6 幸せな地獄
ガバッ、と勢いよく上半身を起こした。
荒い呼吸と共に、冷や汗がシーツに落ちる。
朝日。小鳥の囀り。
三度目の朝が来た。
「……夢、じゃない!救えなかった……」
俺の頭には恐怖と共に後悔が植え付けられた。
行動を変えた……変えたはずなのに、また失ってしまったことに対する恐怖と後悔だ。
脱線事故の記憶が、まだ脳髄に焼き付いている。
駅に行ってはいけない。電車に乗ってはいけない。
この街に留まること自体が、死へのカウントダウンなのかもしれない。
(必ず救う……!命に変えても!)
「優くん……? どうしたの、そんな怖い顔して」
「……ごめん。 何か悪い夢でも見てたみたい。あははは」
美咲を心配させるわけにはいかない。その思いからか、先程の出来事は話さずに話題をそらした。
「それより誕生日おめでとう!」
「え? あ、うん! ありがとう!……本当に大丈夫?」
「うん! もう大丈夫!あと、申し訳ないんだけど、少し予定を変えてもいい?」
「今日は遊園地に連れてってくれるんじゃないの?」
「ごめん!そこはまた今度連れていくから!必ず!」
少し不満気な表情をうかべる美咲を見ると心が痛むが、命には変えられない。
今日は県外に行くべきだ。そしてなるべく安全な場所へ。
「もうしょうがないなあ。じゃあ遊園地は今度ね!約束だよ!」
「ああ、必ず!絶対に守る!」
『守る』という言葉には約束だけでなく、美咲のことも守るという意味がある。
言葉に出すことで運命に抗えるような気がした。
――朝食は外で食べようとなり、準備を済ませた俺たちは電車には乗らずレンタカーを借り、人が少ない山の方へと向かうことにした。
人が少なければ少ないだけ、美咲が死ぬ因果から離れられるような気がした。
気がした……なんとも説得力がないが、勘を頼るしかない。
山に行き、車で籠城する。きっと今日という日を生き延びれば……。
またいつもの日常に戻れるはず……いや戻るのだ。
誕生日の美咲には悪いが予定もプランも何もない、目的地が決まっているだけの誕生日になってしまった。
「急に予定変えてレンタカーなんてほんと今日はどうしちゃったの?」
無論ここまで予定が変わると美咲も疑問が沸いてくるのも必然だ。
だが、この後君は死んでしまうなんてのは口が裂けても言えやしない。
「きょ、今日は天気がいいじゃん?山の方で流れ星が見えるって情報聞いてね!これは行くしかないなと」
全くの嘘をぺらぺらと並べる。きっと美咲はそれを見抜いているだろう。これだけ一緒にいるのだから、付け焼き刃の嘘なんて通用しない。
だが、それら全てを理解しながらも美咲は話を合わせてくれる。
「流れ星!さすが情報通の優くんだ!よし、山までレッツゴー!」
――日中は努めて彼女を幸せにするためにたくさん我儘を聞いてあげた。
あれが食べたい。ここに寄りたい。車でのドライブデート。これはこれで凄く楽しかった。
今までが夢であれと強く思うが、夢でなく実際に起こった悲劇だと脳は認識してしまっている。
そして、夜。
人気のない山、そして星空が見えそうな開けた空間。
きっとここならどんな運命も手を出せない。
人為的に殺されることもなければ、事故に遭うこともない。
だが、念には念をだ。
もしかしたら殺人鬼が跡を着けてきているかもしれない。
「さて、ここで星を見ようか!でもそとは寒いから出ちゃ駄目だよ」
「えぇ!せっかく来たのに外に出ないの?もうムードないなあ」
「今日は特別冷えるし、風邪でも引いたら大変だから!ね!」
「もうわかったよ。なんだが今日は変な優くんだね」
「ごめんね。明日になったら正直に全てを話すよ……」
明日。明日さえくるのであれば、俺は全てを話す。
ただの勘違い、ひどい妄想、運命さえ変わるのならそれでいい。
(……なんだこの臭い)
臭いを感じると共に車内にはたちまち煙が充満した。
「ゴホッ!ゴホッ!何これ?あれ、ドアが空かない!?シートベルトも!?」
美咲は咳き込みながら必死にシートベルトを外そうとしていた。
俺は既にシートベルトは外していたので身動きが取れた。てこずっている美咲の代わりにシートベルトを取ろうとするが、どうやっても外れない。
ボンッ!
それ程の大きくはないが爆発音がした。
だがその音ををきっかけにエンジン部から炎が舞い上がる。
「え……?」
俺は頭をフル回転させた。取れないなら切るしかない。ハサミ……持ってない。カッターもない。切れるものがない。
なら水だ!水で火を消せば!……こんな山奥に水なんてない。
「優くん……熱い……熱いよ……」
「だ、大丈夫!今助けるから!」
だが、炎は容赦なく車内に侵入してくる。
『美咲を救わなくては』
この思いのせいか、炎に触れているはずの肌は痛みも熱さも感じなかった。
だが、そのおかげか炎の中だと言うのに意識がはっきりとしていた。
そのはっきりとした意識が告げていた。
『もう助からない』と。
「ゆ……う……」
美咲はこちらを見つめ消え入る声をだしながら意識が無くなった。
その表情は助けて欲しいというよりも、俺だけでも逃げろとでも言っているかのようだった。
そんなことは出来ない。君を見捨てて逃げるなんて……。
その思いも虚しく美咲の全身に炎が回るも、悲鳴のひとつもあげることはなかった。
「くそ……!また救えなかった……。ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!必ず救う!救えるまで諦めない!運命に抗ってやる!くそがあ!」
プツン……。
俺の意識はそこで途絶えた。
――その後も同じ朝がやってくる。
四回目の今日は家に籠城することにした。窓や玄関、侵入口になり得るところを全てバリケードで塞ぎ、ガスの元栓も閉めた。
だが、結果は変わらなかった。夜になると隣家が燃えた。そして俺たちの家にも炎が燃え移る。
逃げようにもバリケードが邪魔になり脱出が間に合わなかった。死因『焼死』。
――五回目の今日。
警察署に駆け込んだ。もちろん相手になどされなかった。警察の護衛、というものはつかなかったが、一晩署内の受付近くのソファで待機することは許してもらえた。
(ここなら……ここならきっと……)
だが運命は無情で残酷だ。
警官が喧嘩を起こした酔っぱらいを二人連行してきた。その時点で嫌な予感はしていた。
だが、警察署である以上犯罪者やそれに類するものが連れてこられるというのは必然なので仕方がない。
仕方がない。そう、仕方がない。
その酔っぱらいが警察の拳銃を奪うと四方八方に適当に撃ち散らかす。
何かを狙っている訳ではなく、理性が吹っ飛んでいるだけなのだろう。
だが、そのうちの一発が美咲の心臓を正確に貫く。
「がっ……。ゆ……う……」
美咲は俺の名前を絞り出すように口に出すと、そのまま動かなくなった。死因『心臓損傷』。
――六度目、人がたくさんいる大通り。居眠り運転のトラックに轢かれる。死因『多発外傷』。
――七度目、地下シェルター。外気の吸入口故障、及び出入り口の開閉不良により酸素が途絶える。死因『二酸化炭素中毒』。
――八度目、病院。検査という名の医療ミス。点滴に空気が入り、心臓で詰まる。死因『空気塞栓』。
死因はまるで日替わりランチのように変わる。
だが、結果は常に一つ。『10月24日に美咲が死ぬ』という収束点だ。
時間に前後はあるものの総じて『夜』だ。
十回を超えたあたりで、俺は数えるのをやめた。
三十回を超えたあたりで、涙が出なくなった。
そして俺は学習した。
助けようとすれば苦しんで死ぬ。
助けようとしても絶対に助からない。
ならば、一番苦しまない死に方を選ぶべきではないか、と。
そんな狂った思考が頭をよぎるほど、俺の精神は摩耗していた。
そして、何十回目かの朝。
俺は機械的にコーヒーを淹れる。
「……おはよう、美咲」
もう、脱出の努力はやめた。
どうせ死ぬなら、最後の一瞬まで笑っていてほしい。
恐怖に歪む顔ではなく、幸せな笑顔を脳裏に焼き付けたい。
俺たちは遊園地に行き、アトラクションに乗り、あらかじめ知っている会話をなぞる。
俺は最高の彼氏を演じた。
たとえ数時間後に、この笑顔が肉塊に変わると分かっていても。
「優くん、楽しいね!」
「ああ、そうだな」
彼女の笑顔を見るたび、心がヤスリで削がれていくようだ。
この世界は、幸せな地獄だ。
俺は永遠に、この硝子の檻から出られない。
作品を読んでいただきありがとうございます!
助けられない、ならば無限にループする一日の中で永遠に君と……。
もし同じ状況になったとき、恋人の命を諦めて、恋人がいない明日を受け入れることが出来ますか?
自分は……いざその時にならないと答えはでないですね。
次回もお楽しみに!




