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迷宮の歩き方  作者: Dombom
無様でもいい。生き延びろ。
1/70

迷宮生活1日目

・・・ここは?


神様なんかいない

特別なものなんてない

自分は特別じゃないし、特別であると信じないと自意識を保てないような幼稚な英雄願望(ヒロイズム)も持ち合わせてはいない

けれど、年甲斐もなくどこかそういうモノを求める面もまだ残っている

何かを理由に、己が不幸を理由に悪事や怠惰を許してもらおうなんて言うのは嫌だと思う程度の誇り(プライド)はある


 俺の名前は早間龍彦。しがない学生だ。


 今日も授業は午後から。昼間はネットで次の就活説明会の予約、そして前に予約しておいた説明会場へ。

 ・・・とんだ学生生活だ。

 キャッキャウフフの学生生活なんかありゃしねェ。

 と、さっきまでは思ってたさ。だけどな・・・


「どこだよ・・・ここ。」


 目の前に広がるのは石柱が立ち並ぶ神殿的な雰囲気の場所。天井はそこらのホールとかより高く、どういう原理か月夜のような淡い光を放っている。

 とりあえず今の俺から見て・・・目測は苦手だ

 200メートルぐらい前か?そこに天井まで届くやたらとでかい両開きの扉。部屋には多分50メートルぐらい毎に何で出来ているのか良く分からないセラミック的な光沢の白くでかい柱、後ろ50メートルぐらいに、前にあるものよりは小さいが、とりあえずでかい扉。

 だめだなと、俺は思った。

 昔からこう言うのは苦手だ。とりあえず実際に歩いてみては勝った方が正確かもしれん。

 「・・・どこかの地下の貯水槽か?テレビで見たことあるような?何から何までデカすぎて感覚が狂うな。」

 出口は何処だ?今からでも説明会場に間に合うか?と、俺は時計を見ながら比較的手近な後ろの扉を目指す。

 どうしてこんなところにいるのかは知らないが、来たからには出口もあるはずだ。非常用階段ぐらいはあるだろう。

 離れていたからか、それともあまりにも規模がでかくて良く分からなかったのか、小さめの扉と言っても十二分に巨大だ。扉には幾何学模様とも絵画とも取れるような細かな文様が刻まれていた。

 ほの暗いこのホールの中に有ってどこか有機的な感じのするその扉の装飾は、不気味と優美さを感じさせるようなさせないような・・・

 「どこかの芸術家の意匠か?こんな誰もこなさそうなところに金掛けてないで、もっと有意義なところに使えよ。ちゃっちゃとこの扉を開けて帰りますか。」

 開くかどうかは半半と言ったところか。

 パッと見た限りでは鍵穴らしいものもない。反対側にはあるかもしれないが、こっちに無いんだったら裏側にある可能性は低いはずだ。閉じ込められるからな。

 ならば閂はと言うと、これまた裏側もこの装飾があるんだとしたらデザイン的にもつける余裕はないはず・・・

 ここって何なんだろうな?地下の遊水地かと思ったが案外美術館とかなのか?

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 重厚そうな扉の見た目に通り重いのだろうと、俺は思いっきり力を込める。

 「って・・・あれ?」

 が、さしたる抵抗もなく扉はあっけなく開いた。

 「なんだ?見かけ倒しだな?」

 開いた扉の先は巨大な構造物に溢れた前の部屋とは打って変わって、特に大したものもない小部屋だった。

 前の部屋よりも天井の光量が強い。まるで日向の日差しのように暖かだ。

 「・・・なんだここ?」

 俺が足を踏み出すとザクザクと短い芝生が音を立てる。

 さっきの巨大な部屋は完全な石張りで生物感が無かったが、ここは暗い森の中に僅かに開けた日の当たる場所、とでもいうような様相だ。

 そして、この小部屋の真ん中にはさっきの扉のように細かい装飾が施された直径1メートルほど、高さは1メートル50センチぐらいの白い石柱が立っている。

 「・・・なにこのオブジェ部屋。」

 俺は壁や石柱を見て回るが、非常用の階段なんてものは何もない。入口の大きな扉の割に部屋自体もそれほど広くはなく、拍子抜けするほどだ。

「外れか?訳が分からん。」

 と、俺は何故かやたらと軽い扉を押して大部屋に戻った。


「はあ・・・」

 やけにだだっ広いな。こういう所は壁際に非常扉があるもんだが・・・

 それにしても、どうしていきなりこんな所に来たんだ?そもそもここは何処だ?GPSは使えるのか?圏外かもしれんが、災害避難施設には電波が届くようになっているはずだ。

 もしかしたらここの非常口も電波が来ているかもしれない。あくまでも希望的観測だが・・・それなら、電波の入り具合で出口が分かるだろう。

 と、俺は着慣れないスーツのポケットに手を突っ込んだ。

「スマフォが・・・」

 無かった。

「落とした?のか?買ったばかりなのに・・・」

 ガーン!と言いようの無い無念さが心に広がる。

「高かったのに・・・?」

 出口を捜してだだっ広いホールを漫然と歩く俺の脳裏にここに来るまでの情景がフラッシュバックしてきた。

「そうだ。俺は・・・」

 駅のホームで音楽を聴きながら、スマフォを弄って電車を待っていた。

 前の電車を乗り過ごした俺は、最前列なら次の列車で座れるはずだと大人しく並んで居たはずだ。いらつく気持ちを抑えようと音楽の音量を上げて。

 ここまでは何の問題もなかった。良くあることだ。

 けれどその後だ。俺にあのチャラ男がぶつかってきたのは。

 あのいけ好かない野郎は横からスマホを弄りながら彼女と手を繋いだまま、並んでいる俺の肩にぶつかって来た。二人ともスマホに夢中で全く前を見ていない。どうせゲームか何かしていたのだろう。

 まさかぶつかられるとは思っていなかった俺はバランスを崩し、前に押し出された。

 もともとプラットホームと線路の間のあの狭い「黄色い線の外側」だ。そんなところを二人で手を繋いで、しかも前も見ずに歩くなんてどうなるか分かるだろうに・・・

 ぶつかった衝撃で俺の体は半回転し、手からイヤホンを付けた林檎の元祖スマフォが離れ、宙を泳いだ。線路と反対側を見る形になった俺はやけに冷静で、ホームで並ぶリーマン達と生理的に受け付けないチャラい馬鹿ップルが呆気に取られたような、言いようの無いアホ面を晒しているのを見た。

 あの時に落としたのか。

 ・・・それは良いとして結局ここは何処よ?出口は?


「クソ!」

 回想から1時間。

 ・・・何もねえ!

 両方の壁際にも、柱にもな~んにも無い。雨水が流れ込む穴すらない。このままじゃ下の字幕に「三年後」と書かれて白骨化しそうだ。

 そもそもここは地下の巨大貯水池じゃないのか?手元の時計は12時過ぎを指していた。もう、講義にも間に合わない。

 後は・・・と、目の前の大扉を見上げる。

「でけえ。ばかでけえ。そして装飾がすげえ。こんな扉押して開くものなのか?」

 でも後はここしか無いしな。と、諦めて2枚の観音式内、左側のを少し押す。

 引いて開くタイプの扉だったら開かないだろうな。この扉と言うか、門は引き手が付いていない。けどさっきの小さい方の扉があっさり開いたみたいに、案外こっちのもすんなりと・・・すんなりと・・・

 「すんなりと行けよ!」

 全身に力をかけるが、びくともしない。

 「おいおい。たのむぜ。」

 ここが開かなきゃ閉じ込められたも同然だ。もしかしたらこっちの扉は鉤型のせいで押しても無駄な方なのかもしれない。

 となると、右側の方は開くはずだ。

 そう思った俺はもう一方の扉も押してみた。踏ん張る度にキュッと革靴が鳴るが、肝心の扉はうんともすんとも言わない。

「はあー最悪だ」

 背を物言わぬ門に預けた俺は、ため息をつく。試しに装飾のでっぱりを掴んで引いてみたが、やはりと言うか、こっちもうんともすんとも言わない。

「だだっ広いのが逆に腹立つ。閉じ込められるなら6畳ぐらいの部屋がちょうどいいよ。」

 ここに来て俺はここが貯水池だと考えるのを止めていた。これだけ手の込んだ作りだ。多分何処かのホールか、もしかしたら大穴で神殿とかかもしれない。

 ならば余計にここが何処か分からない。誰がどういう意図で俺を攫ったんだ?俺なんて何も特別なことはないぞ。


 もたれ掛かった扉にぐっと体重をかけ、やたらめったら高い天井を見上げる。非常階段も出口もないんじゃどうしようもない。

「はあ・・・いい加減開けよな。」

 と、俺はため息をついた。

 その時だった。俺が泣き言を言った途端、今までの抵抗が嘘のように巨大な扉がするりと開いた。まるで摩擦や慣性と言ったものが急になくなったかのように。

「うおあっ!」

 急に扉の支えを失った俺の背中は重力に引かれるまま、地面に激突した。

「うぐぇ!っつつ。痛ってえ!」

 背中の打った所を摩りながら立ち上がる俺が見たものは、

「・・・神殿を抜けると、そこは原生林だった。」

 観音開きになった大扉の前に立つ俺の顔にむっとした熱帯の風がまとわりついてきた。


 木々が生い茂り、苔が生え、蔦が絡み付き、妙な鳥の鳴き声がこだまし、朶がそよぐ・・・原生林だな。

 ただし、一つだけ異様なのはここも壁と天井のようなものがあるらしいと言うことだ。見てみれば、垂直に壁を上る蔦がかなり高いところで天井から折り返し、水平に伸びている。

「・・・マジで何処だよ。」

 まさかの神隠し異世界落ちか?

 神殿から出て歩くこと数分。塵一つ無い神殿とは大違いだ。何処か浮世離れした神殿に比べて、ここはなにもかもが生々しい。

「・・・きっと何処かのテーマパークだよな。ははは。」

 これが現実だとはとてもじゃないが信じられない。こんなことがあり得るのか?・・・それに、俺は何か重大なことを忘れているような気もする。

 まず落ち着こう。常識的に考えて、いきなりこんな場所に放り出されることの方がおかしいのだ。きっとこの森も作り物さ。そうに違いない。きっと何かの間違いだと、俺は気楽に構えていた。

「ブルル・・・」

「え?」

 と、後ろを振り向いた俺の前には全高2メートルはあろうかともいう巨大な金色の猪。全長じゃない。全高なのだ。デカすぎて背中が見えない程だ。象の牙みたいな牙を口から生やし、嘘みたいにでかい蹄で地面を掻いているときた。これは今にも飛び掛かって来そうだ。

「やべぇ。」

 なんだか知らないが、とにかくヤバい。昔、田舎のばっちゃんが言ってた。

『龍彦、山で猪に会ったら、絶対に背を向けちゃ駄目だ。猪の進む向きに直角に逃げるんだよ。』

 ザッ!と、踏みしめられた地面が削れる音がした。

「うおお!」

 金色の大砲となって飛び掛かる大猪を、俺は横っ飛びにかわす。

「ありがとうばっちゃん!口が臭いとか言ってゴメン!」

 掠ったスーツの端がビリビリに破ける。もし後ろに避けてたら粉々だった。ゴキゴキミシミシと、俺の後ろにあった大木が不吉な音を立てて倒れる。大木を易々とえぐってみせた金の大猪はまだ、俺を狙っている。あんななりでも小回りが利くらしく、猪はすぐに体勢を立て直して向かってきた。

「うおおおおおあああああ!」

 俺は猪の進行方向に重ならないようにジグザグに森を駆け抜けた。


「はっ!はっ!はっ!はあーっ・・・撒いたか。」

 もう何がどうなってんだか。訳の分からん神殿に原生林に金色の猪に・・・もう訳がわからん。ついでに右も左も分からなくなってしまった。

「リクルートスーツは都会の戦闘服なんだよ!ジャングルと相性は最悪だ。」

 無理に森を駆け抜けたせいで、安物のスーツはあちこちボロボロで泥だらけだ。おまけにワイシャツは汗まみれで気持ち悪い。ネクタイは気付いたら無くなってた。鞄も驚いて放り出してしまったしな。

 工夫すればどうかは分からないが、パッと思いつく限り手放した鞄の中には特に今この場で役立つようなものは入ってはいない。

 ぜえぜえハアハアと息を切らした俺は、苔むした倒木に腰を下ろした。とりあえず一息つく。

「こんなに走ったのは久しぶりだな・・・コーラ飲みたい。」

 原生林を大猪に追いかけられながらフォーマルスーツで走り抜けるなんて、中々の体力だと思うな。もっとも、こんなことがあったと真顔で話したら、病院をお勧めされそうだが。

「・・・帰ったらマラソンしよう。」

 しかし、ほとんど手ぶらだったのは痛いな。

「何時もならお茶ぐらいは常備しているんだが。」

 と、今日はそこらで買おうと、たまたま持って出なかったことを今になって後悔した。結局鞄を投げ出してしまった今となっては、どちらにせよ同じことか。


「・・・もう帰りたい。薄くても良い。布団で寝たい。ってうわっ!」

 がっくりとうなだれる俺の上を全く何の前触れもなく突風がゴウ!と吹き抜けた。

「は?」

 パラパラと木片が肩に当たる。頭を上げると目の前には幹の真ん中から吹き飛んだ木と、薙ぎ倒された木。そして大木がまるで爪楊枝か何かのように俺の背後から頭上を通って目の前へズシン!ズシン!と落ちてきた。

「なんて天気だ!」

 俺は頭を抱えながら縮こまり、細かい木片から身を守る。

 俺のうしろの何かがこの辺り一帯を薙ぎ払ったらしい。一体何が・・・と振り向いた俺の前には電車ぐらい太く、そして長いものがあった。

「なんじゃこりゃ・・・」

 俺にはこの光沢のある赤いタイル状の物に覆われた物体が何なのか認識できない。こんなもの俺は見たことが無かったからだ。何だ?これは?と疑問に思っているとこの赤い巨大な何かはするするとなぎ倒した木々の擦れる音を立てて動いて行った。

 その答えは、この物体の先、俺の視線の末に有った。赤いタイル状のものが所謂ウロコだと俺はやっと気付いた。

「もういやだ。帰りたいマジで。就職とかいいから帰りたい。無理だろゲームじゃないんだから・・・」

 森を覆い尽くす赤い影。巨大な龍がそこにはいた。

 さっきの尻尾の薙ぎ払いで、扇型に森が無くなっていた。驚く俺をよそに、その尻尾が再び振り上げられ、俺に向かって振り下ろされた。

「もう無理!もう無理だっつの!死ぬ!死んでしまう!」

 余りの巨大さに縮尺が間違ってるだろ!と心の中で叫びつつ、俺は跳んだ。

「うおおおううおぇめ、目がまわっ、うおぇ!」

 飛び込み選手張りの跳躍で何とか直撃を避けたが、風圧が半端じゃない。巻き起こる爆風に俺は木々が折れていない所まで飛ばされた。

 龍が俺を見る。ぐらつく視界の中でもそれがよく分かる。どうしてか知らないがその目は久々の獲物に飢えていたかのようにぎらついている。

「もういい!もう分かった!ここは日本じゃねぇ!例え日本だったとしても俺が認めん!だからお願い!誰か助けてくれよおおおお!俺これ以上のピンチなんて思いつかねェよ!一生のお願いを使・・・」


「ブルルル!」「グルルル!」「ぶるああああああああああああああああ!」


「御免ウソ。さっきのピンチ以上のものがあった。」


 俺から見て龍とは反対側、後ろを振り向いた俺の目の前には久しぶりだなともいう感じでさっきの金猪がいた。それも20頭近く。

 いや、まだまだ居るぞ!とばかりに森から次々とその姿を顕わし、ブルルッと鼻息を荒げては躰についた木くずをふるい落すように身を震わせている。

 どいつもこいつも俺に向かって今にも突進してきそうだ。

 さっき俺は金色の大猪を撒いたんじゃない。猪の群れの中に誘い込まれたんだ。そしてそこにでかい赤龍が割り込んできたと・・・俺って何かしたのか?何も壊したりしてないし。

 あの神殿か?神殿に入ったから怒ってるのか?

「グゥオオオオオオオオオ!」

 だらりと手を下げ、戦意も何もなくなってしまった俺をよそに、山みたいな竜が吼える。その咆哮は地響きのようだ。耳が痛いと言うより体を引っ掴まれて高速で揺さぶられているような感覚だ。もはや生きた心地がしない。

 龍の声に応えるように、森からさらに30頭ほどの金猪がやってきた。合計50頭近くになった猪の群れが割れ、森の奥から普通の金猪より二回りはあろうかと見える巨体が現れた。金色のソレは最早猪と言っていいのか良く分からないほど立派だ。

「全盛期の乙事主様かよ・・・」

 筋骨隆々とした巨大な猪は龍に呼応するように息を吸い込み、その巨体に見合った戦車でも貫きそうな牙を天に向け、吠えた。

「ブルルルルバアアアアア!」

 これは声というより音声兵器なんじゃないのか?頭にキンキンと響く。ヤバイ。さっきのと合わさって吐きそう。

 吠え終わった2頭はお互いにはもう興味はないとばかりに俺を見つめ、凄まじい殺気をぶつけてくる。もう俺が何をしたっていうんだよ。猪と竜の縄張り争いならわかるけど、そこまでして俺にこだわる理由が分からん。50匹の猪は中央のリーダーらしき一体の合図を待っている。

 一周回って冷静な俺はどうにか活路は無いものかとちらちらと群れを観察する。が、鼠一匹通れなさそうだ。なんか猪全員の毛が輝いているし・・・ヤル気満々じゃん?輝くとかありえなくね?なんで輝くんだよ・・・オーラかよ。いや、これは猪が輝いているっていうかそれ以上に、何か強烈な光を反射しているような?

 そういえば龍の方は?と振り向いた俺はあっけにとられた。


 息をいっぱいに吸い込み、2本足で立ちあがった龍の口から轟々と白い炎が陽炎のように立ち上っている。あまりに高温の炎は青から白くなるって言うが寧ろこの火炎から漏れる光は痛い。ちらと視界に入るだけで涙が出そうだ。なんだこれ?もうこれ熱とか以前の問題だよね?

 龍の口から山のようなその影が霞むほどまばゆい光がもれるが、猪軍団も一歩も引かない。

 猪はあれに耐える自信があるのか?それとも巻き込まれてもいいから俺を殺したいわけ?あの龍と猪は協力関係っていう風でもないし、そこまでして俺を殺すメリットがあるのか?

 龍が白く閃光の火炎を放つと同時に、金猪の長が駆け、猪軍団が突撃を開始した。

「うおおおあああ!もうどうにでもなれ!」

 炭化どころか森を蒸発させてゆく焔と、すべてを粉砕する金の激流。

 真っ白になった俺の頭は何を血迷ったか焔の方を選んでいた。

 焔より猪の方が僅かに早い。俺が炎にぶつかる直前、猪が飛び掛かってきた。振り返る俺。もうだめだ!飛び掛かってくる猪の鋭い牙がやけにリアルだ。

「へぶし!」




・・・生きてる。


 真っ暗で、周りがやけにゴワゴワする。俺は上に覆いかぶさっている何かと、倒木の間のごくわずかな隙間に挟まるようにして身を小さくしていた。

「っく。はぁ。」

 芋虫の様に這い出ること数分。

「夏草や兵どもが夢の跡」

 緑の原生林は龍が居た所からこちら側が完全に消滅してしまっている。先ほどまでの緑はどこへやら、何だか良く分からない黒い野原になっていた。まだ所々火がくすぶっている。

 俺に覆いかぶさるように死んでいた猪は上半分がなくなっていた。それでも完全に焼け切らなかったのはやはりあの火炎に対する耐性でもあったのだろうか?しかし、あたり一面気化爆弾でも投下されたのかと思うほどえらいことになっている。

 悪運が強いと言うのだろうか?

 あのとき俺はこの倒木にけつまずいて倒れ、俺を追いかけてきた金猪がちょうど炎からの盾となったんだろう。よくは覚えていないが、けつまずいた俺は炎の勢いで吹き飛ばされてきた猪を見て咄嗟に倒木の影に身を寄せたらしい。倒木と猪の死体が蓋となって竜の火焔から俺を守ってくれたと。

「・・・普通なら直撃は避けても蒸し焼きになったり、酸欠とか一酸化炭素中毒になって即昇天ものだが、よく死ななかったな俺。」

 酸素ゼロの空気を一息でも吸ったら、体中の酸素が一気に奪われて即死すると言う。隠れた後にすぐに意識を失ったのが良かったんだろう。多分。

 最早一生分の運を使い切ったとみるか、それとも俺のラッキーがカンストしてるのか、本能的に死中に活を求めた俺の勘が冴えてるのか分からないが、とにかく生きてて良かった。

 俺は図らずも俺の盾となった猪に手を合わせ、冥福を祈るとともに、こんがり焼けたお肉を頂いた。

 おいしかった。


 時計の針は16時を指そうとしていた。結構気絶してたんだな。俺を襲った龍と猪軍団はあの後一悶着を起こしたらしく、数体の焼け死んだ猪の一部以外に、龍のものらしい遺留品が散らばっていた。俺は焼け跡から燃え残った金の毛皮や途中で折れて握れる程度になった牙、剥がれた赤い龍のでかい鱗、牙に刺さっていた欠けた龍の爪を回収した。

 あの森を焼き払った火炎でも、猪軍団は数匹焼かれた程度で被害はあまりなく、龍も火を噴いた後猪相手に少し傷を受けた程度でお互い手打ちにしたらしい。

 俺は多くないドロップアイテムを金の毛皮に包んで背負った。毛皮はナイフ代わりの龍の爪で切り出した。便利なものだ。

 龍の爪は気を付けないと俺の指もスッパリ行きそうな切れ味だが、毛皮の方もなかなか丈夫だった。

 猪の巨体に見合った大きな毛皮は煤けていたが、超高温で焼けたお陰か裏の脂肪類は綺麗に無くなっている。動物の解体なんてやったことのない俺には有難いことだが・・・

「この毛皮耐火性半端じゃないな。どうなってんだ?」

 肉は蒸発しているのに革だけが残っていると言う不思議。

 考えても仕方がないので、俺は焼け野原を後にした。もう、訳の分からない生物に追われるのは嫌だし、今度は辺りを見回しながら恐る恐る森を進む。

「しかし、いい加減水を飲まないと死ぬ。ジャングルの川の水は清潔じゃなさそうだし、日本人の胃には悪るそうだ。美味しい涌き水が飲みてえ。無理ならココナッツ的なのでも可。」

 少しほっとしたのか、野生肉のアクが今頃効いてきたのか喉が渇いてきた。

 だが、人生何事もそう甘くはない。キャンプの基本は水源確保とはよく言ったもので、そもそもサバイバル初心者以前の俺はこの原生林でそう簡単に涌き水を見つけられるはずもなく、それどころか川すら見付けることの出来なかった俺は歩き初めて1時間半、いろいろ限界だった。


「涌き水ぐらい湧けよこんちくしょう・・・」

 もうだめだとばかりに木にもたれ掛かる。足も何もかも限界だ。

「木の実もなにもありゃしねぇ・・・水の無いせいで死ぬのか?」

 この際泥水でも良いと言いたいが、昔帝國軍人が泥水を啜ってコレラか何かにかかって脱水を起こし、一瞬で死んだとかどうとか。泥水はなるたけ遠慮したい。

「・・・辛い。」

 ちょっと泣けてきた。

 日本なら金が無くても、公園に行けは最低限とはいえ感染症のリスクの少ない浄水処理された水を飲めたし、少なくともリクルートスーツがボロボロの焦げ焦げになるような目には会わない。

 マンガならそろそろお迎えが・・・いや、それならあの龍と猪の挟み撃ちになった時に来てくれたか・・・

「俺もヤキが回ったのかな・・・」

 苔むした木に体重を預け、目を閉じた。疲れからか辺りの音がやけに耳につく。


 ・・・最初は木の中の音かと思った。いつか見た映画みたいに、木が地面から吸い上げている音だと。


チョロチョロ・・・


いや、木の音じゃない!


ハッと飛び起きた俺は疲れを忘れたように音の方へ駆け出した。


 木々の間を抜け、シダを払いのけたその先には、岩の隙間から水があふれ出していた。

 俺は物も言わず、獣のように湧き出す水に口をつけ、真っ白になった頭で飲めるだけ水を口に含んだ。

 焼け野原の煤けた空気を吸った喉にウソみたいに冷たい湧水が流れていく。急激に流れ込んできた水に胃が悲鳴を上げるが、そんなことは知ったことじゃない。ホンモノの水だ!

 胃に入った水はすぐさま粘膜を通して全身に運ばれる。カラカラのスポンジに水が吸い込まれるように全身に水分が止めどなく吸収されていった。

「ぶはああああ。っはあ・・・あまりにも夢中すぎて窒息するところだった・・・」

 湧水から顔を離した俺はぜえぜえと長い潜水を終えたかのように息を調える。

 ふぅ・・・と、地面にへたり込んだ俺は天井を見上げる。天井はご丁寧にも朱に染まり始めていた。この箱庭にも夜が来るらしかった。

「とりあえず水場は確保できた。水質とかは・・・まあ置いといて、細菌とかは大丈夫だろ。多分。」

 ヒ素とか入ってるかもしれないが・・・背に腹は代えられないからな。

 とりあえず夜は比較的安全なところで眠りたいと、日が暮れる前にというか天井の光が弱くなる前に蔦を便りに木に上った。ちょうど木の幹が3本に分かれた真ん中でそれなりの広さがある。木の上から身を乗り出した俺は原生林を眺めた。

「はぁ・・・まさかこんな所でサバイバルすることになろうとは・・・」

 いろいろ疑問は山積しているが、とりあえずこのジャングルで生き抜かねばならない。

 夕日が沈むように天井の光が紅く染まり、実際の日没のように朱から群青色までのグラデーションを作り、遂には暗くなった。

「とにかくこの箱庭から出るのが先決だな。」

 と、あの焼け野原の金猪から切り出した毛皮の内、大き目の2枚を敷布団と掛布団にした俺はさっさと寝ることにした。

早間龍彦

称号

「????」

「理不尽の代償」:命の危機に会いやすくなる

「豪胆」:絶望的な状況に臆さず立ち向かった

「九死に一生」:絶望的な状況で生き抜いた

「怪獣大進撃」:強力な生物同士の争いを目撃した


遭遇生物

「屈強な 金毛の 大猪」

「比類なき 紅焔の 大赤龍」

「偉大なる 金剛の 巨猪」

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