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迷宮の歩き方  作者: Dombom
光の射す方へ
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迷宮生活9日目

俺の前であの大赤龍が眠っている。心なしか俺が見た時より小さく、時折俺の方を見るが赤龍は何もしない。ここは一瞬の予断も許さない原生林だというのに、時間さえ止まってしまったように何もかもが穏やかだ。


空は天井ではなく、青空に雲がそよぎ、太陽が燦々と輝いていた。


これは・・・また夢か。




起きている間気が休まらないせいか、最近変な夢ばかり見る。


謎液の御陰で体力は回復したとはいえ、疲れは消えていない。崖に流れる水や壁面に生える苔に滑らないように気を付けて、何とか壁面を登り切った俺は岩陰に隠れて仮眠をとっていた。


壁面は所々燐光で淡く光っていたので、掴み所は見えやすかった。だが、だからといって登りやすい訳では無い。掴み手になりそうな所は水が溜まりやすいらしく、往々にして苔生こけむしていたせいでひどくぬめっていた。俺は右手が使えないせいもあって、無様にも壁面を何度かずるずると滑り落ちてしまう始末だった。


何度も崖から滑り落ち、天井を仰ぐ俺はめげずにもう一度崖に挑んだ。起き上がる時に見えた鳩尾みぞおちの左側は、巨猪に刺された時そのままに、円形に白く硬質化していた。


「まるで給油口だな。」


岩に摺れて肌にまた何本か擦り傷が走ったが、どうせこれも硬化して、今ある傷に融合してしまうのだろう。このまま傷を受け続ければ、生きたまま石像になってしまいかねないなと思いつつ、俺は岩陰に身を寄せた。




そしてひと眠りした俺は、目を覚ました。この洞窟は樹海と違い、微かな音でもよく聞こえる。あまり気を張って警戒せずに済んだおかげか、久々に良く寝た気がする。


腕にしていた時計は何故かあのカバンの様に、白く結晶化して砕けてしまったのでもうない。時間は確認しようがないが、洞窟の中なので関係ないか。


「んっ!」


と俺は伸びをした。固まった傷跡がぺきぺきと音を立てる。俺の肩からぴょんとコオロギのようなバッタのような生き物が飛び降りた。カマドウマとかいうやつだろうか?


正直なところ、俺自身この洞窟に付いては今一把握できていない。


樹海の時はあまり気にしていなかったが、この洞窟にはどんな生物がいるのか、どういう生態をしているのか、この洞窟の地形はどうなっているのか・・・などといった情報が欲しくてたまらない。事前情報が生死を分けると言っても過言ではなかった。


今のところ分かっているのは、ここが冒険者の墓場となっているらしいこと。壁面がなぜか所々光っていて、その光で苔が光合成しているらしいこと。大ムカデの大群がおそらく定期的に押し寄せてくること。最深部には湖があって、落ちてくる大ムカデを捕食する大鮫がいる。そしてあの大蛟。あの巨大な地底湖の底には、大鮫を喰らう巨大なみずちがいること。


そのぐらいか。


俺としては次に何時大ムカデの大群が押し寄せてくるのか、他にどんな危険生物がいるのかが一番気になる所だが、こればかりはどうしようもない。常に警戒しておくしかないか。




俺の進むこの洞窟は、先に行くにつれて道が細くなっていくようだ。湖から上って来た場所は少なくとも数百メートル規模の広さがあったが、今では百メートルあるかないかと言う所か。これまで何本か分岐があった。このまま進んで行ってもいいが、行き止まりや地面の亀裂にだけは注意しておかなければならない。一応は一番太い道を、風が流れていそうな道を選んではいるんだがな。


それに俺は、進む道だけでなく、足元にも警戒しておかないといけない。床面に空いた亀裂に落ちたりしたら悲惨だ。せっかくここまで来たのに、うっかり足を滑らせて、あの鮫がうようよいる湖に真っ逆さまなんてことにはなりたくない。


行き止まりに嵌って、方向が分からなくなるのにも注意しなければいけないしな。とにかく今は、この閉鎖環境の中でパニックになることだけは避けねばならない。




いざとなったら何とか火を起こして、風の流れでも見るしかないが、今のところは正しい道を進んでいるようだ。俺は念のために剣で、辿ってきたところの岩に印をつけている。


ただこの剣自体、それほど良くない鉄で鋳造されたもののようで、作りが粗末な上に、長年の放置が祟ってかなり錆びついている。力任せに岩に切り付ければ、剣自体が折れてしまいそうだ。まあ、岩に切り付けても刃こぼれで済む現代の刃物が優秀なのかもしれないがな。ただし、この剣も遺品と言えば遺品なので、壊さないようにしないと。俺は俺なりに素人太刀筋を直していくしかないな。そうして俺は一歩ずつ気を付けて進む。




「足が痛い。」


いくら頑丈な大猪の足袋と言えど、細かく尖った洞窟の床の鋭さは殺しきれない。


「俺ってかなり不健康だよな・・・」


そもそも洞窟は街道や山道のように、たくさんの人が歩いてならされたものじゃない。洞窟は唯でさえ起伏が激しくて歩くのが疲れる上に、一歩歩くごとに過激な足つぼマッサージを繰り出してくる。剣山の上を歩いているみたいだ。俺はこの洞窟の床にいい加減辟易してきた。


「これならあの鎧のプレートを拝借しておくんだった。」


足袋の中に金属の板を仕込むだけで、足裏への負担はかなり違うだろう。そういえばペトリャスカも防具自体は軽装な割に、かなり頑丈そうなブーツを履いてたしな・・・


「ペトリャスカ・・・」


涙を流せなくなった右目の分まで涙を流すせいか、俺の左目の涙腺は非常に緩くなっていた。歩いていると、ふとペトリャスカの最期の穏やかそうな顔が目に浮かぶ。俺はそのたびに立ち止り、泣いた。


「足の裏が痛てぇ・・・」


同じように、足の裏が痛くても涙は出る。




ふと、俺は何かしらの気配を感じた。


いや、気配を感じるというよりも、気配が感じられないことを感じたというべきだろうか?おかしな言いようだが、強いて言うなればそうだ。偽装や隠蔽が完璧すぎて、逆に怪しく思えてしまう。そういう感じだ。


何よりも、死ぬか殺されるかの二択を迫られるあの樹海の中で鍛えられた俺の勘が、そこに何かいると教えていた。


俺はこっそり追いかけるのは好きでも、隠れて追いかけられるのは嫌いなんだよ。これだけ尾行がうまい奴ならば、俺がそいつに気付いたことも察知しているはずだ。何より俺は隠し事が苦手だ。すぐに態度に出てしまうからな。


そういう訳で俺は、気付いているぞとばかりに手近な岩に腰を下ろした。剣は何時でも振れるようにとりあえず手元に置いておく。とは言っても、これほどの相手ならば俺が気付いた時には既に、剣の届かぬ懐まで入られているかもしれない。


俺は龍爪ナイフを指の無い右腕に、余った蔦で縛りつけた。これは金猪毛皮を縛っていたものだが、あの毛皮は遺体を焼く時に一緒に燃やした。血みどろだったしな。


「どうせ剣は両手では持てないし、だからと言って右腕を遊ばせておく余裕もない。」


マントに隠れた右腕に、ナイフを隠し持つ。ありがちだが、弱者はこうでもしないとやっていけない。




敵はまだ仕掛けてこない。いや、そもそも俺が敵がいると錯覚しているだけのような気すらしてくる。敵がいないのに居ると錯覚しているならば、今の俺の状態はひどく間抜けだろう。


だが、俺の背筋を流れる冷汗は乾かない。敵の狙いは、俺がアホらしいと思って警戒を解いてしまうのを待つことなのだろう。だったら俺も気長に待つさ。どっちにしても足に疲れがたまって来ていたしな。


延々と俺は待つ。頭の中で時計の秒針が時を刻むような幻聴すらしてきた。次第に喉が渇いてきた俺は、腰に括り付けた大団栗の水筒に手を掛ける。ピチョッ!っと水滴が落ちる音がした。俺はもちろん水を飲む気はない。これは誘いだ。


俺がサッと飛びのくと、さっきまで俺が腰かけていた場所に、全長2メートル半はありそうなウーパールーパーのお化けみたいなのが現れた。その体は真っ白だが、表面は粘液でぬらつき、シャボン玉のような虹色の光沢を放っている。


その眼は真っ白な体に滴る血を垂らしたようなべに色。ちなみにウーパールーパーのような鰓は無い。お化けイモリだな。その足はやわらかな吸盤のようになっている。なるほど、これで足音を消していたんだな。




俺はその眼にすくみそうになるが、あの山みたいな龍や、猪の王、巨熊、その他俺を追いかけ回してくれた面々に比べればなんてことはない。


俺は飛び退き、大井守いもりに向き直る時に捻った体の勢いを利用して、左手にした剣を振り抜いた。




スカッ!と俺の剣は空しくも空を切る。白い大井守はその巨体に見合わない俊敏な動きで、後ろに飛び退くと同時に長い舌をカメレオンのように伸ばしてきた。延びる舌の行く手には、剣を持つ俺の手首がある。剣を振り抜き、止まった腕を狙われた俺はあっさりと大井守に捕らえられた。


「うおっ!」


べちん!と鞭を当てられたような衝撃に、俺は思わず剣を取り落してしまった。大井守は一体何処にこれほどの力があったのかと思うほどの膂力りょりょくで、剣が落ちる前に俺の体を空中に引き摺り出した。俺は剣を振り抜いたままの姿勢で宙を舞い、白い大井守の開けた大口に呑み込まれそうになる。


全力で剣を振ったのが仇になったな。人間は打撃のような強い力の時は反応できるが、今の様に、かかる力がゼロの状態から綱を引くような力を掛けられるとひどく弱い。俺は白い大井守に向かって一直線に引かれてゆく。


だが、剣をしっかりと振り抜き、残心を取った俺は辛うじて、飲まれるまでの一瞬に体勢を立て直すことが出来た。


「確かにお前は強かったけど、今までの化け物どもよりはずいぶんマシだ。」


ズガッ!っと音を立てて俺の右腕に縛り付けた龍爪ナイフが、白い大井守の脳天を貫いた。俺の全体重を乗せたカウンターを喰らった大井守は驚いて両足立ちになった。白い大井守は、俺を頭に載せたまま立ち上がってしまった。当然勢いそのままの俺が上に載っているせいで、その背は海老ぞりになってしまう。


「やばいかも。」


立ち上がった大井守の頭の上に載った俺は、今の状態が微妙なバランスでギリギリ釣り合っているのが分かった。大井守は後ろに向かって思いっきりのけ反っているが、この荷重に背骨は果たして耐えられるのか?


脳天を貫かれているとは言え、大井守はしぶとい。だが、今はそのしぶとさが仇となった。


俺と大井守はぎりぎりのバランスで釣りあっている。大井守は俺を振り落そうと、この均衡を無理に崩そうとした。




ゴキッ・・・


鈍い、体の芯に響くような音がした。


「ぐへっ!」


大井守の舌に手を取られていた俺は、刺々しい地面に叩きつけられた。兜が無ければ傷だらけだっただろう。


「・・・」


俺は黙って大井守を見つつ、左手に張り付いた延びる舌を切り落とした。


大井守は後ろ向きに二つ折りになって息絶えていた。事故としか言いようがない結末に、俺は思わず大井守の遺骸に手を合わせ、この場を去った。俺とあの大井守では、まだあちらの方が幾分上手のはずだが、こればかりは仕方がない。ここは、良くも悪くもそういう場所なのだ。俺がああならないように、気を付けることにしよう。


早間龍彦


称号

「????」「怪獣大進撃」「大蜂殺し」「食わせ物」「大狼殺し」「大番狂わせ」「一撃必殺」「大カブト殺し」「樹海の匠」「おおとり殺し」「魔弓の射手」「影無き追跡者」「悪運」「敵の敵は味方」「心眼琉舞」「一難去って」「先手の極意」「不撓不屈」「死神の忌避」「蜘蛛の糸」「鎧抜き」「惻隠の情」「初心」「お人よし」「受け継ぐ者」「死神」


「仕事人」:僅かな力を効果的に使って戦った


遭遇生物

「名の知れた 武器払いの 大白井守」


アイテム

大猪の牙 火起こし機 水筒 海淵の指輪 意思読みの首飾り 返話の指輪 万能ポシェット(謎の試験管 識別票 その他不明) 古びたポシェット(識別票x8 託宣紙x9 謎液の上澄み)


装備品

錆びた装飾剣 龍爪ナイフ 毛皮のマント 革の小手 猪肋弓 魔の矢(狼牙+虹の羽)x4 ひび割れた羊の兜 ぼろの足袋

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