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第3章:月2回の距離

面会の日の朝は、時計の針が少しだけ意地悪になる。普段より遅く進むわけではないのに、父にはそう感じられる。コーヒーを淹れ、シャツにアイロンをかけ、財布の中身を確認する。することはたくさんあるのに、どれも「息子に会う」という一点に向かって整列していく。整列したものは強い。強いものは時に怖い。父は、息子に会う日が怖い。


怖いのは、会えないからじゃない。会えるからだ。会えてしまうと、期待が発生する。期待は刃物ほど鋭くないが、薄い紙みたいに指を切る。切れたことに気づきにくいのが厄介だ。面会のたびに父はどこかを少しずつ切って、気づかないふりをしている。


父は迎えに行く前にコンビニへ寄る。息子の好きだった飲み物を買う。好き“だった”という言い方が正しいのか、父には分からない。好きは変わる。変わるのが普通だ。でも父の中で息子の好きは更新されにくい。更新されにくいのは、父が怠けているからではなく、更新するための情報が入ってこないからだ。父が知らないうちに、息子の世界はどんどん新しくなっている。


棚の前で立ち尽くして、父は結局いつものやつを選ぶ。もし嫌いになっていたらどうしようと不安になる。でもそれ以上に、嫌いになっていたのに気づけないことが怖い。人は「間違える」ことより「知らない」ことの方が怖いのかもしれない。


息子の家に着くと、息子は玄関から出てくる。制服ではなく、私服。休日の私服は、どこかよそよそしい。学校という“役”を脱いだあと、息子がどんな服で立っているかを父は知らない。父が知らない姿を、父は見ている。変な話だ。


「おはよう」


父が言うと、息子は短く「うん」と返す。声は小さい。声の小ささは、性格の問題かもしれない。でも父には「世界に届かせたくない」小ささに見える。届かない声は安全だ。届けば返事が来る。返事は時に痛い。


車に乗り込むと、息子はシートベルトを締める。その動作が丁寧だ。丁寧というより、無駄がない。無駄がないのはいいことのようで、父には時々、悲しい。無駄は感情の影だ。無駄があると、人は人間っぽくなる。息子は人間っぽくないわけではない。ただ、人間っぽさを外に出すのをやめている。


父は車を発進させる。道路の端の植え込みが流れていく。息子は窓の外を見る。父は話題を探す。話題はいつも道路のどこかに落ちていて、拾う前に車が通り過ぎる。


「学校、どう?」


聞いてしまってから父は後悔する。後悔というより、言葉を投げたあとに手元に戻ってくる軽い反動みたいなものだ。


息子は「普通」と答える。普通という言葉は便利で、ほとんど何も言っていないのに会話が成立したような気分になれる。父はその便利さが嫌いではない。便利さがないと、父子の会話は何度も崩れる。


「普通、か」


父がそう言うと、息子はうなずく。それ以上は広がらない。広げたいのは父の方だ。広げたところで息子が苦しくなるなら、広げない方がいい。父はそう思って黙る。黙ると、車内にエンジン音だけが残る。音が残ると、父の頭の中の雑音が少し小さくなる。


父は沈黙に慣れてしまった。沈黙は、相手がいないと成立しない。父は沈黙を共有できる相手がいることを、ありがたいと思うべきなのかもしれない。でも、ありがたいと感じた瞬間に、別の痛みが生まれる。感情は、勝手に増殖する。


昼食はいつも迷う。息子は「どこでもいい」と言う。父は「じゃあここで」と決める。息子はうなずく。どこでもいい、は本当にどこでもいいのだろうか。父には分からない。父は息子の「どこでもいい」を、息子の優しさだと思うことにしている。優しさは、相手の迷いを許す。


店に入っても、会話は長続きしない。注文をし、料理が来て、食べる。父は味の感想を言う。息子は短くうなずく。父は「うまい?」と聞きそうになって、やめる。うまいかどうかは、息子が決めることだ。父が聞けば、息子は「うん」と言うだろう。その「うん」が本音かどうかを確かめる術が父にはない。確かめられないなら、聞かない方がいい。


食事のあと、父はどこかに連れて行きたくなる。映画、ゲームセンター、買い物。だが「連れて行く」という発想は、息子にとって重いかもしれない。父は重さを恐れている。自分が息子にとって重い存在になるのが怖い。父は、軽くいたいわけではない。ただ、息子が息をできる重さでいたい。


結局、いつも同じ公園を散歩する。広い公園ではなく、よくある公園。滑り台とブランコと、意味もなく長いベンチがある。ベンチに座ると、背中に日差しが当たる。息子はベンチの端に座る。端に座るのは、いつでも立ち上がれるからだろうか。それとも、父との距離を測っているのだろうか。父は測られる距離の存在を、痛いほど理解している。


公園の池で鯉が浮いているのを眺める。鯉は口を開けて閉じている。何かを言いたいみたいに。父は鯉に親近感を覚える。言葉はあるのに、空気に溶けてしまう。溶けてしまう言葉は、口の中だけを温めて外に出ない。


息子がふと、池の向こうを見た。目が少しだけ細くなる。父はその変化に気づく。変化は、息子が何かに反応している証拠だ。父は反応の対象を探す。犬の散歩。子どもの声。自転車。どれでもいい。息子が反応したという事実が、父にとっては救いだ。


「……あれ、でかい」


息子が小さく言った。父は一瞬、何のことか分からない。


見ると、池の縁に亀がいた。甲羅が大きい。父は笑いそうになって、やめる。笑うと、息子の言葉を「面白いもの」にしてしまう。息子は面白がってほしいわけではない。ただ、言葉が漏れただけだ。


「ほんとだな」


父はそう返した。息子はうなずく。それだけ。でも、それだけで十分だった。言葉が一つ出た。反応が一つあった。父の中で、小さな火種が灯る。火種は、火事にならないように守らなければならない。火事にしたら、全部燃える。父はその火種を、両手で包むように胸の奥にしまう。


夕方になると、息子を送り届ける時間が来る。帰り道、父の胸は少し重くなる。重いのは当然だ。息子が降りると、車内は急に広くなる。広さは寂しさと似ている。


息子の家の前で車を止める。息子はドアを開ける前に、少しだけ間を置く。その間が何なのか、父には分からない。息子の中で、何かが処理されているのかもしれない。父はその処理を邪魔しないように黙っている。


「またね」


父が言うと、息子は「うん」と返す。息子が外に出て、ドアを閉める。父は発進せず、しばらく停まっている。停まっている時間は、父が自分の胸の重さを受け止めるための時間だ。すぐに動くと、重さが転がってしまう。転がった重さは、どこかで誰かをぶつけて傷つける。


父は家に帰り、味噌汁を作る。具は多い。鍋の中で豆腐が浮き沈みする。父はふたを閉める。ふたを閉めても湯気は漏れる。漏れる湯気は、見えないのに確かにある。父は思う。息子の感情も、きっとこうだ。見えない。でも、確かにある。ふたがあるから見えないだけだ。


父が本当に欲しいのは、ふたを無理やり開ける方法ではない。ふたが勝手に開く瞬間を、息子が怖がらないようにすることだ。ふたが開いたときに、熱い湯気が出ても、誰も息子を責めないこと。父はその条件を探していた。


そしてある夜、テレビでサッカーの試合を見ているとき、父は気づく。自分の胸が勝手に揺れる。誇らしい。悔しい。腹が立つ。笑ってしまう。そういう波が、勝手に押し寄せる。波は、考えなくても来る。


もし、息子の胸にも波が来たら。


波が来る場所へ、息子を連れて行けばいい。

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