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迷宮の歩き方  作者: Dombom
深淵はかくも無常/無情なりき
21/70

迷宮生活8日目その二

次話更新まで、また数日いただくかもしれません。

俺が這い上がった場所も洞窟だった。だだ、ここは下の地下湖や原生林の様に異様に高い天井があるわけではない。地下湖と同じように、岩石が所々青白い光を放っているが、どちらかと言えば常識的な洞窟だ。


それはそれとして、ここも十分広いがな。


壁面は石灰質で出来ている。青い光に照らされているせいで、本来の乳白色が真珠色に見える。


石灰質の壁面は、数千、数万年に渡って溶解と析出を繰り返したせいか、沢山の房が垂れたようになっている。この洞窟全体が何かの生物の体内だと錯覚するほどに、どこか有機的ですらある。


床面は自然が作り出した洞窟特有の複雑な様相を呈している。ある所は捻じ曲がった段々畑のようになっていて、天井から定期的に降ってくる水滴を集めている。また別の方を見やれば、天井から延びる鍾乳石と石筍が繋がり、歴史に出てきそうな建築物の柱のようになっている所もある。




俺は水筒から水を一口飲み、上って来た亀裂に向かって用を足した。弧を描いて地下湖へ落ちてゆく俺から出た絞り汁は黒褐色だった。


「・・・」


俺の体は大丈夫なんだろうか?いや、大丈夫じゃないな。俺は地底の段々畑で左手を洗う。水が張った段々畑は、さながら水鏡の様に俺の姿を映しだした。




今まで俺は、傷を負った所が白く固くなってゆくのは、傷が治っているからだと思っていた。だが、それは誤りらしい。


昨日の段階で俺の右腕は指も、肌も無くなり、筋肉や血管、骨が見えていた。顔も良く見てはいないが、右半分が焼けただれていたはずだ。


それが今日見たらどうだ・・・


細かい傷口から端を発した白い線は、次第に寄り集り、白い板状になっていた。俺の右腕は捻じ曲がったまま固まってしまっていた。僅かに残った肌の間を埋めるように、この白い板が覆っている。


顔の方はもっとひどい。


鼻と右耳は溶け落ち、右半分が炎で出来た手で掴まれたように焼けただれている。そしてその焼けた跡が治り切らぬ内に、無理やり白い歪な形をした板を何枚も捻じ込んだようになっていた。


瞼は無くなり、水分が蒸発して落ち窪んだ白い目には、微かに虹彩だったものの残骸がこびりついている。水に映る俺の右頬は無くなって、その裂けた口で引き攣った笑みを浮かべていた。


「ふッククく・・・コレじゃあマるデ、ばケモのダ。」


吐く息がシュルシュルと音を立てて、頬を失った右側の歯の隙間を抜けてゆく。




白くなったのは治っていたのではなかった。ただ、ケロイドの様に損傷部位を覆っているだけだ。それ以上でも、それ以下でもない。白い板に置換された部分の機能は、完全に失われていた。


白い物質と硬化した肉片が俺の右上半身に過激なまだら紋様を作っている。出来損ないの白い鱗の化け物のようだ。バイオなら確実にゾンビ側だな。


「コのママにほンにかエっタら、ドこカでごウモんにデも、あっタのかトオもワレそうダ。」


俺の姿を再現しようと思えば、火焔で焼いた肌に、白いアクリル板を植え付けなければならないだろう。そんなことが出来るのは頭の螺子が吹っ飛ぶどころか、刺してはいけないところにブッ刺さってしまっているような奴だな。出来ればそんな化け物には出会いたくない。こんな仕打ちはこれでもう十分だ。




俺の顔を映す水面に、ぽたぽたと小さな波紋がいくつも刻まれた。俺の右手が水面を打つが、その波紋はひどく単純だ。


「うッ!・・・ウっ!・・・うぅゥ・・・チくしょウ・・・ちクショう・・・」


一体なんて有様だ。


どうしてこんなことになった。


俺が一体何をしたっていうんだ。


ここは一体何処なんだよ!


「ナにがアろウと・・・カえってヤる。」


たとえどんな姿になろうとも、俺は帰る。いや、こんな目に会った俺だからこそ、この理不尽に打ち勝ち、帰らなければならない。




ひとしきり涙を流した後、俺はとりあえず傷を隠すことにした。


裂けたマントを外して、深く入った切れ目を裂き切り、細長い布きれにした。俺は毛皮を包帯代わりに、焼けただれた右腕から肩と胸にかけて巻きつけてゆく。酸で焼け、白く落ちくぼんだ目や、穴の開いた頬も同じ要領で覆った。パッと見れば、どこぞの維新時代の剣客に見えなくもない。


包帯に使ったマントは清潔かどうかと言えば、不潔だ。こんなものを巻きつけて大丈夫かどうかと問われれば不安だが、今までこの白い物質で覆われた所は動かなくなるものの、化膿はしない。多分、細菌とかは大丈夫なのだろう。何よりも、我ながらこの傷跡は見ていて気分のいいものではない。


布団代わりに使っていた毛布を一枚、新しいマントにして傷付いた右腕をその陰に隠した。仕上げに俺は、カポッっと皹だらけの大羊の頭蓋骨を被る。


「隠すだけで、ずいぶんと違うものだな。」


地獄から這い上がってきたような化け物も、包帯を巻いてしまえば唯のミイラ男だ。その包帯さえも覆ってしまえば、どこかの先住民族の戦士っぽさすらも漂ってくる。




一息ついた俺には、辺りを見回せるだけの余裕が出ていた。改めて周囲を見ると、俺の目にふと映るものがある。俺が登ってきた蔦だ。あの矢や、鉤爪が付いているはずのその先は、岩陰に消えている。今後の為にも、あの矢は回収して、蔦は岩か何かに固定しておいた方がいいかもしれない。


疲れ果てたこの体では、ゾンビの様にゆっくりとしか動けないが、そう慌てる必要もない。俺は岩陰から何か飛び出て来ないか警戒しつつ、岩陰まで進んだ。




淡い光が洞窟を照らす中、石柱が並ぶ岩の陰に何か辺りとは形の違うものが見えた。すぐさまその何かを刺し殺せるように、俺は龍爪ナイフを抜いて逆手に構えた。静かに一呼吸する。フッ!っと吐く息をかみ殺した俺は、岩陰から飛び出した。


左手でナイフを構える俺の前には、あの大ムカデが縮こまって死んでいる。恐らく俺が下に居た時、天井に空いた亀裂から湖に向かって大量に落下してきたあの百足と同じムカデだろう。


ムカデの殻は鈍い金属のような光沢を放っているが、俺の放った矢はその殻の隙間を縫うように貫いていた。どうやらあの矢はどういう原理か知らないが、どう射ても獲物に当たるようになっているらしい。下手に射れば、過って傷つけたくないものに当たってしまうかもしれない。使い所を考えないといけないな。


俺はその矢の刺さった、掌に余るほどの大ムカデを拾い上げる。床を見れば、刷毛で拭いたような血痕が続き、矢に付けた鉤爪が引きずった爪痕が長い3本のラインを引いていた。だが、この矢も鉤爪も、しっかりと支えになるようなものに引っかかって止まっている訳では無いらしい。


では、俺は一体何を頼りにここへ登って来られたんだ?


ハッとした俺は、ふと背後に微かな気配を感じて振り返った。




そこには一人の少女が倒れていた。


ガラス細工のような、軽く触れるだけで砕けてしまいそうな繊細な顔つきは、その蒼白の肌と相まって非現実的な印象を俺に与える。少女の全身は黒く長い頑丈そうなローブに覆われていたが、そのあちこちに細かい傷が走り、血の跡が付いている。


長いローブのせいで、少女のどこが傷ついているのかは分からない。だが、その黒いローブの下四分の一はべったりと血に染め上げられていた。俺はその血の量から、俺の矢が貫いたせいではないかと不安になったが、どうやらその血は矢傷によるものではないようだ。


ローブから覗く白い手には、血文字で梵字のような文様が描いてある。その華奢な手には、矢から繋がる蔦がしっかりと握られていた。俺はすぐに悟った。


俺はこの少女に助けられたのだ。


少女の体は俺の蔦に引き摺られ、岩と石柱の間に挟まっていた。




「おい!大丈夫か!?」


俺は急いで少女をその隙間から引っ張り出した。俺が引き出すと、少女のローブの裾からボタボタと半分固まったような血が流れ出てくる。少女の体は今にも溶けてしまいそうな雪片のように異様に軽かった。


俺は少女の首筋に触れ、とりあえず脈を確認する。少女の肌は死人のように冷たくなっていたが、脈も呼吸もわずかながらあるようだった。止血も必要かと思ったが、ローブから流れる血は以前のものらしく、今出血しているわけではないようだ。


俺は内心びくびくしながら、とりあえず少女を布団用にとっておいた毛皮で包んだ。どう見ても重傷だが、治療の心得が無い俺が出来ることは多くない。とりあえず起きてくれと、その顔を恐る恐るぺちぺちすることしかできない。




そうして俺は、この樹海から続く洞窟で初めて生きた人間に出会った。俺はこの過酷な場所にただ一人取り残されていた訳では無い。今この瞬間、俺は完全な孤独から解放されたのだ。しかし、心の底から湧き上がる喜びはすぐに脱出への渇望に押しのけられた。


なぜこんな所にこんな幼い少女が居るのかは分からない。俺と同じように、突然この場所に放り出されたのかもしれない。だが、もしかしたらこの少女はこの洞窟の出口を知っている可能性もあるのだ。


こんな血まみれの少女から聞き出すのは酷だろう。ましてや俺の命の恩人だ。しかし、例えそうであっても、出口のありかは俺にとって何よりも代えがたい情報だ。


俺は触れると壊れそうな繊細な少女に、細心の注意を払ってぺちぺちを加えてゆく。




すっと、少女の瞼に力が入り、目が僅かだが開かれた。


「大丈夫か!?」


少女が目を覚ましたことに興奮してしまった俺は、思わず声を上げてしまう。声が暗い洞窟の中、反響していった。


心なしか血の気が戻ってきた少女の唇がゆっくりと開く。その口からは、今にも消え入りそうな声が聞こえた。


「エステルーテ リラ ロパーロ?」




・・・出口を聞き出すのは、無理かもしれない。

早間龍彦


称号

「????」「怪獣大進撃」「大蜂殺し」「食わせ物」「大狼殺し」「大番狂わせ」「一撃必殺」「大カブト殺し」「樹海の匠」「おおとり殺し」「魔弓の射手」「影無き追跡者」「悪運」「敵の敵は味方」「心眼琉舞」「一難去って」「先手の極意」「不撓不屈」「死神の忌避」「蜘蛛の糸」「鎧抜き」


「惻隠の情」:弱っている者を見過ごせない

「初心」:少女や若い女性に弱い


遭遇生物

「油断できぬ 大挙する 大毒百足」

「羨望集める 言霊紡ぐ 呪法少女」


アイテム

 大猪の牙 火起こし機 鉤爪ロープ矢 宝石? 鉱石?水筒


装備品

龍爪ナイフ 毛皮のマント 革の小手 猪肋弓 魔の矢(狼牙+虹の羽)x4 ひび割れた羊の兜 ぼろの足袋

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