迷宮生活10日目その一
大イモリに、大カエルに、大コオロギに、何と形容したらいいものか分からない生物達と、洞窟を進むにつれて徐々に出くわす生き物が増えてきた。大体の生き物は不意打ちさえ気を付ければ、一応の対応はできるようになっている。俺に飛びついてきた大カエルはすれ違いざまに撫で斬りにしてやったし、剣が通らない大コオロギは、抱き付いたまま床に生えた尖った石筍に串刺しにしてやった。謎生物には触れないように、そっと岩陰に隠れてやり過ごした。
それもこれもあの樹海で鍛えられたおかげだと思うと、複雑な気分だ。俺が樹海を離れてまだ2日程しか経っていないのに、ずいぶんと昔のように感じる。
「風が出て来たな。」
洞窟の出口が近いのか、はたまた何か別の要因があるのかは知らないが、吹き抜ける風ははっきりとした感触を持って俺の肌を撫でてゆく。
だが、まだまだ安心はできない。まだ、あの大群をなす大ムカデが来ないとも限らないし、洞窟の外が安全だとも限らない。俺があの可哀そうなペトリャスカと同じ末路をたどる可能性はまだ十二分にある。
とは言っても、この洞窟は穏やかだ。何よりも俺を目の敵にして追ってくる生物はいない。縄張りを犯した俺を追い払おうとしたり、純粋な捕食対象として俺を襲う程度だ。そして不意打ちでも打ちどころや倒れたところが悪くなければ、一撃死はない。いくら死の恐怖を乗り越えようとも、常に死が隣にあるのとないのとでは雲泥の差だ。
「ぬるいとは言わんが、こう徐々に楽になっていくとどうしてもな。気を引き締めていかないと。」
木登り名人は木を降りるときに最大限の注意を払うと言う。パンパン!と、俺は頬を叩いて気合を入れた。左手で。右手はナイフを括り付けてあるし、そもそも腕が硬化しているから顔は触れないしな。
しばらく進み、岩陰に休んだ俺は謎液の上澄みを一口飲んだ。キュポン!とコルクのような栓が抜ける音の後、じわりと体に活力が染み渡る。一体何なんだろうな?この液体は?一口何キロカロリーだ?そもそも成分は何なんだろうな?習慣性のあるものだったり、耐性が出来てしまうようなものだったら嫌だな。何にせよ、食い物が少なく、薪も無いせいでろくに火も起こせないこの洞窟では、めちゃくちゃ有難いものだが・・・そう思った俺は、薄緑の謎液入りフラスコを翳してみた。
俺が翳した光は、天井や壁、床の岩が所々放っている青い燐光ではなく、天井から注ぐ一筋の白色光だった。
「遂に、ここまで来たか・・・」
遥か頭上の天井には僅かだが穴が開いていた。樹海と洞窟を繋ぐ扉から、天井の亀裂を上ってからの二日間、俺は延々と歩き続けてきた。唐突に現れる地底に続く亀裂に肝を冷やし、背後から飛び掛かって来る生き物に驚き、僅かな仮眠をとりつつ、どうにかこうにかめげずに登って来た。
俺が亀裂から上って来てすぐのところは、かなり開けた場所だったが、あの滑る崖を登ってからというもの、横幅が狭くなり、分岐も出てきた。さらに進むと洞窟は急に細くなり出し、分岐も多くなっている。何よりもアップダウンが激しく、手を伸ばせば届きそうな向こう岸までえらく遠回しさせられることもあった。
そんな時に限って馬鹿でかいコオロギが飛び掛かって来るもんだから、落ちた時に体勢を立て直し、下に生えていた石筍にダンクシュートを決めざるを得なかった。メキリ・・・と殻が破れ、肉が貫かれる鈍い音を立てて串刺しにされる大コオロギ。その脇で左足をピシッと伸ばし、右足を曲げ、左手を天に、右手を真横に突き出して決めポーズをとる俺。
もう、咄嗟の動きに関しては達人級にまで行っているのではないかと自画自賛する始末だった。
「こんな時に誰か居たらな・・・」
俺の華麗なとまでは言わないが、この涙ぐましい努力で身についた一連の動きを褒めてくれただろうか?ため息をつき下を向く俺の目に、ふと水溜りに映る俺の姿が入って来た。
「こんな姿じゃ仲間は無理か。」
俺の右腕から顔にかけての傷跡は、道中の擦り傷も取り込んで一回り大きくなっていた。包帯代わりの毛皮や、マントでは隠し切れないほどに広がってしまっている。知らぬ間に全身のあちこちに覚えのない擦り傷が出来、そして漏れなく白く硬化してゆく。
ふと、背筋が寒くなった。徐々に固まってゆく石膏に沈められたような錯覚に襲われる。ふと頭をよぎった幻覚を振り払うように、俺は歩みを進めた。
そして今に至る。
これまでの道のりは複雑怪奇で、最初の場所からどう進んだのかさっぱり分からないが、少なくともかなりの高さを登って来たはずだ。
この天井の亀裂から差し込む光が、果たして外の光なのか、あるいはまたあの樹海のように、閉鎖された空間の天井が放つ紛い物の日光なのか、俺には判別がつかない。
ただ、この洞窟にも外があると分かっただけで十分だ。その先がまた閉鎖された空間でも、さらに歩みを進めれば、いずれそこからも出ることもできるだろう。まあ、最終的な出口が確保されているとも限らないがな。
「まだ、スペースコロニー説は否定されていないしな。」
これだけのものを維持出来るならば相当の科学力だろう。ペトリャスカのような死人が出ているということは、一度作ったはいいが、そのあとの文明が廃れたタイプだろうか?
それだと西暦何年だ?俺はその時、技術の進歩を喜べばいいのだろうか?もう二度とあの時代に帰れないことを悔やむべきなのだろうか?
「逃げ場のない宇宙船よりも、どこかのファンタジーであることを願うしかないか。」
そもそも俺がここにいる理由、俺の体を蝕むこの白い物質、俺が地底の原生林に住む生物に狙われる理由、何をとっても不明なままだ。だがしかし、この世界が一体何であれ、俺は受け入れざるを得ないのだ。それならば、そんな疑問など些細なことでしかない。
「無事に帰れるなら、何でもいいがな。」
深く考えていては進めない。ここで生き抜くために必要なのは小手先の浅知恵ではなく、研ぎ澄まされた感覚だ。
早間龍彦
称号
「????」「怪獣大進撃」「大蜂殺し」「食わせ物」「大狼殺し」「大番狂わせ」「一撃必殺」「大カブト殺し」「樹海の匠」「鳳殺し」「魔弓の射手」「影無き追跡者」「悪運」「敵の敵は味方」「心眼琉舞」「一難去って」「先手の極意」「不撓不屈」「死神の忌避」「蜘蛛の糸」「鎧抜き」「惻隠の情」「初心」「お人よし」「受け継ぐ者」「死神」「仕事人」
「探検家」:ほとんど人の立ち入らぬ場所で一日以上冷静に道を求めた
遭遇生物
「名の知れた 武器払いの 大白井守」
「忍び寄る 蛇呑みの 大蛙」
「洗礼の 首噛み切る 大蟋蟀」
その他
アイテム
大猪の牙 火起こし機 水筒 海淵の指輪 意思読みの首飾り 返話の指輪 万能ポシェット(謎の試験管 識別票 その他不明) 古びたポシェット(識別票x8 託宣紙x9 謎液の上澄み)
装備品
錆びた装飾剣 龍爪ナイフ 毛皮のマント 革の小手 猪肋弓 魔の矢(狼牙+虹の羽)x4 ひび割れた羊の兜 ぼろの足袋