迷宮生活18日目その二
お待たせしました。新章の題名はネタばれを含むので移行はもう少し先です。後12話で次章に行くこだわりは捨てました。
それでは今回もお楽しみいただけるよう願っております。
少しの間仮眠をとった俺は、リフリスを伴って森を進む。彼女の弁によれば、出口は近いらしい。とうとうこの箱庭ともおさらば出来るのだと思えば、一抹の寂しさすら覚えてしまう。だが、ここはまだ迷宮の中だ。油断するわけにもいかない。油断させておいてとんでもない仕掛けを打ってくるのがここの常識だからだ。
「にわかには信じがたいですね。」
俺の隣を歩くリフリスが俺を見上げてそう言った。
「俺だってそうだ。というより、今俺がこうしてるのも信じられねーよ。ほんとにここは地球じゃないのか?」
羊の頭蓋骨の顎の隙間からぴょこぴょこと上下するリフリスの緑の頭が見える。
「そうですね。少なくとも私は羊さんのおっしゃる『にほん』とか『あめりか』とかいう地名はついぞ聞いたこともありません。この星を『ちきゅう』とか『あーす』とか呼ぶ地域も知りませんね。そもそもこの星は『昼天光』の公転軌道にある星、要するに惑星ではありませんし。」
ということらしい。
この星の名は、彼女が言うには『エンディオ』であり、この太陽系の第二惑星『ニール』の衛星だというのだ。
「空が見えない今なら、まだそれが本当だとは信じられないがな。君が嘘をついてくれている方が俺にとっては幸せだよ。」
空を模して俺の頭上に広がる天井。もしこれがなければ、もっと早くに気がついていたのだろうか?いや、どうだろうな?俺はあの耳の長い彼女の家で、実際に空を見ていたはずだ。だったのだが、そんな事実にはさっぱり気が付かなかった。あの時は自分のことに精いっぱいで全く周りが見えていなかった。
あそこは電磁バリアっぽいものに囲まれてはいたが、とにかく迷宮の外には違いなかった。あの時の俺はとりあえず外に出られたことが嬉しくて、無意識のうちに自分の都合の悪い事実は見ないようにしていたのかもしれない。
その太陽よりもはるかに大きく見えるであろう『ニール』の姿も、目に見えてはいても認識することを無意識に拒んでいたのだろう。霧も多かったせいで視界が悪かったし、その情景を受け止める心の視野も狭かったのだ。そういえばあそこのはかなりいい景色だったはずなのだが、俺はあの家の中に閉じこもってばかりで碌に外にも出ていなかったしな。
いずれにせよ空が見えていたとしても、それが現実だとは受け入れがたかっただろう。仕方がないといえば仕方がないのだが、情けないことには違いない。
今思えばあの女性も言葉では話すことがなくとも、俺に対して何かしら伝えようと訴えていたのかもしれない。さらに言うなれば、俺がその気になっていればもっと重要な情報が得られたかもしれなかった。まあ、いまさら何を言ったところで後の祭りだ。もう遅い。
それよりも、これからのことを考えなければ。そう思った俺は、昨晩リフリスから聞き出した情報を思い出す。
この太陽系の星の名は太陽から順番に、ソム、エル、ニール、モムル、サスタリ、そしてレリオとなっている。そしてこの星の主星はこの太陽系で二番目に大きい惑星ニールであり、俺が今いるこの星エンディオはその惑星の周りを12日かけて回る衛星なのだと。簡単に言えば今の俺は地球に対する月の位置にいると考えれば分かりやすいだろうか?
ちなみに星の名前を直接呼ぶのは不吉とされているらしい。リフリスも星の名の直接的な由来は教えてはくれなかったし、連続して名を呼ぶのは避けていた。
迷信深いものだとは思うがそれも文化なのだろう。そういう訳で、この星系の太陽であるソムは『昼天光』や『熱光』などの別名で呼ばれることが多い。すると、この星は『大いなる大地』とか単に『大地』、あるいは『この星』となり、第二惑星ニールは『空の主』あるいは『大光輪』と呼ぶのだそうだ。
衛星であるこの星から見れば、大空に巨大な姿を映すであろうニールが『空の主』と呼ばれるのはまだ分かる。けれども、その二ールが『大光輪』と呼ばれる理由はすぐには分からなかった。
気になったので、リフリスに訳を聞くと、なんでもこの星がニールの影に入った時、太陽を遮るニールの姿が巨大な光の輪に見えるかららしい。金冠日食の巨大版という所だろうか?
「私としては羊さんの方こそ嘘つきだと言いたいところですけどね。百歩譲ってあなたが別の星から来たというのが本当だったとしても、ほとんど伝承にしか記録のない原始の森から生きて出てきたという方は信じられませんね。」
「そういうものか?」
といった俺の脳裏に、あの樹海の光景がよぎった。たしかによくもまああんなところから抜け出せたものだと思う。ふと思い返すだけで、ここに来てからの記憶がありありと甦ってくる。
「まあ、そうだよな。」
ふうーっと俺はため息をつく。頭を打ちまくってきたせいか、軽い記憶喪失の様で俺は俺の名が思い出せない。そして俺自身、自信満々に地球出身の異星人を名乗っているが、俺が向こうで暮らしていた時の記憶もまるで酸かアルカリに浸したかのように角が取れ、腐食したように詳細があいまいになっている。思い出そうとしても、霞がかったようにはっきりと思いだすことが出来なくなっているのだ。
リフリスが整然とこの世界について話すのに、思い出そうにも思い出せない俺はじれったいこの感覚に内心イラついていた。これが一時的なものならばいいのだが・・・
こちらで過ごした記憶は鮮明なのに、向こうの記憶はあいまいになってきている。それどころか俺が日本にいたという記憶すら、非現実的な空想でしかないのではないか・・・俺の心の隙間に滑り込むように、そんな疑念がわき始めていた。
もしかしたら俺は大法螺吹きで、地球なんて星は存在しないのではないか?そういう思いが脳裏をよぎる度に、俺はため息をつく。
何を莫迦なことを・・・自分を疑ぐって何になる?俺が今まで散々な目に遭って来たのも、全ては地球に、日本に帰るためではないか。
ふと横を見れば、リフリスが地面に散らばる小枝をまたいで歩いている。果たしてこの少女の言うことは真実なのだろうか?だとすれば、ここは?俺はいったいどうやってこんなところに来てしまったんだ?別の星だと?今まで散々地球ではあり得ないものを見ておきながら、いざ言葉にして伝えられるとこうも受け入れがたいものなのか。
「俺自身、何もかもが信じられない・・・いや、そもそも俺がここにいる理由の説明はつくのか?」
「と、言いますと?」
現にこの場に俺がいる以上、なぜこの場に俺がいるかの理由はそれほど重要じゃない。とにかく今は前に進む、そして無事に帰ることだけを考えていればいい。
「いや、だからさ。さっきリフリスは『別の星から来た』ことが百歩譲ればあり得るかもしれないって言っていただろ?だからもしかするとそれがおれが日本に帰るヒントになるかもしれないからさ。」
そう聞く俺に、リフリスは新しい疑問を考えるのが楽しいのか口元をほころばせた。
「ふむぅ、なるほどです。でも、私としては羊さんがすぐに帰ってしまったら困るんですが。いろいろ聞きたいこともありますし。」
ああ、こいつは根っからの好奇心の塊なんだなと思う。でもまあ、俺自身樹海の最奥からの脱出劇もほんのあらすじ程度しか話していないしな。
一人で苦難の記憶を抱え込むのは好きじゃないし、リフリスならまた新しい見方をしてくれるかもしれない。
「質問なら後でいくらでも聞くさ。話したいこともあるし。ま、俺としては帰れる可能性があれば安心できるって話だからな。」
最終的な終着点が見えるのとそうでないのとでは、今後のモチベーションに大きな影響が出るからな。いつ死ぬか分からないこの世界では、最低限の保証くらい求めたって罪じゃないだろう。
もっとも、そういう危険地帯には出来ればもう二度と行きたくはないが。
「それもそうですね。ふむふむ。」
そう言うと彼女は下を向いて物思いにふける。その無警戒な姿に思わず俺は苦笑する。ここに来てからこの方、俺はここではいつ何時襲われてもおかしくはないと、無意識的に辺りを警戒する癖がついてしまった。そんな俺から見れば、森の中で物思いにふけるなどもっての外・・・と言いたいところなのだが、今俺がこの星の情報を得るにはこの子の知識を借りるしかない。
ここはあの樹海よりはまだ安全だろうし、冴えた答えを望むのならば、俺は彼女が目をつぶっていてもこの森を抜けられるように、彼女の安全を確保するべきなのだろう。
しかし・・・妙な気分だ。はっきりとは分からないが、なにかが出てくるような、そうでもないような気がする。辺りはまったくもって平和そのものだし、生き物が潜んでいる様子もない。が、俺の勘がそうではないと告げていた。剣に手を伸ばすが、ふと馬鹿らしくなってやめた。剣を抜くまでもないと、何かが俺にささやきかけてくる。感覚でわかってしまうのだ。
予知能力でも目覚めたか?何を馬鹿なことを・・・精神的にまいっているのか?体の疲れは眠ればとれるが、心の方はなかなか難しい。だけど、帰るための方法さえわかればその気疲れも消えるだろう。
「羊さんの星には、星々を渡る術はないんですか?」
ふと、辺りを見回しながら歩く俺を見上げながらリフリスが口を開いた。俺はその問いに前を向いたまま答える。
「いや、あるとしても頑張って隣の惑星ぐらいだな。実用的なところでせいぜい月・・・地球の衛星まで行くのが精いっぱいってところだ。ここが太陽系じゃないっていうんなら、リフリスが使ってた魔法みたいなのがない限り、多分地球の技術じゃ無理だろう。」
と答えた俺に、リフリスが訂正を入れる。
「いや、あれは魔法じゃなくって法術なんですけども。真理にのっとった真っ当なものですよ。」
話がそれてばかりだなと、俺はため息をつく。
「原理が分からん以上、俺にとっては同じようなもんだ。それよりも、どうなんだ?地球の技術じゃこっちへ渡る術がない。それならこっちにはあるのか?その・・・時間とか空間を超えるような術が?」
爆裂する光球を生み出すあの力、ああいうのが一般的に普及しているのならばあるいは、物理的な限界をも凌駕する特別な術が存在する可能性もある。
それはつまりこの星の技術体系が地球を凌駕しているということだから、個人的には手放しでは喜べないが、とにかく今はそんなことを言っている場合でもない。
「うーん。あるといえば、あるんですけど・・・」
「けど?」
なんだか歯切れが悪いな。何か問題でもあるのか?
「それってこの星にあるものなんですよね。羊さんの言う『ちきゅう』にはないか、あるいは認知されていないのかも。でも、一応他の星に渡るだけの技術はあるんですよね?」
「それは、どういう意味だ?」
無いか、あっても認知されていない?
「星々を渡る方法、というよりも、『そういう用途に使えるもの』は確かにこの星に存在するんですよ。」
それはつまり帰ることが出来るってことじゃないか!よし!よっしゃあ、運が向いてきたらしいぞ!
「おお、いいじゃないか!詳しく話してくれないか?」
帰ることができるかもしれない。それだけで今までの苦労が報われる気がした。例えこの身がどれほど醜くなろうとも、地球に帰るための代償だったと思えば気も晴れる。
帰るためのきちんとした道筋を描くことができるならば、今後の旅もやっていけそうだ。
「ふふふっ。羊さん、嬉しそうですね?」
「ん?ああ。まあな。うん、そうだな嬉しいよ。」
地球にいた時はそんなにでもなかったのな。でも今は、地球という場所は俺にとって心の支えであり、ある意味『聖地』的な意味を持つに至っていた。俺がリフリスを見ると、リフリスも察したようで話を続けた。
「ええと、整理して話すとですね。その道具、というか場所というか・・・とにかくですね。それは帝国領内の『扉の迷宮』の最奥にあるもので、知っている場所なら距離とか時間を超えて送ってくれるって言う代物なんです。便宜上『扉』と呼ばれてはいますが、その見た目は宙に浮かぶ巨大な流動体なのだそうです。」
宙に浮かぶ流動体?それが星間跳躍を実現するツールなのか?
「全く想像もつかんな。」
というと、リフリスも「私もです」と、笑う。
「神の試練と呼ばれる迷宮を抜けてその『扉』に辿り着きさえすれば、行ったことのある場所ならどこへでも行けますし、正確な情報さえあれば理論上この世界樹の原点にすら辿り着くことが可能・・・らしいです。」
世界樹云々は分からないが、要は時空間を自在に旅する道具がこの世界には存在するらしい。恐ろしいな。もしかしたら未来の俺がその『扉』を使って過去から戻り、今この瞬間にも後ろからこっそりついてきているかもしれない・・・無いか。無いな。もしそうだったらもっと楽に出られたはずだろう。
「世界樹が何かは分からんが、とにかくとんでもないな。」
そういう俺にリフリスは頷く。
「ええ。とんでもないものです。使用された記録は歴史上でもほんの数回しかありませんが、その効果は絶大だったようです。大体が王族の暗殺とかですが、その数回が無ければ今とは全く違う世界になっていたらしいんですよね。『扉』による転移は原理的に最も真理に近いですから防ぎようもありませんし。たった数回の使用で世界が変わってしまう。そのあたり流石三大迷宮ですよね。」
俺がこの世界の常識がないせいか、リフリスの話は半分ぐらいしか分からなかった。がしかし、とにかくその『扉』は今まで要人暗殺とかに使われてきたと。外の情勢はよく分からないが、何時でも暗殺者を投入できるそんな危険なものを押えている国は、国際的にかなり優位に立てるんじゃないのだろうか?
「その『扉』へと至る迷宮を帝国とやらが押えているんだったか?」
『扉の迷宮』は帝国内だったか?そしてこの『叡智の迷宮』はえーっと、連邦公国?だったっけ?
「ええ。それはもうばっちりと。もはやあれは要塞というより小国レベルですよ。」
こう街を取り囲むように何重にも城壁があってですね、それとは別に城までありますし・・・と、リフリスは身振りを交えてその都市の様子を教えてくれる。
「『扉』は迷宮の最奥にある・・・か。ほいほい使えるものでもなさそうだな。だが、例えその『扉』に到達できる人材が無くても、手段を押えているというだけで十分な外交カードになる・・・か。」
「そうです。可能かどうかは別として暗殺の可能性というのは脅威ですし。他国から多くの恨みを買っていても、帝国が交渉ごとで優位に立てる理由の一つでもあります。」
確かにどれだけ厳重な警戒を敷いていても、相手がどこでもなドアで侵入してくれば防ぎようがない。気が付けば背後に暗殺者が・・・などと思えばおちおち夜も寝ていられないな。毎晩そんな夜を過ごさなければならないなんて、帝国と敵対している国の王族は因果なものだ。早晩心が折れてしまうに違いない。
それにしても・・・『扉の迷宮』か。リフリスが言うにはここは『叡智の迷宮』だったか。どちらにしてもここをいったん抜けてそのなんたら言う迷宮に再び挑まなければならないと。
しかし、その迷宮の奥にあるものは一体どういう原理で作動するんだろうな?話を聞く限りじゃどこでもなドアとタイムマシンを合わせたみたいな感じゃないか。23世紀になっても発明されそうにないのに、そんなものが本当に存在するのか?現実に?信じがたいが・・・確かにそれならば俺も地球へと帰ることが出来るだろう。
「世界樹とか真理への道とかはよく分からんが、とにかくその『扉』にまで辿り着ければ帰ることが出来るんだな?」
その『扉』とやらが一体誰が作ったものなのかは分からないが、そんなものを作ることが出来る者が存在するとしたら末恐ろしいな。
「うーん、世界樹は世界樹としか言えませんか。私の勉強不足ですね。羊さんちょっと我慢してくださいね。」
と、断りを入れるリフリスに、俺はいいよと手を振った。
「たぶんあの迷宮の『扉』は世界樹の枝とか年輪程度は問題じゃないでしょう。恐らくは羊さんがその『ちきゅう』へ帰ることができる可能性は高いです。多分考えれば他にもいろいろ可能性が出てくるでしょうけど・・・でもそれじゃあ解決していませんよね?」
他の可能性が何なのかはよく分からないが、たとえその『扉』が駄目だったとしても、何時かは地球には帰ることが出来そうだ。だが、引っかかりはする。
「他にも可能性があるっていうのは嬉しいが、解決って何をだ?」
帰る方法が分かったのならば、とりあえず問題は解決したのではないか?
「だって、帰る方法が分かっても、羊さんがどうやってここに来たのか分からないじゃないですか。『扉』はこちらからの一方通行、片道切符なんですよ?」
「・・・俺は理由に関してはそれほど興味は無いんだが。まあ、なぜこっちに来たのかが分かれば・・・あるいはまたこっちに連れ戻されるかもしれない可能性はなきにしもあらず。考えすぎかもしれないが、とりあえず疑問は解決しておかないといけないか。」
帰る方法はとりあえず分かった。として、
「うーん、それじゃ俺はどうやってここへ来たんだろうな?」
首をひねってみても、何にも思い浮かばない。
「いや、だからそれを聞いているんじゃないんですか。羊さんの星にはこちらで言う『扉』に当たるものはないんですか?」
『扉』ねぇ・・・っていうかそもそも衛星に生命がいる可能性のある星って発見されていたか?地球はこの『エンディオ』すら認知していないんじゃないか?
いずれにしても、今の人類の科学力ではここまで来るのは到底無理だ。考えたくはないが、最悪ここが俺の地球が有った宇宙とは別の宇宙の可能性もある。だとすると、地球にその『扉』と同様のものが無ければ俺はこちらに来れるはずがない。それなのに俺は現にここにいる。
だが、その肝心の俺はそんな『扉』なんぞ聞いたことすらないと来ている。
「あー・・・無い、かな。その『扉』っていうのがどういうものかは分からないけど、もしそんな超機械が存在すれば今頃大騒ぎになっているはずだし・・・」「一応隣の星にまで行ける技術があるのだから、意図的に隠蔽されているのでなければ自分の星でそのような見落としがあるとは考えがたい。ですか?」
言いよどんだ俺を代弁するかのようにリフリスは話を続けた。
「うーん。だよな。まだ確かに未開の地は無くはないとは言っても、そんな『扉』みたいなものが存在したら、やっぱり何かしら感知されていると思う。」
アメリカのエリア51とか怪しい噂はいくらでもあるが、実際にそんなものがあるんならどこへでも行き放題だ。話を聞く限りその『扉』は起動に莫大なエネルギーが必要という訳でもなさそうだ。だったら深すぎて採掘が放棄されてる油田も、海底からレアメタルを引き上げるのも、それこそ他の星からそれらを調達することだってたやすい。
資源にも困らないだろうし宇宙探索ももっと進んでいたはずだ。どこかの国が秘密裏に隠蔽しているのかもしれないが、何より人類はそんな便利なものを目にして使わずにいられるだろうか?
じゃあなんだ?俺が来たんじゃないとすれば・・・
「俺が『来た』んじゃないとすれば・・・俺は『連れてこられた』んじゃないか?『送る』ことが出来るものがあるなら、何か『呼び寄せる』ものがあってもいいんじゃないか?」
「そうなりますよね。」
と、リフリスは俯く。が、その表情は煮え切らない感じだ。
「分からないなら、無理しなくていいぞ?それが分からないからって死ぬわけでもないだろうし。」
「すいません。知識不足みたいです。」
肩を落とすリフリスに俺は笑いかけた。
「いいさ。それよりも、お客さんだ。」
しっかりとしてきた石畳の両側に、俺たちを出迎えるように数匹の小人が茂みを抜けて現れた。さっきの妙な勘が当たってたってわけだ。一体全体どういうことなんだろうな?
小人達は先日会ったあの小さいおっさんたちとはえらく様子が異なっている。あのおっさんたちは小さいながらも筋骨隆々としていて肌は赤銅色、背格好は子供だがその顔には深いしわが刻まれ、その目には理性的な光が宿っていた。だが、こいつらの薄緑色で肌も薄そうだ。四肢は細く、子鬼のような屈強さは見られない。顔のほうもしわが無く、三角に切り取った耳が張り付いたボールのようで、平べったい蝙蝠のような顔は見るからに頭が悪そうだ。
「なんだか、燃えないな。」
「何言ってるんですか羊さん、囲まれてますよ!」
リフリスは杖を手にしてはいるものの、俺たちの周りをキャッキャキャッキャとはやしたてながら回る緑の小人に怯えている。こいつらはどう見たってあの子鬼たちより弱いはずだし、赤い小鬼を前に善戦していたリフリスが怯える理由もなさそうものだが。
まあ、やつらの踊りは見ていて気分のいいものではないし、森の雰囲気もあいまって妙に不気味だ。緑色の奴らの姿は生理的な嫌悪を呼び覚ます。ましてやリフリスはまだ子供だし、囲まれているし状況的には圧倒的にも不利だ。怯えるのも致し方ないのかもしれない。
だが、一方で俺自身はこいつらを侮っているわけではないが、どうにも気分が乗らない。今まで見てきた生き物が普通だと思っているせいだろうか?俺はこの目の前で奇怪な踊りを続ける奴等が、ひどく脆弱に思えて仕方が無かったのだ。
「気を付けて下さい羊さん!こいつらの前では『力』が抜けてしまいますよ!」
「力もやる気ももう抜けてるよ・・・」
「ええ!?しっかりしてくださいよ!」
と、呆けるリフリスをよそに俺は前足を進め、跳びかかってきた緑の小人に向けて手を突き出した。飛び掛かってきた小人はキシャア!と爪を伸ばし、釘のような牙を見せる。がしかし、すでに懐に入っている俺には当たらない。
俺はスゥッ!と短く息を吸う。俺が突き出した左腕は醜い敵の腹に触れ、ぴたりと吸いつくように重心を捉えた。押すでもなく、引くでもなく、ただ飛び掛かってきた敵の動きに合わせてばねの様に小人の運動エネルギーを奪ってゆく。全身をしなやかに動かして居る俺に、突進や打撃は無意味だ。
飛び掛かってきた小人の勢いは全身これ即ちばねと化した俺の体に吸収された。あとはただ体の捻りに蓄えたエネルギーを相手に返すだけでいい。
もらった運動エネルギーに捻りの力と重心移動を加えて相手の中心へと打ち返せば、それだけで相手は吹き飛ぶ。運動エネルギーは力のベクトルに分解され、∞の軌跡を描いて相手に反射されるのだ。
「セイヤッ!と。」
楕円に螺旋回転を加えた運動は俺と敵の重心を一体化させ、本来は打ち消されて表に出ないはずの膨大な内力を外部へと放出させる。捻りによる増幅と重心移動によって生まれるエネルギーをロスなく伝えることで、こちらはほとんど体力を消耗せず、拳を痛めることすらなく、効率的に相手を制することが出来る。
まるで無重力空間にでも放り出されたかのように、緑の小人が面白いように宙を舞う。文字通り発射されたその姿は、がさりと茂みの奥に落ちる音だけを残して見えなくなった。
「す、すごい!怪力いえ、打撃強化の術ですか?それとも反射系?」
素人目には何が起こっているのか分からないかもしれない。知ったかぶった者ならば、掌底による強烈な打撃だと解釈するのかもしれないが、原理的には全く別物だ。効率的でしなやかな動きさえ習得すれば、原理的には女子供でも相手を吹き飛ばすことが可能なのだ。たかが技術、されど技術。力のない俺が樹海で生きてゆくうえで磨き上げてきたのは、徹底的な力の効率化だった。
「よいしょっとぉ!ただの技だよぉっと!」
襲ってきた小人たちはぽんぽんと面白いように宙を舞っては森の茂みの奥へと消えてゆく。黒い鎧竜の時は相手の方が上手だったせいで通用しなかったが、こいつらはただ本能に従って闇雲に突っ込んできているだけだ。この程度なら容易く捌ける。脇に少女がいる手前、小人の頭を砕くのはよろしくないし、かといって追い払うために剣を振り回し、わざわざ汗水たらして相手にする気もなかった。
「肩に力を入れてたら、っとさ!無理なんだよっそいや!腕じゃなくて全身でっよっとぉ!殴るというより送る感じで!」
緑の放物線が次々に醜い小人たちを運び去ってゆく。最後の一匹が空中でトリプルアクセルを決めると、辺りは先ほどと同じように静かになった。
「はい、終わり。」
石畳の街道は先ほどと変わらず、遮るものなく森の中に淡々と伸びていた。俺はズボンの袖でパンパンと掌をはたき、杖を手にしたままぽかんと口を開けるリフリスに笑顔を送る。もっとも羊頭を被っている手前、どんな表情をしていようと伝わりはしないだろうが。
「は、早っ!いくらなんでも早すぎませんか?相手はイビルゴブリンの群れですよ。」
ふと我に返ったリフリスが驚いた声を上げる。
「別にそんなにでもないんじゃないか?あの程度なら霧の森の虎でも瞬きする間に蹴散らせるじゃん。それに殺すんならもっと早く終わるし。」
すっと触れた奴らの腹には筋肉があまりついていなかった。まるでカエルの腹を触っているような感じだ。多少なりとも素早さはあるようだったが骨も脆そうだったし、殺さない方が難しかった。といっても、殺したところで後味が悪いだけだ。一度痛い目に遭えばもう襲おうとは思はないだろうし、これで良かった筈だ。
「確かにそうかもしれませんが・・・『力』が抜けてしまうあの状況でよく冷静に戦えましたね?」
「うん?まあ、あんまり肩の力が入ってると運動をうまく伝えられないし、脱力出来て丁度良かったな。」
うんうんと頷きながら、俺は手の感触を確かめようと手をグーパーと開いては閉じる。
突進してきた相手の呼吸を読んで投げ返す技、仮に「呼吸投げ」とでもしておくか?あの呼吸投げは下手に力に頼るとただの自爆技にしかならない。つまるところ訓練が必要だ。
哀しみを背負った世紀末救世主の奥義とまではいかないが、技の性質上相手にこちらの動きを読ませないようにしなければならない。
下手に力が入っていると相手も抵抗するだろうし、こちらが何をしたいのかも読まれてしまう。その点で言えば奴らは技に失敗してもこちらに致命打を与えてくるほどの猛者でもないし、いい練習台だった。
本当なら生き死にが掛かった場でこそ技は輝きを増すものなのだろうが、現に俺は同じ手で鎧竜にやり返されている。しばらくは強敵とは戦いたくないし、そもそもただの人間である俺が龍に挑むことが莫迦げている。
それでも、雑魚程度ならば十分通用するのだ。これで十分と満足して歩きだした俺に対して、リフリスの方はどこか不満気だ。肩を回して筋を伸ばしている俺を見上げるリフリスは、少し困ったような顔をしていた。
「いや、その力じゃなくてですね、ほら、法術を使う時の『力』の方ですよ!」
「・・・?何それ。」
俺の答えに、リフリスは黙り込んでしまった。
力って、重力とか遠心力とかそういう系のものじゃないのか?リフリスは一体何の力のことを言ってるんだ?
「だから、法術を使う時の『力』って何さ?」
勝手に驚いているリフリスを前に、リフリスの言う『力』が何のことやらさっぱり分からない俺は、ただ彼女が返答するのを待つ。立ち止まってしまったリフリスの髪を、森を切り開いてできた道に吹く風が撫でる。振り返った俺は訳の分からぬまま、複雑な顔をしている彼女を見ていた。
「まさかとは思いますけどもしかして羊さんは『力』、法術を使うための『理力』を知らないんですか?」
理力?フォースって奴か・・・こう、闇夜に輝くサーベルを扱うのに必要な力ですか。
「あー・・・多分もしかしなくても、もしかする方だ。っていうか俺でもその法術とやらは使えるのか?」
嘘でも知っていると答えた方がよかったか?期待していた応えを得られなかったようで、リフリスはじと目で俺を見上げている。俺の前に立つリフリスの顔にはあきれと驚きが浮かんでいた。例えて言うなれば、初歩的な操作ミスで困ったから助けてくれと相談に来た相手が、そもそも説明書すら読んでいなかったと分かった時に見せる顔だ。
「・・・法術もなしに今までどうやって生き延びて来たんです?」
「さあ?」
法術か?リフリスが杖から出した光弾の様な術が法術ってやつだったな。確かに剣からビームが出たり掌から衝撃波が出たりすればものすごく便利だろうし、実際憧れるところは無いわけじゃない。
だけど、訓練を受けるどころかそもそもが異星人であるところの俺からして、その法術とやらは使えるのだろうか?っていうかそもそも『理力』ってなんなのさ・・・
「ということはつまり、羊さんがご自身の装備の価値もご存じなかったっていうのは。」
「言うのは?」
はぁ・・・とリフリスはため息をついて俺の羽織っているマントや衣服を見た。
「つかぬことをお聞きしますが、羊さんは今までその装備品に『力』を通したことがありますか?」
「・・・いや。っていうか『力』を通すって何?すまないけど言ってる意味が分からないんだが。」
リフリスは遂に、はあ・・・とため息を向いてそっぽを向いてしまった。年下の女の子にそういう態度をとられると、少し焦ってしまう俺がいた。
「ごめん、これってどこら辺が特別なんだ?ただ入手困難なだけの普通の毛皮じゃないのか?」
そういえばリフリスは俺が何気なく着ているものが、王侯貴族が持っているもの並みに貴重だとかなんだとか言っていたな。単に入手困難で産出量が少ないから貴重ってわけでもないのか?これってもしかしてもしかするとあれなのか?この装備にその『理力』とやらを通せば、凄い効果を発揮したりするのだろうか?
「なあ、このマントに『理力』を通せば何が起こるんだ?」
マントの裾を掴んで見せる俺に、リフリスはうつむいてさぞ頭が痛いと言わんばかりに目元を押えた。
「はぁ・・・グリンブルスティの毛皮ですよ、エルフの衣服ですよ、竜の爪に、その背にあるのは恐らく帝国栄華期の剣でしょう。その指輪の詳細は分かりませんが、深淵の財であることは確かですし。・・・それを、それなのに!!」
「・・・なんかごめん。」
猫に小判、豚に真珠って奴なのだろうか?リフリスは俺がそんな貴重なものを無碍に扱っているのを見て・・・怒っている?のか?
「ふっププ・・・あはは!ただの毛皮だなんて!あははは!」
「お、おい。一体どうしたっていうんだよ。」
怒っていたんじゃないのか?困惑する俺をよそに、俺の言動がツボに入ったのかリフリスは腹を抱えて大笑いしだした。
「あー可笑しい!貴族が、あんなにも探し回っているものを!たっ只の毛皮だなんて!あははははは!」
「おーい、もしもし?」
だめだこりゃ。
「王族が、ありがたがって祭壇に飾るようなものを、ただの襤褸同然につかう人が!あははは!ひーふふふ!」
俺は何か間違ったことでもしていたのだろうか?ここの常識を知らない俺にはリフリスが何に対して大笑いをしているのかは分からない。だけれども、彼女から見れば俺は「裸の王様」なのだろう。
いまいち理解できないまま、とりあえず俺は大笑いしながら森を進む彼女の後をついてゆくことにした。
日 日立ヒ
十月J ノ三
称号
「????」「怪獣大進撃」「大蜂・大狼・大カブト・鳳・大軍百足殺し」「悪運」「食わせ物」「大番狂わせ」「樹海の匠」「魔弓の射手」「敵の敵は味方」「受け継ぐ者」「死神」「冒険者」「陽炎の忍」「不死鳥」「泰山不動」「覚り」「武芸者」「剣士」「磁石いらず」「博愛主義」
遭遇生物
「名うての 叡智求める 緑術師」
「惑わす 緑魔」
アイテム
大猪の牙 火起こし機 水筒 海淵の指輪+ 意思読みの首飾り 返話の指輪 万能ポシェット(謎の試験管 識別票 その他不明) ねたつく古びたポシェット(識別票x8 託宣紙x9)ペレット状の食料 星砕きの実
装備品
麻の衣服 包帯 錆び罅割れた装飾剣 龍爪ナイフ 金猪のマント 革の小手 猪肋弓 魔の矢(狼牙+虹の羽)x2 ひび割れた羊の兜 金猪の足袋




