迷宮生活6日目その二
焼け野原は相変わらず不毛の地だったが、既に端の方は下草が生え始め森林への回帰の兆しを見せていた。
あの時襲ってきた山のような龍や金色の猪には結局出会わなかったな。縄張りが違うのだろうか?もしかしたら自分たちの縄張りが焼けてしまったから、他の場所に移動したのかもしれない。
焼け跡の泉側では出会わなかったということは、これからは出会う可能性が高いということだな。正直言って今の俺は、あの大狼どころか大蜂ですらタイマンを張ることが出来ない。厄介な生き物は出来るだけ早く見つけて、避けるのが得策だろう。
「あの弓の威力は半端なかったけどな・・・どうせ当たんねえだろうし。」
俺の繰り出す槍は避けられるもの。俺の振り抜く剣は見切られるもの。俺の構える盾は弾かれるもの。俺のいる矢もどうせ当たらないのだろう。この森の生き物は異常と言ってもいいほど「勘」が鋭いからな。そもそもデカさからして、まるでこっちが縮んでしまったかのような錯覚に陥るほどなのに・・・あの動きだしなぁ。
大狼には俺の槍は全く通用しなかったし、大鳥に俺の剣をひらりひらりと躱されたのは、悪夢としか言いようがないほどだった。いくら俺が武器の扱いに対して素人だと言っても、訓練してどうこうなるレベルではない。きっと一流と呼ばれるほどの腕前でなければ、この森の生き物とは渡り合えない。
ガサガサと音を立てて茂みを渡ってゆく大猪を、俺は木の陰に隠れてやり過ごした。かれこれ3度目だ。
「・・・心臓に悪い。」
焼け跡を抜けてきた途端これだ。今のところ馬鹿でかい大猪に見つかってはいないが、油断は禁物だ。
予想したとおり、焼け跡を挟んだこちら側は大猪の領分だった。これはカバンをあきらめた方がいいかもしれない。この箱庭の地で唯一俺の来た世界を思い出させてくれる品だ。どうしても回収したいと言いたいが、命には代えられない。
「見つからねー。」
あの時ジグザグに走って逃げたせいで、探さなければいけない範囲がやけに広い。だが、あの時の俺を責めても致し方ない。逃げるのに必死だったからな。結局誘い込まれていた訳だが。
「おっと。」
俺が木の陰に隠れると、茂みの向こうからまた金猪が現れた。彼らの鼻なら臭いで俺の存在に気付きそうなものだが、奴らは何かに憑かれたように俺に構うことなく真っ直ぐに森の奥へと進んでいった。
「何にせよ俺を無視してくれるならそれで構わないがな。」
金毛の大猪をやり過ごした俺は、再びあの日逃げた道をたどることにした。
「・・・ちょっと泣いていいですか。」
確かにカバンは在った。だが、どういう訳か俺のカバンは”粉々に”砕けていた。砕けた原因は破片に付いた跡から分かる。あの大猪に踏みつぶされたのだ。
俺のカバンの周りは何かを探すかのように茂みがなぎ倒され、地面は掘り起こされていた。だが何よりも不思議なのは、俺のカバン自体が何かの結晶体みたいなので作られていたことだ。
俺の記憶では、というよりカバンなのだから当然なのだが、カバンの中は空洞になっているはずだ。そこには教科書やら筆記用具やら、ボックスのスコッピアが入っていたはずだったのだが・・・
「どう見ても石の塊みたいだよな・・・」
何かが俺のカバンを石化させたのか?それとも初めっから謎の結晶だったって言うのか?後者ならば俺は飛んだ間抜けじゃないか?しかし、死体が一晩で白骨化するこの森だ。6日も放っておいたものが石になっていたっておかしくない。
「・・・とにかくカバンは諦めるしかないか。」
俺と同じ世界から着た物品の一つが失われてしまった。俺は言いようのない喪失感と、これからしばらくは、葉っぱで用を足さなければならない絶望感を味わった。
「ブルル・・・」
・・・確かに一瞬でも気を抜けば駄目だとは言っていたが、今ぐらいは見逃してくれてもいいんじゃないのか?どうやらこの森は感傷に浸る隙も与えてはくれないらしい。
ドン!と、飛び込んでくる牛よりは確実にでかい金毛の大猪。
だが、俺もこの短期間の間に、いろいろな生き物に文字通り血反吐を吐くまでしごかれて来たのだ。前回は偶々だったが、今回は辛うじてだが大猪が突っ込んでくる一瞬前、全身に力を巡らせた一瞬を見切り、横っ飛びに避けることが出来た。
飛んだ俺の目の前を、通過する特急電車のような猛スピードで駆け抜けてゆく大猪。
「前みたいにはなりたくないな。」
大猪にぶつかられた樹はゴキゴキと音を立てて倒れる。俺は猪が体勢を立て直す前に、塒で鍛えた木登りの技で木の上へと逃れた。
「さて、どんなもんかね?」
猪は往々にして目が悪いと聞く。地球の常識がこの森に通用するかと言えば、多分否なのだろうが、今ここは大猪が跋扈する場所だ。できるかぎりさっさと下の大猪を巻いて立ち去りたい。
「ブルル。」
俺の願いが通じたのか、あの大猪は去って行った。流石に俺が上って来た樹の下まで臭いをたどって来られた時はヒヤリとしたが、俺が周囲にいないと分かるとさっさと何処かへ行ってしまった。
それにしても、あの猪も同じ方向へ行くのだな。何かしら集会でもあるのだろうか?
「そういえばあの方向は神殿だったな。」
気が付いた時に俺がいた始まりの場所。便宜的に神殿と呼んではいるが、見た目はどこぞの大都市にある地下の貯水槽とあんまり変わらない。そもそも神殿なのかすら怪しいだだっ広い場所だ。
・・・あんな何もない場所に何の用だろうか?
「いや、いかん!いかんぞ。好奇心は猫をも殺すと良く言うではないか。」
とは言いつつも、俺の足は去って行った大猪を追っていた。自分から大猪の群れに突っ込んでいくなんて愚の骨頂としか言いようがないが、俺は何故かあの神殿に行かなければならないような気がしていた。
この原生林に来てから早6日、この6日間で俺は俺自身見違えるほどになったとは思う。弓を構え、槍と剣とナイフと盾を背負い、腰元には毛布その他雑貨を結んで森を歩くなど、こんな重労働は考えられなかった。
・・・あれ?使わない武器は置いていてもいいんじゃね?
ま、まあその辺りは置いといて、俺自身体力が付いたことは確かだし、巨獣を倒すごとにそれなりに強くなってきたとは思う。
だが、そんなことはこの大原生林にとっては大した差にはならない。あの大蜂も痺れさせなければ碌に仕留めることのできない俺だ。俺自身、自分の弱さ位は自覚している。
それでも、俺はあの大猪を追って神殿に向かわなければならない気がした。
いや、違うな。
あの大猪に付いて行けば、何故俺がこの森に来たときにあの大猪の群れと山のような赤い龍に襲われなければならなかったのか。その理由が分かるような気がしたからだ。
もっとも、それは単なる思い違いで、あの無残に踏みつぶされていたカバンのように単なる徒労で終わってしまうかもしれないが。
気が付けば、俺の足は自然と大猪の後を追っていた。
称号
「????」「理不尽の代償」「怪獣大進撃」「大蜂殺し」「食わせ物」「大狼殺し」「大番狂わせ」「一撃必殺」「大カブト殺し」「樹海の匠」「泥だらけの勇気」「鳳殺し」「ど根性」「魔弓の射手」「必中」
「豪胆」+「奢らず」→「冷静沈着」:どんな状況でも冷静に対処できた
遭遇生物
「屈強な 金毛の 大猪」
アイテム
大猪の毛皮 火起こし機 鉤爪ロープ 大蜂の針 大鷲の嘴 大鷲の爪 折れた槍 大狼の牙 大狼の爪
装備品
龍鱗盾+ 龍爪ナイフx2 甲殻の鎧+ 革の小手+ 猪肋弓 魔の矢(狼牙+虹の羽)x5 大羊の兜 龍鱗剣 猪牙槍+




