迷宮生活10日目その九~11日目その一
体が冷たい。
石の冷たさが体に染みてくる。
このまま全身が冷たくなって死んでしまうんだろうか?
そもそも謎液で怪我が治るなんて保証もない。俺はここで朽ちてしまうのだろうか?
「ぁ・・・」
声も出ない。
次第に体が重くなってきた。じわじわと増えてくる加重はやがて鈍い痛みに変わってゆく。全身がゆっくりと押しつぶされてゆくようだ。
何処が痛むのか分からないぼんやりとした鈍い痛みは次第に収束してゆく。重しを載せられたような痛みが次第に、針を突き刺したような鋭い痛みに変わってゆく。
「あっが!」
一本、二本と俺の体に突き刺さる痛みが加速度的に増えてゆく。ぽつぽつと降り出した雨が、一瞬で轟音を立てるどしゃ降りになるように、俺を貫く痛みは激烈になってゆく。まるで四方八方から銃弾を浴びせられているようだ。体に穴が開いてゆくようだ!
「うっぐううああ゛ぁああ゛あぁあぁあ!」
俺の体に痛みが堰を切ったように雪崩れ込んでくる。
「熱い!熱い!」
実際は身を切るような痛み、肉が磨り潰されるような痛みを感じているのに、俺の脳は反射的に俺に熱いと叫ばせる。俺の口から出てくるのはうめきとも叫びともつかぬ苦悶の音だった。
「ぐっううううぅ!」
俺の体に謎液が染みわたる。傷一つ一つに対して、まるでその傷に塩を力いっぱい刷り込まれるようだ。
「うああうううおあう」
俺は涎を垂らし、全身を駆け巡る痛みにのた打ち回る。俺の体は足先から頭の上まで、肺から肝臓から腸から、五臓六腑がずたずただ。俺が飲んだ謎液はその傷一つ一つに染みわたり、強制的に「直して」いく。
治すのではない。「直す」のだ。つまり、再生ではなく、再建だ。さながら壊れたパーツは完全に破壊して鋳潰し、新しいものに挿げ替えるように、俺の全身は謎液の無慈悲な工事に曝されていた。
「おああっつああ・・・」
ゴキン!と、外れていた右肩に腕が嵌る。
「ううごっ!ごほ!」
俺はあまりの痛みに口からだらだらと涎を吐き、目からどばどばと涙を流し、鼻からぼとぼとと鼻水を垂らした。全身に付いた切り傷、擦り傷が、それを負った時の何倍もの痛みを放っている。
白い物質で硬質化していない部分以外、痛みを発していない部分は全く無い。痛みで気がどうにかなりそうだった。嵐のように吹き荒れる痛みの中で、俺は不用意に謎液を飲んだことを後悔することさえ許されない。
「うーっふーっ!ふー・・・」
ミシミシと音を立てて、アキレス腱が半分繋がった所で、俺の体を駆け巡った痛みは不意に消え去った。
俺の躰からはほとんど傷が消えている。だが、アキレス腱の再建が半分で止まってしまったのと、幾筋か残った擦り傷から察するに、傷を直しきる前に謎液の効果が切れたと言う所か。
治り切らなかったことは惜しいとは思わない。いや、むしろ効果が切れてくれて助かった。あのまま一秒でも続いていたら、本当に発狂してしまう所だった。
「はぁーーーーっ」
疲れた。
今日は本当に疲れた。一旦三途の川の渡し船に乗った後、ほとんど対岸に着く直前まで行ってしまっていた。そのまま逝ってしまえば楽だったのだろうが、謎液を飲んだせいで、えらい目に会った。
御陰でリアルに生き返った訳だが、鬼にとげとげの金棒でホームランされて三途の川を戻ってくるのはもう、勘弁してもらいたい。
ボロボロになった体で限界を超えてまで動いた後、さらに無茶な復元を超えた俺は途方もない疲れにぐったりとしていた。謎液は身体構造の回復はしてくれても、疲れまでは取ってくれない。むしろ、疲れは激増した。こんな表現を使うなんて企業戦士には悪いが、本当に過労死してしまいそうだ。
地球が頭の上に載っているみたいだ。今までに感じたことのないほどのずっしりとした眠気が襲ってきているのに、疲れすぎて眠れない。
機能的には動けるのだろうが、疲れで動けない俺は岩壁に背をもたせ掛けたままじっとしていた。
俺はぼーっと白く硬化した傷を見る。この部分だけは謎液を飲んでも、回復どころか痛みすら全く感じることは無かった。この部分はもう、いろんな意味で失われたということなのだろうか?
「分からないことだらけだ・・・」
あの鎧竜は、何かを期待して俺を試すように戦っていた。そして王だの神だの試練だのと叫び、俺と話が全く噛み合わなかった。
ただ、あの鎧竜が俺を誰かと勘違いしているのならそれはそれで全く問題はない。俺自身、昔旅行に行った時に全く見ず知らずの人から「先程はどうもありがとうございました。」と、言われたことがある。勘違いは誰でもするのだろう。
ましてや俺は喋る竜どころか、生きている竜なんて聞いたことが無いぐらいの異邦人だ。ここは異世界か、異星か、はたまた宇宙人か未来人の悪戯なのだろう。ならば、余計に俺はあの鎧竜と関係が無いと言える。鎧竜が俺を誰かと間違っているというのは十分にあり得る。骨の被り物もしているせいで、中の人が誰か分からないだろうしな。
結局のところ、ここが何処であるにしても同じことだ。地球の常識通りの正攻法で帰ることは難しいだろう。この星に日本へ帰るための方法が存在すると祈っておこう。
ふと、俺はペトリャスカからもらった首飾りを見る。竜の声はあの時のペトリャスカや爆弾娘と愉快な一団と同じように、頭に響くように聞こえてきた。この首飾りは良く分からないが、すごい翻訳機らしい。恐らく、言葉ではなく意思とか意味とかを汲み取っているのだろう。
そうなると、もしかしたらあの樹海で俺を狙っていた化け物たちも、何かを訴えかけていたのかもしれない。まあ、今となってはもう関わり合いの無いことだ。
俺の前にプラチナブロンドの髪の、肢体はすらりと長く、ミルクを流したような衣服を纏った女性が立っている。その瞳は使命感に満ち、どこか満ち足りたような感情を映していた。
美人だ。俺にも遂に女神さまのお迎えが来てしまったか・・・
まあ、この女神さまの大き過ぎず、だが完璧な曲線を描いているあの胸に抱かれて昇天するなら本望だ。
俺が女神の顔を見つめた時、女神は微笑んだ。女神の耳は尖っていた。その時、ちくりと左腕に痛みが走った。
ハッとした俺は、まだ洞窟の壁に身を預けていた。
「・・・何考えてるんだ俺は?」
疲れのあまり、ついうとうとしてしまったらしい。いや、眠ることが出来る位に回復したのなら、それでいい。心なしか体も軽い。
「精神的に参っているのかな・・・」
全く、碌な夢を見ない。例え土下座してでも一目見たい美人がお迎えに来たとしても、俺は死にたくはない。あの夢は無しだ、無し。ノーカウント。
この世界は殺伐として潤いが無いからなー!心が疲れても仕方がないな!はっはっはー!
「って痛って!」
呑気なことを考えている内に、左腕の痛みが急激に強くなってきた。
「百足?!」
え?っと一瞬思考が停止する。俺の左腕に一匹の大ムカデが喰らい付いていた。それだけではない。
あの礼拝堂へと続く方の通路に、大移動を終えて帰ってきた大ムカデの群れが押し寄せてきていた。
「ったく!とんだお迎えだ!」
俺は腕に喰らい付いた大ムカデを引きはがし、あの一団が去って行った方向へと駆け出した。疲れているとは言え、体は動くのだ。贅沢は言っていられないし、時間もない。
飛び掛かってくるムカデの群れに対し、俺は俺の身を守るためだけに剣を振る。ムカデと言えど、俺はむやみに殺さないようになっていた。
拍子抜けとでも言おうか?
洞窟からは案外あっさり抜けることが出来た。もうほとんど出口まで来ていたらしい。一体何のために命を張ってまであの一団を逃がしたのやら。
「でも、いいか。結局は俺が望んだとおりの一番良い終わり方だ。」
距離もそれなりになくは無かったし、あの一団を襲ったムカデの量から考えれば、誰かは犠牲にしなければならなかっただろう。俺の御陰で多分全員の命が救われたはずだ。俺の命を張った甲斐はあったはずだ。
「いろいろあったな。」
俺は洞窟を振り返る。
洞窟の入り口にはやはりと言うべきか、あの巨大な装飾扉が開いていた。洞窟の出口から地上まではかなりの高低差がある。扉から地上までは45度ぐらいのかなりきつい急勾配になっていて、俺はちょうど巨大な扉と同じぐらいの高さを登ることになった。扉は半地下と言った所か?
ここの扉は開いたままずっと放置されていたのか、苔や蔦で覆われ、意識して視ないと扉だとは分からない程だ。とは言うものの、ここの装飾もやはり華美で、何を象っているのかさっぱりだった。だが、パッと見では分からないが、今まで見てきた扉とは何か違った印象を受ける。
「いや、違うか?」
おれはふと錆び、ひび割れながらも俺の命を救ってくれた剣を見る。あの竜にあれこれ言われたからかもしれない。確かに今まで見た扉の紋様はそれぞれ違ったものだったと思う。だが、俺はその差を意味の無いものとして見落としていたのだろう。
受け取り手である俺の視方が変わっただけだ。扉には尖ったでっぱりもあれば、柔らかな曲線も、電子回路のような模様も入り混じっている。はっきり言ってこの扉の紋様はカオスとしか言いようがない。
だが、何か意味があると思えば、そういう気がしてくる。
「不思議だなー。」
俺はこの模様全体の意味は分からない。だが、その一見ランダムに見える全体の、ほんの一部だけは意味があるように思えた。
「それが何だって言われれば何とも言えないんっだ・・・が」
俺は扉から目を離し、先を見る。そう離れていないところにあの壁があった。天井は遥か高くにあり、いつも通りだ。俺の予想では天井は夕暮れの赤い光を放っているはずだったのだが、天井は予想に反して白い光を放っていた。地下に居る間に時間感覚が無くなっていたが、どうやら今は朝らしい。
「ここも・・・ヒュー・・・箱庭か、ごほっ!ごほっ!」
はーっ。何だか息苦しい。
俺は壁とは反対側、つまり、いましがた出てきた扉側を振り返った。やはり、あの洞窟の天井部分がこの場所の地上部分を作っているらしい。地上部分は地下の原生林ほどではないが、木々が林立し、丈の高い草が鬱蒼と茂っていた。見るからに何か嫌な生き物が潜んでいそうだ。
しかも、洞窟では天井、ここでは地面を支えている岩盤は、そう厚いものではない。あの林に入ろうと思えば、常に崩落を覚悟しておかなければならない。さらに悪いことに、所々地面に穴が開いているのは地下から確認済みだ。生い茂る草に隠れた穴に、うっかり足を滑らせれば命は無い。
全く質の悪い。ただでさえ見通しが悪いあの林には、十メートル先も見えないような霧がかかっている。下草も相まって、これでは目隠しをしているのとさほど変わらない。匍匐前進でもしている方がずっとましだ。
「ひゅー!ひゅー!」
なんだ?
やけに息苦しいぞ?
「全く勘弁してくれ」と、言おうとした俺の口から出たのは、まるで笛が鳴るような妙な音だった。ふとみると、全身に蕁麻疹のようなものが出ている。何だか気分が悪い。息が苦しい。
「なん?・・・だ?」
ごほっ!ごほっ!と咳をするが、一向に良くならない。喉を抑えようとかざした左手はパンパンに腫れていた。
ムカデの毒?
いや、あの鎧竜に焼を入れられるまでに、俺は何度か大ムカデに刺されたはずだ。刺されたはずだが、こんなことにはならなかった。しかし、そうは言うものの原因はムカデ毒としか考えられない。これはもしかして、蜂とか海月とか毒虫に何度も刺された人がなるっていうあれだろうか?あれは免疫が過剰に働くんだったっけ?謎液のせいでムカデ毒に変な免疫が付いてしまったのだろうか?
息苦しさで意識が朦朧としてきた。まるで丘に居るのに水に溺れているような感覚だ。息をしているのに、肺が水浸しになっているせいで息が出来ないようだ。
「くふー、ぐふー!」
何とか力を込めて息を吸う。119番をってここにはないよな!ああっ!日本に帰りてええええ!!
ふと、がさりと茂みが揺れた。
「た、助けか?」
俺は、さっとその音がした方を振り向いた。そこにはあの洞窟に居た時、天井から降って来たあの大蛇が居た。
「最悪・・・」
チロチロと舌を震わせ、大蛇が俺の方へ滑るように近づいてくる。這いつくばっていることしかできない俺は、何とか剣を振い、ナイフを突くが、大蛇には当たらず、空しく空を切るだけだ。そうこうしている内に、俺はあっという間に大蛇にぐるぐる巻きにされた。
最悪だ。これならあの美人さんに抱かれて昇天しておけばよかった。
俺の体がギリギリと締め付けられてゆく。そもそも息が出来ない俺は、うめき声も上げることが出来ない。せっかく生き返ったと思ったのに、油断していた。まさかムカデ毒でこんなことになるなんて・・・
もう本当に意識が途切れそうだ。絶対的に酸素が足りていない。大蛇の鱗がシュルシュルと滑り、俺を万力の様にゆっくりと、だが確実に締め上げてゆく。
カラコロと音がする。霞んできた視界に、霧の向こうから何かが歩いてきた。
カウベルのような鳴子を先に付けた杖を掲げたその人影は、霧と同じ色の髪をしていた。霧の中から出てきたのは、羊飼いのような革製の衣服を着た途方もない美人だった。
俺の夢から出てきたようなその女性の耳は、やはりと言うか尖っていた。
「まだ、お迎えだけは・・・ごほっ!ごほっ!ヒュー・・・勘弁してください。」
遺言としては酷く間抜けだが、これが大蛇に簀巻きにされた俺の精いっぱいの祈りだった。
早間龍彦
称号
「????」「怪獣大進撃」「大蜂・大狼・大カブト・鳳・大軍百足殺し」「悪運」「食わせ物」「大番狂わせ」「樹海の匠」「魔弓の射手」「敵の敵は味方」「心眼琉舞」「先手の極意」「鎧抜き」「初心」「受け継ぐ者」「死神」「冒険者」「壁際族」「陽炎の忍」「剣身一体」「不退転」
「惻隠の情」+「お人よし」+「宋襄の仁」+「身の程知らず」+「厚顔無恥」→「底抜けの阿呆」
「一難去って」→「泣きっ面に蜂」:弱ったところを襲われた
「不撓不屈」+「死神の忌避」+「蜘蛛の糸」+「ぼろ雑巾」→「不死身」
遭遇生物
「油断できぬ 絞め殺す 藪主毒蛇」
「洗礼の 大挙する 大毒ムカデ」
「清廉の 真龍崇める 古真人の巫女」
アイテム
大猪の牙 火起こし機 水筒 海淵の指輪 意思読みの首飾り 返話の指輪 万能ポシェット(謎の試験管 識別票 その他不明) ねたつく古びたポシェット(識別票x8 託宣紙x9)
装備品
錆びひびわれた装飾剣 龍爪ナイフ みすぼらしいマント 革の小手 猪肋弓 魔の矢(狼牙+虹の羽)x2 ひび割れた羊の兜 ぼろの足袋




