迷宮生活7日目その八
構想を文章化すると、予想外に短くなったり、逆に長くなってしまうこともあると気付きました。
「ウっく!!シぬもンか・・・しンデたマルか・・・」
いくら見切っても、いくら有利に進めようとも、敵が多すぎる。勘に頼って避け続けるが、右目の死角はカバーしきれない。躱しきれずに掠った牙から、俺の全身に衝撃が伝わってきた。ゼヒューゼヒューと息が漏れ、血混じりの汗が頬を伝う。
障害物がなくなったせいで、大猪達は本来の動きを取り戻してゆく。次々に繰り出される猛攻に、俺は膝を付くことすら許されない。
俺は、俺は、俺は!!こんな所でくたばるものか!!!
「オれハ、シナない!おレハ、いキル!イきテ、いキてカえル!」
一言一言、俺は自分に言い聞かせるように、歯を食いしばる。
自分は死なない、俺は生きて帰る、俺は不死身だと叫ぶ度に、不思議とそういう気になってくる。ふらついた膝でも立っていられる。信じる限り、空っぽの体に力が湧き出でて来る気がした。
右から、左から、後ろから、前から、四方八方から次々と連携を取り戻した大猪達が次々と牙を繰り出してくる。
「うっク!」
右からの牙に気付くのが遅れた。大羊の角が衝撃を肩代わりして折れるが、勢いは殺しきれずに俺の頭が揺らされる。
吐きそうだ。挫けてしまいそうだ。
信じろ!信じろ!俺は幾度となく唱え続ける。だが、その声はどんどんか細くなっていった。
焦点の合わない左目で、ぼやけた景色から辛うじて安全地帯を見出す。僅かだが、大猪どもの牙に隙があった。俺は何とかその隙を通り抜けようとしたが、脚が追い付かない。
「グおっ!オオお!」
半歩出遅れたせいで、俺の右脇腹に突き出された牙が刺さった。が、ここで止まってしまえばいい的だ。俺は身を捩り、鎧が砕け、肉が抉れるのも構わず前へ進んだ。
流石にもう駄目かもしれない。
「くうッ!・・・ゼヒュー、ゼヒュー。」
俺は血の滲む右脇腹を抑える。手で押さえても滲んで来る血に、意識が朦朧として来た。どうやら血を流し過ぎたようだ。
俺は背を一匹の大猪の脇腹に預けている。目の前は血に染まった湖だ。例によって大猪は迂闊に動くと俺を湖に落としてしまうせいで、下手に動けない。
もう、このまま湖に身を投げてしまおうか・・・
一体何故こんなことになったのだ?なぜこうも辛い目に会わなければならないのだろう?・・・
この場を乗り切ったとして、この怪我で助かるものだろうか・・・
そうまでして俺は明日を手にしようと足掻かなければいけないのだろうか。
「ぐッ!」
生き延びるという心の支えが揺らいだ時、忘れていた痛みが全身に駆け巡る。
「もウ・・・イいカ・・・」
諦めてしまえば楽になる。湖に身を投げようと、俺は目を閉じた。周囲の喧騒が消え、死に似た一瞬の無音が俺の世界を支配した。
ドクン!ドクン!と心臓の音がやけに力強く響く。
俺の手足は、まるで俺の諦念に抗うように動き、今まで幾度となくそうしてきたように、反射的に猪達の牙を躱してゆく。
「あキラめれバ、らクにナル・・・か・・・」
脳細胞が諦めても、俺の体の細胞は何処までも諦めが悪く、しぶとい。俺は己の意志以外の、何かしらの言い知れない力を感じていた。
「アきらメルのハ・・・いツデもできルカ・・・」
諦めるのは何時でも出来る。
「いマハ・・・」
今しかできないこととは一体なんだ?
「イきル・・・」
諦めるのは何時でも出来る・・・だが、生きるのは今しかできない!!
「もヱつきテも・・・イきてヤる!!」
最早燃え滓としか言いようのない俺だが、燃え尽きたものまでは燃やせまい!
何度でも、そう何度でもだ!例え砕け散ろうとも、俺は立ち上がるぞ!!
体力を超え、気力を超え、例え光を失おうとも、血みどろになろうとも、俺は確かに立ち、先を見据え、今の一瞬を確かに生きていた。
俺の目が巨猪と合う。これで何度目だろうか・・・だが、今回は気圧されない。死を超えても立ち上がろうとする俺に、死の恐怖は通じない。
俺は目の前に立つ巨猪を静かに見上げた。
不思議だ。俺があの巨猪を前にして、一瞬とは言え立っていられるなんてな。
巨大な猪の攻撃はあまりにも苛烈で、他の個体を寄せ付けないほどだ。牙が掠めただけでも鎧に皹が入ってゆく。そして、俺がいくら避けても全く動じないその精神力。大猪とは別次元だ。
俺を湖に落とさずに戦うことなど造作もないと、躊躇無く突進してきた。
「やハり、ツよイ・・・な。」
猪の王は金色の毛を暗い洞窟に輝かせている。俺は左手で牙を掴んだ。その牙の先は俺の左のあばらの一番下を抜け、半周している背中の側のあばら骨を砕いて突き出ている。
俺はあっけなく串刺しにされた。
「ウっ!」
息をするのが辛い。左の脇腹って重要な臓器があっただろうか?無ければいいんだがな・・・と、俺は笑う。
口から血が出ていないっていうことは、漫画的には死ぬような怪我じゃないと思うんだが、実際はどうだろうな・・・
巨大な猪は俺をその牙に突き刺したまま、あの大鮫を投げ飛ばした時のように、俺を陸側へと投げ飛ばした。
俺はおもちゃの人形のように手足を投げだしたまま宙を舞い、樹海と洞窟を繋ぐあの華美な装飾扉に叩きつけられた。
衝撃を感じる間もなく、俺の視界は真っ暗になった。
早間龍彦
称号
「????」「怪獣大進撃」「大蜂殺し」「食わせ物」「大狼殺し」「大番狂わせ」「一撃必殺」「大カブト殺し」「樹海の匠」「鳳殺し」「魔弓の射手」「必中」「影無き追跡者」「悪運」「敵の敵は味方」「心眼琉舞」「一難去って」「先手の極意」
「喉元過ぎれば」+「常在戦場」→「不撓不屈」:諦めが極限まで悪い
「死神の忌避」:死神でさえ気味悪がるほど、生に執着した
遭遇生物
「屈強な 金毛の 大猪」
「偉大なる 金剛の 巨猪」
アイテム
裂けた毛皮 大猪の牙 火起こし機 鉤爪ロープ 宝石? 鉱石? 長い蔦 湿気た薪 水筒
装備品
龍爪ナイフ ぼろマント 革の小手 猪肋弓 魔の矢(狼牙+虹の羽)x5 ひび割れた羊の兜 ぼろの足袋