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迷宮の歩き方  作者: Dombom
天人すら久遠を生きず
44/70

迷宮生活16日目その一

今までの苦労が還元されて、主人公も心身共にだんだん強くなって来ました。

 俺の前で小さな女の子が泣いている。

 女の子の手は見知らぬ女性に引かれている。

 俺は手を伸ばすが、肩を抑えられているせいで進めない。

 振り向くとそこには、立派な顎髭を湛えてほくそ笑む、いかにも偉そうな男が立っていた。

 従者に抱きかかえられ、無理やり馬車に載せられる女の子が最後に俺の方を振り向く。

 その眼は、あの眼は俺も見たことがある。

 「ペト・・・リャスカ!!」

 馬車に載せられた少女と瓜二つの少年が叫んだ。




 まだ時間的に朝日が昇るまで少しある。天井はまだ暗いままだが、俺は開けた森へと歩みを進めた。天然の空を見たせいか、木々の上に天井があるということには違和感を覚えずには居られない。いくら高い天井とは言え、天井は天井に過ぎない。あの天井は俺に途方もない閉塞感を与え続ける。

「さっさと出たいところだが・・・ホントにここは地球じゃないらしいな。」

 霧の森は蛇とか虎とか牛とか、比較的馴染のある生物が多かったけど、この林はそうもいかないらしい。

「何なんだろうな?人魂?」

 風通しの良さそうな木々の間を、ぼうっと赤や青や黄色の小さな光の玉が飛来しては消えてゆく。地球でも球電現象という雷のエネルギーが行き場を失って宙をさまよったりだとか、死体の燐が酸化して青白い燐光を放ったりとか、そういったよく怪奇現象と間違われるような自然現象はあったのだが・・・ちょっと多すぎるな。

「無害っぽいから大丈夫・・・か?」

 ふよふよと綿毛のように浮遊する球体は、まるで静電気でも帯びているかのようだ。俺が近づくまではただ漫然と空中を漂っているだけだが、いざ近づくと不意に俺の方を追いかけてくる。初めの内はなんだか怖かったから避けていたが、静電気に呼び寄せられた埃を避けることが出来ないように、毛玉のような発行体は結局のところ俺の体に吸い付いてくる。

 10円玉ぐらいの大きさの発光体が寄ってくるのはなんとも不気味だったが、しばらくするとどうやら無害らしいということが分かってきた。

 下敷きに吸い付く埃のように、光球が剣やマントに吸い寄せられては雪が解けるように消えてゆく。だからなんだといえば何でもないとしか言いようがない。浮遊する光球が包帯の上にも集まってきた時は焦ったが、これといって何かが起こる訳でもなかった。長期的に見れば何か害があったりするのかもしれないが、今は分からない。

「箱庭の夜明け・・・か。」

 天井が薄ぼんやりとだが明るくなってくる。天井の明るさが増すのと反比例して、夜の森に漂っていた光球は姿を見せなくなっていった。


 のどかな林の中、延々と続く小石の道をとぼとぼと歩く。正直言って暇過ぎて怖い。今までの調子だとそろそろ何かが出て来てもおかしくは無いのだが・・・

「触らぬ神に祟りなし。平穏が一番だ。」

 延々と続く道は温かく、木々は規則正しく並んでいるように見える。だが、ぼうっとしていると知らぬ間に林の中へ入ってしまいそうになる。よく見れば木々は微妙にずれて並んでいるし、石の道が緩んで先があいまいになった所も多い。そのせいで、まっすぐ進んでいるつもりでも、いい気になっているといつの間にやら林の中へ引きずり込まれてしまうだろう。

 だが、俺はそんなことはお構いなしに真っ直ぐに進んでいた。静かな林を進んでいるとは言え、俺は一瞬たりとも警戒を怠ることはない。いや、違うな。今の俺は別に気を張って辺りを見回している訳では無い。

 今まで危険な場所ばかり進んできたせいか、俺は意識せずとも、自然と五感のすべてを使って周囲の異変を察知できるようになっていた。熟練の職人が一目で製品の山の中からただ一つの傷のついた不良品を見抜くように、俺には辺りに潜む僅かな危険を未然に捕らえる勘が身についていた。自分の中に確固とした尺度を持っていれば、表面的な情報に踊らされることも無い。


「しかし・・・世界は俺の予想よりもずっと不毛なものだな。」

 この林は一応道があるように、大昔は人の手が入っていたようだが、畑の跡だろうと思われた場所もすでに自然に帰って林の一部となっている。食べられそうなものは一つもない。そういえば、これまで歩いてきた道のりの中で、俺が労せずに食料を得ることが出来たのはあの山頂の高原だけだった。だが、それはただ単に俺が食料を得るための苦労を人に押し付けていただけに過ぎない。

 世界はそう都合よく食べ物や水が転がっているものではない。異なる地に歩いて初めてそういう基本的なことに俺は気付いた。

「まさか、こんなところで悟らされるとはな・・・」

 正直言って、俺が日本に居た時はアフリカの飢餓とか言われても正直ピンとこなかった。だが、こういう風に世界のありのままの姿を見た時、俺はやっとその意味に気付く。俺が不毛だと思ったこの林でさえ、砂漠化が進む土地に比べれば途方もなく豊かだ。

 世界は命に満ち溢れているともいえるが、現代日本人の感性から見ればとてつもなく不毛だ。毎日食事にありつけるほどの豊かさは、世界を見回しても極僅かな地域にしか約束されてはいない。

 そういう目で見れば、俺が最初に居たあの樹海はある意味命に溢れた楽園だ。強烈な弱肉強食の世界の中で、命がものすごいスピードで生と死の循環を繰り返している。その情け容赦のない命の奔流の御陰で、あの樹海は数多の命を支えることが出来ているのだ。

 数多くの命を支えるには、それだけ多くの命が死ななければならない。それこそが世界の真理の一端なのだと、俺は気付いた。

「気付いたところでどうしようもないがな。」

 延々と歩き続けていると、いつの間にやら日が少し陰って来ていた。気温も最高に近くなってきたらしい。別に暑い訳では無いが、余計な体力消費を抑えたかったし、僅かだが歩き疲れて来た俺は木陰で休むことにした。

 平和・・・というより、この林は俺にとって静か過ぎる。今までの俺は僅かな間だったが、命がぶつかり合う轟音の中で生きてきた。その激しさが強烈な印象となって俺の中に残っているせいか、物騒なことだが目の前で命の奪い合いが起きていないこの林はどこか、俺の心に物足りなさを呼び起こすのだった。


 ザクッと土に剣を突き刺し、装備を整える。錆が来た上に、俺が乱暴に扱ったせいでかなりひびが入ってしまっている装飾剣も、今こうして改めてみるとなかなかだと思う。

 俺の心境の変化のせいか、乱雑に見えた剣の模様もやはり、あの扉の装飾同様何か意味があるように思えてくる。

「そういえばあの勘違い竜は、これを扉の模造品だとか言ってたな。」

 神殿から樹海へと抜ける大扉、樹海と地底湖を繋ぐ大扉、地下洞窟と霧の森を繋ぐ大扉、そして霧の森とこの開けた林を繋ぐ大扉。そのどれもにそれぞれ違った複雑な紋様が描かれていた。だが、勝手な印象かも知れないが、最初に見たあの神殿の中の比較的小さな扉、そしてその中にあった石柱の紋様。あの模様が俺にとって一番心に訴えかけてくるというか、真に迫った感じがする。

 後からいろんな模様を見てきて思ったのだが、あの樹海から離れた扉ほど、描かれた紋様は意味が薄いと言うか、俺の心に響くものは少なくなってゆく。逆に言えば、一番最近見た霧の森との境のあの扉、あの扉の模様は一見乱雑に見えはするが、その実内包する要素は少なくて分かりやすかった。その点樹海と洞窟を繋ぐあの扉なんて、要素と要素がぶつかり合って訳が分からないことになっていたしな。

 そう思えばこの剣の模様は、樹海と洞窟の扉の模様と同じような印象を受ける。個人的にはその要素と要素がまじりあったカオスというか、お互いが遠慮なくぶつかり合って規則を破壊しつつ、全く新しい模様を作っているその姿が妙に親近感が湧くようで好きだった。

 それはただ、剣だけではない。俺は皹が入ってボロボロになった羊頭も気に入っていたし、龍爪ナイフにも愛着がある。弓や、毛皮もそうだが、俺が樹海から持ってきたものは皆、何故かは知らないが妙に温かいというか、力強い命の伊吹を感じるようだった。

 そして、俺が持ってきたペトリャスカや地下で斃れていた人たちの遺品、これは俺に意思の強さを与えてくれる。彼らが最後に何を思ったのかは知らないが、この遺留品を届けるのが、俺の直近の目標だ。このプレートとペンダントを見ていると、ちょっと怖いが、志半ばで散った冒険者たちが見守ってくれているような気になってくるのだ。

「ま、気のせいだろうがな。」


 装備を一纏めにした俺は、再び林の中の小道を歩み始めた。まだまだこの箱庭は広い。

早間龍彦


称号

「????」「怪獣大進撃」「大蜂・大狼・大カブト・鳳・大軍百足殺し」「悪運」「食わせ物」「大番狂わせ」「樹海の匠」「魔弓の射手」「敵の敵は味方」「受け継ぐ者」「死神」「冒険者」「陽炎の忍」「不死鳥」「泰山不動」「覚り」


「心眼琉舞」+「重心機動」→「武芸者」:まだ他を圧倒するまでには至ってはいないが、それなりに通用する体技を修めた。

「先手の極意」+「後手の極意」+「剣身一体」+「鎧抜き」→「剣士」:まだ他を圧倒するまでには至ってはいないが、それなりに通用する剣技を修めた。

「磁石いらず」:普通では迷い出られなくなるはずの場所を平然と通り抜けた。


遭遇生物


アイテム

大猪の牙 火起こし機 水筒 海淵の指輪 意思読みの首飾り 返話の指輪 万能ポシェット(謎の試験管 識別票 その他不明) ねたつく古びたポシェット(識別票x8 託宣紙x9)


装備品

麻の衣服 真新しい包帯 錆びひびわれた装飾剣 龍爪ナイフ 金猪のマント 革の小手 猪肋弓 魔の矢(狼牙+虹の羽)x2 ひび割れた羊の兜 金猪の足袋

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