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迷宮の歩き方  作者: Dombom
光の射す方へ
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迷宮生活11日目その二

俺の前にあの鎧竜が立っている。その体は黒光りする鎧に覆われ、俺が会った時のような石灰は一片たりとも付いていない。


鎧竜の腕が俺に振り下ろされる。俺はそれを軽く差し出した白く華奢な腕で受け止めた。それどころか、俺は徐々に力を込め、鎧竜を押し返してゆく。


驚愕に染まる鎧竜の目には、耳の尖った美女が映っていた。姿かたちは洞窟で見た夢の中に出てきたあの女性とうり二つだが、その表情には計り知れない傲慢さが滲み出ている。何故だか知らないが、俺には竜の目に映る女性が以前に夢で見た彼女とは全くの別人のように思えた。


誰だよこいつ・・・?




「うっ!ごほっ!ごほっ!」


目覚めた俺は反射的に口に入れられていた麦わらを引き抜いた。気管の方に刺してあったらしい。


夢か・・・変な夢だ。あんな夢を見る俺は一体どんな感性をしているんだ?


「ここは?」


俺は石製のベッドのようなものの上に寝かされていた。辺りは薄暗く、幾本かの蝋燭の炎が僅かな照明となっている。ぬっと俺の左側から龍が首を突き出していた。


ヤバい!食われる!俺は咄嗟に顔を庇った。


「うわ・・・あ?!」


龍は今にも口を開けて襲ってきそうだ。しかし、いつまでたっても喰われない。よく見ると、どうやらこの龍の頭は非常によくできた彫刻らしい。俺は竜の頭の彫刻の前に置かれた、祭壇のような場所に寝かされていた。


「生贄かよ・・・」




起き上がった俺の喉元から、パラリと布の湿布が落ちた。ミントというか、シトラスというか、そういうスッとする系のものに様々な薬草を混ぜたような匂いがする。湿布の御陰か、息苦しさは嘘のように消えていた。俺は引き抜いた麦わらを見る。この麦わらも、もしかしたら気道確保のためか?


左手からふと視線を移せば、俺の体が目に入ってきた。治り切らなかった擦り傷やムカデの噛み傷はやはり硬質化しているようだが、それは大したことじゃない。


それよりも問題なのは、今俺が裸一貫のすっぽんぽんだということだ。しかも、あの白く硬質化した部分には、真新しい綿の包帯が丁寧に巻かれてさえいる。


何より全身が汗と涙と鼻水と、血と泥でべたついていたはずなのに、今や汗の臭いすらぜずにさらっさらだ。前に川に入って体を洗ったのは何時だったか分からないが、今の俺はまるで風呂にでも入れられたように身ぎれいになっている。


「・・・」


いままで散々な目に会っていたのに、急にこう優しくされると何だか怖い。


俺はちらりと龍の首の像を見る。その顔はあの地下の原生林で見た、山のようにデカい大赤龍に似ている気がした。本格的に生贄にされてしまうのかもしれない。




「ん?」


右側は見えないので首を振ると、俺は右側の蝋燭で照らされた薄暗がりの中に人影を見つけた。


祭壇から続く階段の下、そこには腕を組み、何かに祈りを捧げている女性がいた。その白銀の髪は、蝋燭の光に照らされ、金色に輝いている。革の衣服を纏った女性は右脇にあのカウベルのような大きな四角い鈴を付けた杖を置き、片膝を付いて祭壇に祈りを捧げていた。


すらりと伸びた銀の髪は、跪いているせいもあって床まで届いている。そして彼女の耳はその長い髪を裂いて生えていた。


「・・・」


これは・・・俺はどうしたらいいんだろう?


恐らく、アナフィラキシーを起こして窒息死し掛かっていた俺を助けてくれたのも、あの大蛇に締め上げられていた俺を助けてくれたのも、俺の体を隅々まで・・・隅々まで清めて下さったのも彼女か、その仲間だろう。


いや、仲間いるよね?意識が飛んでる俺の体を、絵画的美女の彼女が隅々まで清めたのだとしたら、俺はあまりの恥かしさに憤死してしまいそうだ。それなんて羞恥プレイ・・・


いや、きっと彼女の仲間がやってくれたのだろう大丈夫だ。大丈夫だと信じたい。それよりも、過ぎてしまったことは仕方がないとして、俺はどうすべきなんだ?




状況的に生贄扱いなんだと思う。生贄に死なれては困るから治療するし、最後の後生だから身を清めてもくれる。本当に生贄ならば、彼女が俺が目覚めたのに気付かない内に、俺は速やかに狸寝入りに移るべきだ。


だが、だがもし万が一、彼女が俺の回復をこの龍の像に祈っているという場合だったら、俺はさっさと立ち上がって「元気百倍!」って叫ぶべきだろう。彼女の不安を除くためにも。




そんなことを思っていた時、ふと俺は自分が素っ裸に包帯という高度な姿をしていることを思い出した。こんな格好で道を歩いていたら5分と持たずに留置所行きだろうが、問題はそこじゃない。


彼女と、その仲間がいるならば、彼ら(仮)は俺の醜い姿を目の当たりにしているはずだ。初めは蛇に捕まってなんだか苦しんでいるかわいそうな人だな。ということで助けられたとしても、いざ治療の段階になって俺のこの姿を見てしまうと、大体の人は身がすくんで治療どころではなくなってしまうはずだ。


それでも尚、放り出されずに俺は治療を受けた。となれば、俺が死んだら困るのか、彼女かその仲間が、グロい見た目の俺でも手厚く看病できるほどに肝が据わっているかのどちらかだろう。


とりあえずの狸寝入りをしている俺は、ぎりぎりまで顔を傾け、左目でチラリと真珠のような白い肌の彼女を見る。ああ、右目もあったら彼女の美しい肢体をちゃんと立体視できるのに!ってそうじゃない。




「・・・」


どう考えてもそこまで図太いようには見えないよな。いや、もしかしたら案外芯が強いのかもしれないが。彼女はどちらかというと薄幸そうな美人というよりは、どこか気高い感じがする。多少の事にも動じないのかもしれない。


だけどなー。


物には限度ってもんがある。俺の右腕から顔の右半分まで、焼け爛れた肉に白い硬質の物質が所狭しと埋め込まれている。さらには俺の右目は溶け落ち、落ち窪んだ眼窩に虹彩や血管の残骸がへばりついているのだ。お化け屋敷に呼ばれても、怖すぎるからって首にされてしまいそうなぐらいだ。


どう考えても許容範囲を軽くオーバーしている。




ならばやはり、生贄の線が固そうだ。


「はぁ・・・」


と、俺は祈りを捧げる彼女に聞こえないような小さな声でため息をついた。俺は引き続き左目でがんばって彼女を見る。


ふと彼女が祈りを止め、俺の方を向いた。俺は完全に不意を突かれ、彼女と目が合ってしまった。じっと見られているせいか、目が離せない。あー何だか気まずいぞ!


どうしたものかと不安になって来た時、彼女は優しい表情でにこりと笑った。その笑みに俺は言い知れぬ安心感を覚えた。知らず知らずのうちに張りつめていた緊張の糸がほくれるのが分かる。とりあえず怒られてはいないようだ。起きていてもいいらしい。




俺は狸寝入りを止めて恐る恐る身を起こす。祭壇から降りてもいいのかと俺が床を指さすと、彼女はこくりと頷いた。階段を上がり、祭壇に上がった彼女は俺にでかい麻布のマントを着せてくれた。


ありがたい。俺のあれは二段階解放時にはなかなかの威容を誇るが、常時開放型でない分普段は貧相なのだ。いきなり今まで肉眼で観測したことのないような美女に近寄られて、緊張のあまり余計に委縮しているしな。




所謂エルフ耳の美人さんは手で階段の方を指す。言葉は・・・多分通じないよな?


「・・・すんません。首飾りはどこです?」


何にせよ言葉が通じるのと通じないのとではえらい違いだ。せっかくの人類?だし、いろいろこの世界について聞きたいこともある。


俺は首を指でなぞって、何とかボディーランゲージで首飾りが欲しいと伝えようとした。


彼女は依然階下を示したまま軽く頷いた。どうやら、とりあえず黙って階段を降りろと言うことらしい。




俺は恐る恐る階段に足を踏み出した。大丈夫だよな?パカッ!て穴が開いたりしないよな?


「痛っ!」


左足に体重をかけて右足を踏み出した時、足首に激痛が走った。そうだった!アキレス腱半分切れてた・・・


ぐらりと倒れる俺の体。手を付こうと咄嗟に右腕を出そうとするが、腕が硬化しているせいでうまく動かせない。このまま階段を転がり落ちて石の床に叩き付けられるのか?


ヒヤリと背筋が寒くなった。だが、俺の体がガクンと引き留められた。俺の傷だらけの左腕を、エルフさん(仮)のその白い腕がしっかりと掴んでいた。


「あ、すいません。ありがとうございます。」


情けなくも引き戻された俺はエルフさん(仮)に礼を言った。華奢な体つきなのに、俺を引き上げた時にも全く軸がぶれなかった。この人パッと見じゃわからないけど、かなり強いんじゃないだろうか?




エルフさん(仮)は俺を引き上げると、さっと俺の腕から手を放した。正直なんか傷付く。まあ、仕方ないよね。俺のこの見た目じゃ隣にいるのも汚らわしいだろうし、どうせ俺は生贄だもの。


俺は気付かない内に凝視していたエルフさん(仮)の胸元から、出来る限り自然に視線を逸らした。いや、なかなかのお胸でございます。俺は自然に前を向いたつもりだったが、傍から見ればガチガチだっただろうな・・・


ふっ・・・俺って本当に懲りないやつだな。莫迦とも言う。




俺は気を付けてゆっくりと階段を下りる。その俺の後ろを、エルフさん(仮)が付かず離れず付いて来た。


カラコロと彼女の持つ杖の鐘が鳴る。


下に着いた時、エルフさん(仮)が俺の前に進み出た。ふわりと銀の髪が流れ、俺に背を向けて彼女が立つ。彼女は何かを呟き、杖を振って鐘を鳴らすと、この祈り場に灯っていた灯がふっと消えた。


一瞬辺りが真っ暗な闇に塗りこめられる。カラコロカラコロと鳴る鐘の音だけが聞こえた。


ふと、目の前の闇に一筋の光の線が縦に引かれ、徐々に広がってゆく。どうやらここは洞窟か岩山を削った祠のようなもので、あの杖を振って何事かを唱えるとこの扉が開くらしい。


あの地下の神殿みたいだな。と、俺は思う。


この祈り場の扉は高さが2メートルほどしかなく、装飾もそれほどでもない。特別な重機が無ければ作れないようなあの神殿や樹海、洞窟の扉とは違い、どこか人の手によって作られたような感じがする。




エルフさん(仮)は先に行けとばかりに俺に道を譲って、出口に杖を傾けた。俺は彼女が一言も口をきいてくれないので不安だったが、特に抵抗する理由もないし、嫌な予感もしなかったので素直に指示に従った。


ただ、上から鉄球が降って来ないか、横から矢が飛んで来ないか、地面に落とし穴が無いかだけは注意して進んだ。やはり左足は痛むので、少しばかり引き摺ってしまうが、これは致し方ない。


俺は光の射す方へ進んだ。

早間龍彦


称号

「????」「怪獣大進撃」「大蜂・大狼・大カブト・鳳・大軍百足殺し」「悪運」「食わせ物」「大番狂わせ」「樹海の匠」「魔弓の射手」「敵の敵は味方」「心眼琉舞」「先手の極意」「鎧抜き」「初心」「受け継ぐ者」「死神」「冒険者」「壁際族」「陽炎の忍」「剣身一体」「不退転」「底抜けの阿呆」「泣きっ面に蜂」「不死身」


「露出狂」:一糸纏わぬ姿で女性の前に立った


遭遇生物

「清廉の 真龍崇める 古真人アークエルフの巫女」


アイテム


装備品

真新しい包帯

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