表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮の歩き方  作者: Dombom
光の射す方へ
31/70

迷宮生活10日目その六

尻尾の叩き付けはともかく、薙ぎ払い攻撃は速すぎる上に範囲が広すぎて防ぎきれない。というより、あんな鉄の塊みたいなものが高速で向かって来るのだ。防いだだけで体が粉々になりそうだ。そもそもあの速さは躱すとか防ぐとかいう次元じゃない。


とにかくあの尻尾が届く範囲に居てはいけない。俺は仕方なしに巨大な鎧竜と正面切って相対することになった。いや、そう仕向けられたと言う所だろうか?


鎧竜の鎧は鎧竜自体の歴史を物語るように、厚い石灰に覆われている。元の鎧は漆黒のようだが、その積年の石灰質のせいで異様な重厚感を放っている。鎧の隙から覗くその眼は鋭い。幾星霜もの年月をその瞳に刻み、数多くの挑戦者を屠ってきたその誇りが、薄っぺらな俺を見透かしているようだった。


「・・・」


俺は内心冷や汗だらだらだ。そもそも俺は挑戦者ではないし、右手どころか左足までまともに動かないこの状況でどうしろと?俺はとりあえず剣を構えてはいるが、正直出来ることなら走って逃げだしたいくらいだ。だが、悲しいかなこの腫れた左足では走れない。




―来ないなら行くぞ―

「!?」


ぶん!と鎧竜の鉄柱のような左腕が、俺に向かって突き出された。俺は何とか体を捩って躱そうとするが、まだ足りない。何とか少しでも逸らせればと俺は剣に全身を預け、鎧竜の腕に沿えて踏ん張った。ギャリギャリと鎧竜の腕と俺が全霊をかけて当てた剣の横っ腹が火花を散らす。


逸らすなんてレベルじゃない。俺は剣が押し切られないようにするのが精いっぱいだった。


「ごっは!」


俺の体が勢いに負け、弾き飛ばされた。俺の体はまるでゴム毬のように、固い岩の上を何度も何度もバウンドしてやっと止まった。意地でも剣を引くまいと気合を込め続けたおかげか、鎧竜の腕に叩き潰されるのだけは防げた。


さし出した剣が押し負けたせいで、自分の剣で自分を切るなんて無様な真似は防げた。諸刃の剣の餌食になることは無かったが、全身全霊を込めても尚、軽々と飛ばされるとは・・・




鎧竜の突き出した左腕は俺の必死の行動にも関わらず、全く逸れていない。鎧竜はさっきまで俺がいた場所を正確無比に叩き潰していた。


「これは本格的にやべぇかも・・・」


誰だよ?少しの力でも正確に突けば、巨大な力をも逸らすことが出来る。なんてのたまわった奴は?!


「無理だ・・・逃げよう。」


さっきの俺の防御は、自分でもびっくりするぐらい完璧だった。だが、あの竜の攻撃はそんな俺の技術なんて笑い飛ばすほどの威力を持っていた。漫画の読みすぎだ。積荷満載のダンプカーを剣一本で少しでも逸らすなんて、物理的に無理なのは明白じゃないか・・・


それに・・・俺は何とか体を起こす。剣を合わせたから分かる。あの竜はパワーだけじゃない。その頼りの技量さえも俺をはるかに上回っている。




「っ痛!」


左手で体を支えた時、左胸に幾筋かしみるような痛みが走った。あばらが何本かやられてしまったかもしれない。せっかくここまで吹っ飛ばされたんだ。さっさと逃げよう。


そう思った俺は顔を上げる。鎧竜はさっきの場所に居ない。俺の背筋が寒くなる。ハッと気付いた時には、俺の左側から鎧竜がその右腕を薙ぎ払うように振り抜いていた。


「うっそだろ!!」


鎧竜はその巨体からは想像もつかないほどの俊敏さで、吹っ飛ばされた俺に追いつき次の一撃を繰り出していた。


「くっ!」


躱せない。受けざるを得ない。俺の脳裏に俺の体が粉々になるビジョンが浮かぶ。だが俺は生きたい。信じろ!俺はこれまでなんだかんだ言って上手くやって来たじゃないか!


恐怖を押し殺した俺は再び全身からありったけの力を集め、向かってくる鎧竜の腕に剣を叩き付けた。瞬間俺の全身がこれ即ち剣と化す。だが、いくら全身の力を集めた所で、片手の、それも非力な俺が鎧竜の頑強な殻を貫けるはずがない。


しかし、それでいい。いや、それがいいのだ。


俺は全体重を剣に載せている。しかし剣では鎧竜の腕は切れず、上滑りする。俺の体は反動で上へと跳ね飛ばされ、振り抜かれた鎧竜の右腕の上をまるで独楽のように回った。異様な回転数を持った空中前転で、俺は鎧竜の腕を飛び越した。




「あぱう!」


落下と回転の衝撃がぐらぐらと全身に駆け巡る。うぇ・・・気持ち悪い。一体今のは何回転だ?俺は受け身も取れず顔から地面に激突した。兜が無ければ即死だった。


回転力の余波で、地面にうつぶせに落ちた俺は弾かれたおもちゃのように立ち上がった。何はともあれ、一撃は避け・・・




俺は縦回転で一撃を躱した。だが、巨大な鎧竜は右腕を振り抜いた勢いを利用して軸足を組み換え、更に回転した。鎧竜は連続した横回転で次の一撃を放ってきていた。巨大な鎧竜から生み出される膨大な回転力を得た尻尾が、恐ろしい風切り音を立てて俺に一直線に向かって来る。最初の一撃とは比べ物にならない程の、恐ろしい威力を秘めた攻撃が俺に向かってくる。


「っくおおおおお!もういっちょおおおおおおおお!!」


俺はもう一度あの奇跡の回避を起こそうと、竜のしっぽがぶつかる直前のギリギリの刹那に剣を振り抜いた。


フィーン!!と剣が当たったとは思えないような甲高い音が反響する。俺の体重を乗せた剣にピシリと皹が入った。俺は目を閉じず、ただ一心に剣を見つめる。


「頼む!」


尻尾が俺にぶつかる寸前、俺の体が浮いた。十分の一秒にも満たない時間で俺は助かったと確信した。


だが、俺の体は一向に回らない。尻尾の上を取ったはずなのに、俺は尻尾を飛び越せなかった。鎧竜は俺が落ちず、なおかつ飛び越さない絶妙の上向きの軌道を加えていた。俺は鎧竜が振り抜いた尾に載せられ、空中を運ばれていた。




俺は鎧竜の動きを見切り、合わせることで回避した。しかし、合わせるという行為は非常に危険なことだ。自分と相手が合っているということは、つまり両者が全力で剣をぶつけ合い、ギリギリのところで鍔迫り合いをしているに等しい。その鍔迫り合いの中でどちらが主導権を握るか。それが最大にして唯一の問題だ。


全く同じ技量の達人同士の争いならば、その成否は誰にも分からないだろう。だが、俺の技量で鎧竜と拮抗するなど、莫迦も休み休み言えと一笑に付されるレベルだった。


今や俺は完全に鎧竜に主導権を奪われていた。俺の体はまるで磁石で吸いつけられたように鎧竜の尾に張り付いたまま、鎧竜の回転に載せられて地下の礼拝堂を180度回る。


まるで地獄へ一直線へと続くジェットコースターに乗っているようだ。鎧竜が尾を振り抜いた時、俺の体は今まで尾に張り付いていたのが嘘のように、まるで砲弾投げの玉のように「発射」された。




冗談みたいだ。俺・・・飛んじゃってるよ。


風景と言うほどのものでもないが、空中に投げ出され、ゆるゆるとした低速で回る俺の目には、天井にぽっかりと空いた穴や氷柱のような鍾乳石も、壁面の房のようになった石灰も、床からそびえる石筍も、笑っちゃうぐらいの速さで後ろへ流れてゆく。


その速さとは裏腹に、俺の頭は全くと言っていいほど回らない。


俺は俺の生きたいという執念に頼って立ち上がってきた。だが、今、そんな意思はあの歴戦の鎧竜の「洗練された暴力」によって軽く叩き潰されてしまった。いくら願おうとも、願いなど自然の摂理、世界の真理からすれば、無駄なあがきにしかならない。




バキン!と鈍い音とともに、俺の背が地面から生えた一際高い石筍にぶつかる。俺の背にしていたあの剣の鞘が石筍とぶつかり、両者が粉々になる。だが、俺の速度は全く収まらない。


果たしてそうだろうか?と、俺は思う。砕けた鞘の破片が折れた石筍の先とともにガラガラとゆっくりと地面に落ちてゆく。


本当に俺の願い、俺の命は無駄なあがきにしかならないのだろうか?


一瞬遅れてぶつかった時の衝撃が俺の全身の骨を揺らし、血液を震わせ、神経に悲鳴を上げさせる。


・・・そうだ。今の俺は絶望的な状況に居るとは言え、まだ確かに生きているじゃないか。例え、無駄なあがきだったとしても、足掻くこと自体には確かに意味があると思わないか?それこそが生きているということじゃないのか?


無理だとしても、真理に挑戦する。それが生命ってもんじゃねえのか?




ハッ!とした俺の前に、それこそ触れられるほど近くに、洞窟の壁が迫っていた。


「いっくぜえええええええええええええええ!」


俺は空中で身を捩り、両手両足を突き出した四足獣となって洞窟の壁面に「落下」した。


両腕の筋肉が、両足の骨が、今まで遭遇したことのない圧力に悲鳴を上げる。硬質化していたせいでうまく衝撃を吸収しきれなかった右腕がゴキン!と肩から外れた。ボキッ!と骨が折れるような音を立てて、左足のアキレス腱が切れた。4つの足を腕立ての様に使い、衝撃を殺しにかかる。四肢の筋肉はパンパンに腫れあがり、今にも千切れ飛びそうだ。


ビタン!と俺の薄い胸板が、しょぼい腹筋の透けた腹が、壁面に叩き付けられる。4つの足で殺しきれなかった衝撃が体の前面から全身に伝わる。兜の骨が壁面に叩き付けられた。バキン!ビシビシと皹が広がり、被っていた羊の骨の顎が砕け散る。


俺は投げられた速度を殺すために、全身の使えるものを全て使って耐えた。一体時速何キロで投げられたのかは知らないが、全身でブレーキをかける俺に今掛かっている加速度は10Gじゃ効かないんじゃないだろうか?


俺の血液が体の前面に集まり、背中がひどく寒い。それだけじゃない。脳から強制的に血液が奪われたせいで、視界がブラックアウトした。今意識があるのが不思議なくらいだ。いや、意識はあるのか?




ズン!と、全身に鈍い痛みが走った。


「うお!?お?」


気が付くと俺は天井を見上げていた。皹が入ってしまった剣はまだ左腕に収まっている。我ながら立派なもんだ。


どうやら数秒間、俺の意識は三途の川の向こう側へと行っていたらしい。落下の衝撃で現世へと呼び戻されたと。


「あー~~~~・・・」


もう、痛いとかそういうレベルじゃない。もう、あっさり諦めておけばよかったと後悔するほどの、何とも言えない感覚が全身を満たす。




右腕は俺の背中側に向けて全力で前に倣えしているし、あのパンパンに腫れていた左足はアキレス腱がプッツンしてしまったせいか、棒のようにピクリとも動かない。全部の肋骨から警報がひっきりなしに送られ、お腹全体がじんわりと痛い。


俺は壁に身を預け、震える四肢で何とか立ち上がる。大羊の兜の顎骨が、ポロリと落ちた。


最初は立派な角を生やした雄々しい姿だったこの骨の兜も、今やその二本の角を失い、左の目には大きな爪痕が走っている。俺があちこちぶつけまくったせいで、何故形を保っていられるのか分からない程の皹が走り、遂には顎骨まで欠けてしまった。その分俺の命が救われているのだと思えば有難いことこの上ないのだが、損傷が激しすぎて最早もともと何の骨だったのか分からない程だ。


ゆらりと俺は立ち上がる。あの鎧竜は俺を投げ飛ばした所からは動いていないが、その気になればすぐに来られるだろう。今や脱出にこだわる気もないが、洞窟の出口は奴の向こう側だ。




「ふん!」


と、俺はあり得ない方向を向いている右腕を、何とか動く左腕で掴んでとりあえず前に引っ張り出した。瞬間、スタンガンでも当てられたかと思う激痛が走る。


「あっ・・・あばばば・・・」


もうね。駄目。冗談抜きで死んでしまう。一歩も歩けん。


―しぶとい奴め―


頭がパーになってしまったのか、元々そうだった上に今回ので限界突破してしまったのかは知らないが、鎧竜の声が聞こえた。


鎧竜だからドコドコ歩くのかと思えば、全長15メートルの巨大な竜はその巨体に似合わず、まるであの大狼のような俊敏な動きで俺に迫る。


鎧竜は俺まで後3,40メートルと言う所で飛び上がり、体を丸めて俺に突進してきた。巨大な鎧竜は石灰の棘まみれの岩の塊となって俺に突っ込んできていた。




「メテオかよ・・・」


巨大な岩の塊となって降って来る鎧竜は、さながら天より振り下ろされる神の鉄槌ってところだろうか?俺はもう歩けねぇってのに・・・オーバーキルもいい所だ。


だが、俺は足掻く。


「歩けないなら、転がればいいんだよ。」


俺はさっきからさんざんやった重心移動で、剣を持ったままくるくると回る。くるくるごろりと床面を転がる俺の間抜けっぷりは酷い。だが、俺の決死の足掻きはいくら美化しようともこんなもんだ。


ズシン!ビリビリ・・・


と、俺の居た所の周囲が抉られる。どえらい振動だ。地面を転がっていた俺の体が浮き上がるほどだ。


「よっと!」


俺は振動を利用して立ち上がり、地面から生えた石筍を掴んで体を支えた。俺はもうボロボロだ。いや、というよりボロボロと言える状況の方がずいぶんマシな位だ。だが、立っていなければならない。俺は鎧竜の動向を見ていなければならない。


パラパラと鎧竜の体に付いた石灰が砕け、積もった石灰に皹が走った。丸まった鎧竜の体からガラリガラリと表面の白い石灰が剥がれ、ほんの一部だが、黒光りする鎧が露わになった。




ポロポロと岩の欠片を振り落しながらあの鎧竜が体勢を立て直し、俺の方を向いた。


右腕、左足はもう無理だ。アバラがボキボキなせいで体を捩るのももうきつい。剣を手にした左腕と右足は動かす度に激痛が走るが、まあなんとか動く。羊頭の奥に開く俺の左目が鎧竜を見据える。そういえば、右目もやられていたんだったな。


俺は錆付き、皹の入った剣を構え、痛みに軋んだ胸いっぱいに空気を吸った。


俺は鎧竜を見つめ返した。


「来い!」


ああ・・・言っちまった。鎧竜が再び俺に飛び掛かって来た。

早間龍彦


称号

「????」「怪獣大進撃」「大蜂・大狼・大カブト・鳳・大軍百足殺し」「食わせ物」「大番狂わせ」「樹海の匠」「魔弓の射手」「悪運」「敵の敵は味方」「心眼琉舞」「一難去って」「先手の極意」「不撓不屈」「死神の忌避」「蜘蛛の糸」「鎧抜き」「惻隠の情」「初心」「お人よし」「受け継ぐ者」「死神」「冒険者」「壁際族」


「影無き追跡者」+「必殺仕事人」+「隠形」+「害虫駆除」→「陽炎の忍」

「ぼろ雑巾」:全身ボロボロの粉々になった


遭遇生物

「地底統べる 泰山の 大鎧竜」


アイテム

大猪の牙 火起こし機 水筒 海淵の指輪 意思読みの首飾り 返話の指輪 万能ポシェット(謎の試験管 識別票 その他不明) 古びたポシェット(識別票x8 託宣紙x9 謎液の上澄み)


装備品

錆び罅割れた装飾剣 龍爪ナイフ ぼろのマント 革の小手 猪肋弓 魔の矢(狼牙+虹の羽)x2 ひび割れた羊の兜 ぼろの足袋

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ