迷宮生活18日目その三
お待たせしました
日が高くなってきている。暑い時間に歩くのは得策ではないし、軽く済んだとはいえ一応戦闘もあった。例えたいして動いていなくとも、いざ戦うとなれば結構疲れる。なにより腹が減ったので、俺とリフリスは木陰で軽く食事を摂ることにした。
「出口はそろそろ見えてくるころなのか?」
もそもそと、牛乳で練った小麦の保存食を口にする。この一欠片が最後の一つだ。
「うーん。まだ少しかかりますが、そろそろ他の冒険者たちにも会う頃じゃないでしょうか?」
ほかの人間か・・・余計なトラブルがなければいいが。
「他の人間にあった時に何か気をつけておいた方がいいことはないか?俺が着ているこれって結構なものなんじゃないのか?」
俺はひらひらとマントの裾を摘まんで振って見せるが、リフリスの方はあまり慌てた様子もなく、とっておいたあの果実を齧っている。
「はひひょうふ、こほん。その点は多分大丈夫でしょう。」
「ん?それはまたどうして。」
ごくごくと脇の水筒を手に、星の実を流し込むリフリスが答えた。やや艶消しが掛かったような革の水筒にはほんの一口二口分の水しか入らない。昨日飲んでからは水を汲んでいないはずだから中は空っぽのはずなのだが。
リフリスは水筒から口を離して金具を倒し、パチンと蓋をした。
「羊さんの装備は珍しすぎて実物を見たことがある人なんてほとんどいないでしょう。価値が分かる人となれば尚のことですよ。」
素人には価値の分からないモノというのは沢山ある。多分俺にはなんたら時代のどこどこの窯で焼かれた貴重な壺とそこらへんの民芸店で売られている安い壺の区別はつかない。俺がマントにして羽織っているこの金猪の毛皮も、金猪自体を見たことがない人間にとっては何の革かすらわからないだろう。
価値となればなおさらだ。そもそもこれがどれほどの価値があるのか、俺自身把握していないしな。
「ここの人たちも俺と同じようにこいつらの価値はよく分からないってことか?」
「そうですね。よっぽどの実力者とかすごいお金持ちとか、真理を見る者たちでもなければまずばれないと思います。」
実物を持っている金持ちはともかく、勘のいい奴なら分かるかもしれないということか。いくら隠していても経験とか勘で見抜いてくる人は仕方がないか。俺としては妙なトラブルにだけ巻き込まれなければいい。
しかし・・・ふと思う。
「ふーん。じゃあ、これの価値が分かるリフリスはどうなんだ?」
と、問う俺。
「うっ・・・えーっとほら。私って学者ですから。あはは・・・」
その俺の言にリフリスは目をそらしてしまった。
「そんなものかね。まあ、詮索はしないがな。」
金持ちや貴族に対する敵愾心、おかしな水筒、そして珍品を正確に鑑定できる目・・・リフリスの背景事情は大体察しがつくが・・・言いたくないのなら無理に聞き出すこともない。
すいませんと言いかけるリフリスを遮るように俺は剣を肩に回して立ち上がった。
「行くか。」
俺はまだ見えない出口を見据えて、
「はい!」
リフリスは元気よく立ち上がった。
「リフリスはやけに法術って奴を買ってるみたいだが、こいつらの踊り程度で使えなくなるんだろ?リフリスが言うほど役に立つようなものでもないんじゃないか?」
暗い緑色の醜悪な小人達の間を縫うようにすり抜ける俺は、群れの端で懸命に杖を振り回しているリフリスに問いかけた。
「羊さん!余裕があるならっ!追い払って下さい!」
リフリスが振り回す杖からはあの光る緑の爆弾は出てこない。この緑の小人達はイビルゴブリンと言うらしいが、昨日俺が出会ったあの日焼けした赤銅色の肌の小さいおっさん達、リフリスが言うにはゴブリンだったか?とにかくあの子鬼とこの異様に痩せた小人は同じゴブリンの名を冠しているが、全く別の生き物らしい。一見して小人のような外見だと、便宜的にゴブリンと呼ぶようだ。
時折爪や歯で襲ってくるイビルゴブリンの間をのらりくらりと躱しながら、俺は辺りを観察している。群れの大半を引き付けてゴブリンどもをからかう俺に対して、法術が使えないリフリスは戦い辛そうだった。そうこうするうちに、リフリスがめちゃくちゃに振り回す杖が偶然にもリフリスの近くにいた一匹に当たった。
「ギッ!キキー!」
メシリと鈍い音を立ててリフリスの杖がイビルゴブリンの腕に食い込んだ。小人の腕は折れてはいないようだが、ヒビぐらいは入ったかもしれない。ゴブリン達は仲間が跳ね飛ばされたのを見ると、皆ぴたりと奇怪な踊りを止めた。
キッキキャッキャとうるさかった辺りが静かになり、ゴブリン達は皆リフリスの方に振り返った。どうやらリフリスの半端な攻撃がイビルゴブリンの群れを本気にさせたようだ。
見たところこいつらは相手が弱いと判断すると、ただ相手を取り囲んで踊りまわり、獲物の消耗を待つらしい。だが、いざ相手が抵抗しだすと怒り出して一斉に襲い掛かるようだ。
普段は莫迦にしたようにおどけて見せる癖に、いざ攻撃されると異様に怒り出す。こいつらは変にプライドが高く、実力にかかわらず獲物に決めた相手を徹底的に見下しているらしかった。格下に見ている相手から攻撃を受けたことが我慢ならないらしい。
「まずいな。」
こういう手合いはプライドを傷つけてきた相手に対して容赦がない。質が悪いタイプだ。
「きゃっ!」
リフリスの周りで踊っていたイビルゴブリン達が目の色を変えて一斉に飛び掛かってきた。
急に態度を一変させたゴブリンにリフリスは驚き、身をすくませる。衝撃を覚悟したリフリスだったが、頭を庇ったその腕にぬらつくイビルゴブリンの肌が触れることはなかった。
「羊さん!」
「すまんな。」
俺は怯えと驚き、そして安堵の混じったリフリスの声を聴く。変に観察なんかせずにさっさと追い払えばよかったと思う。今の俺は一人旅をしているんじゃない。俺にとっては物の数ではないこいつらでも、リフリスにとってはどうだ?俺は俺の基準じゃなく、リフリスの身になって考えなければならなかったんだ。それが、リフリスの身を預かっている俺の責務だ。
「どうやら調子に乗ってたのは俺の方らしい。」
小人を跳ね除けた俺は、リフリスの方を向く。イビルゴブリンの群れは依然として俺たちを狙っている。こいつらはしつこい。いずれにせよ群れに囲まれた時点で、どの道追い払わなけれならなかったのだ。選択肢がないのならさっさと行動すべきだった。
それに今、俺に余裕はない。真ん中で群れを引き付けていた俺が群れの端にいたリフリス側に着いたことで、俺たちは自然と街道の端、森との境目に追い詰められてしまっていた。
リフリスもいることだし、さっさと終わりにしたい。ゴブリンどもを投げ飛ばしながら、俺は後ろで小さくなっているリフリスに問いかける。
「あの光弾、出せるか?」
波状攻撃を仕掛けてくるゴブリン達を、律儀にいなし続ける俺はまだまだ甘いのだろうか?
「法術ですか?でも今は・・・」
戸惑うリフリスに俺は続けた。
「今のやつらは踊っていないぞ?」
あの奇怪な踊りに邪魔されなければ法術は使えるはずだ。俺がそう指摘すると、リフリスははっとしたように答えた。イビルゴブリン達は俺たちをなぶり殺しにしたいといういやらしい欲望に囚われて、俺たちに向かって絶え間なく飛び掛かって来ている。
変な不殺主義に目覚めてしまった俺は、投げ飛ばしても戻ってくる痩せた暗緑色の狂者に対して決め手に欠いていた。
そんな俺に対して、波状攻撃は俺はともかく確実にリフリスを消耗させていた。イビルゴブリン達は圧倒的な優位性を得ている。だがその一方で法術を邪魔する踊りを止めてしまっていた。
「あ!そうです!いけます!」
冷静を取り戻りたリフリスは気付いたようだ。イビルゴブリンに法術が効かないのではない。あの踊りさえなければ、こいつらはただのひ弱な小人に過ぎないのだ。
リフリスは俺の後ろで集中し、祈るように杖を掲げる。緑の小悪魔はそれを見て、法術を完成させまいとムキになったように攻撃のペースを速めてきた。だが、遅い。俺にとっては遅すぎる。奴らの突進は大蜂のそれに比べたら児戯にも等しかった。速さも重さもない。大蜂のように刹那の判断が要求されることもない。
俺が強いわけではない。いくらこいつらが弱いといっても、まともに食らえばただでは済まない。大蜂よりは弱いというだけで、俺がどうこうという話ではないからだ。そこは勘違いしてはいけないと戒める。
が、それでも、今までの相手が相手だった分、こいつらの攻撃は俺にとって脅威たり得ない。そのせいだろうか?剣で叩き切ってしまえばすぐに終わるところを、俺はただ払いのけ続けるだけに留める。大蜂の時の様に命の危機に駆られて咄嗟に殺意がわき出てくることもなかった。
ただただ冷静に、淡々と敵を捌く俺の顔に、ふと笑みがこぼれる。生きるか死ぬか、生かすか殺すかの殺伐とした二分律に囚われずに済んでいるのは誰のお蔭だろうか?今の俺には背中を預けられる「頼もしい」仲間がいるじゃないか。
「レモリオ・フレイス・アモリオン!エムオワ!!―丸・緑・大 退けよ―」
「羊さん!」
緑の輝きが俺の背から漏れる。リフリスの法術が完成したのだ。
その光は暖かい。振り向き、仰ぎ見る巨大な光球には一片の殺意も感じなかった。あの小さいおっさん達に向けていた光とは異なる優しさがそこにはあった。
退けよ・・・か。ありがたいと思う。そして俺がこの場で殺しという選択肢をとらずに済むことが嬉しかった。
「奴らのど真ん中にぶちかませ!」
奴らから見れば、今の俺はいい仲間の姿に妙に誇らしげに見えただろうな。
「はい!」
リフリスが杖を振りぬくと、光球は鎖に繋がれた巨大な鉄球の様に大きくスイングする。光球は自らを抑える見えない鎖を噛み千切り、弾かれた獣のように飛び出した。
ギュン!!と、軌道が曲がるほどの回転が光球にかかる。人の丈ほどもある緑の光球がイビルゴブリンの群れのど真ん中に飛び込んで行った。ギュルギュルと回る巨大な光球を見るイビルゴブリン達は棒立ちだ。
オオオワォオオア!!と獣のような雄たけびを上げる光の玉がズン!という重い音を立てて炸裂した。
「おおっ!」
ビリビリと地面が鳴り、木の葉や小枝が吹き飛ぶ。風にあおられてリフリスのフードが外れ、長い緑の髪を暴風が撫ぜる。俺は咄嗟に光弾が向かっていった方を背に、爆風で髪をなびかせるリフリスの頭を抱えて庇った。
ギャアア!ヒャグォ!と奇怪な悲鳴を上げて吹き飛ぶゴブリン達。宙を舞う奴らが俺の背に当たっては上に弾かれ、ぐるぐると回りながら森の中へと消えて行った。閃光が紡がれ、暴風が吹き荒れる。
辺りを埋めた緑の閃光が収まった時、辺りはすっかり吹き飛ばされ、落ち葉ひとつ無い。
「えへへ。どうです?」
ん?と振り向けば、俺の腕の中で笑うリフリスがいた。敵わないなとため息をつく俺は、リフリスを離した。
「やりすぎだ・・・だが、法術ってのも案外捨てたもんじゃないな。」
俺がそう答えると、リフリスはくるっと一回転して両手を広げて見せた。
「でしょう!」
俺はふっと笑って立ち上がる。
「それに、うまくやったな。」
ぐしぐしと髪をなでる俺に、リフリスは笑う。
「羊さんと同じ、強者の余裕ってやつです。」
「余裕をかますのもまあ、ほどほどにな。」
あれだけの爆風にも関わらず、イビルゴブリン達はただ吹き飛ばされて気絶しただけで、一匹も死んではいないようだった。だが、あの時冷静に対処できなければ、危うかった。俺は己の余裕の為に、リフリスを見殺しにしていたかもしれなかった。
「あんまり俺の真似をするな。」
と、自戒を込めて言う俺に、リフリスは
「何をおっしゃいますやら。」
と涼しい顔で答えた。すまなかったとリフリスに謝る俺の視界の端で、もぞりと緑の肌が身じろぎした。
「さて、行くか。」
ぱんぱんと埃をはたき、俺は装備を確認する。
「はい!」
元気に返事をするリフリスを伴って、俺は緑の小悪魔どもが目覚める前に先に進むことにした。
日 日立ヒ
十月J ノ三
称号
「????」「怪獣大進撃」「大蜂・大狼・大カブト・鳳・大軍百足殺し」「悪運」「食わせ物」「大番狂わせ」「樹海の匠」「魔弓の射手」「敵の敵は味方」「受け継ぐ者」「死神」「冒険者」「陽炎の忍」「不死鳥」「泰山不動」「覚り」「武芸者」「剣士」「磁石いらず」「博愛主義」
「導師」:人に生き方の導を示した
遭遇生物
「名うての 叡智求める 緑術師」
「惑わす 緑魔」
アイテム
大猪の牙 火起こし機 水筒 海淵の指輪+ 意思読みの首飾り 返話の指輪 万能ポシェット(謎の試験管 識別票 その他不明) ねたつく古びたポシェット(識別票x8 託宣紙x9)
装備品
麻の衣服 包帯 錆び罅割れた装飾剣 龍爪ナイフ 金猪のマント 革の小手 猪肋弓 魔の矢(狼牙+虹の羽)x2 ひび割れた羊の兜 金猪の足袋




