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迷宮の歩き方  作者: Dombom
無様でもいい。生き延びろ。
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迷宮生活3日目

 目が醒めると、そこは寝入った時と変わらない樹海だった。

 焚火の火はもう燃え尽きている。

 俺は痛む手足をかばい、水筒から水を一杯含んだ。


 なんとか死なずに済んだらしい。遥かな高みにある天井は朝日の光を映し、焼け跡には俺と昨日俺が倒した巨大な狼の死体だけしかいなかった。

 焼け崩れた木々が地平からの光を浴びて低い影を作っている。俺は黙ってまだ熱を持っていた焚火の芯に空気を吹き込み、燃えやすい枯葉をくべて火をおこし直した。

 死後硬直が進んで固くなった狼の肉を龍爪のナイフで切り落とし、焙って食べた。

 一杯の水を口に含み、黒く炭化した倒木に腰かける。


「・・・」


 もう恐怖だとか躊躇い、辛さは感じない。いや、感じているのかもしれないが、今俺の心はただ傍白とした空虚な感覚で満たされている。淡々と生き延び、元の場所へ戻る。その思い、ただそれだけが俺を支えていた。


 焼け跡をもう一巡した俺は、猪の毛皮をもう一枚、割れて芯だけになり、剣状になった龍の鱗を一枚、折れた龍の爪先をもう一本、1.5メートルほどの猪の肋骨一本、狼の牙数本を戦利品に持ち帰ることにした。

 割れた龍の鱗の断面は鱗の結晶構造からか、龍の爪には及ばないが、鋭い刃を作っていた。俺はその場で鱗の付け根の太くなった部分に金猪の毛皮を巻き、簡易の剣に仕立てた。この鱗製の剣の堅さは槍に使っている猪の牙に劣るし、鋭さはナイフの龍の爪に劣るが、何よりも槍より取り回しがいいし、ナイフより大きい分野生の猛獣に襲われたときにも使い勝手がいい。あの赤い龍や金の猪と戦う訳では無いから、今はこれで十分だ。

 帰りに痺れる実を確保し、大蜂を数体槍で仕留めた。龍鱗剣では大蜂の殻に傷をつけることは出来るが、切り裂くことは出来ない。一方の龍爪ナイフでは殻を切ることは出来るが、いかんせんリーチが短すぎる。仕留めるには体重を乗せた大猪の牙の槍で貫くのが一番手っ取り早かった。

 だがやはり不恰好には違いない。頭と胴体の隙間なら龍鱗の剣でも切れることに気付いてからは痺れている蜂の頭を刎ねることにした。仕留めた蜂は道具袋と化したスーツの上着に入れる。とりあえずこの蜂が食えるならば、貴重なタンパク源になるし、何より比較的安全に食料を手に出来る。あの痺れる実の毒は蜂を通じて俺にまで影響するかどうか不安だったが、とりあえず食べてみて、駄目だったら諦めよう。


 俺は重い戦利品の数々を背負っていたが不思議とそれほど疲れなかった。肩や太腿の傷も痛みは残っているが、動かす分には支障はない。

「何か特別なもんでも食ったか?」

 まあ、そんなことはどうでもいい。今は水筒に残っている水もわずかだし、昨日の死闘の疲れも抜けきっていないのは事実だ。塒には赤小梨も貯めてあるし、近くには泉もある。大蜂を焙って赤小梨をつまみに食べ、今日はさっさと寝よう。


 上が三つ又に分かれた特徴的な木が視界に入ってきたとき、たった一日ぶりで、しかも唯1日寝泊まりしただけの場所だというのに、俺の心は何とも言いようのない安堵感に満たされていた。

「・・・野ざらしでも帰る場所があると、こんなに落ち着くものか。」

 ふぅ。と一息つき、とりあえず泉へ行こうとした俺の視界の端に何か黒い物体が映った。おぞましい黒い物体は日本基準でいうと野生のイノシシぐらいの大きさの甲虫だった。俺は小さいときカブトムシを飼っていて、結構可愛がっていたのだが、こいつは別だ。何もかも馬鹿でかいこの森で俺も少しは覚悟が出来ていたはずだったが、こればかりは気持ち悪いと言わざるを得なかった。

 何よりも問題なのはその黒い甲殻に覆われ、1メートルを余裕で越るのカナブンかカブトムシか知ったことじゃないが、そのお化け甲虫が木の洞に頭を突っ込み、俺が貯めておいた赤小梨を貪っていることだった。


 俺の中でむかむかと怒りがわいてきた。こっちはもののけ姫に出てくるような狼に襲われ、命からがらやっとのことで戻ってきたっていうのに、何なんだこいつは?

 荷物を置いて、槍を背に、剣を手にした俺はでかい甲虫に飛び掛かり、思いっきり切りつけた。

「やっぱだめか!」

 鱗の剣は虫の外皮に傷一つつけることなく弾かれ、甲殻の傾斜に従って方向が変えられた。鱗の剣は決して切れ味が悪い訳では無い。事実、黒い虫に逸らされた剣先は地面の石を真っ二つにし、地面に突き刺さっている。

 虫は俺が切りつけたのに全く関知せず、洞の中に頭を突っ込んだままだ。木と虫の頭の隙間からゴリゴリむしゃむしゃと虫が赤小梨を貪り食う音だけが聞こえてくる。

 俺は我関せずと食事を続ける黒い甲虫を観察する。虫の甲殻は鎧のように隙間なく虫全体を覆っている。頼みの綱とばかりに胴体と頭の付け根を覗くが、頭は意外と小さいらしく洞の中で見えなかった。もし見えていたとしても、多分無理だっただろう。昆虫は頭、胸、腹の3パーツで出来ているが、その中でも甲虫は特に胸と腹の殻が大きく、胸の殻が頭を覆うように守っている。


 そうなれば残るは胸と腹の間だ。俺は後ろから切りつけるのをあきらめ、突き刺さった剣を引き抜き、胸と腹の間を切りつける。

 だが、所詮は素人剣法、そううまく隙間を狙うことは出来ない。切りつけるのをやめて隙間を突いてみたが、手ごたえはあるものの、刺さりはしない。

「なんつー頑丈な。」

 虫の方は相変わらず梨をほお張り続けている。俺の方は最後の手段とばかりに龍爪ナイフを抜き、甲羅の隙間にねじ込んだ。

「キイイイイ!」

 と、突然の痛みに甲虫は悲鳴を上げ、鉤爪の付いた足をばたつかせる。俺の肌が服ごとビリビリと裂かれるが、俺は構わずナイフで隙間を引き裂いた。

「これでもくらえ!」

 そして、ばたつく虫に構わず、隙目に剣を突き刺す。鎧さえ抜ければ龍鱗の剣でも十二分に効く。さすがにこれでは生きてはいられまいと思った俺はまだ甘かった。痛みに耐えかねた甲虫は信じられないほどの素早さで洞からはい出し、虫に密着していた俺はその勢いで跳ね飛ばされた。


 洞から這い出てきたソレはまさに巨大なカブトムシだった。猪サイズの巨大なカブトムシは突き刺さった鱗の剣に構わず羽を開き、飛び去ろうとしていた。

 バシャ!っとシャッターが開くような音を立てて背中の前羽が開く。このままこいつを逃せばせっかくの鱗の剣が持ち去られてしまうし、なによりも俺は備蓄の赤小梨を貪り食ったこのいけ好かない虫を生きて返すつもりはなかった。

 追い払うだけのつもりなら初めから龍鱗剣なんて使わないし、今、ただ避ければ済むのにそうしないのもそのためだ。

 ブブブブ!と、巨大カブトムシが起こす風圧で枯葉や小枝、小石までがこちらに吹き飛ばされてくる。猪のようなカブトムシが、俺に向かって突っ込んでくるが、構いやしない。

 巨猪の牙を先にすえた槍を構えた俺は、飛び立ち、まっしぐらにこちらへ飛んでくるカブトムシに身を低くし、交差する一瞬に全体重を込めて槍を突きだした。

 一瞬浮いた時に見えた、カブトムシの中でも最も殻が薄い地面側の腹に向かって俺の槍は吸いこまれるように突き刺さってゆく。


 めりめりと音を立てて槍は肉に食い込んでゆくが、それでも巨大な甲虫は飛ぶのを止めない。必死に槍をねじ込む俺だったが、気付けば俺自身の体が浮いていた。

「くっ!ガッ!」

 槍が突き刺さっているのにも関わらず、巨大カブトムシはそのままスピードを上げて飛び、森の木に激突した。槍に捕まっていた俺は樹に叩きつけられた。背負っていた毛皮がクッションとなったおかげで衝撃はかなりマシになったが、それでも無理やり胸から空気が押し出され、表現できないような鋭く重い痛みが全身を走った。




「あの虫は?」

 よろよろと立ちあがった俺は、振り落されたところから大きな黒いカブトムシが飛んで行った方を見た。俺がぶつかった木は真ん中からポッキリ逝っている。その先の木々はバランスを崩したあの虫がぶつかったのか所々抉れたり削れたりしている。

 痛む脇腹を抑えながら森を進むと、さっきのカブトムシは岩にぶつかってこと切れていた。ぶつかった岩自体は大きな皹が入っているが、カブトムシの殻には傷一つ無い。だが、俺が突き入れた槍が腹から背へと貫通していた。木々にぶつかったときか、岩にぶつかった時かは知らないが、ぶつかったときに槍が押し込まれたのが止めになったらしい。

 俺は黙って龍鱗剣と猪牙槍を引き抜き、死んだ虫に手を合わせた。

 今まで俺が殺してきた奴らは俺が生きるためにはそうしなければならなかったからだ。だけど、こいつは俺の食い物を盗ったとは言え、殺さなければ命に係わるという訳では無かった。極論すれば追い払うだけで良かったのだ。

「なぜだろうな。さっきまではあれほど殺意があったのに。お前は俺に刺された後、ただ逃げようとしていただけだった。それを俺は・・・」

 いや、うじうじ言っても仕方がない。俺は生きるために必要でない殺しをした。それだけだ。ならば責めて、俺は俺の生きるためにその命を使うべきだ、


 パチパチと焚火が爆ぜる音がする。俺は丸焼きにした巨大な蜂の殻に龍爪ナイフで切れ込みを入れ二つに裂いた。この伊勢海老よりも二回りは大きな蜂がぶんぶん飛んでいたなんて未だに信じられないが、その体の中には巨体を浮かすのに必要な分だけの身がぎっしり詰まっていた。見た目は海老とかとさほど変わりがないが・・・抵抗感はある。

 意を決した俺は口を開けて湯気の立つその身をほうばった。

 むしゃむしゃ・・・

 弾力があり、肉厚でそれでいて大味ではなくアミノ酸の持つ甘みがあって・・・

「・・・この身だけ海老ですって言われて出されても分からないかも知れん。」


 一口齧った感じでは毒とかは無さそうだった。蜂を焼いて食べる分には影響がないらしい。遅行性の毒があるかもしれないからまだ油断はできないが、今のところは大丈夫だ。

 俺はカブトムシに食い荒らされた洞の中にほんの少し残っていた赤小梨を食べる。3匹分の海老味の肉は瞬く間に俺の胃袋へ消えて行った。水筒に入れた湧水でのどを潤した俺は、心なしか力が湧いてきたような気がした。残りの2匹分は晩飯に取っておこう。

 昨日重傷を負ったばかりの肩と太腿の傷はもう気にならないぐらいだ。よっこいしょと立ち上がった俺は、隣に組み上げたキャンプファイヤーの上で丸焼きにしている大カブトムシの焼き加減を見てみる。

「こっちはまだまだかかりそうだな。まあ、猪サイズのカブトムシだし、時間がかかるのは仕方がないか。」

 それにしても、この大カブトムシにしろ、大蜂にしろ、火にかけても中身の肉は焼けるが、甲殻は全くと言っていいほど火の影響を受けていない。一体どういう成分なのかは知らないが、素材としては軽いし龍鱗剣でも傷一つつかないぐらいだ。喰い終わったら鎧にでも仕立てよう。

 食い終わってからしばらく様子を見ていたが、別に気分が悪くなったりはしない。

 痺れる実自体は煮ても焼いても喰えなさそうなので、蜂の肉に移行した毒自体の量が少ないから大丈夫なのだろうか?それともあの毒は消化管からは吸収されにくいとか、俺の肝臓が何とかしてくれているのかな?いずれにせよ証明したって何の得にもならない。俺にとって、少なくとも焼いた蜂の肉は無害で食える、それだけで十分だった。


 飯を食って一安心した俺は久しぶりに襲ってきた便意に苦笑し、戦慄した。

「今はポケットティッシュもあるしきれいな水もあるからいいが、紙が切れたらどうするんだ?まさかバナナの皮って訳にもいかねーよな・・・」

 この森の出口を探して探索する前に、あの大猪から逃げる途中に落とした鞄を見つけなければと、俺は思った。双六やってて十年もジャングル生活してた人のようにはなりたくない。

早間龍彦

称号

「????」「理不尽の代償」「豪胆」「怪獣大進撃」「大蜂殺し」「食わせ物」「大狼殺し」「大番狂わせ」「一撃必殺」


「大カブト殺し」:巨大なカブトムシを殺した

「九死に一生」→「生存者」:危機的な状況を2度も乗り切った


遭遇生物

「英傑の 黒甲殻の 大甲虫」


アイテム


大猪の毛皮 3枚 折れた赤龍の爪 1本 大猪の肋骨 1本 大狼の牙 数本 大蜂の甲殻 数個 大カブトの甲殻


装備品


龍鱗盾 龍鱗剣 龍爪ナイフ 猪牙槍

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