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迷宮の歩き方  作者: Dombom
天人すら久遠を生きず
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迷宮生活11日目その四

なんだ・・・何故だ。


俺はただ、ただ生き延びて日本に帰りたいだけなのに・・・


「なんで・・・なんでこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。」


ぽたっぽたっ・・・と砂が落ちた水滴の形に固まる。


「戻れ・・・もどれよ・・・」


いったい俺はどうなってしまったんだ?何故俺の腕が崩れる?


「あっああっ!!」


白い砂になってしまった右腕を集める俺の左腕にも、硬化した白い傷跡がある。


「うあ・・・あああああ!!」


そうだ、俺の全身のあちこちに白く硬化した傷跡が無数に刻まれている。


「俺は・・・俺は、俺もいずれこうなるのか?」


さらさらと左手から零れ落ちる白い砂は、まるで砂時計の様に俺の残りの命を示しているようだった。




「なあ!あんたなら何か知ってるんだろ?」


ぎゅっと握りしめた砂が鳴る。俺はすがるように銀の髪の彼女を見上げた。彼女はゆっくりと首を縦に振る。


「知って・・・るんだな?!そうなんだな?!」


俺は深い憐れみを浮かべる彼女に飛び掛からんばかりの勢いで立ち上がり、砂まみれの手で彼女の細い右腕を掴み、縋り付いた。


「なあ!なんとかなるんだろ?!そうだよな!」


物乞いが慈悲を求めるように、俺は彼女に詰め寄った。知らぬ間に死が背後に忍び寄っていた恐怖に、俺は我を忘れていた。だが、彼女はあくまでも冷静に、首を横に振り、否定の意思を伝えるだけだ。


「そんな・・・」


何だ・・・そもそも俺の身には一体何が起こっているんだ?まるで俺の体が俺のものじゃないみたいだ、何故俺の体は傷を負った端から白く硬化する?なぜ硬化が進むと崩れていくんだ?


何もかもが分からない。そして何より、怖い。


俺が必死になって縋り付く。しかし、彼女はただ諦めろとばかりに首を振る。こいつは、俺にこのまま死ねと言っているのか?


「なぜ・・・俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。俺がこんな怖い思いをしているのに、なぜ何も教えてくれない?!俺が何かしたのか?!何故一言も答えないんだ!!」


拭いきれない恐怖が、ふつふつと行き場のない怒りを生む。俺はその怒りを何処へ向けていいのか分からない。ただ、俺のこの姿、この有様を見ても何も言わず、何も教えてはくれない彼女が、ただただ殺したいほどに憎かった。




「うああ゛あぁあああああああ!!!!」


俺は彼女の胸ぐらをつかみ、そのまま壁際まで突進した。


「・・・っ!」


俺は力任せに壁際のクローゼットに彼女を叩き付けた。ドン!と、ぶつかった衝撃でクローゼットの扉が開く。俺が胸ぐらをつかみ、持ち上げている目の前の女は、衝撃に顔をしかめた。


衝撃で開いたクローゼットから俺が着ていたズボンとベルトが落ちてくる。だが、その二つが床に触れることは無かった。ズボンもベルトも劣化したプラスティックがぼろぼろと崩れるように、ザアッ!と空中で白い砂へと変わっていった。


砕けてゆく破片が俺の目に映る。その光景は、まるで悪夢だ。悪夢が現実になったかのようだ。俺が初めに持っていたものは全て、カバンも、上着も、時計も、ズボンも、すべてが白い砂になってしまった。そして今は俺の右腕が、白い板のようになって砕け、砂になった。


「うおおオおぉオお゛おォおぉお゛おお!!!」


俺は彼女の胸ぐらを掴んでいた左手を放し、怒りと恐怖に任せて全力で殴り掛かった。恐怖に歪んだ彼女の瞳には、ひどく怯え、苦しみもがく醜い鬼の姿が映っていた。


「っくああぁああ゛あぁああアアぁァああ゛あ!!!」


だが、振り抜けない。振り抜けるはずがない。死の恐怖に屈した俺が、誰かを殴ることへの恐怖に打ち勝てるわけもない。


「ふーっ!フーッ!俺は・・・俺はどうしたらいいんだ・・・」


俺の拳は彼女の目の前で止まっていた。突き出した拳は、俺が怒りを向けるべきなのは彼女ではない。彼女は俺の恩人であり、それ以上でも、それ以下でもない。冷静に考えればそうだ。だが、冷静になった所で何になる?


挫けたくはない。だが、だからといって必死に足掻いた結果、待っていたものは何だ?俺はこの徐々に体が石化の様な硬化を経て、砕けてゆく恐怖から逃れることは出来ない。恐怖と向き合い、挑み続ける限り、恐怖は俺の前に立ちはだかり続ける。そんなことはもう、耐えられない。


もう、何も分からない。何も、考えたくはない。




俺は彼女から離れた。


「悪かった。大丈夫か?」


愚かな俺を前に、彼女は全て察しているとばかりに首を縦に振る。俺は土下座した。


「・・・数々のご無礼、大変申し訳ございませんでした!こんなことをしておいて厚かましいとは思います。ですが、どうぞ、どうぞしばらくの間でもいいので、俺をここへ置いてはいただけないでしょうか?」


さっき見た彼女の目に映る俺は、この上なく醜かった。しかも助けた相手にいきなり暴力を振るわれたのだ。彼女は俺を追い出す権利がある。俺も、訳も分からずにただ怒りを彼女にぶつけた自分が、許せなかった。俺は追い出されるのも覚悟の上で、ひたすらに土下座した。


だが、俺ももうあの樹海や洞窟には戻りたくはない。彼女にすがるより他、何もできないのだ。


俺はもう、傷付きたくはなかった。


彼女が土下座する俺を起こしにかかった。顔を上げる俺の前に、彼女は手を胸に当て、俺に深々とお辞儀をした。そして手を向け、俺にテーブルの横の椅子に座るように促した。


「許して、くれるのか?」


彼女は静かに頷いた。俺はもう一度床に頭が付かんばかりに頭を下げた。


「ありがとう。恩に着ます。ここに居させてもらう間、俺に出来ることは何でもさせて下さい。」




コトッ。と、木の器がテーブルの横に座る俺の前に差し出された。


「あ、ありがとう。」


俺は木製の椅子に座り、窓から遥かな地平に沈む本物の夕陽を見ている。夕日か・・・夕日がこんなにも温かいものだったとは知らなかった。


「久しぶりだな。」


気が付くと俺の頬には涙が一筋の線を引いていた。


「生きている。俺は生きているんだ。」


生きていればそれでいいじゃないか。俺は両目の内、残った左目で肘から先を失った右腕を見た。そしてその視線の先に、あの女性がいる。その手には俺の右腕だったモノを詰めた革袋が握られていた。彼女は壁に作り付けのクローゼットにそれを丁寧にしまった。そのクローゼットの中には、俺がここに辿り着くまでに着用していた品々も仕舞われている。


俺の腕だった砂の入った袋は、俺のズボンとベルトだった白い欠片の入った袋の隣に置かれた。




俺は彼女が置いた木の深皿を見る。湯気を立てるそれは、麦で作った乳粥のようだった。


「これで十分だ。生きていれば、それでいいじゃないか。」


ペトリャスカやあの地下で息絶えた皆には悪いが、命あっての物種だ。あの洞窟にも人が来たんだ。ここだっていずれ誰かが来るだろう。俺はその誰かに、俺が持ってきた遺留品を託せばいい。


テーブルの向かいに、名も知らぬ美しい彼女が座る。彼女は俺と同じ器に注がれた乳粥に祈りを捧げていた。


「頂きます。」


久々の人の手になる食事は、染み入るほどに暖かだった。

早間龍彦


称号

「????」「怪獣大進撃」「泣きっ面に蜂」「露出狂」「削られる命」


 「脱落者」:目標を失い、ただ生きていることに満足してしまった


遭遇生物

「清廉の 真龍崇める 古真人アークエルフの巫女」


アイテム

 海淵の指輪 意思読みの首飾り 返話の指輪


装備品

麻の衣服 真新しい包帯

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