赤い薔薇の花
「桜の樹の下には屍体が埋まっている」
有名な言葉だ。そんな言葉を僕に告げたのは、文芸部の先輩だった。先輩はさらに、こんな言葉を続ける。
「私、もし死ぬんならそういうのがいいんだよね。なんか、素敵じゃん?」
◆◇◆◇
このやり取りをふと思い出したのは、理科の授業中だった。授業の内容は植物の茎。維管束に道管や師管。正直、クソほどどうでもいい。
ただ、そんな中でひとつ、心惹かれるものがあった。白い薔薇を色の着いた水につけると色が変わる。単語を覚えさせられるより数倍も面白い。科学のこういう所は好きだ。
僕はそれから校庭の庭に立った。この学校の校庭には白い薔薇が生えている。学校の方針で、これから様々な色に染まっていく、染まることができる真っ白な生徒達を表しているんだそう。
僕は校庭に咲いている薔薇を数本盗んできた。
家に帰って早速やり方を調べ、薔薇に色を着けていく。試行錯誤を繰り返していくうちに、綺麗な色を着ける方法を身に付けた。
七色に色着く薔薇を部屋の隅に置き、眺める。中には、元々存在する薔薇の色と一緒のものもある。だがしかし、自然が作り出した色より、人工的に作り出したその色の方が僕は好きだった。
それから数日後、総合の時間で白い薔薇を渡された。毎年この時期に、理科で薔薇に色を着けることができるという内容をした後に、総合の時間にやってみるのだそうだ。
内容としては、これからなりたい自分を色に表し、その色を薔薇に着けるというもの。
なりたい自分。そんなもの、僕にはまだ無かった。白いままでいい、白いままがいい。だけど、そんなこと許されるはずもない。何らかの色を着けなければならないのだ。だから僕は黒を選んだ。見る人からすれば堕ちた人間の色。先生からも本当に良いのか聞かれた。でも、理由を聞いた先生は納得し、特別に許してくれた。
黒色は全ての色を混ぜた色。全ての色を混ぜた先にある色。僕は黒色に何色にでもなれる僕の未来の可能性を詰めた。何色にでもなれる白色と逆の、染まってしまった色に同じ意味を持たせた。
色が決まればあとはすぐだ。他の人と違い、僕はこれをしたことがある。惹き込まれるような黒色を薔薇に着け、先生に見せる。黒色にした理由も相まって僕の薔薇はみんなの前で紹介された。
それが、少し誇らしかった。
放課後、部活中にこのことを話すと先輩は笑っていた。
「普通はそんなこと考えないよ。何にでもなれる未来を思いついても、精々七色に染めるって考えしか浮かばない。君らしいね。やっぱり、文芸部に入ってよかったよ。君は字書きに向いている」
当然、七色に染めるって発想もあった。しかし、僕はこっちの方が気に入った。
僕はとある事が気になり、先輩に質問をした。
「私の時はどんな色にしたのかって?」
僕が知る中で1番美しい考え方をする先輩は、一体どんな色にするんだろう。それが気になってしまった。そして、先輩は僕の期待を裏切りながら超える答えを出す。
「赤色だよ。真っ赤な、深紅のような赤。単に赤色が好きってのもあるけど。これが私の未来⋯⋯最後の色だと思うんだよね。近い未来、私が染まる色」
赤色。先輩にしてはすごく平凡だ。ただただ赤色と答えられたら、僕は失望していた所だろう。だが、最後の一言が妙に引っかかった。私が染まるっていうのはどういう意味なのだろうか。
赤色に込められた意味。情熱、勝利、愛⋯⋯情熱や勝利は先輩らしくないし、愛っていうのも先輩のセンスではない。
しばらく考え込んでいると、先輩が沈黙を破るように言葉を発する。
「もうそろそろ、見ることができるよ。君も。そして、私は君にそれを見て欲しい。君には呪いになるかもしれない。ただ、君には見て欲しい、君だけには見て欲しい。いや、君にだけ見て欲しい」
その言葉を発している時の先輩の顔は優しく、されど寂しそうだった。
数日後、教室の僕の机の中に手紙が入っていた。先輩からだ。内容は、本日の放課後に庭の薔薇が咲いているとこに来て欲しいと言う旨だった。
この時の僕は心が踊っていた。耳元で聞こえる心音。火照る頬。正直に言おう。僕は先輩に恋をしていた。
校庭に行ったら、何を言われるのだろう。その日一日中、先輩のことを考えていた。
生徒達が教室から出ていき、ある者は家へ、ある者は部活動へ向かう。そんな彼らを見送るようにゆっくりと歩き、校庭へ向かう。
一日中先輩のことを考えて居たのに、まだ心の準備ができていなかった。そんな自分を落ち着かせるように、できる限りゆっくりと薔薇の方へ向かう。
薔薇畑はそこそこ大きめで、螺旋状になっている。先輩が居るとすれば、螺旋の中心だろう。
ここに来て、足早に中心へと向かう。
そしてまた、僕の期待を裏切った。
結論から言おう。先輩はいなかった。もう、どこにも居なかった。あったのは、1本の土から生えた薔薇だった。ただ、薔薇が生えているのなら気にも止めないだろう。
だが、気に止まった。いや、気に止めるしか無かった。生えているその薔薇は真っ赤⋯⋯いや深紅に染まっていたのだから。
僕の脳裏に先輩の言葉が繰り返される。
───桜の樹の下には屍体が埋まっている
───赤色だよ。真っ赤な、深紅のような赤。
───これが私の未来⋯⋯最後の色だと思うんだよね。近い未来、私が染まる色
その時、全てを理解した。何故そうなったのか、そう思い立ったのか、今やもう知る術はない。だが、確実に言えるのは、先輩が僕に見て欲しかったことだけだ。
この薔薇の下を掘ったら何が出てくるのだろう。いや、言うまでもない。死体だ。先輩の死体。いや、この場合、屍体が適切であろう。
流石としか言いようがない。また僕の期待を裏切って超えてくる。
◆◇◆◇
数年後、僕は小説家になった。テレビやニュースで取り上げられる程の有名な作家になった。
僕のデビュー作は今でも人気で、多くの人に買われている。
内容はとある男女の恋の物語。赤い薔薇の物語。
題名は───
『赤い薔薇の花』




