迷宮生活19日目その四
「いいですか、羊さん?」
「あ、ああ。」
リフリスはウサギの足をとって翳して見せた。
「そもそも、全てのものは存在するだけで力があるわけです。」
「『理力』の話をしていた時もそう言ってたな・・・実感は湧かないが。」
リフリスは本当に美味しそうに骨付のウサギ肉を齧ってもぐもぐと頬張った。俺は手元の肉を見て、これはそんなに美味しいものだったかと首を捻る。リフリスがあまりにも旨そうな顔をするものだから、俺もつられてもう一口肉を食べて見た。だが、やはりなんというか無味乾燥と言ったていで、そこまで美味しくもなかった。
「では、食べ物はどうでしょう?」
「どうでしょうって、何がだ?」
首を傾げる俺にリフリスは問う。
「食べられた食べ物は『無くなりますか?』」
「無くなるかと言われれば・・・どうなんだ?」
食った食べ物は消化されてバラバラになるよな。一部はエネルギーとして使われて、ある部分は俺の体の一部になり、残りは排泄される。俺の一部になった部分もいずれは新陳代謝で出てゆくわけだ。
「食べ物は俺の中でいろいろ変化してしまうから、それはもはや元々あった『食べ物』ではないよな。じゃあ、『無くなった』とも言えるのかと言えばどうなんだろうな?形は変わっても物質的に『無くなる』わけではないし・・・」
そう答えた俺に、リフリスは頷いた。
「大体はそうですね。私たちの体に取り込まれた食べ物は『変化』はしても『無くなる』ことは無い。」
「食べたものは形は変わっても、常に存在し続ける?」
食べられた食物は物質としては無くならないが、その物質の繋がりつまりは情報だ、物体に込められた情報は消化によって解消されて無くなったり、人の細胞の中で新しいものに合成されたりして変化する。しかし、それそのものは変化はすれども無くなるわけではない。
「これまで俺が喰ってきたものが俺に影響を与えている・・・のか?」
「そうです、そうなんですよ。」
リフリスはビシッと人差し指を立てて言った。
「食べ物は食べた者に変化をもたらすんです。だから、それを食べる前の自分と食べた後の自分はまた別のモノになるともいえますね。そうなると自分が何を食べたのか、食べられたモノはどういうものだったのかしっかり対話して理解しておかないと。いくらいい食べ物でも、下手をすればその食べ物との対話が足りなかったせいで力が下がってしまうことだってあるんですよ?」
そんなことがありうるのか?たかが食べ物だろう?毒物でもないのにそれを摂取したせいでそこまでのことが起きるとは思えないが・・・
「それはまた、大層なことだな。」
熱弁をふるうリフリスを前に俺はむしゃりと一口、肉を食う。
「たかが食べ物ひとつでそこまで影響があるものか?それほどまでに影響があるなら牛ばかり食っていたら牛になってしまわないか?言いようによっちゃまるで食べ物に意志でもあるみたいじゃないか。」
確かに薬とか生薬とか、スタミナのつく食べ物とか食べ物を食べれば体に影響が出るのは分かるし、生き物は常に代謝をしているんだ。一年前の俺の体を作っていた原子と今の俺の体の原子は多分大体が入れ替わって別物になっているのだろう。
だけど、そこまで影響するものなのか?
「そうですね。ある意味その表現は間違っていはいません。」
「へ?」
「ですから、食べ物に意志があるという見方もできるってことです。」
「冗談か?」
俺は呆れか、それとも驚いたせいか最後の骨付き肉を取り落しそうになった。
「いいえ。大真面目です。」
あっけにとられている俺を前にリフリスは続けた。
「確かに、迷宮の外の食べ物ではそうもいきませんが・・・羊さん。」
「何だ?」
「羊さんはこの迷宮に住んでいる間に強くなってきているはずです。それも、以前では考えられないほどの速さで。どうです?心当たりはありませんか?力強い生き物の肉を口にしたその日から、体が強靭になってきたはずです。」
「・・・」
それは・・・確かに思い当るところがないと言えば嘘になる。
長い長いと言っては来たが、実際こっちに来てからまだ三週間も経っていない。だが、そう言われれば確かに、最初は走るだけで息切れがして鞄も放り出したのにも気づけないぐらい心身ともに脆弱だった。だけど今はそれなりに度胸がついたし、体力も腕っぷしも・・・剣技だってそれなりに自信がある。
腕や足腰の筋肉は一つ一つが区別できるぐらいにまで発達してきたし、情けなかった腹筋も今はしっかり割れている。普通に考えてたった三週間でここまで来るか?
「確かに・・・いくらなんでも成長が早すぎる気がせんでもないが・・・この成長とか変化の速さの原因が食い物にあるのか?」
分からない、分からないが俺は今更ながら思い出した。ここは地球ではないし、そもそも物理法則とか自然の摂理が異なる別の宇宙次元なのかもしれないのだ。忘れていた、いや、目を背けていたのかもしれない。しかし、受け入れなければならない。
「食べ物として強い生き物を取り込むのが一番影響が大きいとされています。後は時間ですかね?迷宮で過ごす時間は奥に行けばいくほど『濃い』んですよ。外で鍛錬するより迷宮の中で訓練した方が同じ時間でも早く上達しますし。だけど、食べ物とか時間とか限定的な要素だけじゃなくってですね・・・」
食べ物を置いてリフリスは立ち上がる。そして手を広げ目を閉じると、風がざわりと木々を揺らした。
「ほら、こうして吸う空気。肌を撫ぜる風の流れ。木の葉の擦れる音。ここで過ごした思い出・・・全てが私たちに影響を与えているんです。」
そう言ってリフリスはゆっくりと深く息を吸うと、小さな胸が膨らみ、そして息を吐いた。深呼吸したリフリスは俺を見る。
「これって素晴らしいですよね。」
・・・そうか。そうなんだな。どうやらこの星の上、少なくともこの迷宮という場所では自分と世界との距離が近いらしい。俺の一挙一動が世界に影響を与えるとともに、世界の僅かな震えさえも俺を大きく変えてゆく。そういうもののようだ。
「ああ。確かに・・・すごいな。」
手にした肉の最後の一切れ。この一切れにさえも”意志”が宿っていうのだとしたら・・・正直なところこれを食べるのは少し怖い気もする。だけど、ここでは・・・いや、ただ忘れていただけで地球でもそうだったのだ。
ふと一息俺はため息をついた。
「俺にはちょっと難しい話だったかもな。」
キョトンとするリフリスに俺は笑って見せた。
自分が何を口にしているのか、どういう生き物の命をもらって来たのか。今一度思い返さなければいけない。俺の常識で生きていては多分ここではうまくやっていけない。今更だが、誰も教えてはくれなかったのだから仕方がないのかもしれない。だが、郷に入っては郷に従えだ。うまくやるさ・・・これからはな。
「頂きます。」
目を閉じ、感謝する。兎さんよ、俺に文句の一つや二つはあるだろうがそれはまあとりあえず置いておいて、俺の力になってはくれんだろうか。そう念じると、ふと真っ暗な視界に薄茶色の影がよぎったような気がした。体の中で何か暖かいものが駆け回り、溶けて行ったような気がした。
最後に口にしたウサギ肉は冷めていたのにおいしかった。
今まで食ってきた生き物たちに感謝を捧げなければならないが・・・はてさてうまくやれるものだろうか?食えるものならなんでも喰って来たしな。
それにリフリスとの常識の差もなかなか埋まるものじゃないか。俺にとっては重要な情報でも、リフリスにとっては常識だったりすることが多すぎる。常識になっている情報とかそういうものは改めて聞いてみないとなかなか自分では伝えることが出来ない。海を泳ぐ者には海の蒼さは見えないのだ。
日 日立ヒ
t月J ノ三
Sすさまじい Aすごい Bなかなか
Cふつう D並以下 Eだめ Fからっきし
称号 「????」
生物等級 2/5 ランクD
体力:C筋力:E 瞬発力:B 持続力:E
影響力:F(一部A) 精神力:A 精神強度:C
知力:C 知識:E 判断力:C 感知力:B
回復力:B先読み:B お人よし:A
技能:B(生活:C 体技:B 剣技:B 槍技:E 弓技:D)
捕食生物 大猪 4/4 B ×
大紅狼 3+/3+ A △
大顎毒蜂 2/2 A △
大甲虫 2+/2+ S △
大鷲 3/3 A △
大白井守 2/2 B △
大蛙 2-/2 C △
大虎 3+/3+ C △
大野兎 2/2 E ○
解説
身体的能力の低さを精神力でカバーしているようである。回復力、感知力に関しては人の領分を超えつつある。
精神力は高いが世界に対する影響力を理解していないので法術をつかえたとしても効率が悪く、また法術を使っていてもそれが法術だとは認識できていないようである。国宝級の法具を持っていたとしても、これでは宝の持ち腐れでしかない。
異星人であるためかこの世界の法則をうまく飲み込めないようだ。高い影響力を要する高等な法術を使うには時間がかかるだろうが、一部の物に対する影響力が飛びぬけている。何らかの影響を受けているのだろうか?
武術、剣技に関しては熟練者とまではいかないもののそれなりの域に達している。強敵と戦ったことによる経験、恐怖に屈しない精神力が大きく、何よりも死を前にした時に爆発力がある。
常人では生き残れないはずの地域で生き抜いてきたのは果たして運だけなのだろうか?そして、傷を負った時に起きる硬質化の意味とは?
新規遭遇生物
アイテム
ウサギの毛皮 大猪の牙 火起こし機 水筒 海淵の指輪+ 意思読みの首飾り 返話の指輪 刻雷竜のアイテムボックス(謎の試験管 識別票 その他不明) ねたつく古びたポシェット(識別票x8 託宣紙x9)
装備品
麻の衣服 包帯 錆び罅割れた装飾剣 龍爪ナイフ 金猪のマント 革の小手 猪肋弓 魔の矢(狼牙+虹の羽)x2 ひび割れた羊の兜 金猪の足袋
称号はあんまり意味がないのでやめにします