんだろう?」
「えっ?いえ、でもそれは羊さんの物ですし・・・」
「確かにそれもそうだな。」
と俺は答える。ええっ?と俺の返答に戸惑うリフリスに俺は続けた。
「まあ確かに俺が持ってるよりも、リフリスの方がこれの価値を引き出せそうだし・・・」
「いや、いやでもですね。持ち逃げされるかもしれないとか思わないんですか?」
リフリスはあわあわと手を突き出して慌てている。
「うーん。でも多分リフリスは俺を裏切って勝手に逃げたりはしないだろうし。」
ああ、どうして羊さんはそうも価値に疎いんでしょうとリフリスは頭を抱え縮こまってしまった。無精ひげの大男は俺たちのやり取りを見て呆れていた。
「・・・そんなものを羽織っているからどこぞの道楽貴族と付き人だと思っていたんだが、どうやら違うようだね?」
「まさか!そんな風に見えますか?」
俺は左手を広げて毛皮の下の包帯と砂にまみれたぼろぼろの装束を見せた。
「いや、思い違いだったようだ・・・ただ助けて警告するだけのつもりだったんだが。少し話を聞かせてもらっていいかね?」
「けいこく?」
顔を上げたリフリスが小首を傾げた。
「ああ。」
おっさんが肯定した。
「最近のことで知らないだろうが、迷宮の扉が閉じかけている。迷宮の生き物の動きもおかしいんだ。もしかしたら・・・」
「もしかしたら?」
「ヒドラか他の龍種が這い上がってきているのかもしれない。」
ヒドラ?はいいとして龍種っていうのはあの山みたいな赤い奴とか新幹線みたいな長い青い奴とかでかくて堅くて黒い奴とかか?ってそれよりもだな。
「・・・扉が閉じるとどうなるんです?」
「迷宮から出られなくなるな。」
無精髭を撫でつけるおっさんは続けた。
「へー。って」
「かなりまずいんじゃ。」
俺とリフリスは顔を見合わせる。
「まずいからこうして巡回してるのさ。閉じ込められる前に、ね。今ここらへんで呑気にうろついているのは君らぐらいなもんさ。」
慌てる俺達をよそに、オッサンはからからと笑った。




