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迷宮の歩き方  作者: Dombom
深淵はかくも無常/無情なりき
22/70

迷宮生活8日目その三

傷付いた描写が続くと心が痛みます。

「エステルーテ リラ ロパーロ?」


少女は黒いフードの中から絞り出すように、その乾き切った唇を開く。今にも消え入りそうな声だ。意味はさっぱり分からない。だが、俺はこの少女が目を覚ましたことが、何とも言えないほど嬉しかった。


「言ってることは分からんが、とりあえず水だ。水、分かるか?うぉーたー、えー、アクア的な。」


衰弱した少女は明らかに脱水を起こしている。俺がインフルエンザに罹って死にかける思いをした時そっくりだ。俺は大団栗の水筒を振って見せ、キュポッと栓を抜いて一口飲んで見せる。俺の意図が通じたのか、少女はわずかに頷いた。


俺は飲み口を拭って少女の脇に座り、頭を起こして少しずつ飲ませてやる。


「こほっ!こほっ!」


「お、おい!大丈夫か?!」


水を飲ますのは不味かったか?俺がおろおろしていると少女は首を振り、そっと水筒に触れた。もういいということなのだろうか?俺は水筒を離して栓をした。弱っている時には何事も少しずつにしなければいけない。


少女は起きた時から小さく荒い息をしていたが、今は少し落ち着いている。


「アークツス セニディアト エクウスィ」


「・・・ありがとうって言ってるんだったら嬉しいんだけどな。悲しいが、何言ってんのか分かんねぇ・・・」


痛々しいほどの衰弱を見せている少女だったが、その顔には僅かな笑みが浮かんでいた。少女は手を動かすのも辛そうだったが、何とかその手を体をすっぽりと覆った外套の首元に持って行き、何かを指さした。少女の右手の指には漆黒の指輪が輝いている。


「コートの中に何かあるんだな?」


こくりと僅かに少女が頷いた。羽織物とは言え女の子の服を開けるのは抵抗感があるが、俺は意を決して金属製のボタンに手をかけた。


「開ければいいんだな?」


少女は声に出さないが、そういうことなのだろう。いや、発声するのも辛いのだろうか?金属製のボタンは上下の二つのパーツを合わせ、捩じって留めるようになっていた。俺はブランドとかは詳しくはないが、こんな複雑でちょっとやそっとじゃ外れないような作りのコートなど見たことが無い。もしかしなくてもオーダーメイドなんだろうな。


俺が四苦八苦しながら少女の外套の首元のボタンを何個か外すと、少女はもう十分だと頷いた。コートの中には大粒の赤い宝石をあしらった首飾りと、そして何と表現していいのか分からないが、金色のペンダントともドッグタグとも言えそうな首飾りが見えた。


少女は赤い宝石の首飾りに手をかけた。赤い宝石は高そうな金っぽい装飾に嵌め込まれ、その左右に紋章を切った指輪のようなものが鎖に通されていた。




「リ エム」


カチリと鍵が外れるような音がした。首飾りに指をかけた少女は、何やら呪文っぽいものを唱えた。少女はちゃりちゃりと鎖の音を立てるその首飾りを握り、震える手で俺に差し出した。


「着ければいいのか?」


俺は足りないコミュ力を最大限引き出して、この弱った少女の意志を汲み取ろうとした。そうだと言うように、少女は首を縦に振った。


少女は首飾りも持っていられないらしく、落としてしまいそうになったが、落ちそうになったそれを俺は受け止めた。さっと出した左手に、大粒の首飾りが落ちてくる。


俺のグロテスクな姿は出来るだけ見せたくない。俺は毛皮の包帯を巻いた右腕を見せないように、右腕をマントごと持ち上げ、その上に首飾りを載せた。中央の宝石の左右の指輪が落ちないように気を付けて、俺は自分の首に鎖を渡してゆく。


俺は飾りの部分を持って上を向き、鎖を重力に任せて落とす。飾りを顎で挟み、鎖を辿って左手を後ろに回した時、俺はふとこの首飾りがおかしいことに気付いた。


「・・・留め具が無いんだが。」


留め具があったとしても片手で結ぶのはかなり難しいだろうが、そもそも留め具が無ければ着けられないんじゃないのか?俺は留め具の無い首飾りの鎖の両端を抓んで 少女に見せた。


少女は心配するなと首を横に振り、首飾りに触れてまた呪文のようなものを唱え始めた。


「エムリ フレミオ・・・ごほっ、ごほっ!」


「おい!大丈夫か?」


良くなったと思っていたが、まだまだ予断を許さないらしい。つつーっと少女の唇から赤い血が流れる。痛々しい。俺は血を拭ってやり、水筒を見せた。少女の顔は一層青白く、血の気が引いている。


「無理するな。飲むか?」


俺はこくりと頷いた少女に、少しずつ水を与えた。一体何がこの少女を駆り立てるのかは知らないが、この少女は明らかに無理をしている。俺は既に無理にでも出口を聞き出そうという気持ちを失っていた。だが、少女は無理を押して俺に微笑みかける。どうしても続けなければならないらしい。


一息ついて落ち着いた少女は再びその口を開いた。水を飲めば少し楽になるらしい。その声は先ほどより幾分か力強いように感じた。


「エムリ フレミオ エムリオ プレグラ」


指輪の黒い宝石が少女の指に淡く輝きだす。


「ワルム エニ キツェ ワルニ トリオプリラ」


今度は俺の首に巻かれた少女の首飾りの赤い宝石が光り出した。大丈夫なんだろうな?爆発したりしないよな?


「ワルム イェイス エニ へリオ テルート」


光は宝石から鎖にまで広がり、そして収まった。


「エムリス」―結べ―


俺の手の中でカチリと音がした。


「え?」


俺は鎖の端を握っていた左手を見た。切れていたはずのその両端は、今や初めからそうだったとでも言うように繋がっている。


手品・・・だよな。魔法とかやめてくれよ。




少女の口が開く。だが、声は聞こえない。一瞬の遅れの後、声が頭に直接響いてきた。


「・・・ますか?」


日本語?テレパシー的な感じで気分が悪い。初めの部分は聞き取れなかった。


「わたしの ことば わかりますか?」


「何とか。ちょっと慣れないけど。って俺の言葉は分かる?」


この首飾りは翻訳機?なんだろうか。


「ええ。フェリオン語の・・・返話の指輪も・・・付いていますから。」


少女は時折息苦しそうにしながら、首飾りに通された指輪を指さした。なるほど、これが返話の指輪というらしい。


・・・本格的に頭が痛くなってきた。フェリオン語?返話の指輪?


「その首飾りは・・・本来は魔法戦用なんですが・・・うまく行ったんですね。よかった。」


魔法戦・・・俺は左手で羊頭を抱えた。




ごほっごほっ!っと、少女は再び口から血を流す。どこか内臓を痛めているのかもしれない。一刻も早く連れ出さなければ。


「一刻も早く治療できるところへ行かないと。行けそうか?水は要るか?」


水筒を見せる俺に、少女は首を振った。


今すぐに背負って行くべきだろうか?どうしたものかと思案する俺に、少女は再び右手で指示を出した。俺が掛けた毛皮を退けてよく見れば、コートの右の腰ほどに黒いなめし革のポシェットが見えた。ポシェットの側面には、試験管のようなものが一本刺してある。俺はそのポシェットをコートのベルトに留めていた留め具を外し、少女に見えるように持ち上げた。


「これか?」


ええ。と頷く少女は次に、胸元の金色のペンダントのような、ドッグタグのようなものに触れた。


―解 結合―


さっきは分からなかった呪文の内容が分かる。これが魔法戦用の首飾りとやらの効果だろうか?少女は今度はその金色のペンダントを俺に差し出してきた。


そのペンダントは中に何かを入れてあるようだったが、開け方が分からない。そもそも人のペンダントの中身など覗く趣味はないがな。


「これも持てばいいのか?」


「ええ。」


少女は何処か痛むのか、眉間にしわを寄ている。だが、俺が心配そうな態度をとるとすぐに、無理にでも笑顔を作ろうとしているようだった。


嫌な予感がする。


俺がペンダントを受け取ると、少女は口元に右手を持って行き、指輪を咥えた。


「おい、さっきから一体何をするつもりなんだ?」


俺が問いかけるのも無視して、少女は大粒の黒い宝石を嵌め込んだ指輪を外し、その手に乗せた。


「差し上げます。」




「こんなん貰えねえよ!貰っても嬉しくねェ。一体どうしたっていうんだ!」


一体何のつもりだ?儀式的なことをするのか?俺に一体何を期待しているんだ?


「もう、持っていられません。」


少女は俺ににこりと微笑みかけた。俺はいたたまれなくなってきた。受け取った指輪は、とてつもなく重い気がした。


ごほっ!っと少女は血混じりの咳をする。咳の度に少女は、痛みからかのけ反るように体をこわばらせる。今や、少女の呼吸音はひゅーひゅーと笛が鳴るようで、如何にも辛そうだ。


「大丈夫か?」


と、聞く俺に、少女は首を横に振った。


「てを。」


という少女に、俺はポシェットとペンダント、そして黒い指輪を載せた左手を差し出した。




「エムリ フレミオ・・・うっ!」


顔をしかめる少女の口からは、血でうっすらとピンクに染まった泡が出ている。俺は少女が首を振るのも構わず、ゆっくりと水を飲ませた。


「すいません・・・貴重な水を。」


「気にすんな。今は気が弱っているだけさ。すぐに良くなるって。」


俺はフードの上から少女の頭を撫でた。まだその名さえ知らない少女は、醜い姿の俺に屈託のない笑顔を向けてくれる。




―強き 言葉は 力を 宿す―


少女の呪文に俺の手の上の指輪が再び光を放つ。


―我 に 従え 我の 指輪 と 物入れ―


指輪から光がポシェットにまで流れ込んできた。


―我 譲る に 彼に お前達を―


二つの品物の光が収まってきた。


「カリオフィレ」―護れ―


なんだか落ち着かない。まるで俺の手にした指輪とポシェットにまで、俺の血が流れ込んでゆくような感じだ。首飾りも今さっき渡されたばかりなのに妙になじむ。




「なあ、何をやったのか良く分からないが、どうしてここまでしてくれるんだ?」


魔法的な・・・多分魔法なんだろうが、その魔法を使った名も知らぬ少女はぐったりした様子で、だけど確かに笑った。


「貴方はこれまで戦ってきた。今も戦っている。そしてこれからも。」


「・・・」


「そして、貴方は強い。だから。」


俺は・・・弱いよ。

早間龍彦


称号

「????」「怪獣大進撃」「大蜂殺し」「食わせ物」「大狼殺し」「大番狂わせ」「一撃必殺」「大カブト殺し」「樹海の匠」「おおとり殺し」「魔弓の射手」「影無き追跡者」「悪運」「敵の敵は味方」「心眼琉舞」「一難去って」「先手の極意」「不撓不屈」「死神の忌避」「蜘蛛の糸」「鎧抜き」「惻隠の情」「初心」


「お人よし」:人助けの為ならば貴重品でもつぎ込んでしまう

「受け継ぐ者」:連綿と受け継がれて来たものを受け継いだ


遭遇生物

 「羨望集める 言霊紡ぐ 呪法少女」


アイテム

 大猪の牙 火起こし機 鉤爪ロープ矢 宝石? 鉱石?水筒 闇の指輪 意思読みの首飾り 返語の指輪 万能ポシェット


装備品

龍爪ナイフ 毛皮のマント 革の小手 猪肋弓 魔の矢(狼牙+虹の羽)x4 ひび割れた羊の兜 ぼろの足袋

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