迷宮生活2日目その二
さっきの蜂との攻防で俺には槍を使う才能が無いと分かった。
いや、簡単に言えば練習不足なのだが、現代社会で暮らす俺たちにとって槍の使い方に熟達している方が少ないだろう。
「得物は長い方がいいともいうし、いざとなったら龍の爪があるしな。」
槍は槍で木の実を落としたりと使えなくもない。当面は食える物を確保すること、あの巨大猪や馬鹿みたいにでかい龍に出会わないことを祈るだけだ。
塒への帰り道で見つけた穴の開いた大きな木のみの殻に水を入れ、枝のきれっぱしで栓をした簡易の水筒を持って俺は出かけた。ココナッツの実ぐらいの団栗みたいなのに親指位の穴が開いているそれは、もしかしたら馬鹿でかい芋虫が住んでいたのかもしれないが、今は殻を残して中身は綺麗さっぱり無くなっている。
どんなサイズの虫が中にいたのかは想像したくない。とりあえず中身は念入りに泉の水で洗っておいた。
で、あの焼跡に来たわけだが・・・
「来なけりゃよかった。」
現在絶賛大ピンチだ。
俺は今、十数匹の燃えるような赤毛の狼に取り囲まれている。狼一頭一頭は俺が今まで見てきたどの大型犬よりもでかく、ぎらつく目を俺に向けている。その顎から除く巨大な牙は、あの大猪のものよりも小さいが、より鋭そうだった。のこぎりの刃のように並ぶ牙はだらだらと垂れる涎で異様な輝きを見せている。
十数匹の大狼は俺と同じく昨日の焼けた猪の肉が目当てだったらしく、俺が来たときには既にすべての猪はきれいさっぱり骨になっていた。どうやら、食事も終わったし帰ろうかと言う所に俺が来たと。
「デザートにされてたまるかよ・・・」
とはいうものの、もう既に俺には退路は残されていないし、いつ後ろの狼が飛び掛かってくるとも限らない。そうしている間にも狼どもは今か今かと俺への包囲網を縮めていった。もうこうなったら覚悟を決めるしかない。
「うおおおお!」
と、例のごとく目の前の大狼に特攻した俺だったが、狼はニヤリと不敵に笑い、あっさりと俺の槍を躱してしまった。それどころか、体勢の崩れた俺の喉笛を噛み切ろうと飛び掛かってきた。ここで倒されれば非常にまずい。こいつの後に後続の狼どもがどんどん飛び掛かってきて俺は袋叩きにされてしまう。
だが、必死の思いで繰り出した槍も烈火ような赤毛の狼に「下らない」とばかりにあっさり弾かれてしまった。大きく開かれた咢に俺は生きた心地がしなかった。全身に冷や水を浴びせられたような感覚が襲ってきたが、俺自身何度も大蜂の突進を反射的に受けてきたのが幸いしたのか、間一髪龍鱗の盾を割り込ませることが出来た。
「ぐはっ!あああああ!」
狼に喉を食いちぎられるのは辛うじて防げたとは言え、ただ盾を出しただけだ。俺は踏ん張りも効かず飛び掛かってきた大狼に引き摺られて地面に叩きつけられた。鱗に当たった狼の牙がガリガリと音を立て、盾がずれた隙間から巨大な爪が俺の肩を猪の毛皮を貫いてえぐっている。後続の狼は終わったなとばかりに下卑た唸り声をあげている。ぶちぶちと肩の肉が切られるリアルな痛みを超えて、俺の視界はちかちかと星が舞い、脳内麻薬やらアドレナリンが限界まで出ているようだった。俺は怒りとも混乱ともつかぬ興奮状態でただ、叫び、猛烈な力で押しつぶそうとする大狼にあらがっていた。
「く、畜生があああああああああああ!」
痛みに我を忘れた俺は、狼の爪が肉を裂くのも構わず腰に刺した龍爪ナイフを無我夢中で突き出した。
一瞬の静寂。
俺の上に圧し掛かっていた大狼がサッと飛びのき、憤怒の形相で俺をにらんだ。
俺はだらだらと肩から血を流しながら槍を杖にして辛うじて立ち上がる。
周りの狼どもは一体何事かと俺と俺に牙を向けてきた狼を見ている。
次の瞬間、紅蓮の大狼はその毛皮よりも赤い血を吐き、横倒しになって死んだ。その胸のど真ん中には俺の突き立てた龍爪のナイフが心の臓を貫き、突き刺さっていた。
俺はピクピクと痙攣する狼に近付き、その胸からナイフを引き抜くと噴水のように狼の赤い胸から温かい鮮血が噴き出した。
一瞬の出来事に怯む狼どもを血染めのナイフを手にした俺は睨む。俺自身体力はほとんど残っていないし、事実このままだと確実に失血死してしまいそうだ。だが、そうやすやすと食われる気はない。命ある限り抵抗してやる。
そんな俺を見た狼どもはこれ以上俺と争っても得にならないと判断したのか、もう興味はないとばかりに森の向こうへ消えて行った。
「ふーっ!?っ痛!」
気を抜くと失神してしまいそうだ。俺はとりあえず傷口を水筒の水で洗い流し、毛皮の端切れで縛る。傷は決して浅くはない。大きな血管や神経が切れていたら後遺症が残ったりもするかもしれないが、俺にはそんなものをつなぎ直す技術はない。とにかく今はそういう大事なものが傷ついていないのを祈るに任せるしかない。
「・・・こっちもか。」
あの戦いの中では興奮していて気付いては居なかったが、俺の太ももにも大きな爪痕が刻まれ、血が生々しく流れていた。
興奮が冷めていくうち、体の節々が悲鳴を上げる。
「限界ギリギリだったな。全く。」
キリキリと痛む手足をかばいながら、乾燥した木々を集め、蔦と木の棒を組み合わせ悪戦苦闘しながら何とか火を起こした俺は、この焼け野原で一晩超すことにした。倒した狼の肉はやはり肉食獣らしく臭くてとても食べられたものじゃなかったが、贅沢は言っていられない。
赤い小梨で騙し騙し大狼の肉を食った俺は、とりあえず焚火の火が消えないように薪をくべ、箱庭のジャングルで過ごさねばならない辛さも忘れ、泥のように眠った。
早間龍彦
称号
「????」「理不尽の代償」「豪胆」「九死に一生」「怪獣大進撃」「大蜂殺し」「食わせ物」
「大狼殺し」:強力な狼を殺した
「大番狂わせ」:普通では到底勝てない相手に正面から打ち勝った
「一撃必殺」:会心の一撃で相手を葬った。
遭遇生物
「無双の 血塗れた 大紅狼」




