迷宮生活2日目
「ふああ・・・」
朝か・・・空が赤いな。
空・・・っていうか天井か。そうだったな。
時間は5時30分。早く寝たしな、こんなもんだろ。
「うっ・・・はぁ。」
と、俺は一息おおきく息を吸い、伸びをする。
背骨がゴキゴキと鳴るが、寝床が悪いせいだろう。木の上で寝るなんてのは案外疲れる。
「それにしても、この天井夕焼けとか朝焼け?か?それっぽいものを再現してるらしいが、一体何なんだろうな?無いとは思うがスペースコロニーとかだったらいやだな・・・未来的な意味で日本残って無さそうだし。」
俺は足を踏み外さないように気を付けて樹の幹を這う蔦を握って一歩ずつ降り、泉まで歩いていく。とりあえず朝飯を見つけないといけないのと、水筒的なものを確保しないといけないな。
バシャバシャ・・・
「うひょー冷てー。」
俺って結構適応力あるのかもな。
「とりあえず猪の牙で槍とか、鱗で盾とか作ってみるか?最低でもあの龍の爪はちゃんとナイフ的なものに仕上げないと危なっかしくて困るしな。」
木の上への帰り際に乾燥した木の棒と枯れたツタを拾っておく。
「鞭とか弓とかもいいが・・・」
作ったところで扱えそうにないな。特に鞭とか振り回した挙句自分を打ち据えて悶絶しそうだ。
腹減ったなあ。昨日は焼けた猪の肉をたらふく食べられたとはいえ、思えばあれは半ば事故みたいなもんだし、この箱庭から出るまでとりあえず安定した食糧を自給できないとまずい。
キノコは・・・止めとこう。少なくとも他の生き物に喰わせて安全だったものを食いたい。木の実も・・・どうだろうな?動物に実を食べさせて、種を遠くへ運んでもらう系の果物だったらいいんだけど。その動物を殺してしまうような成分は入っていないだろう。・・・たぶん。麻薬的な依存性を起こすものはありそうだが。
「とりあえず周りに注意してみたけど、それっぽいものは成ってないな。まあ人間一週間は水だけで過ごせるとも言うし、あの猪を仕留めたりは無理でも最低限身を守るための道具は必要だよな。」
よっこいしょと木に上った俺は持ってきた木の棒と蔦を並べた。まずはナイフだな。
いきなりこんな場所に放り出されてちょっとヤケになっているのか、それとも別の意味でハイになってるのかは分からないが、今の俺は若干饒舌気味だ。何かにつけて説明口調だしな。
けど、先の見通しの立たない今じゃそうやって口に出して確認するのも必要なことのような気もする。
趣味の悪い宇宙人が俺を拉致したとして、拉致した相手がリアクション薄い奴だと面白味もないだろう。感謝しろよエイリアン。
そう内心でごちて、俺は樹の幹が三本に分かれた場所で胡坐をかき、素材を纏める。
まず、ナイフだ。初め俺は龍の爪に直接蔦を巻きつけて取っ手にしようとしたが、刃の部分に蔦を回した途端、プッツリと切れてしまった。
「・・・毛皮でも巻いてみるか?」
俺は刃の裏側から挟むように毛皮をコの字に巻き、その毛皮を包むように刃の方からもう一枚の毛皮を巻いた。これなら刃側の毛皮も直接刃に触れるわけではないから大丈夫だろう。後は蔦を巻いてきっちりと止めればいい。
同じ要領で鞘の方も毛皮で作ればいいだろう。毛皮を爪を包む形に合うように切り、開いた端に牙で穴を空け、蔦を通す。完璧だ。俺には裁縫とかの才能があったのかもしれない。
そう思うとふと目に入るのが足の靴だ。人工皮革の靴はアスファルトには強いが、藪や泥の上を進むのには向いていない。昨日浴びた熱線の影響か、側面もボロボロになっていたし、なにより森での行動には不向きだ。木に登るときとか滑って仕方がないしな。
けど、だからと言ってこんな場所を素足で歩いたりなんかしたら何に刺されるか分かったもんじゃない。なので俺は、足に合わせて毛皮を切り取り、蔦で縫った簡易の足袋のようなものを穿くことにした。
「・・・やべぇ。俺って物作りの才能でもあるんじゃね?」
龍の鱗も錐代わりの牙で穴を空け、蔦を通して持ち手にする。龍の鱗は硬さ自体は牙よりも優れているが、柔軟性と言うか叩きつけた時の耐久性は牙の方が上だ。そういう訳でさながらダイヤと鋼のハンマーのように、鱗は牙で加工できる訳だ。
そうやって最後に残った牙は木の棒の先に括り付ける。先は少しへたってはいるが、槍の完成だ。これでナイフ、盾、槍を装備したリクルートスーツの森の戦士が完成した。布団代わりの毛皮は丸めて蔦で縛り、両肩に背負う。
「鏡が欲しいな。」
樹の上に佇むその姿はさぞや・・・滑稽でしかないか。
我ながらうまくできたもんだとはしゃいでいたら、グゥと忘れていた空腹感が戻ってきた。調子に乗って装備を調えたが、水や食料関係まで揃った訳じゃない。
「・・・果物でも探しに行こうか。後、あの焼跡に焼けた肉が残ってたらそれも頂いておこう。今回はちゃんとしたナイフがあるしな。」
昨日は噛めるだけ噛んで食べたが、あの猪の筋肉はゴツ過ぎて硬くなった脚を動かすことが出来ずに大した量を食べることが出来なかった。切れ味鋭いナイフを手に入れた今なら脚の一本ぐらい切り取れるかも知れない。
と、俺は木から降りようとしたが、
「両手がふさがってたら無理だよな。」
当然だな。俺は余ってた蔦を使って盾に槍をくくりつけ、背負って下りることにした。毛皮の蒲団は置いておこうかとも思ったが、ここに帰ってこられないかもしれないと思い、とりあえず背負っていくことにした。
「昨日は必死だったから見落としたけど、案外あるもんだな。」
蔦につかまり、木に登った俺は手製の槍で枝に成った木の実を落としていく。木の実は下に敷いた布団の毛皮の上に落ちるようになっている。初めの何個かは地面にぶつかって砕けてしまったが、敷物を敷いていれば大丈夫だ。
「よっと。」
と蔦から手を放し、地面に降りた。毛皮の上の果物を取り匂いを嗅いでみる。
「・・・リンゴとイチゴを合わせたみたいな?」
見た目は柿なんだがな。
「皮をむいた方がいいのかな?野生の果物の皮には虫が卵を産んでいるとかいないとか。でもなー正直面倒だし、植物に卵産んでる奴なら胃液で何とかなるんじゃね?っていうか昨日の猪肉はきちんと焼けてたよな?寄生虫とかいやだぜ?」
生の熊肉とか猪肉とかで寄生虫にかかったってのは聞いたことがあるけど、植物ってどうなんだ?と思いつつ、ちょっとだけ齧ってみた。
「うぐえ・・・まじい」
甘いにおいとは裏腹にすごくエグ酸っぱい。渋柿のエグさにレモンの酸っぱさおまけに舌が痺れる。でろでろと口から吐き出した後もまだ味が残っている。
「・・・偶々熟れていない果物は放っておいたら食べられるようになるが、これは熟れても絶対に喰わん。」
と、謎果物を齧ってみたことに後悔した。例え熟れてえぐみが取れたとしても、あの酸っぱさまで取れるとは思えない。とてもじゃないけど食べられない。
「はぁ・・・苦労したのに。あれか?おいしい果物は鳥とかが見落とす訳ないもんな。」
とりあえずこのえぐい果物は次の果物を見つけたときの投石代わりに使おう。食えないやつにはお似合いの役目だ。
肩を落としている俺が森を歩く足取りは重い。日本ならスーパーに行けば林檎なんていくらでも売ってるのに・・・この原生林にはお手軽な食い物なんて無いのだろうか?
ブブブブ・・・
「・・・弱り目に祟り目。泣きっ面に蜂。」
目の前にはスズメバチなんて目じゃないほど大きな蜂が宙を舞っていた。
「とりあえず落ち着いてゆっくり後ろに下がるんだ俺。蜂は確か動く相手を追ってくるはず。」
わいてくる不安を抑えつつ、俺はじっとしたままの姿勢てじりじりと後ろに下がっていく。しかし、遠くに滞空していた蜂は一直線にこっちへ向かってくる。蜂が飛んでくるが大丈夫なはずだ落ち着けと、自分に言い聞かせていると、ふと俺が既に致命的なミスをしていることに気付いた。
「リクルートスーツって真っ黒じゃん。蜂って確か・・・」
自分のミスに気付いた時にはもう遅い。蜂はブンブンと怒り狂ったような音を立ててこっちに飛んできている。歯をカチカチさせている音が聞こえてくる。
「うおあ!」
針を向けて突進してくる蜂がぶつかる寸前、辛うじて龍鱗の盾を前に出すことが出来た。蜂がぶつかった瞬間、岩の塊でも当たったかのような衝撃が来る。ガンッ!という虫がぶつかってきたとは思えない音が響き、突撃に失敗した蜂がバランスを崩して地面に落ちる。
「おおお!死にさらせ!」
俺は咄嗟に槍を短く構え、全体重を乗せて蜂に突き刺した。蜂は死に際に針から毒を飛ばしてきたが、盾で冷静に防いだ。ビクビクと蜂が筋肉をけいれんさせてこと切れた。蜂の痙攣が槍を通じて伝わってくる。生々しい感触だ。
「ったく危険しかないのかこの森は。」
巨大蜂から槍を引き抜いた俺はとりあえず黒の上着を布団用の毛皮で包んで背負い、もう一枚の布団用の毛皮を羽織った。これで幾分かはマシだろう。
「と思った俺が馬鹿でした。」
刺されないようにひやひやしながら盾で突進を防ぎ、地面に落としてから槍で突き刺す戦法で3匹目の蜂を落とした俺はもう生きた心地がしなかった。
確かに最初の一匹目みたいに問答無用で突っ込んでは来なくなったが、それでも確実にこっちに飛んでくる。なんでだ?
「っともう一匹か。あーもう勘弁してくれ。これでも食らえ!」
と、新手の蜂にえぐい果物を投げつけた。まあ当然のごとく当たらない訳だが、蜂はこっちへは飛んで来ない。
「なんだ?」
恐る恐る身をかがめて見えるところまで近づいてみると、蜂はブンブンと果物の周りを警戒するように数周飛んだ後、降りてきて一齧り果物を食べた。
「あんなもの食べて平気なのか?まあ匂いだけはいいが。」
としばらく眺めていたが、果物を抱えるほど大きな蜂は果物の上に乗ったままピクピクと震えた後、落ちた。近寄ってみるとまだ痙攣していたから止めを刺したが・・・
「俺が蜂に狙われる原因はこのくそったれな果物のせいか!食えない上に馬鹿みたいにでかい蜂を呼び寄せるなんて最悪じゃねーか。しかも蜂まで麻痺させるとか。道理で舌がヒリヒリするわけだ。」
むかついた俺は運んでた果物を全部力の限りを込めて四方に放り投げた。服にあの果物の匂いが付いていないか心配だが、さっきよりはずっとましだろう。
「早く日本に帰りてぇ。腹減った。」
スズメ蜂って揚げて食べる地域もあるらしいけど、このスズメバチの10倍はありそうな蜂は食えるのかな?
「いや、止めとこう。」
はあ・・・とため息をついた俺は聞きなれた羽音が近づいてくるのを聞いた。しかも今度は1匹は2匹じゃないもっと沢山だ。俺はあの果物を俺を中心にして投げたことを後悔したが、最早後の祭りだ。とにかくあの音がしない方へと俺はじりじりと後ろに下がった。
程なくして森の影から5匹の蜂が飛んできた。5匹は俺がさっき投げた果物に群がっている。30㎝以上ある蜂がブンブンと飛び回っているのはおぞましいとしか言いようがないが、その5匹の内1匹は何やら赤い実を抱えている。俺は5匹を刺激しないように息を殺して待つ。
飛んできた5匹の内、3匹は俺がさっきまでいた場所にまで来た。こっちまで来るんじゃないかと内心冷や冷やしたが、3匹は仲間の死体の周りを回った後、仲間が齧ったあの痺れる実に群がり始めた。残りの2匹も痺れる実を齧っている。程なくして俺は5匹の哀れな蜂に止めを刺した。
「害虫駆除を請け負ったわけではないんだが・・・」
と、蜂の死体に手を合わせるが、ふと見ると5匹の内1匹が持っていた小さな赤い果物が目に入った。
「これで食べられる奴だったら当たりなんだけどな。」
と、恐る恐る齧ってみるが・・・
「普通にうめぇ・・・原生林にも格差社会があったのか・・・」
この森では蜂の方が俺より生活水準は高いようだ。俺はやや薄味だが、梨のような味のする赤い果物をすぐに食べてしまった。芯を捨てた頃に、胃が思い出したかのように主張し始めてきた。もう時間は9時を回っている。さすがに朝食抜きで3時間半はきつい。
「食える実をもってきた蜂はこっちから来たんだよな・・・」
背に腹は代えられない。俺は危険を承知でさっきの蜂が来た方向へ進むことにした。さっき投げ捨てた痺れる実を1つ回収し、匂いが漏れないように近くの木の葉で包み蔦で縛る。とりあえずこれで匂いが防げればいいんだが。蜂の行動からするとこの実は誘導フェロモンに近い物質でも出しているのだろうか?蜂を殺すことが痺れる実のなる木にとって利益になるのか?
「分からん。謎だらけだ。」
右も左も原生林だが、しばらく進む内にさっきの食べられる赤い果物が成っている木を見つけた。案の定数匹の巨大蜂が実をもいでいこうとするが、そうはさせん。俺は包から痺れる実を取り出し、実のなる木から少し離れた所へ放り投げた。効果は覿面。蜂どもはふらふらと痺れる実に吸い寄せられ、1匹、また1匹と痺れて動かなくなってゆく。全部の蜂が動かなくなった時点で、俺は茂みから出てきた。
「悪いな。」
と、蜂に止めを刺し、持っていた実を失敬する。安全になった木に登った俺は持てるだけの実を取った。どうせ蜂共が持って行くんだ。取りすぎということはないだろう。もはやこの森では無用の長物のスーツの上着に果物を包み、蔦で縛った俺はこの実も何か毒があるかもしれないと食べるのは何個かだけにしてとりあえず拠点の泉に近い木に戻ることにした。
「今のところあの木の実のせいでおなかが痛くなったり幻覚が見えたりすることはないみたいだな・・・」
採ってきた木の実は木の虚に入れ、木の葉で蓋をした。この原始林だ。サルもいるかもしれないし、他の生き物や馬鹿でかい虫が食べに来るかもしれないが、少なくとも気休めにはなるだろう。何個か赤い実をほおばった俺は泉で水を飲んだ後、もう一度あの焼野原へと歩を進めていた。時計は11時半。
早間龍彦
称号
「????」「理不尽の代償」「豪胆」「九死に一生」「怪獣大進撃」
「大蜂殺し」:強力な蜂を殺した
「食わせ物」:食べ物系のトラップを使った
遭遇生物
「空前の 鋼殻の 大顎毒蜂」




