「繊細で、傷つきやすい君へ」(短編集)
「うわっ」
悲鳴に続いて、かしゃしゃんっと澄んだ音、店内にがした
それはあたかも、光が粒になって落ちたような音
振り返って、足下をみると、今し方飾ったばかりのガラス細工が
見るも無惨に砕けて転がっていた
細くのばしたガラスを枝にみたてて
絡みつく蔦のように絡ませて、その先に
色鮮やかな鳥や蝶、葉っぱを引っかけたり、垂らしたり
そのままくっつけたりと風や光と遊び戯れるそんな雰囲気で
作り上げた細工だった
夏は、ガラスの売り上げが上がる
メインになり、目を引き、全体でも、蝶や鳥のばら売りも可能で
できれば、オーダーメイド受け賜ります
なんて、思ってた
店長にも、素敵、これはいいわと
太鼓判を貰ってただけに、1時間、ううん、1分すら持たなかった
はかない命に、彼女、梶 みさとは立ちすくんだ
人はこういうとき、思考を停止するのじゃないかな
って、そんな関係ないことが頭の中を締める
思考停止するより、事実現実逃避をしてるのではないかなと
誰かから突っ込みが入りそうだが、
凍り付いた店内は、中心人物である男の子
そして、緑のエプロンを着けて唖然としている店員に
声を掛ける、ましては、突っ込みを入れる度胸のある人物はいなかった
「ごっごめんさいっ」
ばっと頭をさげ、短い髪故に目立つ渦巻くつむじが
なんだか、自分の心境だよね、と現実逃避中の梶は思う
ふぅっと知らず内に梶からため息が漏れた
目を這わす、黒い煉瓦の上に砕けた光の粒ことガラスは
その鋭さのように無情に煌めいていた
頭を下げたまままの男に、悪意はない
ただ純然に、申し訳ないという気持ちでいっぱいなだけ
そんな人を責められるのならば、責めてしまいたい
一分すら持たなかったのは
半分自分のせい、飾って、紐をとりにいこうとしたんだから
つい、触れたくなるほど素敵だったんだよ
と、自分を慰めてしまう
ぽたり・・・と涙が落ちた
黒い煉瓦の上に、ぽつんっとガラスより柔らい塊が転々と落ちていく
「ごめんなさい・・・」
消え入りそうな声で、もう一度男の子は言った
しんっとした店内に震える声
梶ははっとして、
「壊れたのは、ちょっと哀しかったけど、わざとじゃないもんね」
そういって、男の子に手を掛けた
びくっと体を硬直させ、おそるおそる、梶を見つめる目は
涙で崩れていた
「わ・・・わ゛ざどぢゃないでづ」
ずじゅっと鼻水を啜って服の袖でぐいっと涙をぬぐった
「だから、いいよ」
学生だろう男の子に弁償させられない
五桁の価格なんだから
使える所は使って、もう一度頑張ろうかと思った時
男の子は、しゃがんで砕けたガラスを拾い始めた
「梶さん、箒っ」
そう行って、ばたばたとバックヤードから、ちりとりと箒をもって
店長が飛び出してきた
「あ、ありがとうございます」
箒を受け取り、砕けてないパーツもあることを確認して
素手でひろい集めてる男の子に慌てて声を掛けた
「危ないから、拾わなくていいよ」
そう行って手元をみて、梶は愕然とした
ガラスが血で染まっていたからだ
それでも、男の子は黙々と、ガラスを集める
「怪我してるよっ」
梶が手を持って男の子の動きを阻む
しかし哀しいかな、男の子の方が頑固で力は強かった
そのまま黙々とガラスを集める
「いいからっ」
そう言って、手をガラスにかけた時、ちくっとした痛みが走った
「っつ」
ガラスでやけどすることはたまにあるけど、切ることはほとんど無かった梶は
息をのむような悲鳴を上げてぱっと手を放した
次の瞬間ぷくりと赤い玉ができて
それは見る間に大きくなってぽたんと石畳に落ちた
どくんっどくんと脈打つ指をきゅっと押さえたけど
血は止まることはない
「俺、迷惑しか掛けてないね」
暗く沈んだ声
はっとして、男の子に目を向けると、また涙がたまっていた
「気持ちは分かるよ
私も友達のお気に入りのガラス割ったことがあってね
その時、泣いて謝って、あげくに手をだして切っちゃった
その子の部屋は汚すし、おばさんと病院に駆け込んだし」
そういうこともあるよ、と言うおうとしたところで
ぽこんと、梶の頭を丸めた紙で店長は叩いた
「お前ら、青春するのはいいけど、俺の店
血まみれにしないでくれる?
ここは、いいから、二人とも裏に行って」
しっしっと邪険に追い払われた
バックヤードで、手を洗い、ガラスの破片が残ってないことを確認し
二人して、手を上げて、ぎゅっと押さえたシュールな感じ
「あれって、いくらなんですか?」
男の子が聞いた
弁償しようとおもってるんだろうけど、5桁
学生に出せる値段じゃない
「高い、とだけ言っとく、だから、いいよ
また頑張って作るから」
そう言うと、男の子の体からふにゃりと力が抜けた
「すげぇ綺麗だった
あなたが持って来て、しゃらしゃら音がして
そばにいって、すごく綺麗で、繊細で
違う場所からみようっておもったらひっかけて・・・」
生き生きと話し出した男の子は、だんだん声が小さくなる
「うん、ありがとうね
綺麗だったでしょ、素敵だったでしょ
次はもっといいの作るから、また見に来てね」
梶はそう言った
純粋にそう思えた
そして、時は流れた
梶は、相変わらずガラス細工を作りながら店員として
作家として頑張っていた
今も、ガラス棒をガスバーナーに近づけて、溶かしながらトンボ玉を作っている最中で
くるくると回しながら、理想の模様へと近づけていく
からんっと来店を告げる鐘が響く
「いらっしゃいませ」
店長がぼそぼそと挨拶をして
笑いながら、話している
常連さんの多い店故に、店長のあのずんやりとした接客でも問題ないみたい
笑い声と、ぼそぼそと低音の話し声をBGMに
トンボ玉は、くるくると模様を変えていく
火からおろし、形を整え
最後に全体的な雰囲気を確認し、除冷材の中へ入れた
あとは固まるのを待つばかり
「おーい、梶ぃー」
ひょいっと店長が、半身傾けて覗いていた
「何ですか?」
顔だけそちらに向けて梶は応答する、トンボ玉の在庫が少なくなってきたから
今日の梶は量産モードの為、店長&お客の相手をする気はない
「ほら、今日は入っていいぞ」
そういって、店長の陰から入って来たのは、
あの男の子、今ではスーツの似合うサラリーマンになっていた
時折、店に来ては、店長と話し店内のものをいくつか買っていく常連の一人になっていた
「こんにちは、岡久さん」
そう、彼に話かけた
こんにちは、と答える彼は、いつもより固い声だった
「今日は、教えられないよ?」
体験教室の他、
1.2度、個人レッスンとして簡単なトンボ玉を教えた
今日は、人を教えてる場合ではない
そういうと、岡久はこまったような顔をして笑った
しばらくこまったように笑っていたが
決心したように、梶に手を差し出した
「これ、受け取ってください」
何かを握り込んだ握り拳の下に梶は両手を広げた
岡久が、手をひろげると、ころりと、手の上に落ちたのは
ガラスの指輪だった
透明ガラスの中で、青と緑と白のらいんが、螺旋状に渦巻いている
それは、梶が教えたトンボ玉の応用作品だった
素敵じゃない、梶は手放しでそうほめた
「簡単なものしか、つくれません
でも、あなたに似合うのはガラスで、誰かが作ったものより
自分で作りたかったから・・・」
そう言うと、岡久はぽろりと涙をこぼした
「うん、ありがとう、嬉しいよ?」
そう、梶は言った
「僕と、結婚してくれますか?」
涙で潤んだ目で岡久は梶を見つめる
遠い遠い、あの日、彼は言った
あの日、作品を割って泣いて、怪我した岡久
弁償する変わりに、いつか、プレゼントするといった岡久
ずんずん大きくなっていつの間にか梶を追い抜いた岡久
梶は、立ち上がった
「駄目ですか?」
岡久のすがるような声が、背中に張り付く
きぃっとロッカーをあけて、小箱を取り出した
「はい、私もあげる」
ぽんっと手にのせる箱
「繊細で、傷つきやすい君へ」
プレートに書かれた文字
ぱかりとあけると、あの日の蝶がいた
その蝶は、岡久が、拾い集めたパーツの1つだった
直すよ、といって、梶は、持って行った
そして、親と来た時、ほら直ったよ、と見せてくれた蝶だった
蝶はね、花によりそうんだよ
素敵な女性をみつけたら、もらいにおいで
そして、飾ってね
と、ぼたぼたと泣き出す岡久
「ちょっとばかり、終わりかけの花だけどね
それでよかったらどーぞ、よろしくお願いします」
岡久 21歳、
梶 38歳
暑い暑い、夏の
溶けたガラスのように熱い熱い恋でした
初1話完結、竜書く予定が浮気し、調子悪くならないようにねないとなのにこんなことしてしまった
すいません・・・寝ます